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Case.03 Game
政都 中央地区α 三月十七日 午前九時三十五分
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深緑を繁らせる大樹越しの光は、朝の眩しい日差しを和らげて店内へと差し込む。
「アイスコーヒーとクロックムッシュ、お待ちどうさま。コーヒー豆はいつも通り粗めに挽いておいたよ」
「ありがとうございます」
早朝撮影前に食べることが出来なかった事に加え、南都からの長距離運転に腹の虫は流石に耐えきれなかった。
普段であれば朝はトースト一枚でも良いのだが、午後の事を考えると、今の内に食べておいた方が身体には良い。
「疾風君から聞いたよ。この前のゲーム、なかなか大変な目に遭ったんだって?」
「…自分の蒔いた種を刈っただけです。大元は学生時代の自分が関わってたんで」
片眉を下げつつ焼きたてのクロックムッシュへナイフを入れ、溶け出るチーズをパンに絡めて口へ運ぶ。
蘇我野 祐里亜は、肉体変化能力に拠って顔を青山 遥に似せて作り変えていた終夜 仁緒だった。
口論内容に不穏を覚えた疾風が月原に指示を出し、青山を保護。戦闘終了を確認後、筐体内で罵詈雑言を続ける男を引きずり出した際、場に居た佐賀が「入った人と違う」と証言した事が決め手となり、拘束。
狼狽した刑事は、多勢に囲まれた中で両職種共通禁則である民間保安機関と業務代行請負業の兼業を暴露。敢え無く東都中央警察へ御用となり、即日で両職種の資格剥奪が決定した。
動機は先代筐体での大会で敗退した怨恨からの憂さ晴らし。そして、両職種に従事する者が扱える権限の全てを手に入れ自分の一族を貶めたいという、なんとも私欲に塗れたものだった。
余りにも御粗末な理由に、聴取に立会っていた終夜の元上司は、疾風へ平謝りし続けた後に頭を抱えていたという。
「二兎追う者は一兎も得ず、とはよく言ったものだね。なんでまた自分の家族を貶めようなんて思ったのか…」
「会社が継げなかった腹いせらしいです。[ゲームを知り尽くした自分がなれないのはおかしい]と、聴取中に言ってたそうですよ」
「我欲に捉われて何も見えなくなっていた、って事か…なんだか気の毒な話だ」
眉を下げて苦笑した馬奈木に肩を竦めて見せ、付け合わせのグリーンサラダを食べる。
口に残っていたチーズの香りが水々しい葉野菜の甘味にかみ合い、ミニトマトの酸味が引き立つ。
口休めにコーヒーを飲めば、乳製品独特の濃厚さは緩和され、スッキリとした後味は舌をリセットしてくれた。
「その、終夜君のパートナーだった子や、樹阪君は大丈夫だったのかい?」
「青山さんは終夜に付き合わされていただったので、請負業資格剥奪はしなかったと言ってました。社長の方は統括機関からのお咎めは無かったと聞いてます」
「そう…それなら良かった」
出した機関名に馬奈木が一瞬顔を強張らせるも、その結果に安堵したのか息を抜き、その笑みに疾斗も口角を弛める。
空になった皿を店主へと返し、グラスの中へミルクを入れて氷をストローで回せば、柔らかな色に変わってゆく。
「今日この後はお墓参りかい?」
「いえ、俺は二人にコーヒー淹れたら、時間まで管理室に居るだけです」
「そうか。そうしたら僕から二人へ、って渡してくれるかい?」
注文していたコーヒー豆の袋と共に、花柄の小さな紙袋が渡される。ふわりと香ばしい匂いに鼻腔を擽られ、馬奈木からの贈りものが何なのかを悟り、苦笑するように頷くと、来店のカウベルが控えめに鳴った。
「マスター、おはようございます!あれっ?」
「おはようござ…ハヤトさん?」
「倉井、桂馬、そんな顔されるのは心外なんだが」
「すんません、だって確か、撮影は今日までって…」
「今日は外せない用があってな。一日繰り上げてもらったんだ」
あまりの驚きように眉を顰めつつ笑い、食事と注文品の代金を支払って、残ったコーヒーを飲み干す。
二人と話したい気持ちはあるが、朝のうちに戻ると伝えている以上、待たせてしまうのは身内言えども気が引ける。
「ハヤトさん、明後日って時間取れたりします?TBRが最近アプデ入ったんで、みんなでやりに行こうって話してるんスよ」
「先週配信になった新テーマソング、すっごく良いんですよ!聴いたら、みんなでやりたいねって話になって!なので良かったら!!」
興奮気味に語りながら迫ってくる倉井を宥めつつ桂馬を見れば、彼もまた衝動を抑えるように口を引き締めて期待の視線を向けている。
「…午後からで良いなら」
「全然!終わる時間に連絡くれれば、お迎えに上がるっスよ!」
主人に褒められた大型犬を思わせるような桂馬の満面の笑顔につられ、疾斗も笑みを浮かべる。
時間と場所を確認し、手帳へ予定を書き入れ終わると同時、店に居られるタイムリミットを報せるアラームがジーンズ越しに鳴り始める。
挨拶もそこそこに車へ戻りエンジンを掛ければ、昔良く聴いていた音楽がラジオから流れ出す。
「…懐かしいな」
聴きなれた音楽の冒頭を口遊み、子供の頃、兄弟揃って歌っていた歌詞を唱えるように音へ乗せる。
─ 新テーマソング、すっごく良いんですよ!
