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Case.02 雨
南都 南地区γ− 一月二十六日 午後九時二十三分
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怯えきる青年の頭へ銃口を突きつけた組頭が、何事かを呟いて躊躇うことなく引鉄を弾く。
依頼人を庇う自分の姿が見えていないのだろう、紅い飛沫を浴び鉄の匂いに気が高揚した飛雅が高笑いを上げている。
自分達の名を呼び、疾斗は掌の下で涙を流している依頼人の目を覆うことを止めた。
「め…なさ、い……ん、ど…さ……」
「大丈夫ですか、唐須間さん」
「……ぇ…?」
白昼夢に再度溺れぬよう右眼を細め、綾果を支える腕を緩める。
先程まで実兄を手に掛けようとする自分の姿を見ていた彼女は、何が起きたのか理解出来ずに朱色の双眼を見開く。
「いったい、なにが…どうし、て……」
笑う飛雅と疾斗を交互に見やる依頼人が、止まっていた涙をまた浮かべて、少々怯えた音で問いを投げかける。
答えようと口を開き掛けるも、砂利を踏む足音を耳が捉える。玄関へと視線を向けると、髪の水を手で乱雑に掻き払う疾風が口角を上げた。
「随分派手にやったなァ、飛雅?」
呼ばれたことで振り向き、一拍の空白を置いた次の瞬間、飛雅が絶叫を上げながら後退る。
「おいおいどうしたァ組長、化物でも見てるみてーな顔してンな?」
「きっ貴様、何故生きて…!死んだ、筈じゃ…」
「そんな動悸ひでェ状態で言われてもさっぱり判らねェよ。俺も弟も依頼人も生きてるぜ?」
「なっ…」
「俺は彼を殺していないし、お前に撃たれてもいない」
此方を指し示す疾風の指を確認し、疾斗は組頭の白昼夢を綴じるように右眼を瞑る。
綾果を自らの背に庇い、元より左目でしか確認出来ない視界で見つめれば、自分達の姿を目に映した男は喉へ言葉を詰まらせて愕然としていた。
「見ていたのは、俺の眼が見せていた白昼夢─いわば幻だ」
「はっ…?」
銃弾に頭を潰された組員に気付き、顔面蒼白で唇を戦慄かせる。
背後に立つ疾風を押し退け、弾かれた球の様に玄関から飛び出すと、短い音を吐くと同時に玄関先で膝から崩れた。
「な、なんで…ウチの、ヤツらが……」
「何寝ぼけたコト言ってんだ?御宅さんが自分で殺ったんだろうよ」
「は…?」
「そこの一人と外の屍体合わせて十三人。そのうち俺達が手を下したのは二人だけだ」
一人は手違いで殺めてしまっただけだが。
幻から抜け出した事を確認し、右目を開く。
自らの視界情報が処理しきれなくなっている飛雅から異色双眸を綾果の方へ向ければ、発言の意図が多少取れたのか、朱眼を見開き疾斗を見上げていた。
「俺の能力は類稀なものらしくてな。右目は見えていないが、替わりに物質や人物の視界情報を操作─ようは、白昼夢を魅せられる」
「白昼夢…じゃ、さっきお二人が戦っていたのは…」
「途中から夢だった、って事だ」
薄く笑いつつ、滲むような痛みが疾る頰を革手袋を嵌めた手の甲で軽く拭う。
話して尚も疑いの目を向ける依頼人から離れ、座り込んだままの飛雅へと近付けば、増えた気配に肩を竦ませ此方へ振り返る。自分の姿を目に留めると、眉間に皺を寄せたその顔は怒りに赤く染まった。
「貴様ァ……儂の依頼を反故にしおったな…!」
「していない。それに、依頼は既に終わっている」
「ふざけるな!壊滅状態が目に入らな─」
「内容は飛伽組組員の捜索、それに敵対者の排除だったな?」
男の罵声をあっさりと遮った疾風の言葉に頷く。
