異世界転生したら、なんか詰んでた 精霊に愛されて幸せをつかみます!

もきち

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1巻

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   第一章 生まれ変わったら異世界だった


 気がついたら、異国の女の子に生まれ変わっていた。古い鏡に映し出されたその姿は、銀髪で、大きな瞳は濃い紫色をしている。髪は短くクルクルとした天然パーマで、男の子の服を着ていた。
 この地域では貧しい家庭が多く、女の子も男の子の服を着るのが一般的だ。近所のお古が出回り、小さい女の子用の服は売られていない。
 自我が目覚めたのは、三歳くらいのときだ。父・ジョセフから「もう三歳になるんだから、自分のことは自分でできるようになりなさい」と言われ、「まだ三歳だよ」とツッコミを心の中で入れたのだ。そこで、今は三歳なのだと認識した。そう言われたのが秋頃だったと思う。それから秋が五回ほど過ぎている。今は八歳だ。自我が目覚めてからしばらくして生まれ変わっていると明確に認識したのだ。なにがきっかけだったのだろう。ああ、そうだ。父から「お母さんは死んだ」と聞かされたことだ。
 またいないの――そう思った。
 また? なぜまたと思ったのか、それから徐々に思い出していった。前世の記憶があるようだ。記憶があるどころか、前世の人格そのままだ。そして、違和感だらけの世界。前世でよく読んでいたライトノベル――ラノベの世界のようだ。そう、異世界だ。なぜ異世界だと思うのか。街並みや行き交う人々の服装、髪の色――どれを見ても地球じゃない。
 キッチンに行っても、ガスコンロでもなければIHでもない。昔ながらの古びたかまどがある。もちろん電子レンジや冷蔵庫もない。科学が発展していない世界のようだが、なぜかトイレは水洗だった。それだけは助かった。もうあとはどうでもいい。湯に浸かりたいとか米が食いたいとか贅沢ぜいたく言いません。眠れる家ときれいなトイレがあれば十分です。はい。
 トイレはタンクのようなものが各家の地下に設置されていて、そこに排泄物はいせつぶつが溜まっていく仕組みになっていた。タンク自体が魔術具らしく、溜まった排泄物はいせつぶつは自然と消えていく。その仕組みを動かすエネルギーは魔石だ。魔石は、この世界では生活必需品だ。魔獣という魔力を帯びている獣から取れる石で、魔力を含んでいる。使うと、その魔力はなくなっていくらしい。その都度、魔力を補給しなければならないが、その方法は各家庭による。自分自身で魔力を込めるものもいれば、魔石を買い直すものもいる。魔石は魔石屋さんで売っているらしい。空になった魔石は魔力を補給することで復活する。トイレ事情が明るいと人生も明るい、ような気がする。


「お父さん、おはよう」
「ミル、今日は少し早く出る。支度をしなさい」
「はい」

 ミルの家は花屋をしている。いつも朝に市場に行き、生花を仕入れる。ミルは今、八歳だが、いつの頃からか父親と一緒に市場に行っていた。ミルの家族は父子だけで、父・ジョセフは髪も瞳も緑だ。ジョセフはなかなかのイケオジだが、不愛想でいつもピリピリしている。そんな父親にミルは苦手意識があった。
 ――前世持ちじゃなく普通の子供だったら、父に甘えたりして、父もデレデレになっていたのかな? 自分が普通ではないことを父に申し訳ないと思うが、やはり子供らしくふるまうのは苦手だ。
 そう、ミルは見た目は子供、中身は大人というどこかで聞いたことのあるフレーズがぴったりとハマる状態ではあるが、頭脳明晰めいせきではない。ただ前世の記憶があるだけの一般人である。頭がよかったということもなければ、なにか秀でた才能があったわけでも、すごくなにかに未練があったわけでもない。ただ死ぬ間際はおばさんだった。


 ミルが生まれた国は、ルクセルボルン王国という。歴史ある王国で、現王は第八十六代マクシミリアン・ルクセルボルンという。王暦十五年と若い国王だ。そしてミルが住んでいるところは王都近隣の街で、ユロランという。すこぶる田舎というほどではないが、小ぢんまりとした下町といった感じで、花屋も小さなお店だ。売上も父と子でやっと食べていけるぐらいしかない。ただ、人の出入りはあるため、花のような生活必需品ではないものでも商売ができている。


