EDGE LIFE

如月巽

文字の大きさ
上 下
48 / 80
Case.04 心情

東都 南地区α− 三月二十七日 午後四時三十三分

しおりを挟む
 スーツ姿で時計を覗いてる男性。
 杖に手を掛けつつ舟を漕ぐ老人。
 綺麗に化粧をしてそわつく女性。
 半袖制服でお喋りを楽しむ学生。
 帰宅のために乗るバスを待つ停留所前のベンチには、いつも通りの見慣れた光景。
 教育都区とも呼ばれる東都は、高層建築が多く並んでおりモノトーンカラーが多いが、あちこちに植えられた木々の色鮮やかな緑が差し色となって、窮屈感はあまり感じた事はない。
 人々の間から道路先を確認しようと、飛鳥が体を目一杯にのめらせれば、白と黄色の車体が駆動音を緩めながら此方へと向かって来る。
 ゆっくりと停車したバスへ順を守って乗り込み、パスカードを読ませれば、運転手がゆるりと頭を下げて座席へと手を流す。
つられて頭を下げて視界に入った運転席を見れば、本来であれば脚がある場所には何もなく、代わりにモーター音とは違う駆動音が聞こえる。
(今日のバス、自律制御式機体リガードロイドだ…すごい)

母に連れられ学校代わりに行っていた図書館の司書が人型機体だった。
半年前までΦファイエリアで暮らしていた自分にとってはそれ以外に見たことは無かったが、こちらに越してきてからは様々なタイプを見知りしている。
通っている小学校の警備員や大型ショッピングモールの総合受付、深夜帯営業の出来る小店舗員など、色々な場所で仕事に励んでいる。

顔を上げれば古銅輝石ブロンザイトの様な目がこちらに向けられて車内へ入るように手が流れ動き、慌てて車内へ入れば、人がどんどんと増えてゆく。
車輌運転を任されている機体は、発車定刻を迎えたと同時に扉を閉ざしてアクセルを開ける。
少々混雑した車輌内、手すりを掴めずに鞄の重さと振動に揺らされ足が縺れた。

手を付くのが間に合わない。
床との距離が一瞬で近づく。

 顔面へ痛みが来る事を覚悟したと同時に、身体が後ろへと引かれて床が離れた。
「っ…あ、れ?」
「大丈夫か坊主」
 突然近くに聴こえた声に驚いて見回してみれば、背負う鞄を掴んだ蒼髪そうはつの男性が首を傾げた。
「ほら、ここ座ってろ」
「お兄さんが座ってた…」
「俺ァ立ってようが座ってようが変わらねーから」
「あ、ありがとございます」
 立ち直る前に半ば強引に着席させられ、あっけに取られながらも頭を下げれば、困った様に笑う。
 荒い口調に伴わない優しい行動に、自分を助けてくれた管理人がふと過る。
顔つきは違うが、彼が持ち合わせてる雰囲気がどことなく似ているのかもしれない。不思議な感覚に心が高鳴る。
 にやけてしまいそうな顔を手で覆い捏ね、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを整える。
 時折揺れる車内、能力制御練習に乗客の影に目を落とせば、学生の影は平面上を項垂れ、女性の影は立体具現しそうな程に足元で跳ねている。
人々の内なる感情を影を通じて垣間見、後ろめたい気持ちを抑えながら目前の男の足元を見る。
(……あれ?)
 濃紺のスニーカーの下に見える影は、いくら見つめても動きを見せない。
 もう一度別の乗客の影を見ると、自分だけが視える影の住人達は主人あるじの心が動くままに行動を見せてくれている。
(そう言えば、前住んでたトコの図書館司書さんも動かなかった)
 再度真下へ目線を落としてみるが、人工光に照らされて作られた影は有れど、感情の揺らぎ一つすらもなく、ただ静かに男性の足元に収まっている。
「なぁ坊主。このバス、中央綜合ってトコに止まるか?」
「う、うん、止まるよ。ぼくが降りる停留所もそこ」
「そりゃ良かった、一緒に降りれば場所には行けそうだ。いや、乗るバス三回も間違えちまってよ」
「お兄さんはどこから来たの?」
「北地区からだ。どうも道がわからなくてよ」
笑いながら告げられた地区名に飛鳥は目を丸くする。
各地区から運行されている交通手段は、どの場所から乗車をしても必ず【中央綜合】を経由している。
どのように現在地である南地区に来たかは判らないが、少なくても一回くらいは目的の停留所を通っている筈だ。
「た、大変…どこに行くの?」
「請負屋って奴らに頼みがあってな。最初は別のトコに頼もうとしたんだが、オレが自己思考式人型機体ヒューマニアロイドって言った瞬間、追い出されちまって」
 頭を掻きながら苦笑する男がさらりと素性を話し、影が一切動かなかった事に納得する。

 まだ自分がΦエリアに居た頃、図書館であちこち揺らぐ影の中で唯一、司書の影だけが全く動かなかった。
その時に母へ聞いた際、初めて司書が人型機体だと教えてもらった。
 影が動いて見えるのは、人間のもつ物だけ。
自分が能力者だと自覚し、管理人から基礎を教わった今だからわかることだが、どうもそういう事らしい。

だとしても、機械がそんなに道に迷うのは如何なものなのだろうか。
「えっと…お兄さんの行きたい[うけおい屋さん]、停留所から近い?」
「どっかのマンションにあるらしい。中央地区にマンションなんざあちこちあるから、オレに判るかどーか…」
「…え?」
 中央地区のマンションに、請負事務所を持つのは一つだけ。
 管理人と同じ顔をした男に言われていた言葉を思い出し、気付けば飛鳥は蒼い髪の男の服裾を掴んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

おしごとおおごとゴロのこと そのさん

皐月 翠珠
キャラ文芸
目指すは歌って踊れるハウスキーパー! 個性的な面々に囲まれながら、ゴロはステージに立つ日を夢見てレッスンに励んでいた。 一方で、ぽってぃーはグループに足りない“何か”を模索していて…? ぬいぐるみ達の物語が、今再び動き出す! ※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは無関係ですが、ぬいぐるみの社会がないとは言っていません。 原案:皐月翠珠 てぃる 作:皐月翠珠 イラスト:てぃる

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

処理中です...