何故それを知っているのかと目で問う飛雅に、柔らかい笑みを見せた兄は、数秒の間を開けてからその顎骨を砕かんばかりの一蹴を入れる。
声を上げる事も出来ずに後方へ仰け反り、乱れ開けた襟元を掴まれ起こされた組頭は、蹴られた衝撃で閉じられない口の中へ拳が捻じ込まれ、唸り混じりの音を漏らす。
「夢中でも言った筈だ。今回の件、そもそもの原因はお前にあると」
「は、ふぁへふぁ?!ふぁひふぁふぁひふぉ──」
「まだ寝惚けてんのか?弟の嫁さんを無理矢理ヤって子供産ませたのは何処のどいつだ」
痛みを覚えぬ疾風が飛雅へ捩じ込んだ拳は、その歯に肉を削らせながらゆっくりと縦へと回し始める。
「しかもその嫁さんを掻っ攫った挙句、脅迫して離別承諾票を書かせて、野郎に突きつけたんだろ?あ?」
「っ!!ひゃ、れふぉえふぉ…?」
「本人の口から聞いたんだよ、俺がな」
口角へ疾る痛みと、徐々に口内へ流れ込む血液の苦さに飛雅は踠くが、その手は止まらない。
「アンタ、先代組頭の親父さんでも頭悩ます程の大莫迦野郎だったらしいな。若い時から家の肩書を盾にやりたい放題やって、ヤバくなったら自分の部下に揉み消させたり、家の金使って口封じ。頭足んねー奴が使う常套手段だ」
「家や組員を預ける事は到底できない。そう考えた先代は、飛伽組の跡継に雄吾さんを選んだ。しかし元から家を嫌厭していた彼は、其れを断った上に縁を切り、そしてお前が跡継になった」
「アンタは組頭になったのを良いことに、家を出た飛雅雄吾を権力にモノ言わせて探した。で、見つけたは良いが警察官になっていた上に相手の籍に入って結婚していた、と」
代わる代わる投げ掛ける解に、いつ手を引き抜かれるのか判らない恐怖と息苦しさに苦悶する飛雅が、僅かながらも数回首を縦に振る。
「弟が居なくなったからって理由で跡継ぎに選ばれるわ、腹いせに探してみりゃ綺麗な嫁さんと幸せにしてるわ…屈辱だった訳だ」
「だから、自分以上に酷い屈辱を与えた」
自分に無いものを奪い取る、最悪の方法で。
先程までの威勢が失せ、僅かな酸素を取り入れるもだらしない呻きを漏らす男の顔を上から覗く。
先の幻想にまた呑まれると思ったのか、怯えきった両眼が強く閉じる。しかしそれに連動して口に力が入ったのか、息が出来ないと首を左右に揺らして訴えてくる。
「ここまで説明したんだ。何故お前が原因なのか解らないことはないだろう」
「手前ェの行いからきた因果応報だったってのに、逆怨みされた上に好き放題されちゃあブチ切れて当然だ──って、の!」
言い切ると同時、疾風がその口から一気に手を引き抜く。抜かれたそれに目を移せば、拳は崩されて指先をすぼませた形だったが、外された本人は衝撃もあったためか震える身体をさすりながら大口を開けて呼吸を整えている。
飛雅の近場に落ちていた銃を外へと蹴り捨て、壁に手を突き始終を見ていた綾果の元へ行けば、か一息吐いて眉根を寄せながら目を細める。
緊張の糸が解けたのか身体は小刻みに震えており、疾斗は片腕で支えてやりながら、携帯端末を開いて拘束要請の短縮連絡を入れる。
「……緑髪……支部を潰したのは、お前か…?」
俯いて息も絶え絶えの飛雅が、掠れた声で疾風に問う。か細くも恨み嫉みが含まれたその音は、重い空気へ更なる重力を持たせる。
投げられたそれに呆れているのか、実兄は生乾きになってしまった髪を掻き上げて軽く息を吸ってから鼻で笑い、飛雅の顎を掴み顔を引き上げた。
「潰したのは手前ェの弟で飛雅 綾果の旦那、唐須間 雄吾だ。アンタに奴を怨む資格は無ェ。怨むなら莫迦しかしてこなかった自分を怨めや」
牢屋の中でな。
