EDGE LIFE

如月巽

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Case.05 奪回

海上 一日目 五月十五日 午後六時四十一分

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 開けられた窓から、潮の匂いと共に夜気に冷えた風が程よく吹き込む。

「───スタンド」
「オープンカード……お前またブラックジャック…」
「仕事中だろ、
スペードのキングエースをひらつかせて控えめに笑う青年に目を細め、疾風はカードを回収して切り直す。

 華やかな香水と様々なアルコールの匂いが散り、天を飾るシャンデリアはオーバルカットの水晶硝子クリスタルガラスを輝かせて時間感覚を狂わせる。
 絢爛豪華な室内の眩さに彩りを加える夕光は、プレイテーブルに不規則な影の波を作り出す。

「はぁ……相当な大損ディーラーだわ。イカサマしてンじゃねェの?」
「人聞きの悪い。今は金を賭けてないんだから良いだろう?」
「金じゃねェ代わりに負けた回数分の酒奢るんですけど」
「それを決めたのはそっち。そこに文句言われる筋合いは」

 カクテルグラスに注がれたミリオネーアに口を付け、軽く首を傾げて口角を上げる男性モデル ─ HAYATO疾斗が、次のゲームを促しながらホール奥へと目を向ける。

 政都の議事堂内で幾度とすれ違った大物政界人
 メディアドラマでよく見かける人気俳優
 ネットを賑わせるインフルエンサー

 カード端を弾き噛み合わせシャッフルしつつ視線だけで見渡すだけでも、一度は見聞きしたことのある人物達が揃っている。
 着飾った紳士淑女は各々が好む遊戯を嗜み談笑を楽しんでいるが、どこまでが建前でどこからが本性なのだろうか。
「…一応確認までに聞くが、ここに来てる奴らの名簿、本当に知らなかったんだな?」
「ああ。依頼人から預かった対象者ターゲットの情報以外は本当に知らなかった」
 送付されていた旅程冊子にも書かれてなかっただろう、と目を細める疾斗の問い戻しに、納得がいかないまま頷く。
 上質なウール生地で誂えられたタキシードを纏い、周りの視線を気にする事なく酒と煙草を賭けて遊ぶ実弟は、表の世界では被写体モデルとしての知名度が高い。
 理解していなかった訳ではないが、各界で名が知れている人間達が集まる船上パーティーに公式で呼ばれる程とは恐れ入る。
「今更ながらお前の立ち位置の凄さ知ったわ……今までも誘いは有ったのか?」
「まぁ、何回かは。今日だって依頼の件が無かったら即断っていた」
「…ま、だろうな。しそうになったら適当に切り上げて、部屋戻れよ」
外光で僅かに光を映す右目を指し示せば、作り笑いを浮かべたまま、頷く代わりに両目をゆっくりとまばたかせて首を傾ぐ。
「……居たぞ」
目の先を追えば、ゆるく編み込んだ髪を垂らした女性ディーラーが、カウンターのスタンドチェアに座った娘と話している。

ディーラースタッフ ─ 未荻みおぎ なつめ
今回の依頼人であり、金野の屋敷に襲来した張本人。そしてElder Phantomのマネージャーでもある。
向かいで話す娘はユニットメンバーの一人・Ri- saこと王司おうじ 理衣沙りいさ
快活さを売りにしているらしい彼女は、黄褐色と橙のツートンカラーに染め髪を高く一つに結い上げ、向日葵色のカジュアルドレスを纏う。
写真で見た時は年齢よりもやや上に見えたが、普段とは明らかに違うであろう場の空気に呑まれて落ち着かない様子が、年相応に見せる。

スプリット※手札を割ること
伏せ渡したカードを確認した疾斗が表向きに捲り、二枚の絵札を離してチップ代わりのシルバーリングを置く。
 手札を呼ぶ仕草を確認し、札の片方へカードを開け置けば、クローバーが七つ並ぶ。
「ヒット」
「一日目あの調子で大丈夫なのか?」
「現場での場数が少ない以上、緊張あればっかりはどうにも出来ない」
「お前が言うと説得力すげーな。バースト」
プレイヤーの二枚のカードへ投げた一枚はダイヤが六つ並ぶ。数が溢れた負札の下に置かれたリングを取れば、やや不機嫌そうに目を細めながはもう一枚の手札上で次を招く。
「メインで動くのはElder Phantom三人で、俺達はサポートなんだ、気にする必要ないだろう?」
「とんでもねえ計画立ててンのに、本人があんな度緊張してるの見たら心配にもなるわ」
この船にある宝を手に入れる、なんて。

**********

 賭金代わりに置いていた指輪を負札に化したカードから外して右手指に戻し、懸念を口にする疾風に目を細める。
 愚痴をこぼす事は多々有るが、兄が手付け前の依頼へ不安を口にするのは珍しい。
「乗り気だった訳じゃないのか」
「人を何だと思ってんだよ」
「傍若無人で仕事中毒者ワーカホリックな実の兄」
「喧嘩売ってンのかお前は……」
 言葉とは裏腹に苦笑する男へもう一枚の勝負札へのカードを要求し、二人が話すテーブルの方へ目をやる。
 二人の位置から後方に座る自分の目に映った手札の数枚は、見事なまでにスートも数字も合っていない。
「あの嬢ちゃんにギャンブル運分けてやったらどうだ?」
 疾風の一言から察するに見えぬカードも不利な物らしい。
 王司があからさまに項垂れ怨み言を漏らし、それを聞き流す未荻が笑いながら賭けの有無を確認する様子が見える。
「さっきからディーラーが勝ち続け状態、この卓ウチとは真逆だ」
「それが命運を分ける訳じゃないだろ。それに、運はあまり良くない方だ」
「ゲーム変えて五回しかやってねえのに、二回もブラックジャック出してるヤツがよく言うわ」
 紅色の液体を飲み下したグラスを賭金の横へと添え、伏せるカードを捲り開いてやれば、苦笑っていた目前のディーラーは緑眼双眸を僅かに見開く。
「ファントムをあの席に。よろしく」
 胸ポケットへ挿していた紙片を手中へ隠し、負け込む新人歌手の元へと歩む。
 

──あれホンモノ?

──こういう場には来ないって聞いてるぞ…?

 奇異を見るような視線。
 密かで耳障りな猜疑話。
 向けられる悪意に嘆息。

──模造機体コピリア越させたんじゃない?

──実はそっくりさんじゃ?


(……煩い)


 前を通れば知らぬ存ぜぬ、閉口。
 笑みを見せて会釈すれば、偽笑。
 煌めき華やぐ世界の裏の、暗雲。
 

(ただの仕事だったら来なかったが)
依頼として受けた以上、完遂させる事が第一。
同時に、依頼人を護る事も必要である。

 耳を汚す音を消すように呼吸を整え、二人が向かい合わせる席で止まる。
「ゲーム中にすまない」
「は、はい──え?」
 振り向いた王司が疾斗を捉えた瞬間、目を瞬かせて息を呑む。
「失礼致します、あちらからの申し付けでファントムをご用意させていただきました」
 フットマンが深々と頭を下げて差し出したグラスを取る。
 一体何が起きているのか分かっていないのか、呆気に取られ固まる未荻は僅かに首を傾げながら席へと促し、頬を染めて羨望にも似た眼差しを向けたまま魅入る娘に口角を上げる。
「挨拶代わりに、勝負をお願いしたいんだが」
良いか?
 言葉を切ると同時、カードの散ったポーカーテーブルへ、手中に隠していたジョーカーの切れ端を二枚置いた。
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