「ミル、おはよう。今日も市か?」

 声をかけてきたのはお向かいの雑貨屋の三男、ルーイだ。

「おはよう、ルーイ。市だよ。ルーイはこんな朝早く、どうしたの?」

 ルーイはきれいな金髪で青い瞳をしている。将来はきっと爽やかイケメンになるだろう。

「オレも今日は父さんと市に行くんだ。うちは雑貨屋だからミルの家みたいに毎日じゃないけどな」
「いいなぁ。毎日こんな朝早いのは眠いよ」

 ルーイと話をしていたら、父のジョセフが借りてきた馬車で近づいてきた。

「ミル、そろそろ出発するから」
「はい。ルーイまたね」
「ああ、またな。しかしミルのオヤジはいつ見ても迫力があってこえーな」

 最後の方の言葉はジョセフに聞こえないように小声だ。
 ジョセフは大柄なうえ、不愛想だ。しかし、顔が整っているため、母が亡くなったあとは縁談が絶えなかった。それをジョセフはすべて断っている。周囲は未だに亡くなった妻を愛しているのだとほっこりしていたが、その分、家事負担などのしわ寄せはミルにくるのだ。ミルとしてはさっさと再婚してほしい。
 市場に向かうため借馬車に揺られながら物思いにふける。前世の自分がどうやって生きていたか、昨日のことのように思い出せる。歳を取ると昔のことの方が鮮明に思い出されるという、あれと似ている。しかし、名前や歳などは覚えていなかった。だが、まあまあおばさんだったと言われる年齢まで生きていたことは覚えている。前世の母は幼い頃に他界、父は長生きしたようだが、父の葬式をした記憶もある。
 ミルの前世は、あまり楽しいと言える人生ではなかったようだ。母を亡くして以降は内向的になり、いじめにあうようになった。容姿も勉学も秀でたものはなく、高校を卒業してからは普通の会社員として仕事をしていた。
 そして生涯独身だった。その理由のひとつは、母が死んでから父が暴力を振るうようになったことだろう。言うことを聞かない、反抗するといった成長期の特徴が現れた頃から必要以上に殴られるようになったため、人と関わるのが怖くなった。家でも学校でも居場所を見いだせないまま大人になった。そんな人間でも恋はする。しかし家でも社会でもうまくいかない人間が、恋をうまくこなせるはずはなく、あえなく失恋。そして年を重ね、中年女性と言われる年齢になってしまったのだ。年を取ってからの結婚には消極的だった。今更結婚をしても家事や相手の親の介護をさせられるだけだろうと勝手に考え、お見合いも断っていた。
 結局、安い中古マンションを購入し、猫一匹と暮らして、お金はなくとも独身貴族を謳歌おうかしていたようだ。物事に対してあまりこだわらない性格もあって一人でもなんとなく生きていけていた。
 ただ、やはり一人で生きていくのはつまらなかった。たくさんの友人と家族に囲まれた生活を望んでいたが、うまくいかなかった。そんな人生だった。どうやっていつ死んだのか……。その辺の記憶は定かではない。
 置いてけぼりにしてしまった猫がその後どうなったのか、とても気になる。一応、数少ない友人に、もしものときのお願いはしていた。可愛がってもらえていると信じたい。
 ――まっ、考えても仕方がない。なんで前世の記憶持ちなのかはわからないが生を受けてしまった。生きるしかないのだ。
 こんな性格なので前世も生きていけたのだろう。しかし、またもや母なし子だ。手を繋いで歩いている母子を見るたびに目で追ってしまう。前世でもうらやましかったが今世でもうらやましいと思うことになってしまった。
 ――せめてお母さんがいてくれたらな……
 はあとミルはため息をつく。

