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如月巽

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Case.04 心情

東都 東地区α 四月八日 午前九時〇四分

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「基礎検査の各数値はほぼ問題なし、か…」
  懇々と眠り続けている患者・美南の検査結果を液晶スクリーンに映る電子カルテと並べて眺めながら、疾風は口に含んでいる飴へ歯を立てる。
心拍数は一般成人男性に較べてやや少ないが、仲川に頼んで表示させている過去カルテでも似た様な数値が出ており、平常時の数値が判らない事も考えると判断材料にするのは難しい。
 基礎検査である程度の異常値や原因を絞り込む事ができれば、転院という名目で自分のマンションに連れて帰るという方法が取ることができた。
しかし、美南の結果を見る限りでは異常値は無く、CT撮影された脳の画像を確認しても何処にもおかしい物は見当たらない上に停止している訳でもない。
この長い期間を眠り続けている症状の手掛かりになる物は確認できず、このまま手続きを踏んで連れ出すのは些か無謀が過ぎる。
(……こうなってくるとやっぱ脳波測定するべきか?脳神経科の知り合いが残ってるといいが…)
 自分がよく出入りしていた時期は二十代前半の頃。当時の院長に呼ばれて臨時医師として勤めた時はあったが、その頃から数えても既に六年以上過ぎている。
 院内専用の携帯端末に医師の名前を表示し、無意識に煙草の箱を探す手を小箱へ移動させて飴を摘む。
 普段ならこの時間は既に数本目を咥えているが、当然のことながら院内は禁煙だ。個人に与えられる診察室にいる間は飴菓子で紛らわせているが、同じ味に口が飽きているらしく、嗜好品を求める自分が居る。
「そう都合よくいかねぇか……」
 画面に映る医師名に自分が知る者はいない事を確認し、普段とは違う手順の煩わしさに溜息を吐いた疾風は、通院・入院患者の予定を見ながら検査技師へ予約依頼を送るためホログラムキーボードに指を跳ねさせる。

 前任だった医師から聞いた話によると、患者がこの病院に運ばれて来たのは2年半前のことらしい。
 通報は美南に同伴していた人型機体に内蔵エマージェンシーコールに依るもので、救急搬送されてきた時には既に現在と同じような昏睡状態。
 治療室に入って間も無く父親だという男が来たそうだが、検査中で席を外し気味であったことと相手方がマスクをしていた事もあり、顔はよく覚えていないらしい。
 傍にいた人型機体に確認をとると無機質に首を縦に振り、父親は説明を聞いても特に心配するような素振りは見せなかったという。
(そもそも一つの病院にずっと寝かして置いてるのもどうなんだよって話だよな…)
 必要項目を全て入力し、該当する医科担当者へ依頼書を送信して息をつく。
まだ幼少期だった頃、疾斗はその稀有で強力な能力が身体を蝕み、幾度となく長期睡眠に陥ることがあった。
子供の自分にはどうすることも出来ず、睡眠障害専門治療機関へ連絡を取った父と共に向かい、起きない弟をひたすら呼び続けていた事がある。
超長期間に及ぶ昏睡となれば、本来は其方に見せるのが妥当のように思うが、今の院長に聞こうにも、仲川は地位に就いて約一年だ。彼が事情を聞かされているかは正直難しい。
自分の立場を突きつけて聞くのは容易だが、そこまで手荒な要求をするのは違うだろう。そもそもそれが分かったとしても、目覚めへの解決になるかどうかはまた別の話だ。
 考え過ぎから皺を寄せる眉間を撫で整え、ずれた伊達眼鏡を目位置へ戻して身体を伸ばせば、机上に置いていた携帯端末が鳴り響いた。
「はい」
『アンタがの進藤ね?脳神経科の渡辺よ』
(わざわざ地位強調してくるとか面倒くせェなオイ…)
『送ってきた内容みたけど、異常が無い患者の脳波測定ってどういうことなの?』
「えー…それは、ですね、外傷も腫瘍も見られないのに眠り続けていると言うのが気になりまして…」
『御家族の同意を得てからじゃなきゃ出来ないわよ?それぐらい当たり前でしょう、分かってる?』
「……仲川院長より、日程の日取りを該当医科へ先に連絡するよう言われてい…ま、した、ので。渡辺先生のご都合がつかないようでしたら改め…させ、ていただきますが…」
『…別に良いけど。可否でたらさっさと連絡してよね。じゃ』
僅かに舌打ちを響かせたと同時、一方的に通信は切られ信号音が残る。
 声を聞く限り自分よりかは幾分か若いように思うが、異様と思える程に高圧的だ。女性医師は地位格差を解らせたいのか、その態度が全て音に出ていることを気にする様子もなかった。
 あと一分話していたら間違いなく怒鳴り返していただろう。
 思わず出そうになる素の反応を喉で押さえつけ、一般常識に欠けている相手に使いたくもない敬語を何とか並べられた自分に、内心で軽く拍手した。
(後は佐多と疾斗待ちだな、とりあえずは…)
はらわたが煮え繰り返るのを深呼吸で宥め、何個目になるかも判らない糖質を放り込む。
スクリーンに映り続けるカルテを再度確認しながら、まだ数時間ある待ち時間への苛立ちを溶け出したばかりの飴玉ごと噛み潰した。
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