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Case.03 Game
東都 北地区α 二月二十五日 午後六時四十六分
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夕日は既にビル街へ落ち、小さく不定形な自然光と大きな定型の人工光が視界に映る。
バックミラーへと視線をやれば、後部座席に座る佐賀が、これでもかと言わんばかりに頬を膨らませている。
「何だってリョウヤさんまで行くんですかー?俺が誘われたのにー」
「文句あるなら降りてもいいぞ。携帯無いんじゃハイヤーどころか遅刻連絡も出来ねーぞ?」
「ゔ…」
自身の落ち度を刺されたのが痛かったらしい。ガックリと大袈裟に項垂れて、恨み節のように延々と何事かを呟く。
その様子に込み上げてくる笑いを抑えてハンドルを切り、車を駐車場へと向かわせる。
「デェトの邪魔はしねえから心配しなさんな」
「で、デートとかじゃないですから!!オレはゲームを教えてくれるっていうから来たんであってっ」
「はいはい、お相手さんは既に来てるみたいだぞ」
「人の話聞いてます?!」
分かりやすいほどに真っ赤になって喚く声を聞き流し、青山の乗る軽ワゴンの隣へ止め、腕に嵌めた小型端末を確認する。
(……疾風兄さんがこっちに来て、疾斗ちゃんと都築サンは別所で合流。あとの詳細は中入ってアキと別れてから見た方が良いな)
携帯端末をカーゴパンツのサイドポケットへ入れ、車のドアロックを上げる。
先程まで不貞腐れていた後輩は、待ち侘びていたかの様に扉を開ければ、礼もそこそこに笑みを浮かべて施設へ向かい走り出す。子供のように無邪気に行く佐賀の背を見て、月原は呆れと不安の息を吐いて鍵を閉めると、まるで計っていたかの様に小型端末が着信を受け、慌てて無線イヤホンを繋いだ。
「機関長直々?はい、月原です」
『レイヴホープNo.1の爛ちゃんでーす!毎度どうもー』
「随分とまぁタイミングぴったりですネェ、社長サン?オレの愛車に監視カメラでも付けましたァ?」
『ヤダなぁ、俺がそんなことする訳無いでしょツッキー君?なんなら次の車検でもっとスゴい仕掛けを組みこんで見せよう!なんと『いちいち無駄口上入れなくて良い!』
『はぐァっ?!』
鈍い物音と共に呻きと叫びが入り混じったような声が入り、数秒ほど間が空いて呆れと憐憫らしき溜息が耳を抜ける。
都築の音声が若干遠いのは運転をしているからだろうが、先程まで流暢な調子で話していた樹阪の声が止まり、端末を弄る不規則な音が混じった。
「……社長さーん?どーしましたぁ?」
『…里央の投げたハンマーの落ちた場所が悪すぎた。暫く話せないと思うぞ』
「……ゴシューショーさんって伝えといてくれ。誰から要件聞きゃいい?」
『今、里央に代わる。兄貴に合流したら話を伝えてくれ』
**********
理不尽な拘束が解かれたと連絡が来た後は、実弟から異様に短いメールが届いただけで、データ更新をしたところで何も来ていない。
数枚の銀貨を投入口へ投げ入れてストッカーへ保留し、疾風は携帯端末に届いた簡易報告を再度確認する。
(月原と七時までに合流しろって、何をしろってんだ?)
