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Case.04 心情
東都 南地区α− 三月二十七日 午後四時三十三分
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スーツ姿で時計を覗いてる男性。
杖に手を掛けつつ舟を漕ぐ老人。
綺麗に化粧をしてそわつく女性。
半袖制服でお喋りを楽しむ学生。
帰宅のために乗るバスを待つ停留所前のベンチには、いつも通りの見慣れた光景。
教育都区とも呼ばれる東都は、高層建築が多く並んでおりモノトーンカラーが多いが、あちこちに植えられた木々の色鮮やかな緑が差し色となって、窮屈感はあまり感じた事はない。
人々の間から道路先を確認しようと、飛鳥が体を目一杯にのめらせれば、白と黄色の車体が駆動音を緩めながら此方へと向かって来る。
ゆっくりと停車したバスへ順を守って乗り込み、パスカードを読ませれば、運転手がゆるりと頭を下げて座席へと手を流す。
つられて頭を下げて視界に入った運転席を見れば、本来であれば脚がある場所には何もなく、代わりにモーター音とは違う駆動音が聞こえる。
(今日のバス、自律制御式機体だ…すごい)
母に連れられ学校代わりに行っていた図書館の司書が人型機体だった。
半年前までΦエリアで暮らしていた自分にとってはそれ以外に見たことは無かったが、こちらに越してきてからは様々なタイプを見知りしている。
通っている小学校の警備員や大型ショッピングモールの総合受付、深夜帯営業の出来る小店舗員など、色々な場所で仕事に励んでいる。
顔を上げれば古銅輝石の様な目がこちらに向けられて車内へ入るように手が流れ動き、慌てて車内へ入れば、人がどんどんと増えてゆく。
車輌運転を任されている機体は、発車定刻を迎えたと同時に扉を閉ざしてアクセルを開ける。
少々混雑した車輌内、手すりを掴めずに鞄の重さと振動に揺らされ足が縺れた。
手を付くのが間に合わない。
床との距離が一瞬で近づく。
顔面へ痛みが来る事を覚悟したと同時に、身体が後ろへと引かれて床が離れた。
「っ…あ、れ?」
「大丈夫か坊主」
突然近くに聴こえた声に驚いて見回してみれば、背負う鞄を掴んだ蒼髪の男性が首を傾げた。
「ほら、ここ座ってろ」
「お兄さんが座ってた…」
「俺ァ立ってようが座ってようが変わらねーから」
「あ、ありがとございます」
立ち直る前に半ば強引に着席させられ、あっけに取られながらも頭を下げれば、困った様に笑う。
荒い口調に伴わない優しい行動に、自分を助けてくれた管理人がふと過る。
顔つきは違うが、彼が持ち合わせてる雰囲気がどことなく似ているのかもしれない。不思議な感覚に心が高鳴る。
にやけてしまいそうな顔を手で覆い捏ね、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを整える。
時折揺れる車内、能力制御練習に乗客の影に目を落とせば、学生の影は平面上を項垂れ、女性の影は立体具現しそうな程に足元で跳ねている。
人々の内なる感情を影を通じて垣間見、後ろめたい気持ちを抑えながら目前の男の足元を見る。
(……あれ?)
濃紺のスニーカーの下に見える影は、いくら見つめても動きを見せない。
もう一度別の乗客の影を見ると、自分だけが視える影の住人達は主人の心が動くままに行動を見せてくれている。
(そう言えば、前住んでたトコの図書館司書さんも動かなかった)
再度真下へ目線を落としてみるが、人工光に照らされて作られた影は有れど、感情の揺らぎ一つすらもなく、ただ静かに男性の足元に収まっている。
「なぁ坊主。このバス、中央綜合ってトコに止まるか?」
「う、うん、止まるよ。ぼくが降りる停留所もそこ」
「そりゃ良かった、一緒に降りれば場所には行けそうだ。いや、乗るバス三回も間違えちまってよ」
「お兄さんはどこから来たの?」
「北地区からだ。どうも道がわからなくてよ」
笑いながら告げられた地区名に飛鳥は目を丸くする。
各地区から運行されている交通手段は、どの場所から乗車をしても必ず【中央綜合】を経由している。
どのように現在地である南地区に来たかは判らないが、少なくても一回くらいは目的の停留所を通っている筈だ。
「た、大変…どこに行くの?」
「請負屋って奴らに頼みがあってな。最初は別のトコに頼もうとしたんだが、オレが自己思考式人型機体って言った瞬間、追い出されちまって」
頭を掻きながら苦笑する男がさらりと素性を話し、影が一切動かなかった事に納得する。
まだ自分がΦエリアに居た頃、図書館であちこち揺らぐ影の中で唯一、司書の影だけが全く動かなかった。
その時に母へ聞いた際、初めて司書が人型機体だと教えてもらった。
影が動いて見えるのは、人間のもつ物だけ。
自分が能力者だと自覚し、管理人から基礎を教わった今だからわかることだが、どうもそういう事らしい。
だとしても、機械がそんなに道に迷うのは如何なものなのだろうか。
「えっと…お兄さんの行きたい[うけおい屋さん]、停留所から近い?」
「どっかのマンションにあるらしい。中央地区にマンションなんざあちこちあるから、オレに判るかどーか…」
「…え?」
中央地区のマンションに、請負事務所を持つのは一つだけ。
