EDGE LIFE

如月巽

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Case.04 心情

東都 東地区α 四月十八日 午後二時

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「──じゃあ、僕は院長室にいるから。疾風君は終わったら連絡に来てね」
「仲川院長、本当にお手数とご迷惑をおかけました」
「いいよいいよ、彼についてきちんと確認を取りきれていなかった病院僕たち側にも責任があるし。会長父さんにも問い質してみるから」
 自分の不手際で煩わせた迷惑に謝罪へ仲川は笑って返し、病室を出ていく。その背へ最敬礼を示した疾風は個室の引き戸へ鍵を掛け、寝台に横臥わる青年とそれを囲む二人の方へと向き直る。
 佐多の主人の頭上には薬液が提げられ、そのチューブは針跡で変色しきった腕へと繋げられている。
 機関長から預かってきた、という書面を都築から受け取り、自分達に使われていた薬品成分の調査結果を確認して対象者用の中和点滴薬のデータを仲川に頼んだのだ。
 左眼へ意識を僅かに集中させてその中身を見れば、自分が指示した通りの調合で睡眠促進剤の効果を打ち消すための中和薬と栄養剤がゆっくりと流されている。
その眼を美南の痩せた身体へ向ければ、睡眠薬の毒素はだいぶ抜けたのがみて取れた。
「…佐多さん。昨日も話したが、美南さんは俺達が関わるよりも前から記憶改竄を掛けられていた事が判っている。犯人から解放されたからと言って、どの程度まで記憶が戻ってるかは」
「大丈夫ですよ請負人先生、主が起きてから確認しますし。それに、戻っても戻らなくてもお二人にちゃんと報酬金額はお支払いしますって」
 余程主人が目を覚ますことが嬉しいのか、佐多はからからと笑う。
 問題視しているのはそこではないが、この人型機体は本人が依頼してきた内容以外の説明についてはあまり聞いていない節がある。昨日も説明をしている最中に電源が落ちてしまった場面があり、話した内容の三割を覚えていればいい方なのかも知れない。
ずれ落ちてきていた眼鏡を元位置へ上げ戻し、流量調節機ローラークランプを徐々に締めて液体を止め、針を外す。処置を済ませて疾斗へ視線を送れば、実弟は投げ出されている腕へと軽く触れて彼の夢へと入った。
「前に見たときにも検索掛けましたけど、請負人先生も弟さんも俺の中の情報には入っていないタイプだ。今まで見聞きして話して記録してきた人間の中でも、一番分析しきれない」
「分析でどうにかなるのが人間じゃねえよ。能力に関して云えば、誰もが自分自身の持ってるモンを理解しきっている訳じゃないし、疾斗の能力モンはまだ殆どが不確定要素だらけでな」
「不確定要素ばかりの能力なんて非効率だし本人にとって一番危険じゃないですか。なんでそんなリスクを背負ってまで使うんです」
「多分そりゃあ…」
「…話の最中にすまない。間も無く起きると思うが…」
 普段であれば目覚めるまでに早くても五分は掛かるが、それよりも早く起きたという事は対象者はすでに半覚醒状態だったのだろう。傍らに座っていた男が小首を傾げてこちらを見上げて口にした言葉へ頷き、息を吐く。
 実弟が場を離れ佐多が代わりに座り青年を見ていると、なだらかな呼吸に上下していた胸が僅かに大きく跳ねる。眼球の動きがやや活発になり、それから程なくしてその目蓋がゆるりと動いた。
「主人、やっと起きて」
「なん、で…」
「え」
「なんで、起こした…」
 思いもよらなかった言葉に驚き疾斗へ顔を向ければ、夢を共有していた実弟はその行動に何かを悟ったのか顔を伏せる。
「なんで死なせてくれなかった……どうして寝たままにしといてくれなかったんだ、このクソ人形!!」
「ある、じ?」
「ほっといてくれりゃ良かったのに…そうすりゃ夢の中でさつきさんとずっと一緒にいられたのに…」
 発せられた名を検索しているのか佐多は座った姿勢で止まり、目前の状況とこれまでの情報を整理しているのか、笑みを浮かべたまま様子を確認するその目は瞬きが多い。
「お前なんか要らないんだよ!おんなじ顔で笑ってもおんなじ様に動いても、お前は皐じゃない!」
「おい、お前は病み上がりなんだ、その辺でやめてお」
「うるさい何なんだアンタら!そのクソ玩具に唆されたのか?皐さんの顔をしたその木偶の坊に!」
 制止しようと掴んだ腕は振り払われ、暴れ続ける美南の手が棚上の花瓶を叩き落とす。肉薄の陶磁器は衝突衝撃に耐え切れず割れ砕け、色鮮やかな中央桔梗セント・リシアンサスが床へ散り咲く。喚き嘆き叫ぶその声は幼子の我儘にも似て、反応することが出来ない機械仕掛けの青年を揺さぶり言刃ことばを突き刺し続けてゆく。
 怒鳴られてもなお表情を変えない男型機体に苛立ちが燻り続けているのか、見る見るうちに紅潮し、掴んでいた襟首を突き放す。
「必要だから、造ってくれたんじゃ、ないんですか…?」
「うるさいって言ってんだよこのガラクタ!喋るな!」
 罵声と共に出された主人からの指令に佐多は音声機能をすぐさま止め、口を閉ざす。とまらぬ暴言の意図は理解出来ておらずとも、従順に従うのは機械ゆえなのか、すぐさま行動を取るようプログラムを組まれているからなのか。
 動きを止めた男と暴れ続ける男の間に身体を入れ、今だ掴みかかろうとする美南をベッドヘッドへ点滴チューブで縛り捕えるが、なお荒み泣き、罵詈雑言を吐き散らかす。
「人同士ですら通じ切れているわけじゃねえんだぞ、それが人型機体ヒューマニアロイド相手なら尚更だ。でも手前ェの場合は言い過ぎだ」
「赤の他人に何が分かる?!俺はただ一緒にいきたかったんだ…ずっと一緒だと思ってた……記憶だって、ちゃんと移したのに……それなのにっ、こいつは」
「…その記憶は、本人から移したのか?」
 物憂げに口を閉じたまま床に散らばった花々を拾い、サイドテーブルへと纏めた疾斗がようやく音を零して美南の動きが止まる。
依頼者や対象者への敬語を絶やさぬ実弟が普段と変わらぬ言葉で話すのは、怒りを抑えきれずにいるか自らの想いを口にする時だけだ。
 表情こそさほど普段と変わらぬが、物映さぬ右目にさえ憐憫を宿して美南を捉えて離さない。そして美南も蛇に睨まれた小動物の様に動けなくなったまま疾斗を見つめる。
「…誰かの指示を受けたわけでなく、内蔵電池がいつ切れるか分からなくとも、二年半面倒を見続けてくれていた。それでもお前は佐多を否定するのか」