「ミル、どうした。ぼんやりしている暇はないぞ。手伝ってくれ」

 いつの間にか市場についていた。

「あ、ごめんなさい」
「ボケッとするな。これからはおまえにもオレの仕事を覚えてもらう。一人で市に行けるようになるんだ。わかったな」
「……はい」

 ミルの仕事は年を重ねるたびに増えていった。花屋の手伝いの他に家事全般もミルの仕事だ。
 ミルは市場から戻ると、食事の用意を始める。現代日本とは違い、ガスも電気もない世界だ。もちろん蛇口を捻れば水が出るような設備もない。水がほしければ井戸まで汲みに行き、洗濯は近くの洗濯場に行き桶に入れて手洗いだ。冬なんて地獄だ。
 食事の用意はかまどに火を起こすことから始まる。昼食が終われば夕食の準備、その合間に洗濯、食料の買い出し、と小さな身体で動き回る。全然休む時間がない。
 ――このうえ仕入れまでさせられるのか、まだ八歳なんだけど。この人、私の年齢を忘れてんじゃないかな……
 ミルは、はあとため息をつく。前世でも父親から虐待を受け、生まれ変わっても厳しい状況が続くことにミルは絶望した。そんなに罪深いことを前世でした記憶はない。それなのに、なぜこんなにつらいことが続くのか。
 しかもこのジョセフは、ご飯を作ってもまずいだの、洗濯しても汚れが落ちていないだのと細かいことにうるさい性格だった。前世もひどい父親だったが、今世の父親も本当にひどい。
 ――私が普通でないからなのだろうか? 好きで記憶持ちなわけじゃないんだけど、今の父親は私が普通じゃないことを気味悪がってこんな仕打ちをするのだろうか。

『ため息なんてどうしたの?』

 と、可愛い声がする。声の方へ顔を向けると、無数のほたるのような小さな光が見える。色彩はバラバラだ。

「いや、私って親運がないなって思って」

 ミルは当たり前のように返事をした。説明が面倒なので、親のことで悩んでいる風をよそおう。

『今更?』

 無数の小さな光たちは『いまさら、いまさら』とクスクス笑いながら、キラキラとミルの周りを飛び回る。とてもきれいでとても可愛い光景だ。
 この小さな光たちは精霊らしい。本人たちがそう言っているので間違いない。ミルは物心がついたころからこれらの無数の小さな光が見えていた。最初はほたるのような小さい虫が目の前を飛び回っているのかと思い、手で払いのけて無視をしていた。そんなある日、小さな光が突然人型に見えるようになったのだ。なんじゃこりゃあ、と人型の光を見ていたら話しかけられた。あれはミルが五歳くらいの頃だった。

『私たちのことわかるの?』
「わかるっていうか……話ができるの?」

 ミルの目が大きく開く。小さな声だったが確実に聞こえた。

『話、できるぅ』
『できる~ぅ』

 小さな光たちはうれしいのか点滅しながらクルクル回っている。色々な色彩が混ざり合い、とてもきれいだった。

ほたるかと思っていたのは、あなたたちだったのね?」
『ほたるぅ?』
『なーにそれ?』
『なーに?』

 どうやらこの世界にほたるはいないようで、小さな光たちは身体全体を傾げている。その様子はとても可愛らしかった。

「いいの、忘れて。じゃあ、あなたたちはいったいなに?」

 小さな光たちはお互いの顔を見合わせて困惑している。

『知らない?』
『私たちのこと知らない?』

 ちょっとショックを受けているようだ。

「あっごめん。有名な子たちなのね。私、この世界のことあまり知らないから。ごめんね。お母さんはいなかったし、お父さんともあまり話さないから知らないことが多いかも」

 ミルはおばさん口調に戻って接してしまった。

『そっかぁ』
『それは仕方ないね!』
『ないね』

 小さな光たちはそれぞれ頷き合い、また点灯し始めた。どうやら納得してくれたようだ。そして、その中で一際強い光を放っている一体がずいと前に出てきた。

『あのね、私たちは精霊なのよ。なんでもできちゃうの。ポポポイと。この国の人たちはみんな知っていると思ってた。あなたは知らないのね』

 なんだかちょっと得意げなのはなぜだろう。
 ――でもやっぱり精霊なんだ。知らないわけじゃないけど、それは前世の知識だし。でもこれぞ異世界って感じだな。こんな特典でもないと、なんのために異世界に生まれ変わったのかわからないよ。魔法とか使えたりするのかな? ポポポイと? 火とか水とか使えたら家事が楽になるかな。これぞ異世界チートね‼
 このとき、初めてここが異世界なのだと痛感した。