特に狙いを定めることもせず、保留していたコインを溜息交じりにシューターで打ち出せば、飛ばしたそれは銀山の一部と化してゆく。
ドーム内に動くスロットの様な機材には数パターンの数字が並んでいるが、あまり弄った事のないゲームのルールなどさっぱり解らない。
広い施設内を動き回って合流しそびれるよりかは良いと始めた物の、面白味に欠ける擬似賭遊戯に欠伸がすれば、大股に歩く足音が近付いてきた。
「すんません疾風兄さん、ってまた面倒なモノ遊んでますね」
「時間潰してただけだ。今回の件の状況がよく解らねェ」
打ち出したコインは小山を崩して数枚の銀貨の払い戻し、小さな液晶の数字を目まぐるしく廻す。
自動停止の画面に興味などなく、席を月原へと交替開け渡し、不規則な金属音に声を紛れさせて報告を促せば、慣れた手付きでゲームを始めた。
「樹阪社長経由で疾斗さんから連絡を受けました。特定ユーザーネームが摘発されているので、疾斗さんがその名前を使って数台のゲーム機でプレイデータを作成。都築さん達でゲームデータを辿って各社のデータクラウドバンクを調査した結果、骨格読取のデータ改竄を行なっているのは、カプセルルームタイプのゲーム開発元[ヨスガラエンタープライズ]でした」
「TBRだったか?お前らがハマってたゲーム作った所だな」
「はい、ここも含めた各都の大型施設でロケテの名目で新作の公式早期稼働開始しましてね。古参プレイヤーも多いんで、稼働から一週間しか経っていないのに盛況なんですわ。で、まだ稼働から短いそのゲームで、疾斗さんと他に二人ほど摘発されました」
「それもユーザーネームが同じってワケか…普通に調べるくらいじゃわからなかった訳だ」
「早期稼働自体がサプライズ情報でしたからねぇ…こればかりは」
設置台数が少ない事が幸いして絞り込むのが早く済んだらしい、とシューターを操る月原の報告を頭に書き込む。
着実に銀山を崩して払い戻しの量を増やす手並みに感心しつつ、賑やかな音に紛れて状況伝達を聞く。
(そういや、Φからきた刑事補佐だかがヨスガラだったな…)
口寂しさにガムを放り、周囲を確認し始めた男と席を入れ替わって銀貨をストッカーへ流し込みながら、画像を開く。
半年前、煙草を買おうと寄った店でたまたま出会した唐須間が、片眉を下げながら苦笑してそんな名を口にしていたのを思い出す。
性格に難はあるが向上心が高く、仕事に対しては貪欲で責任感が強い人間だとは聞いているが、その言葉の後、何かを言い淀む様に口許を締めていた。
今となっては死人に口無し、尋ねることなど出来やしない。
シューターのストッカーを開けて一気に射出させると同時、月原に肩を叩かれて指し示す方向へと視線を向け、樹阪から貰っていた画像と見比べる。
距離が離れている事と遊技場特有の騒音が相まって、三人の声を聞き取る事は難しいが、談笑している様子を見る限りは問題があるようには思えない。
同伴している青年は何か嬉しい事を言われているのか、終始頰が緩みっぱなしで警戒心がまるで無いのが見て取れた。
「あのちっこい金髪が誘われた方、佐賀秋良で、肝心の青山遙サンが……ありゃどっちだ…?」
「女だったら右、もう片割れは野郎だ」
「…よくわかりますね、割と距離ありますけど」
「そういう左眼なんでな」
もう一つ気になった点はあるが。
出掛かる言葉を呑み込んで、排出されていた一枚のメダルをシュートすれば、ギミックを動作させるホールへ落ち、液晶画面のスロットが廻り始める。
兄貴、能力者に────を変える事は…
呼び出し音でかき消された疾斗の言葉が過る。
憶測で導いた仮定が正しければこの件の原因と今抱いた疑問が解けるが、判断材料の決め手に欠けている現状、三人を追ってゲームを確認する他に手立ては無い。
「疾斗さんから、準備完了の連絡来ました」
「…何の準備か知らねぇが、とりあえず行くか」
**********
「……里央さん、まだ痛いです」
「そりゃ直撃すりゃ痛いでしょうね」
「待って冷たくないその反応、男なんだから解ってく「こっち戻るまで死んでるモンだろうと思ったら案外復活が早くて残念でなりませんね」
上司の言葉を早口に遮り、侮蔑を携えた闇眼をバックミラー越しに向けて、都築が珍しく毒を吐く。
限られた時間で説明せねばならぬ状況下、彼のふざけた口上が友人の逆鱗に触れてしまい、運転席から投げられたゴムハンマーが樹阪へと落ちたのだ。
ものの見事に、股間へ。
荷台で着替えながら通話していた彼にとって、布一枚の其処への一撃は相当なものだったらしく、目的地に到着直前まで蹲っていた。
樹阪の軽口は毎度の事ではあるが、毎日のように聞いている彼からしたら面倒以外の何物でもないのだろう。
「ちょっと、御宅の友人怖すぎやしない?」
「……やられた事ないんでなんとも」
「うっそ、じゃあ俺への愛のムチってこと?そう考えたら」
「それ以上続けるなら今度は容赦なく蹴り上げるんでご覚悟よろしくお願いします」
「次こそ潰れる気しかしないんで謹んでご遠慮申しあげます」
逃げる様に作業棟へ入って行く機関長の背を見送り、呆れた様子の都築が顳顬を抑えながら「先へ行け」と促す。