疾風が突き刺すように吐き捨てた答えに目を見開き、開いた口を閉じることさえも出来なくなった飛雅は、顔を投げられたまま動かなくなる。
おぼつく足取りの綾果を疾風と共に両側で支えつつ玄関を出れば、雨は止んで細い三日月が雲間から覗き、庭に横たわる遺体を照らしている。
出来る限り見せぬよう道を選び、門戸から数メートル離れて停めていた車へと歩く。
「さて……たしか綾果サンだったか。今日はこのまま疾斗と一緒にグローリリーフ行って泊まってくれ。部屋も着替えも全部向こうさんに用意してもらってっから」
「え?」
「アンタ連れて帰らねェと、俺の請けた本当の依頼が終わらねえんだよ」
疾風が百合の簪へと手を伸ばし、清かな音を立てるそれを抜き外せば、艶やかな藍髪はゆるりと解け落ちて、先程までの凜とした印象から柔らかで穏やかな雰囲気へと変わる。
後部座席を片手で開けて困り顔の綾果を座らせ、疾風が短矢を投げる様に空へと簪を放つ。
脚へ差していた銃を抜き、花弁型に削り出された橙の宝飾石を撃ち抜けば、砕けた欠片は月光に照らされて煌びやかに散った。
「あなたが偽る時間は終ったんです」
「もうあんな簪も、そんな物騒な着物も要らねェだろ」
表情を変えない自分と笑いかける兄とを交互に見遣り、くしゃりと顔を歪ませた綾果の瞳から涙が溢れる。
先程まで流れていた嘆きの涙ではなく、安堵感から流れ出しているそれに安心して息を抜くと、赤い回転灯を灯した公用車が数台こちらに向かっているのが見えた。
「…先に戻る。説明と明日の迎えは頼む」
「おぅ。明日は十時に正面口な」
座席の扉を閉めて運転席に乗り込み携帯端末を接続すると、兄へ片手を振り発車させる。
赤灯を背に笑う兄をバックミラーで確認し、検問の位置を確認して裏道を通り、大通りへと抜けた。
「あの、疾斗さん…」
「…何です?」
「…さっきのって……何処からが夢だったんですか?」
「…さぁ、何処からでしょう?」
後部座席から顔を覗かせる綾果に首を傾げて答え、口角を緩めた。
依頼人を庇う自分の姿が見えていないのだろう、紅い飛沫を浴び鉄の匂いに気が高揚した飛雅が高笑いを上げている。
自分達の名を呼び、疾斗は掌の下で涙を流している依頼人の目を覆うことを止めた。
「め…なさ、い……ん、ど…さ……」
「大丈夫ですか、唐須間さん」
「……ぇ…?」
白昼夢に再度溺れぬよう右眼を細め、綾果を支える腕を緩める。
先程まで実兄を手に掛けようとする自分の姿を見ていた彼女は、何が起きたのか理解出来ずに朱色の双眼を見開く。
「いったい、なにが…どうし、て……」
笑う飛雅と疾斗を交互に見やる依頼人が、止まっていた涙をまた浮かべて、少々怯えた音で問いを投げかける。
答えようと口を開き掛けるも、砂利を踏む足音を耳が捉える。玄関へと視線を向けると、髪の水を手で乱雑に掻き払う疾風が口角を上げた。
「随分派手にやったなァ、飛雅?」
呼ばれたことで振り向き、一拍の空白を置いた次の瞬間、飛雅が絶叫を上げながら後退る。
「おいおいどうしたァ組長、化物でも見てるみてーな顔してンな?」
「きっ貴様、何故生きて…!死んだ、筈じゃ…」
「そんな動悸ひでェ状態で言われてもさっぱり判らねェよ。俺も弟も依頼人も生きてるぜ?」
「なっ…」
「俺は彼を殺していないし、お前に撃たれてもいない」
此方を指し示す疾風の指を確認し、疾斗は組頭の白昼夢を綴じるように右眼を瞑る。
綾果を自らの背に庇い、元より左目でしか確認出来ない視界で見つめれば、自分達の姿を目に映した男は喉へ言葉を詰まらせて愕然としていた。
「見ていたのは、俺の眼が見せていた白昼夢─いわば幻だ」
「はっ…?」
