EDGE LIFE

如月巽

文字の大きさ
上 下
6 / 80
Case.01 影者

東都 南地区α- 同日 午後一時五十分

しおりを挟む
 普段の色とは違う前髪が視界に映るたびに違和感を覚える。一日二日程の髪染めは幾度とやっているが、バックミラーに写る自分の姿に毎回見慣れない。

 一時停止を示す信号に則りブレーキを踏み、疾斗は硬直したように前を見続ける高遠へ視線を移す。
 突然現れた自分に警戒するのは仕方ない事だが、車に乗ってからもこの様子の彼女に、一体どう接すればいいものか。

「…あ、の」

 微妙な空気感のまま沈黙が流れる中、先に声を出したのは高遠だった。

「どうした」
「私、どこに連れて行かれるんでしょう…?」
「……人を誘拐犯みたいに言うな。姫築のいる小学校に行くだけだ」
「学校ですか?」
「あぁ。この時間帯は体育らしい」

 座席の隙間に立てかけ入れていた紙束を取り出し、実兄から預けられていた時間割表を高遠へ渡してアクセルを踏み込む。

「私も知らなかったのに…」
「仕事である以上、どんな些細なものでも必要と思えば手に入れる。何かあった時に役立つかもしれないからな」

 ミラー越しに依頼人の様子を見れば、姫築と時間があう日を確認しているのか、自身の時間割と紙面を見比べて何かを考えている。
 集中する彼女を邪魔しないよう、少年の通う小学校へと車を走らせ、駐車場へ停車する。

「おい」
「ひゃいっ?!」

 車が停まったことにすら気付いていなかったのか、驚いたと同時にドアの窓へ頭をぶつけた娘は、シートベルトもそのままに前のめりに丸まる。

「いったぁ……」
「……大丈夫、か?」

 跳ね上がるほど吃驚されたことに疾斗も驚き、一拍おいて声を掛ければ、体勢を変えずに後頭部をさすりながら頷く。
 ゆっくりと身体を起こしてベルトを外すのを確認し、車を降りて助手席のドアを開けば、高遠が礼を言いながら降りた。

 高く張られたフェンスの向こう側、ドッジボールをしている生徒達と指導する教師の姿が見える。
 楽しげな声に惹かれるように高遠はフェンス傍まで向かい、玩具を追う仔猫のように首を揺らして探す姿に苦笑し、子供があまり得意でない疾斗は遠巻きに眺めて姫築の姿を探す。

 先天性の網膜不全により右目の見えない自分が、細々散々こまごまちりぢりと動く数十人の人間から一人を見つけることは簡単なことではなく、諦めて煙草を銜えた。

(カメラ…と言うことは見つけたか)

 運動会を応援する親の如く一頻りはしゃぎ、撮影に満足したのか楽しげに携帯を見ながらこちらへと戻って来る。

「気は済んだか?」
「はい!ありがとうございます、元気そうで良かったぁ…」

(……まるでしばらく見てなかったような言いようだな)

 胸に手を当てて安堵した高遠が、端末の写真フォルダを開いて楽しげに話題を振ってくる。
 普段であれば付き合うことはないが、店で出会った時とは明らかに違う生き生きとした様子に違和感を覚え、頷きながら話を聞く。



──聞き始めてから数十分後。



「……悪いが、そろそろ質問させてもらえないか?」
「はっ?!す、すみません、長々と聞いていただいて…」

 過熱しきった話が更に延長される前に途切り、頭を深く下ろす娘の顔を上げさせる。
しかしその表情は、話を聞いてもらえたことへの満足感もあってかにこやかなものだった。

「それで、聞きたいことっていうのは…?」
「そこまで緊張するような質問じゃない、再確認のようなものだ」
「……と、言いますと…」

 フィルターだけが残った煙草を簡易灰皿へと捨て、高遠の表情と声の僅かな変化も逃さぬようにまっすぐと見る。

「今回の依頼、従姉であるお前自身が起こしている行動と思って良いのかの確認だ」
「っ!!も、ももちろんです、何言ってるんですか新堂さん私自身に決まってるじゃないですか、冗談がお好きなんですね!!」
「…俺が冗談を言うタイプに見えるのか、お前には」
「み、見えないから私もびっくりしているんです!だいたい、そのほかに依頼してくることなんてあるんですか!?」
「時にはある。何かしらの理由をつけておいて代替えを立てられることが」
「私みたいな人に代替えを頼んでくる方なんているわけないじゃないですか!」
 あからさまな挙動不審とまくし立てに少々引きつつ、言葉を連ねながら言動の裏側に虚偽がないかを目視で探す。

 質問内容に逆上して興奮状態にあるためか、耳まで赤く染めて言葉の羅列を延々と投げつけてくる。その文章の中身に何かを隠している様子はなく、疾斗は彼女の背中をそっと叩いた。

「わかった、すまなかった。だからその大声でまくし立てるのは止めてくれ…」

周りの視線が痛いんでな。

 添えた一言に口撃をピタリとやめた娘が辺りを見回す。

 通りがかりの人間達が不審がっていたのは気づいてはいたが、今の大声が更に人気ひとけを集めていたらしく、何処かへ連絡しようとする人物の姿もあった。

「あ、あ…す、すみませんすみません!!」

 湯気でも出るのではないかと思えるほどに紅潮した高遠が何度も頭を下げて車の方へと走り出す。

「あの女の子、小学生撮ってたわよね…」
「警察連絡した方がいいんじゃないかしら……」

(治安が良すぎるのも面倒だな)

 遠隔キーで車の鍵を開けつつ、右目を軽く閉じながら周囲へ軽く頭を下げる。
しかし、一部始終を見ていた者達にとってはその行動さえも不信感を募らせる要因になったらしく、ざわつきは波紋のように広まり始めた。

「……何にでも疑いを掛けるのも大概にしろよ?」





 低く言葉を落とし、右眼を開いて頭を上げた瞬間、その場の時間が止まった。


──────────


「あの…すみませんでした……」

 運転席に戻ると同時、高遠が悄気た仔犬のように項垂れながらか細く謝罪をこぼす。
 興奮のしやすさに釘を刺しつつ、エンジンをかけてナビゲーションシステムに彼女のバイト先である喫茶店へ向かうよう入力してアクセルを踏んだ。

「α地区は治安がいい。ただその分、大した事じゃなくとも大事にされることも多い。次は気をつけろ」
「…警察に、呼ばれちゃうんでしょうか」
「今日は無い。な」
「…ありがとうございます」

 礼を言い胸を撫で下ろした娘は、携帯を眺め始める。画面には先ほど撮影した少年の姿が写っているのだろう、その顔は朗らかなものだった。

「そういえば、どうして新堂さんは大学にきたんです…?」
「依頼してきた割に連絡がないから、こっちから行っただけだ」
「連絡して良いなんて言ってくれなかったじゃないですか!」
「連絡してくるな、とも言ってないが」
「それは、そうですけど…」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。 (お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです) その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。 (その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性) 物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...