『また怒られたの?』

 昔のことを思い出しながら小さな光をぼんやりと眺めていたら、一体の赤い精霊から声をかけられた。そうだ、かまどに火を起こすところだったと思い出す。
 ミルは市場から戻ると食事を作る。朝は食べないで市場に行くためお昼は早めに、そして少し多めに作る。まずはかまどに火を起こすところからだ。今までジョセフは火だけは起こしてくれていた。しかしそれも八歳になってからはミルの仕事になった。これがなかなか難しい。ライターなんてなし、マッチもない。火打石をひたすら打ち込むしかないのだ。
 ――こんなのやったことない。どうしたらいいんだよ。
 まだ小さく力もないミルにとって毎日のこの作業は苦行であった。できないのでジョセフに火をつけてとお願いをしたら怒鳴られた。結局自分でするしかなく手を傷だらけにしながら火を起こす毎日だ。

「うん、そうなの。私、火のつけ方が下手で、いつもお父さんに怒られるの」

 はあとため息をつき、しゅんとする。

『そうなの? 私がつけてあげようか?』

 赤い精霊が、ポンッと火をつけてくれた。



「えっ! すごい。ありがとう。またつかなかったらお願いしていい?」

 ミルはすぐさま次の確約を取り付ける。

『もちろんよぉ!』

 たくさんいる精霊たちはミルの周りを飛び回り、役に立ったと喜んでいる。
 ――ありがたい。この作業ほどいやなものはなかった。精霊様ありがとう。
 ミルはそっと手を合わせる。
 それからというもの、頑張ってもできないことは精霊にお願いをするようになった。一応、最初に努力はしてみる。しばらくするとコツを掴んだのか火を起こすことはできるようになったが、それ以外にも子供ではできないことが多いのだ。
 精霊がいてくれて本当に助かったと思う。仕事を手伝わされているので友達もいない、この世界のことを色々聞きたいが、父・ジョセフとは怖くて話せない。この国の名前、情勢なども精霊たちに聞いたのだ。精霊たちに名前を付けたいと思ったが、たくさんいるのでそれはやめた。申し訳ないが見分けがつかない。それでもこの精霊たちは一緒にいてくれる。わからないことがあれば教えてくれる。お願いをすれば喜んで手伝ってくれる。
 しかし、ミルが精霊にお願いをし、なんでもできるようになると、ジョセフは調子に乗り、あれやこれやと押しつけてくるだろう。近所の人からは、神童と呼ばれるかもしれない。そんなことになったら面倒なので、しばらくなにもできないフリをしようと決めていた。それは前世からの知恵である。
 精霊たちはミルがなんでも目を輝かせて聞くせいか、こぞってたくさんの話を聞かせてくれた。そして、自分たち精霊のことも。
 精霊が言うには、精霊には八種類の光があるらしい。そして、色別に性質も違うらしい。
 赤・青・だいだい・緑・黄・白・黒・紫。
 それぞれ火・水・土・緑・風・いやし・闇・時が主な属性となるらしい。
 ミルはその豊富な属性に驚いた。
 精霊が見えるようになってから、さりげなく周囲の人にも聞いてみたが、近所のおばさんは精霊は四種類いると言っていた。そして、十歳くらいになると教会に出向き、精霊と契約する。精霊に聞いたところ実際は契約に年齢は関係なく、個人の成長具合によるらしい。体内の魔力が成長と同様に落ち着き始めるのが十歳くらいだそうで、あまり早い段階で契約すると自身の魔力が伸びきっていないので、弱い精霊が付くことになる。そのため大体十歳くらいがいいとされているようだ。
 多くは自分の髪の色や瞳の色と同じ色の精霊が付くとされるが、そこは精霊次第なので絶対ではない。精霊付になると仕事も優遇されることがあるため、子供が十歳くらいになると親たちはこぞって教会に向かわせるのだそうだ。
 ほとんどの人たちは一体の精霊と契約するが、中には二、三体もの精霊と契約を交わす強者もいる。そして、たまに精霊が付かない人もいる――そんな話を聞いたのだ。
 精霊にとっても良い魔力持ちは争奪戦になるという。よってきちんと成長を待って契約するのがお互いにとっていいのだろう。だからといって契約を先伸ばしにしてもっと成長してからとなると、精霊たちから年増扱いされるらしい。ミルはちょっと、ぷぷっとなる。
 ――精霊も若い方がいいのか。
 精霊の話を聞いてから周囲の大人たちをよく見ると、小さな光が顔の近くで飛んでいた。今更だが、あれは精霊だったようだ。小さな頃はここのほたるはハエ並みにたくさん飛んでいると思っていた。まだ排気ガスとかがなくて空気がきれいだからかと思っていた。父・ジョセフとはそんな話をしたことがなかった。人と精霊の契約なんてとてもファンタジーだ。でもここで生活している人たちにとっては当たり前のこと。なんとも不思議なことだ。ミルは自分がなんの属性の精霊と契約ができるかと、今から楽しみにしている。