銃弾に頭を潰された組員に気付き、顔面蒼白で唇を戦慄かせる。
背後に立つ疾風を押し退け、弾かれた球の様に玄関から飛び出すと、短い音を吐くと同時に玄関先で膝から崩れた。
「な、なんで…ウチの、ヤツらが……」
「何寝ぼけたコト言ってんだ?御宅さんが自分で殺ったんだろうよ」
「は…?」
「そこの一人と外の屍体合わせて十三人。そのうち俺達が手を下したのは二人だけだ」
一人は手違いで殺めてしまっただけだが。
幻から抜け出した事を確認し、右目を開く。
自らの視界情報が処理しきれなくなっている飛雅から異色双眸を綾果の方へ向ければ、発言の意図が多少取れたのか、朱眼を見開き疾斗を見上げていた。
「俺の能力は類稀なものらしくてな。右目は見えていないが、替わりに物質や人物の視界情報を操作─ようは、白昼夢を魅せられる」
「白昼夢…じゃ、さっきお二人が戦っていたのは…」
「途中から夢だった、って事だ」
薄く笑いつつ、滲むような痛みが疾る頰を革手袋を嵌めた手の甲で軽く拭う。
話して尚も疑いの目を向ける依頼人から離れ、座り込んだままの飛雅へと近付けば、増えた気配に肩を竦ませ此方へ振り返る。自分の姿を目に留めると、眉間に皺を寄せたその顔は怒りに赤く染まった。
「貴様ァ……儂の依頼を反故にしおったな…!」
「していない。それに、依頼は既に終わっている」
「ふざけるな!壊滅状態が目に入らな─」
「内容は飛伽組組員の捜索、それに敵対者の排除だったな?」
男の罵声をあっさりと遮った疾風の言葉に頷く。
何故それを知っているのかと目で問う飛雅に、柔らかい笑みを見せた兄は、数秒の間を開けてからその顎骨を砕かんばかりの一蹴を入れる。
声を上げる事も出来ずに後方へ仰け反り、乱れ開けた襟元を掴まれ起こされた組頭は、蹴られた衝撃で閉じられない口の中へ拳が捻じ込まれ、唸り混じりの音を漏らす。
「夢中でも言った筈だ。今回の件、そもそもの原因はお前にあると」
「は、ふぁへふぁ?!ふぁひふぁふぁひふぉ──」
「まだ寝惚けてんのか?弟の嫁さんを無理矢理ヤって子供産ませたのは何処のどいつだ」
痛みを覚えぬ疾風が飛雅へ捩じ込んだ拳は、その歯に肉を削らせながらゆっくりと縦へと回し始める。
「しかもその嫁さんを掻っ攫った挙句、脅迫して離別承諾票を書かせて、野郎に突きつけたんだろ?あ?」
「っ!!ひゃ、れふぉえふぉ…?」
「本人の口から聞いたんだよ、俺がな」
口角へ疾る痛みと、徐々に口内へ流れ込む血液の苦さに飛雅は踠くが、その手は止まらない。
「アンタ、先代組頭の親父さんでも頭悩ます程の大莫迦野郎だったらしいな。若い時から家の肩書を盾にやりたい放題やって、ヤバくなったら自分の部下に揉み消させたり、家の金使って口封じ。頭足んねー奴が使う常套手段だ」
「家や組員を預ける事は到底できない。そう考えた先代は、飛伽組の跡継に雄吾さんを選んだ。しかし元から家を嫌厭していた彼は、其れを断った上に縁を切り、そしてお前が跡継になった」
「アンタは組頭になったのを良いことに、家を出た飛雅雄吾を権力にモノ言わせて探した。で、見つけたは良いが警察官になっていた上に相手の籍に入って結婚していた、と」
代わる代わる投げ掛ける解に、いつ手を引き抜かれるのか判らない恐怖と息苦しさに苦悶する飛雅が、僅かながらも数回首を縦に振る。
「弟が居なくなったからって理由で跡継ぎに選ばれるわ、腹いせに探してみりゃ綺麗な嫁さんと幸せにしてるわ…屈辱だった訳だ」
「だから、自分以上に酷い屈辱を与えた」
自分に無いものを奪い取る、最悪の方法で。
先程までの威勢が失せ、僅かな酸素を取り入れるもだらしない呻きを漏らす男の顔を上から覗く。