「……本業がそう言ってくれるなら、本望だな」
倉井の言葉に胸を撫で下ろし、疾斗は再度帰路へと向かう。
自分が名を変えて歌っていると知れたのは、また別の話。
「アイスコーヒーとクロックムッシュ、お待ちどうさま。コーヒー豆はいつも通り粗めに挽いておいたよ」
「ありがとうございます」
早朝撮影前に食べることが出来なかった事に加え、南都からの長距離運転に腹の虫は流石に耐えきれなかった。
普段であれば朝はトースト一枚でも良いのだが、午後の事を考えると、今の内に食べておいた方が身体には良い。
「疾風君から聞いたよ。この前のゲーム、なかなか大変な目に遭ったんだって?」
「…自分の蒔いた種を刈っただけです。大元は学生時代の自分が関わってたんで」
片眉を下げつつ焼きたてのクロックムッシュへナイフを入れ、溶け出るチーズをパンに絡めて口へ運ぶ。
蘇我野 祐里亜は、肉体変化能力に拠って顔を青山 遥に似せて作り変えていた終夜 仁緒だった。
口論内容に不穏を覚えた疾風が月原に指示を出し、青山を保護。戦闘終了を確認後、筐体内で罵詈雑言を続ける男を引きずり出した際、場に居た佐賀が「入った人と違う」と証言した事が決め手となり、拘束。
狼狽した刑事は、多勢に囲まれた中で両職種共通禁則である民間保安機関と業務代行請負業の兼業を暴露。敢え無く東都中央警察へ御用となり、即日で両職種の資格剥奪が決定した。
動機は先代筐体での大会で敗退した怨恨からの憂さ晴らし。そして、両職種に従事する者が扱える権限の全てを手に入れ自分の一族を貶めたいという、なんとも私欲に塗れたものだった。
余りにも御粗末な理由に、聴取に立会っていた終夜の元上司は、疾風へ平謝りし続けた後に頭を抱えていたという。
「二兎追う者は一兎も得ず、とはよく言ったものだね。なんでまた自分の家族を貶めようなんて思ったのか…」
「会社が継げなかった腹いせらしいです。[ゲームを知り尽くした自分がなれないのはおかしい]と、聴取中に言ってたそうですよ」
「我欲に捉われて何も見えなくなっていた、って事か…なんだか気の毒な話だ」
眉を下げて苦笑した馬奈木に肩を竦めて見せ、付け合わせのグリーンサラダを食べる。
口に残っていたチーズの香りが水々しい葉野菜の甘味にかみ合い、ミニトマトの酸味が引き立つ。
口休めにコーヒーを飲めば、乳製品独特の濃厚さは緩和され、スッキリとした後味は舌をリセットしてくれた。
「その、終夜君のパートナーだった子や、樹阪君は大丈夫だったのかい?」
「青山さんは終夜に付き合わされていただったので、請負業資格剥奪はしなかったと言ってました。社長の方は統括機関からのお咎めは無かったと聞いてます」
「そう…それなら良かった」
出した機関名に馬奈木が一瞬顔を強張らせるも、その結果に安堵したのか息を抜き、その笑みに疾斗も口角を弛める。
空になった皿を店主へと返し、グラスの中へミルクを入れて氷をストローで回せば、柔らかな色に変わってゆく。
「今日この後はお墓参りかい?」
「いえ、俺は二人にコーヒー淹れたら、時間まで管理室に居るだけです」
「そうか。そうしたら僕から二人へ、って渡してくれるかい?」
注文していたコーヒー豆の袋と共に、花柄の小さな紙袋が渡される。ふわりと香ばしい匂いに鼻腔を擽られ、馬奈木からの贈りものが何なのかを悟り、苦笑するように頷くと、来店のカウベルが控えめに鳴った。
「マスター、おはようございます!あれっ?」
「おはようござ…ハヤトさん?」
「倉井、桂馬、そんな顔されるのは心外なんだが」
「すんません、だって確か、撮影は今日までって…」
「今日は外せない用があってな。一日繰り上げてもらったんだ」
あまりの驚きように眉を顰めつつ笑い、食事と注文品の代金を支払って、残ったコーヒーを飲み干す。
二人と話したい気持ちはあるが、朝のうちに戻ると伝えている以上、待たせてしまうのは身内言えども気が引ける。
「ハヤトさん、明後日って時間取れたりします?TBRが最近アプデ入ったんで、みんなでやりに行こうって話してるんスよ」
「先週配信になった新テーマソング、すっごく良いんですよ!聴いたら、みんなでやりたいねって話になって!なので良かったら!!」
興奮気味に語りながら迫ってくる倉井を宥めつつ桂馬を見れば、彼もまた衝動を抑えるように口を引き締めて期待の視線を向けている。
「…午後からで良いなら」
「全然!終わる時間に連絡くれれば、お迎えに上がるっスよ!」
主人に褒められた大型犬を思わせるような桂馬の満面の笑顔につられ、疾斗も笑みを浮かべる。
時間と場所を確認し、手帳へ予定を書き入れ終わると同時、店に居られるタイムリミットを報せるアラームがジーンズ越しに鳴り始める。
挨拶もそこそこに車へ戻りエンジンを掛ければ、昔良く聴いていた音楽がラジオから流れ出す。
「…懐かしいな」
聴きなれた音楽の冒頭を口遊み、子供の頃、兄弟揃って歌っていた歌詞を唱えるように音へ乗せる。
─ 新テーマソング、すっごく良いんですよ!
「……本業がそう言ってくれるなら、本望だな」
倉井の言葉に胸を撫で下ろし、疾斗は再度帰路へと向かう。
自分が名を変えて歌っていると知れたのは、また別の話。
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