 ミルはその日の夕食の準備が終わるとようやく一息ついた。風は肌寒く、秋が近づいているのを感じる。秋になればミルは九歳になる。精霊の契約は十歳くらいが好ましいと聞いている。父・ジョセフは教会に連れていってくれるだろうか。

「そういえば、どうしてみんなは私にこんなに親切にしてくれるの? ここにはフリーの精霊たちがいっぱいだけど、教会に行って誰かと契約しなくてもいいの?」
『ミルがいいの。ミルの魔力はおいしいからぁ』

 黄の精霊が言う。
 ――えっ?

「魔力っておいしいの?」

 ――食べるものなの?
 ちょっと引いてしまう。

『精霊は人の魔力をもらうものよぉ』

 紫の精霊が言う。
 ――ちょっとなにを言っているのかわからない。でも異世界なんだし魔力というものがあるのか。私にも魔力があって、その魔力を精霊が食べているということか……

「精霊は魔力を食べているの?」

 とりあえず、聞いてみる。

『食べているというか~感じているというか~ぁ』

 緑の精霊が言う。

『要は一緒にいればいい気分なの!』

 赤の精霊が言う。

『人に害はないよぉ、たぶん。私たちは気に入った魔力にヒタヒタになっているだけぇ』

 青の精霊がブンブンと、ミルの周りを飛びながら言う。
 ――たぶんって……。それにヒタヒタ? なんか猫にマタタビみたいなものかな? まぁでも力を貸してくれるのだから魔力ぐらい、いいのかな。寿命が縮まったりしないのかな?

「あっ、でもそれは精霊付になってからでしょ? 契約もしていない人間のために力を使って、精霊は生きていけるの?」
『大丈夫なの。ミルの魔力はたくさんあって駄々洩れだから、契約してなくても二十でも三十でも、もっとたくさんの精霊でも引き連れていけるよ』

 ――駄々洩れ? 引き連れていく? どこに? もう本当になにを言っているかわからない。
 紫の精霊はそんなの当たり前だと言わんばかりにふんぞり返っている。ミルの瞳が紫だからなのか、紫の精霊は他の精霊よりよく見え、声もはっきりと聞こえた。
 ミルが紫の精霊と将来契約をするのかなと考えていると――