先の幻想にまた呑まれると思ったのか、怯えきった両眼が強く閉じる。しかしそれに連動して口に力が入ったのか、息が出来ないと首を左右に揺らして訴えてくる。
「ここまで説明したんだ。何故お前が原因なのか解らないことはないだろう」
「手前ェの行いからきた因果応報だったってのに、逆怨みされた上に好き放題されちゃあブチ切れて当然だ──って、の!」
言い切ると同時、疾風がその口から一気に手を引き抜く。抜かれたそれに目を移せば、拳は崩されて指先をすぼませた形だったが、外された本人は衝撃もあったためか震える身体をさすりながら大口を開けて呼吸を整えている。
飛雅の近場に落ちていた銃を外へと蹴り捨て、壁に手を突き始終を見ていた綾果の元へ行けば、か一息吐いて眉根を寄せながら目を細める。
緊張の糸が解けたのか身体は小刻みに震えており、疾斗は片腕で支えてやりながら、携帯端末を開いて拘束要請の短縮連絡を入れる。
「……緑髪……支部を潰したのは、お前か…?」
俯いて息も絶え絶えの飛雅が、掠れた声で疾風に問う。か細くも恨み嫉みが含まれたその音は、重い空気へ更なる重力を持たせる。
投げられたそれに呆れているのか、実兄は生乾きになってしまった髪を掻き上げて軽く息を吸ってから鼻で笑い、飛雅の顎を掴み顔を引き上げた。
「潰したのは手前ェの弟で飛雅 綾果の旦那、唐須間 雄吾だ。アンタに奴を怨む資格は無ェ。怨むなら莫迦しかしてこなかった自分を怨めや」
牢屋の中でな。
疾風が突き刺すように吐き捨てた答えに目を見開き、開いた口を閉じることさえも出来なくなった飛雅は、顔を投げられたまま動かなくなる。
おぼつく足取りの綾果を疾風と共に両側で支えつつ玄関を出れば、雨は止んで細い三日月が雲間から覗き、庭に横たわる遺体を照らしている。
出来る限り見せぬよう道を選び、門戸から数メートル離れて停めていた車へと歩く。
「さて……たしか綾果サンだったか。今日はこのまま疾斗と一緒にグローリリーフ行って泊まってくれ。部屋も着替えも全部向こうさんに用意してもらってっから」
「え?」
「アンタ連れて帰らねェと、俺の請けた本当の依頼が終わらねえんだよ」
疾風が百合の簪へと手を伸ばし、清かな音を立てるそれを抜き外せば、艶やかな藍髪はゆるりと解け落ちて、先程までの凜とした印象から柔らかで穏やかな雰囲気へと変わる。
後部座席を片手で開けて困り顔の綾果を座らせ、疾風が短矢を投げる様に空へと簪を放つ。
脚へ差していた銃を抜き、花弁型に削り出された橙の宝飾石を撃ち抜けば、砕けた欠片は月光に照らされて煌びやかに散った。
「あなたが偽る時間は終ったんです」
「もうあんな簪も、そんな物騒な着物も要らねェだろ」
表情を変えない自分と笑いかける兄とを交互に見遣り、くしゃりと顔を歪ませた綾果の瞳から涙が溢れる。
先程まで流れていた嘆きの涙ではなく、安堵感から流れ出しているそれに安心して息を抜くと、赤い回転灯を灯した公用車が数台こちらに向かっているのが見えた。
「…先に戻る。説明と明日の迎えは頼む」
「おぅ。明日は十時に正面口な」
座席の扉を閉めて運転席に乗り込み携帯端末を接続すると、兄へ片手を振り発車させる。
赤灯を背に笑う兄をバックミラーで確認し、検問の位置を確認して裏道を通り、大通りへと抜けた。
「あの、疾斗さん…」
「…何です?」
「…さっきのって……何処からが夢だったんですか?」
「…さぁ、何処からでしょう?」
後部座席から顔を覗かせる綾果に首を傾げて答え、口角を緩めた。
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