車両検査を頼んでいる時以外はあまり踏み入れない作業場へ入ると、この一週間ずっと遊び続けていた筐体が目前に置かれており、その周囲にはいくつもの装置とスタッフが配置されていた。
「ウチの奴らに組んでもらった。大元から疾斗君と里央のプレイデータをコピーして落としてあるから、後は目的のデータで遊んでる筐体ネットワークをハッキングして繋げば準備完了だ」
「ピンポイントピッキングか」
「ウチは本部の次に電脳世界に強いからな、それくらいは朝メシ前だ」
誇らしげに顎を撫でて笑う樹阪に頭を下げ、携帯端末のGPSを立ち上げて実兄と同僚の居場所を表示させる。
二人が合流している状態であることを確認し、スタッフへ端末を渡して新品の筐体に英字で書かれた社名を見つめながら、日中の彼の言葉を反芻する。
─ 写真もちゃんと出してるじゃないですか
(…人から預かった物を提出したなら「出してる」は不自然だ)
成長させたゲームキャラクターのローディングが骨格読取である以上、個人特定でもしない限りは相手を煽る発言は出来ない筈だ。まして、ネット上データの一部を写真に収める事自体が困難である筈だろう。
東都ではあまり耳にしない苗字を持つ男が、長く経営されている社名と同じ物であるとなれば、少なくとも経営者の血筋の者と考えるのが自然だ。
だが、それだけで断定に踏み切るにはまだ材料が足りない。
「…このゲーム、前作もこの会社が出していたんだよな」
「あぁ。当時の事も一応調べてみたが、プロモーションしてた奴のユーザーネームしか見つからなかった上、資料も人気が出た後の事しか無かった」
「…その二人のユーザーネームは?」
「あー?確か、ソリューとギアノア…だったかな」
「ソリュー、ギアノア……」
都築の口にしたプレイヤー名を頭で繰り返し、手空きのスタッフから紙とペンを借りてカタカナで書き起こす。さらにその横へ監視対象である新人請負人の片割れの名と書き出して眺め、疾斗は眉を顰める。
「入らないのか?」
機体の中へ入らずにいるのを不思議に思ったのか、ネット接続確認をしていた都築の声が此方へ投げられ、返事を返しながらも全ての名を再度ローマ字で名を綴り直す。
「…やり合う前に、兄貴と月原の入った機体に繋いでくれ」
「そりゃ構わねえが、どうかしたか」
「ちょっとな」
─ 運が良かったな
取調室で吐きかけられた言刃を思い返し、呆れとやりきれなさを胸に、筐体内へと踏み込んだ。
バックミラーへと視線をやれば、後部座席に座る佐賀が、これでもかと言わんばかりに頬を膨らませている。
「何だってリョウヤさんまで行くんですかー?俺が誘われたのにー」
「文句あるなら降りてもいいぞ。携帯無いんじゃハイヤーどころか遅刻連絡も出来ねーぞ?」
「ゔ…」
自身の落ち度を刺されたのが痛かったらしい。ガックリと大袈裟に項垂れて、恨み節のように延々と何事かを呟く。
その様子に込み上げてくる笑いを抑えてハンドルを切り、車を駐車場へと向かわせる。
「デェトの邪魔はしねえから心配しなさんな」
「で、デートとかじゃないですから!!オレはゲームを教えてくれるっていうから来たんであってっ」
「はいはい、お相手さんは既に来てるみたいだぞ」
「人の話聞いてます?!」
分かりやすいほどに真っ赤になって喚く声を聞き流し、青山の乗る軽ワゴンの隣へ止め、腕に嵌めた小型端末を確認する。
(……疾風兄さんがこっちに来て、疾斗ちゃんと都築サンは別所で合流。あとの詳細は中入ってアキと別れてから見た方が良いな)
携帯端末をカーゴパンツのサイドポケットへ入れ、車のドアロックを上げる。
先程まで不貞腐れていた後輩は、待ち侘びていたかの様に扉を開ければ、礼もそこそこに笑みを浮かべて施設へ向かい走り出す。子供のように無邪気に行く佐賀の背を見て、月原は呆れと不安の息を吐いて鍵を閉めると、まるで計っていたかの様に小型端末が着信を受け、慌てて無線イヤホンを繋いだ。
「機関長直々?はい、月原です」
『レイヴホープNo.1の爛ちゃんでーす!毎度どうもー』
「随分とまぁタイミングぴったりですネェ、社長サン?オレの愛車に監視カメラでも付けましたァ?」
『ヤダなぁ、俺がそんなことする訳無いでしょツッキー君?なんなら次の車検でもっとスゴい仕掛けを組みこんで見せよう!なんと『いちいち無駄口上入れなくて良い!』
『はぐァっ?!』
鈍い物音と共に呻きと叫びが入り混じったような声が入り、数秒ほど間が空いて呆れと憐憫らしき溜息が耳を抜ける。
都築の音声が若干遠いのは運転をしているからだろうが、先程まで流暢な調子で話していた樹阪の声が止まり、端末を弄る不規則な音が混じった。
「……社長さーん?どーしましたぁ?」
『…里央の投げたハンマーの落ちた場所が悪すぎた。暫く話せないと思うぞ』
「……ゴシューショーさんって伝えといてくれ。誰から要件聞きゃいい?」
『今、里央に代わる。兄貴に合流したら話を伝えてくれ』
**********
理不尽な拘束が解かれたと連絡が来た後は、実弟から異様に短いメールが届いただけで、データ更新をしたところで何も来ていない。
数枚の銀貨を投入口へ投げ入れてストッカーへ保留し、疾風は携帯端末に届いた簡易報告を再度確認する。
(月原と七時までに合流しろって、何をしろってんだ?)