『ちょっと! 時の‼ 抜け駆けはゆるさない‼』

 と、五十体以上はいそうな精霊たちのバトルが始まった。
 光たちのバトルは深夜まで続いた。赤や青、緑、黄その他の色を含めて五十体ほどの光が暗い部屋の中を夜景のように照らしながら飛び回っている。
 ――きれいだなぁ、自然界の色だからなのか目にやさしい感じがするね。よく見るとバトルに参加していない子もいるな。力の弱い子たちだろうか。精霊の世界も世知辛いのう。力の弱い子たちは声も小さいし、光も小さい。そういう子はそういう子に付くのがいいのかもしれない。でも……魔力が駄々洩れって。二十でも三十でもって、すごいチートなのね、まさしくチート、これぞチート。ありがたいわぁ。逆によかったかも、変に貴族とかに生まれなくて。貴族に生まれて結婚相手を勝手に決められたり、悪役令嬢とかになるより全然いい。この世界に貴族とかいるのか知らないけど。まぁ王国なら貴族もいるか。また母親がいなかったり父親が嫌な奴だったりはなんの嫌がらせかって思うけど、もう仕方ないのでそこは置いといて、違う形で幸せになろう。
 ふっと見ると様々な光の陰に黒の光があった。人型には見えない。ベッドに寝ころんで光を見ていたミルの目の前にふよふよと漂っている。なぜかじっと見られている感じがした。黒の光ってとても不思議だ。黒の精霊は闇の属性だ。
 ミルは黒の光に手を伸ばした。そっと触れると、フワッとした毛玉のような感触がした。ミルは猫のあごを撫でるかのような仕草をする。前世で飼っていた黒猫のクロを思い出していた。
 ――可愛い、クロみたい。クロも私が携帯電話を触っているとじっと見つめてきたな。ウリウリ。可愛いなぁ。闇ってなにができるのかな? 夜に溶け込むとか? この家を出るときは夜にしよう。


 精霊との契約をするにはお布施ふせが必要だと聞いている。しかし必要な額もよくわからない。父にお金を準備してもらわなければならないミルは、勇気を出してジョセフに十歳になったら教会に連れていってほしいと願うも「そんな金はない」と怒鳴られた。


『別に教会に行かなくても精霊と意思疎通ができるミルはその場で契約できるよ』

 紫の精霊に可愛い顔で言われた。
 ――早く言って!
 そうとわかればこんな父親のもとにいる必要はない。さっさとお金を貯めてこの家から出ていこうと決めた。精霊が助けてくれれば、生きていくことくらいできるだろう。親が死んで一人だとか適当なことを言ったら大丈夫だろう。
 ミルが家を出る計画を練りつつ、いつもどおり忙しくしていると、夏に十歳になったルーイがやってきて、洗濯を手伝ってくれた。洗濯場でしか話ができないことをルーイは知っている。

「教会に行って精霊と契約をしてきたよ」

 そう言ってルーイは近くにあった落ち葉を浮かせてみせた。

「あ、ルーイは風の精霊が付いたのね」
「ああ、すごい便利! 重たい荷物も風で浮かせて運べるし‼ 空を飛びたいって願ったらちょっとだけ浮いたんだ‼」

 ルーイはちょっと体格のいい男の子だ。発育がいいので十歳になって早速、教会に行ったようだ。

「すごーい‼ いいなぁ」

 ちょっと大げさに言ってみる。ルーイの近くでブンブン飛び回っている黄色の精霊が見えた。ちょっと大きめの風の精霊だ。しかし、その精霊以外にも、三体ほどルーイの近くを飛んでいる。契約しなくても魔力が多い人は数体近くにいることがあるらしいが、本人は気がつかないまま生涯を終えることもあるようだ。
 ――そうか、それはもったいないな。いつか学会で発表しよう。この世界にそんなことをしている機関があるのかはわからないけど。

「だろ‼ でも飛ぶにはすごい魔力がいるからもうするなって父さんに止められた。下手したら死ぬかもって……」
「そうなんだ。まぁでも荷物が軽くなるのはいいよね」

 なんとなくルーイと話をしていると女子になる。幸せな気分でいるとルーイから意外な申し出があった。

「なぁ、ミルももうすぐ十歳になるだろう? 教会に行けよ。おじさんが連れていってくれないならオレが母さんに頼むから」
「ありがとう、ルーイ。でもお布施ふせがそれなりに必要なんでしょ? 自分の子供にならともかく、他人の子にお金を出す人はいないよ」

 そのことでジョセフと言い合ったのを思い出した。

「オレが働いて少しずつ返すから」
「ダメダメ。そんなのダメだよ。お父さんにお願いするから大丈夫だから」

 ルーイのやさしさはうれしいが、ただの友達に借金を背負わせるわけにはいかない。

「オレからおじさんにお願いしてやろうか?」
「ううん、いいの。お父さんのこと知ってるでしょ? 機嫌がいいときに自分でお願いする」

 ルーイはミルがジョセフを少し怖がっていることに気がついているので、そう申し出てくれたのだろう。


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