EDGE LIFE

如月巽

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Case.03 Game

東都 北地区α 二月十九日 午後六時十八分

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 自動ドアが開くと同時、少し温い風が身体に触れる。
 高かった陽は夕闇を率いてビル街へと沈み、幼さが抜けきらない顔をした学生達は其々の移動手段で帰路へ着く。
 前を行く佐賀は念願だったゲームをプレイした事で晴々したのか、浮き足立った様子で駐車場へと向かう。
「めっちゃくちゃ楽しかったー!ハヤトさんのおかげでリョウヤさん倒せましたしー?」
「バッカだねぇ、オレも都築サンも初心者クンに本気でやるわきゃナイっしょ?手加減してやっただけですー」
「負け惜しみ」
「はァ?疾斗ちゃん何か言ったぁ?」
 聞こえぬよう呟いた筈の音が取れてしまったのか、月原が此方を振り向き目を細めて睨む。
 その口調に粗さこそあるが、怒りなどまるで無いのは見れば瞭然でその顔は誰かを揶揄う時と同じ空気が宿っている。
 月原を支援していた都築を見れば、片眉を上げて視線を逸らしながら苦笑し、横からわざとらしく近付いてきた同僚の顔面を片手で押し返す。
「しっかしビックリしたー。ケイとメイさんが居るなんて」
「自分らの方が驚いたっスよ、まさか今日来るとは思ってなかったっスから」
佐賀の声に反応した桂馬は、隣を歩く女性 ─ 倉井くらい 冥那めいなと顔を見合わせて振り向き笑う。

倉井はSeed Soldiersの最年少メンバーであり、艶やかな金茶色の髪と目、西洋人形の様な愛らしさを持ち合わせている。
男性人気が異様に高い一方で、サバイバルゲームでは小柄であることを武器に、片手銃を握り戦場を駆ける姿が話題となり、女性プレイヤーの盛り立て役にもなっている。

「遊ぶ側じゃなく出る側ってんだから凄いモンだよなぁ。お前さん達、いつからそういう方向に?」
「自分は事務所入る前からっス。養成所の学費稼ぎたくて」
「私も今の事務所入る前からです。ハルさんにだけはお話してあるんですけど、他のメンバーには、まだ」
「みんな偏見強そうだもんなぁ…」
 佐賀の何気ない言葉に、倉井は少々困った様子で目を伏せつつ苦笑し、首を僅かに縦に揺らす。
 疾斗が所属している事務所を含め、一般的にモデル達は基本的に単身での活動スタイルが多いが、彼女の所属する事務所はチーム活動を主軸に置いている。
 そのメンバーも事務所側の独断で決められているらしく、場合によっては理想を作るため強引な引き抜きをしているとの話も上がっている。
 倉井が佐賀の言葉に動揺したのも、その辺りが関係しているのだろう。
 実際に疾斗も話を持ちかけられたが、行動に制限が掛かるような事になりかねないこともあり、既に数回の断りを入れている。
「そっ、そういえば、あの広告何処でもらったんですか?」
「あぁ…政都にある喫茶店だ。マスターからもらった」
「そ、そうなんですか。新堂さんもゲームとかに興味あるんですね?」
「興味というか、学生時代は俺の兄貴と里央でよく来ていたが…そんなに意外か?」
「はぇっ?!あ、えーとその、なんといいますでしょうか、そのっ、やり慣れてる感じがしたので、驚いちゃったといいますかっ?!ねっ、ケイさん!」
「うぇっ?」
 事務所内部についての話を伸ばされたくなかったのだろう、懸命に話題を変えようとする娘が桂馬に同意を求める。
 返しに惑う青年の視線に首を縦に振り示せば、少々ぎこちない様子で倉井に返答して、何かを聞きたげにする月原を片手で制し話を曲げさせた。
「そういえば、疾斗さんが女の子使うっていうのが意外っスね」
「オレもそれ思った!何かこう、ハヤトさんみたいなクール系キャラ選びそうって思ってましたもん」
「お前に合わせただけだ。性格的に突っ込んで行きそうだから、緊急回避レスキューガードが一回多いあれを選んだだけのこと」
「ちょま、ハヤトさんまで俺のことそう思ってるんですか?」
「アキチビ、お前実際突っ走ってたうえに袋叩きを助けられただろーが」
「ウッ、持病ノ難聴デ何モ聞コエナイッ」
「あン?バカにしてんのかコラ」
 停めていた車の前まで来た所で決着がついた筈の小競り合いが再開し、光景に見慣れていない倉井が慌てたように制止に入っていく。
 都築の呆れ笑いを横に聞きつつキーケースと携帯端末をを取り出すと、画像付きメールの受信通知が表示されていた。
(巡回警備不正調査…どういう事だ?)
 首を傾げつつ、疾斗が通知表示に触れてメールを起動すれば、実兄のコードネームが表示される。本文を見れば、自分ともう一人分のコードネームとパスワード入力ボックスが映し出されており、画面に指を滑らせてみるも他に文章は書かれていない。
 普段の依頼内容文であれば、要件を簡潔にまとめた文章を本名で送信してくる男が、わざわざ仮名を使って鍵付きで送ってきたという事は、他に見られると困る案件なのだろう。
 記載されている仮名の人物へメールを転送して顔を上げれば、転送先の携帯端末を持った男が鞄を探る様子が車内窓越しに見える。
 桂馬達と共に口論を宥めていた都築が振り向いたのを見計らって手招き呼べば、用を悟ったのか早足で此方へと来た。
「どうした?」
。悪いがアキを送ってやってくれ」
「そりゃ構わねえがまた随分急だな」
「いつもの事だ。詳しくは解らないが」
 パスコードを入力してメールを展開しながら外の様子を見れば、四人が此方へと歩いてくるのが見える。
 佐賀はまだ何か言い足りないのか不服そうに頬を膨らませているが、小言を言われていた本人は窓越しの自分へ向けて面倒そうな表情を見せながら僅かに頷く。
「アキ、すまないが帰りは里央に乗せてもらってくれ。急用で今から出ないとならなくなった」
「え、そうなんですか?」
「俺ァもう一回店に戻りますわ。昔のダチが来てるみたいなんで」
 軽く手を上げたながら背を向けた月原が、浮かぶ三日月の様に口角を上げて再度店舗へ向かって足を進めて行く。
 其々へ挨拶を交わし、二台の車輌が駐車場を出ていくのを見送り、車内で展開していたメール内容を確認する。
 画像をホログラムで展開すると同時、着信音が鳴り響き受話をタップした。
『疾斗ちゃーん、みんな帰ったァ?』
「あぁ。今メールを見ていたところだ」
『あーそーぉ?出来ればオレ明日からこの仕事したいんだけど。早朝撮影待ってるし』
「残念ながら俺も同じだ。諦めるんだな」
 軽口混じりの会話へ溜息を落とし、表示されたままの写真画像を見つめ、店内に入った月原へ巡回ルートのデータを送信すれば、確認した男は舌打ちを響かせて唸り声を伸ばした。
『…顔見知り案件となると、見過ごす訳にいかないわなぁ…』
「期限は一週間。やるしかない」
『了解、サクサク片しましょうや』
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