特に狙いを定めることもせず、保留していたコインを溜息交じりにシューターで打ち出せば、飛ばしたそれは銀山の一部と化してゆく。
ドーム内に動くスロットの様な機材には数パターンの数字が並んでいるが、あまり弄った事のないゲームのルールなどさっぱり解らない。
広い施設内を動き回って合流しそびれるよりかは良いと始めた物の、面白味に欠ける擬似賭遊戯に欠伸がすれば、大股に歩く足音が近付いてきた。
「すんません疾風兄さん、ってまた面倒なモノ遊んでますね」
「時間潰してただけだ。今回の件の状況がよく解らねェ」
打ち出したコインは小山を崩して数枚の銀貨の払い戻し、小さな液晶の数字を目まぐるしく廻す。
自動停止の画面に興味などなく、席を月原へと交替開け渡し、不規則な金属音に声を紛れさせて報告を促せば、慣れた手付きでゲームを始めた。
「樹阪社長経由で疾斗さんから連絡を受けました。特定ユーザーネームが摘発されているので、疾斗さんがその名前を使って数台のゲーム機でプレイデータを作成。都築さん達でゲームデータを辿って各社のデータクラウドバンクを調査した結果、骨格読取のデータ改竄を行なっているのは、カプセルルームタイプのゲーム開発元[ヨスガラエンタープライズ]でした」
「TBRだったか?お前らがハマってたゲーム作った所だな」
「はい、ここも含めた各都の大型施設でロケテの名目で新作の公式早期稼働開始しましてね。古参プレイヤーも多いんで、稼働から一週間しか経っていないのに盛況なんですわ。で、まだ稼働から短いそのゲームで、疾斗さんと他に二人ほど摘発されました」
「それもユーザーネームが同じってワケか…普通に調べるくらいじゃわからなかった訳だ」
「早期稼働自体がサプライズ情報でしたからねぇ…こればかりは」
設置台数が少ない事が幸いして絞り込むのが早く済んだらしい、とシューターを操る月原の報告を頭に書き込む。
着実に銀山を崩して払い戻しの量を増やす手並みに感心しつつ、賑やかな音に紛れて状況伝達を聞く。
(そういや、Φからきた刑事補佐だかがヨスガラだったな…)
口寂しさにガムを放り、周囲を確認し始めた男と席を入れ替わって銀貨をストッカーへ流し込みながら、画像を開く。
半年前、煙草を買おうと寄った店でたまたま出会した唐須間が、片眉を下げながら苦笑してそんな名を口にしていたのを思い出す。
性格に難はあるが向上心が高く、仕事に対しては貪欲で責任感が強い人間だとは聞いているが、その言葉の後、何かを言い淀む様に口許を締めていた。
今となっては死人に口無し、尋ねることなど出来やしない。
シューターのストッカーを開けて一気に射出させると同時、月原に肩を叩かれて指し示す方向へと視線を向け、樹阪から貰っていた画像と見比べる。
距離が離れている事と遊技場特有の騒音が相まって、三人の声を聞き取る事は難しいが、談笑している様子を見る限りは問題があるようには思えない。
同伴している青年は何か嬉しい事を言われているのか、終始頰が緩みっぱなしで警戒心がまるで無いのが見て取れた。
「あのちっこい金髪が誘われた方、佐賀秋良で、肝心の青山遙サンが……ありゃどっちだ…?」
「女だったら右、もう片割れは野郎だ」
「…よくわかりますね、割と距離ありますけど」
「そういう左眼なんでな」
もう一つ気になった点はあるが。
出掛かる言葉を呑み込んで、排出されていた一枚のメダルをシュートすれば、ギミックを動作させるホールへ落ち、液晶画面のスロットが廻り始める。
兄貴、能力者に────を変える事は…
呼び出し音でかき消された疾斗の言葉が過る。
憶測で導いた仮定が正しければこの件の原因と今抱いた疑問が解けるが、判断材料の決め手に欠けている現状、三人を追ってゲームを確認する他に手立ては無い。
