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 じゃがいも、豚肉、人参、玉ねぎ。夕飯の具材が入った袋を片手に自宅を目指して歩く。数回しか通ったことのないまだ慣れない道のり。でもとても幸せで大好きな風景が広がっている。これからこの街で暮らしていくんだ。大好きな人と一緒に。
 そこで俺の意識は途絶えた。

 次に目覚めた時、視界に入ったのは知らない天井だった。頭が割れるように痛く、体は全く動かない。
 最悪な気分に顔を顰めていると、ふと右手に温もりを感じた。固定されて動かない首を鬱陶しく思いながら目線を下げると、そこには手を握りながら眠る愛しい人がいた。
「そう、た」
 酷く掠れた自分の声に驚く。
 眠りが浅かったのか、彼はすぐに目を覚ました。
「陽向!気がついたのか!ひなたっ!ひなた…」
 どれくらい泣いていたのだろう。蒼太の目元は赤く腫れていた。クマも酷い。早く休ませないと。
 そんなことを考えているとナースコールで呼ばれた白衣を着た人が数名入ってくる。
 その場で診察を受け、いくつか質問をされた。
「脳に問題は無さそうだね。」
 主治医と名乗る医者が告げる。確かに記憶に異常はない。
 どうやら俺は5日間眠っていたそうだ。
 スーパーからの帰り道、飲酒運転の車に跳ねられ重症。ずっと生死の狭間を彷徨っていたらしい。
「桐野さん。君は非常に危ない状況だった。意識が戻って良かったよ。でもね」
医師から告げられたのは自分が下半身不随であるということ。脊椎を酷く痛めてしまったらしい。覚悟はしていた。目が覚めてから足の感覚が全くないのだから。それでも事実として言葉にされると悔しさでいっぱいになった。

「どこか痒いところある?食べたいものは?」
「いや、点滴だから…」
 蒼太の過保護には拍車がかかっていた。嬉しい気持ちと同じくらい申し訳なくなる。
「あぁ、そうだった」
 彼は、目覚めるかどうかわからない俺のそばにずっと居てくれた。
 夢の中でずっと聞こえていた声はきっと蒼太のものだったのだろう。長く暗いトンネルの先から聞こえてくる優しい声。その声を目指してひたすら歩いた。そしてそのトンネルを抜けた先には蒼太がいた。
「ありがとう。心配かけてごめん」
「ううん」

 しばらくしてやっと退院の許可が下りた。久しぶりに帰ってきたアパートは何も変わらなくて安心する。ただ前と違うのは自分の脚で自由に動けないこと。外でも家の中でもずっと車椅子生活だ。
「最近涼しくなってきたね」
「うん」
 暑い夏が終わり、季節は秋へと移り変わっていた。窓から入ってくる風が心地よい。
「散歩に行こうか」
 ここに引っ越してすぐの時に2人で何度か散策をした。これから過ごす土地のことを知っておいて損は無いという蒼太の言葉がきっかけだ。その度に小さな公園や美味しい匂いのするパン屋さんを見つけたが、まだ行けていない所は沢山残っている。久しぶりに家から出るのも気分転換になるかもしれない。

「寒くない?」
「大丈夫」
 蒼太はゆっくりと車椅子を押して歩く。操作には随分慣れたが、外出時はいつも押してくれた。
 初めは外の空気にすっきりしたが、以前よりも低い目線に段々と虚しさが込み上げてくる。
 本来ならば自分の足で落ち葉を踏みしめて、蒼太の横に並んで歩くことができたのに、そんな些細なことができなくなってしまった。
 投げかけられた数々の話題に上手く返せないまま気づいた時には帰ってきてしまった。

 家にいると余計に気持ちが落ち込む。現在は、今まで分担していた家事のほとんどを1人でこなしてくれている。自分に出来ることは洗濯物を畳むことと低いところの掃除くらい。大学生活と家事に加えて不自由な自分を介護しなければならない蒼太の苦労は言うまでもない。それでも彼は愚痴ひとつこぼさなかった。

「蒼太」
「ん?」
 名前を呼べば優しい笑みを浮かべてくれる。それでも日に日に怖くなった。普通に考えたらこんな生活楽しいわけがない。今は耐えられてもいつかは嫌になる日が来る。毎日不安に苛まれて遂には蒼太に捨てられる夢までみた。もういっその事自分から別れを切り出した方が楽かもしれない。
「あのさ、」
 別れよう。何度も脳内でシュミレーションしたこの一言がどうしても言えない。蒼太のことが大好きだからこれ以上迷惑をかけたくない。貰ってばかりでもう何も返すことのできない自分のことなんか忘れて自由になってほしい。でも、この笑顔を失うのがどうしても嫌だった。
「……何でもない」
「そう?何かあったら言ってね」
 結局別れを切り出すことなんてできなかった。できるはずがない。だって大好きなのだから。最愛の人の幸せを願いたい気持ちよりも己の我儘を優先してしまう自分を酷く嫌悪した。それでも彼を失ったら俺は生きていける自信が無い。
 だったら――
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