恋人の代わりにならなかった、と言うだけで。

突きつけたその問いに、押さえつけている青年は僅かに呼吸を止めて唇を噛む。
「美南龍弥。亡くなる前に、の記憶を彼にインストールしたのか?」
「そんなことできる訳ないだろっ…皐さんが死んだ後に俺が頼んで」
「ならその時点で彼は佐多皐さんの複製機体コピリアではない。彼は佐多伍樹という人型機体だ」
 冷たく凜とした声が、病室内のざわついた気配を、泣き叫ぶだけの青年の言葉を斬り裂く。

人型機体と模造機体とは、素体自体は同じ物だが構築情報入力方法が違う。
一般的に作られる人型機体は生活補助や人員不足解消、そして心傷回復の一時的愛玩用などに用いられる。
支払金額に応じて入力情報の差異が生じるため、例え新品の機体であっても理想と異なるものができることが多い。
対して後者は大基となる生きている人間の性格や癖の一つ一つ全てを全てデータとして起こし、機体へそれをインストールして完成させる。一定期間を置いて生者が覚えた事を常にデータ化して更新するため、本人と見紛う程に精巧な出来となるのだ。

「自分の記憶の中の人物をなぞらえて造ったものは、本人自身の持つ記憶と齟齬が生じたもの。あなたの記憶にある佐多皐の情報をインストールしている時点で、彼はあなた専用の従順な人型機体・佐多伍樹としての存在だ」
「っ…でも、俺は、あの人が今までしてきた通りの事をコレに教えたんだ…だから」
も、全部か?」
 双眸に宿す光とは対照的な無感動な音で、疾斗は淡々と問いを詰めてゆく。
 抑揚などない。怒りとも哀れみとも取れない。まるでただ動き話すだけの初期型機械人形のようなその言動に、薄寒さを感じる。それは美南も同じだったのか、質問へ答えることが出来ないまま喉をひくつかせて目を見開いている。
 半覚醒の夢の中で彼が何を見て来たのかなど知る由もないが、これほどまで言葉にすることの出来ない重い気配を背負い話す姿は見たことが無い。
「…請負人先生、弟さん。もう、大丈夫です」
 椅子に座ったまま何かを検索し続けて硬直していた佐多が言葉を発する。僅かに眉を動かして不快を表した主を確認し、機械人形は穏やかな表情を作り出してこちらを向くと、割れた花瓶の破片をひとつ拾い取った。
「どうして、必要だって言い続けたんですか。要らないなら廃棄する。それが人間の考え方じゃないですか」
 割れた花瓶の破片を握り閉める佐多の行動が読めず、左眼を眇めて人型機体へ視点をあわせる。
「お、おい…伍樹、お前なにやって…?」
「不用品は、片付けないと、駄目でしょう?」
 穏やかとしか言いようのない、状況とは噛み合っていない表情。眼を通して見る佐多の視界には[ACTION ERRER]の表示が出ているが、動きは止まらない。
「請負人先生。指定の口座さんには振り込ませて頂いたんで、依頼は終わりってことにしてもらえますかね」
刃の様な鋭さを持った陶器を行動を司る中枢部が収められている額の位置まで持ち上げ、硝子製の目をこちらへと向ける。こちらの答えを待っている様にも取れるその行動に疾斗へ目配せをすれば、その意を汲み取った弟が携帯端末へ指を滑らせ、数度頷く。
「……入金の確認ができた。俺らの請けた仕事は終わりだ。後はお前の好きにすればいい」
「ははっ、ありがとうございます」
 回答へ礼を呟き笑った機械人形の目は主を捉え、僅かな時の間、ゆるりと視界が細くなる。
「は……?いつき…お前、やめ」
「やめませんよ主。だって」


佐多伍樹は、主にとって不要品いらないモンだから。



笑ってそう言い放つと同時、挙げられていた両手はその額へ振り落とされた。



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