管理人と同じ顔をした男に言われていた言葉を思い出し、気付けば飛鳥は蒼い髪の男の服裾を掴んでいた。
杖に手を掛けつつ舟を漕ぐ老人。
綺麗に化粧をしてそわつく女性。
半袖制服でお喋りを楽しむ学生。
帰宅のために乗るバスを待つ停留所前のベンチには、いつも通りの見慣れた光景。
教育都区とも呼ばれる東都は、高層建築が多く並んでおりモノトーンカラーが多いが、あちこちに植えられた木々の色鮮やかな緑が差し色となって、窮屈感はあまり感じた事はない。
人々の間から道路先を確認しようと、飛鳥が体を目一杯にのめらせれば、白と黄色の車体が駆動音を緩めながら此方へと向かって来る。
ゆっくりと停車したバスへ順を守って乗り込み、パスカードを読ませれば、運転手がゆるりと頭を下げて座席へと手を流す。
つられて頭を下げて視界に入った運転席を見れば、本来であれば脚がある場所には何もなく、代わりにモーター音とは違う駆動音が聞こえる。
(今日のバス、自律制御式機体だ…すごい)
母に連れられ学校代わりに行っていた図書館の司書が人型機体だった。
半年前までΦエリアで暮らしていた自分にとってはそれ以外に見たことは無かったが、こちらに越してきてからは様々なタイプを見知りしている。
通っている小学校の警備員や大型ショッピングモールの総合受付、深夜帯営業の出来る小店舗員など、色々な場所で仕事に励んでいる。
顔を上げれば古銅輝石の様な目がこちらに向けられて車内へ入るように手が流れ動き、慌てて車内へ入れば、人がどんどんと増えてゆく。
車輌運転を任されている機体は、発車定刻を迎えたと同時に扉を閉ざしてアクセルを開ける。
少々混雑した車輌内、手すりを掴めずに鞄の重さと振動に揺らされ足が縺れた。
手を付くのが間に合わない。
床との距離が一瞬で近づく。
顔面へ痛みが来る事を覚悟したと同時に、身体が後ろへと引かれて床が離れた。
「っ…あ、れ?」
「大丈夫か坊主」
突然近くに聴こえた声に驚いて見回してみれば、背負う鞄を掴んだ蒼髪の男性が首を傾げた。
「ほら、ここ座ってろ」
「お兄さんが座ってた…」
「俺ァ立ってようが座ってようが変わらねーから」
「あ、ありがとございます」
立ち直る前に半ば強引に着席させられ、あっけに取られながらも頭を下げれば、困った様に笑う。
荒い口調に伴わない優しい行動に、自分を助けてくれた管理人がふと過る。
顔つきは違うが、彼が持ち合わせてる雰囲気がどことなく似ているのかもしれない。不思議な感覚に心が高鳴る。
にやけてしまいそうな顔を手で覆い捏ね、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを整える。
時折揺れる車内、能力制御練習に乗客の影に目を落とせば、学生の影は平面上を項垂れ、女性の影は立体具現しそうな程に足元で跳ねている。
人々の内なる感情を影を通じて垣間見、後ろめたい気持ちを抑えながら目前の男の足元を見る。
(……あれ?)
濃紺のスニーカーの下に見える影は、いくら見つめても動きを見せない。
もう一度別の乗客の影を見ると、自分だけが視える影の住人達は主人の心が動くままに行動を見せてくれている。
(そう言えば、前住んでたトコの図書館司書さんも動かなかった)
再度真下へ目線を落としてみるが、人工光に照らされて作られた影は有れど、感情の揺らぎ一つすらもなく、ただ静かに男性の足元に収まっている。
「なぁ坊主。このバス、中央綜合ってトコに止まるか?」
「う、うん、止まるよ。ぼくが降りる停留所もそこ」
「そりゃ良かった、一緒に降りれば場所には行けそうだ。いや、乗るバス三回も間違えちまってよ」
「お兄さんはどこから来たの?」
「北地区からだ。どうも道がわからなくてよ」
笑いながら告げられた地区名に飛鳥は目を丸くする。
各地区から運行されている交通手段は、どの場所から乗車をしても必ず【中央綜合】を経由している。
どのように現在地である南地区に来たかは判らないが、少なくても一回くらいは目的の停留所を通っている筈だ。
「た、大変…どこに行くの?」
「請負屋って奴らに頼みがあってな。最初は別のトコに頼もうとしたんだが、オレが自己思考式人型機体って言った瞬間、追い出されちまって」
頭を掻きながら苦笑する男がさらりと素性を話し、影が一切動かなかった事に納得する。
まだ自分がΦエリアに居た頃、図書館であちこち揺らぐ影の中で唯一、司書の影だけが全く動かなかった。
その時に母へ聞いた際、初めて司書が人型機体だと教えてもらった。
影が動いて見えるのは、人間のもつ物だけ。
自分が能力者だと自覚し、管理人から基礎を教わった今だからわかることだが、どうもそういう事らしい。
だとしても、機械がそんなに道に迷うのは如何なものなのだろうか。
「えっと…お兄さんの行きたい[うけおい屋さん]、停留所から近い?」
「どっかのマンションにあるらしい。中央地区にマンションなんざあちこちあるから、オレに判るかどーか…」
「…え?」
中央地区のマンションに、請負事務所を持つのは一つだけ。
管理人と同じ顔をした男に言われていた言葉を思い出し、気付けば飛鳥は蒼い髪の男の服裾を掴んでいた。
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