「疾斗さんから、準備完了の連絡来ました」
「…何の準備か知らねぇが、とりあえず行くか」
**********
「……里央さん、まだ痛いです」
「そりゃ直撃すりゃ痛いでしょうね」
「待って冷たくないその反応、男なんだから解ってく「こっち戻るまで死んでるモンだろうと思ったら案外復活が早くて残念でなりませんね」
上司の言葉を早口に遮り、侮蔑を携えた闇眼をバックミラー越しに向けて、都築が珍しく毒を吐く。
限られた時間で説明せねばならぬ状況下、彼のふざけた口上が友人の逆鱗に触れてしまい、運転席から投げられたゴムハンマーが樹阪へと落ちたのだ。
ものの見事に、股間へ。
荷台で着替えながら通話していた彼にとって、布一枚の其処への一撃は相当なものだったらしく、目的地に到着直前まで蹲っていた。
樹阪の軽口は毎度の事ではあるが、毎日のように聞いている彼からしたら面倒以外の何物でもないのだろう。
「ちょっと、御宅の友人怖すぎやしない?」
「……やられた事ないんでなんとも」
「うっそ、じゃあ俺への愛のムチってこと?そう考えたら」
「それ以上続けるなら今度は容赦なく蹴り上げるんでご覚悟よろしくお願いします」
「次こそ潰れる気しかしないんで謹んでご遠慮申しあげます」
逃げる様に作業棟へ入って行く機関長の背を見送り、呆れた様子の都築が顳顬を抑えながら「先へ行け」と促す。
車両検査を頼んでいる時以外はあまり踏み入れない作業場へ入ると、この一週間ずっと遊び続けていた筐体が目前に置かれており、その周囲にはいくつもの装置とスタッフが配置されていた。
「ウチの奴らに組んでもらった。大元から疾斗君と里央のプレイデータをコピーして落としてあるから、後は目的のデータで遊んでる筐体ネットワークをハッキングして繋げば準備完了だ」
「ピンポイントピッキングか」
「ウチは本部の次に電脳世界に強いからな、それくらいは朝メシ前だ」
誇らしげに顎を撫でて笑う樹阪に頭を下げ、携帯端末のGPSを立ち上げて実兄と同僚の居場所を表示させる。
二人が合流している状態であることを確認し、スタッフへ端末を渡して新品の筐体に英字で書かれた社名を見つめながら、日中の彼の言葉を反芻する。
─ 写真もちゃんと出してるじゃないですか
(…人から預かった物を提出したなら「出してる」は不自然だ)
成長させたゲームキャラクターのローディングが骨格読取である以上、個人特定でもしない限りは相手を煽る発言は出来ない筈だ。まして、ネット上データの一部を写真に収める事自体が困難である筈だろう。
東都ではあまり耳にしない苗字を持つ男が、長く経営されている社名と同じ物であるとなれば、少なくとも経営者の血筋の者と考えるのが自然だ。
だが、それだけで断定に踏み切るにはまだ材料が足りない。
「…このゲーム、前作もこの会社が出していたんだよな」
「あぁ。当時の事も一応調べてみたが、プロモーションしてた奴のユーザーネームしか見つからなかった上、資料も人気が出た後の事しか無かった」
「…その二人のユーザーネームは?」
「あー?確か、ソリューとギアノア…だったかな」
「ソリュー、ギアノア……」
都築の口にしたプレイヤー名を頭で繰り返し、手空きのスタッフから紙とペンを借りてカタカナで書き起こす。さらにその横へ監視対象である新人請負人の片割れの名と書き出して眺め、疾斗は眉を顰める。
「入らないのか?」
機体の中へ入らずにいるのを不思議に思ったのか、ネット接続確認をしていた都築の声が此方へ投げられ、返事を返しながらも全ての名を再度ローマ字で名を綴り直す。
「…やり合う前に、兄貴と月原の入った機体に繋いでくれ」
「そりゃ構わねえが、どうかしたか」
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