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12.好きだから不安に
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「モリナガさん、歩くのはつらくないですか? バイクで先に行ってもいいですよ?」
バイトの帰り道。俺の原付バイクを引くクリスと並んで、通いなれた公園の中まばらに立ち並ぶ街灯の下を歩く。
「乗ると振動がキツくて大変だったんだよ」
「じゃあじゃあ僕モリナガさんをおんぶしますよ!」
「原付押しながら俺を背負うのか?」
「モリナガさんの為ならやります!」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと歩け。だいたいお前が無茶するから俺がこんなことになってるんだろ」
「ごめんなさい、モリナガさんと恋人になれたのがうれしすぎて我慢ができませんでした」
「恋人……?」
微妙な返事を返した俺を、しゅんとうつむいていたクリスは意外そうな顔で見つめる。
「違うんですか?」
俺は無意識にクリスの手元に目をやる。ハンドルを握った両手首には腕時計はされていなかった。
たぶん昨日までの俺なら恋人だなんて言われて照れ隠しに憎まれ口のひとつでも言っていたところだと思う。
だけど今は昼間の件がひっかかっていてそういう気にならない。むしろクリスが本当に恋人だと言いたい相手は他にいるのではないかと卑屈な考えがよぎる。
クリスはそんな奴じゃないと思っているけれど、それなら俺に隠すあの腕時計は何なのだろう。仕事中汚れるのが嫌で外していたとしても、来るときにしていたものを帰りはわざわざしまっておくなんて不自然だ。
「違うというか……」
俺が言い終わる前にクリスが顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見る。
「僕は、あなたを恋人だと思っています」
クリスの言葉に胸が締め付けられる。けれどそれは恋のときめきのような甘いものではなくて、小さな不安の痛みがさざ波のように全身に広がっていく。打ち消したい思いが頭から離れない。
真っ直ぐに俺を見つめる澄んだ紺碧の瞳に嘘はないと信じている。信じていると思っているくせに疑念を振り払えない自分が苦しい。たぶん俺はそれだけこいつのことを特別に思っていて、いつの間にか一つの嘘や隠し事も許せないほど独占したいと思うようになっているからだ。
「俺さ、昔この公園で犬飼ってたことあるんだよね。飼ってたっていうかエサやってただけだけど」
自分の中の暗い気持ちに耐え切れず、俺は思わず関係ない話題をふっていた。
「……そうなんですか」
なにげない風に返事を返すクリスが、話題を変えられてどんな思いでいたかと考えると腹の奥がさらに重くなる。それでも俺は話題を変えずにはいられなかった。
「誰かに捨てたらたんだろうけど、汚い犬でさ。でも懐いてくると可愛くて」
いざ犬の話を始めると、今までとは違う痛みがちくりと胸を指す。
当時犬が住処にしていたステージは取り壊されてしまったけど、ナナは俺が来る気配がすると何がそんなにうれしいのかいつも千切れそうなほどしっぽを振って待っていた。
ナナの里親探しを真剣にしてやらなかったのは、自分が飼い主のように好かれているのか心地よくて、このまま自分のものでいて欲しいとどこかで思っていたからだ。
きちんと面倒を見られるわけでもないのにそんな勝手な自己満足のせいで手遅れになった。ナナが死んだのは俺のせいだ。
「俺がふがいないせいで死なせた。今でも思い出すよ、アイツに申し訳なくて」
「そんなことないです、きっとその子も感謝しています」
「なんでそう思う?」
「モリナガさんみたいなやさしい人に面倒をみてもらって、おいしいご飯をもらって、感謝しないはずがないです」
まるで自分のことを言っているようなクリスの物言いに、俺はぐっと息をのむ。
「その犬はあなたのことが大好きだったはずです、たとえそれが短い間だったとしても幸せだったと思います」
苦しいほど胸が締め付けられて、喉元が押さえつけられるように感情がこみ上げる。
十分な世話もできずに死なせてしまったナナがそんな風に思ってくれていたのならうれしいと思う反面、クリスがナナの気持ちを代弁するようにみせて自分のことを話しているように感じられて、「短い間だとしても」と自分たちの関係の終わりを予告されているように聞こえてしまった。
感情が高ぶっているせいかナナとクリスの存在がリンクして頭の中が混乱している。
「……俺の犬は、また遠くに行くのか?」
「いきませんよ」
「お前留学生だろ、どうせ帰国するくせに」
「戻ってきます、あなたのために」
日本にだって他の奴に会うために来たくせに、どうして俺にそんなことを言うのか。
クリスが立ち止まり、何も言わずに俺の肩を抱きしめる。その腕は大きくて温かくて、どうしてこの腕が自分だけのものにならないのかと悔しさがこみ上げた。
バイトの帰り道。俺の原付バイクを引くクリスと並んで、通いなれた公園の中まばらに立ち並ぶ街灯の下を歩く。
「乗ると振動がキツくて大変だったんだよ」
「じゃあじゃあ僕モリナガさんをおんぶしますよ!」
「原付押しながら俺を背負うのか?」
「モリナガさんの為ならやります!」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと歩け。だいたいお前が無茶するから俺がこんなことになってるんだろ」
「ごめんなさい、モリナガさんと恋人になれたのがうれしすぎて我慢ができませんでした」
「恋人……?」
微妙な返事を返した俺を、しゅんとうつむいていたクリスは意外そうな顔で見つめる。
「違うんですか?」
俺は無意識にクリスの手元に目をやる。ハンドルを握った両手首には腕時計はされていなかった。
たぶん昨日までの俺なら恋人だなんて言われて照れ隠しに憎まれ口のひとつでも言っていたところだと思う。
だけど今は昼間の件がひっかかっていてそういう気にならない。むしろクリスが本当に恋人だと言いたい相手は他にいるのではないかと卑屈な考えがよぎる。
クリスはそんな奴じゃないと思っているけれど、それなら俺に隠すあの腕時計は何なのだろう。仕事中汚れるのが嫌で外していたとしても、来るときにしていたものを帰りはわざわざしまっておくなんて不自然だ。
「違うというか……」
俺が言い終わる前にクリスが顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見る。
「僕は、あなたを恋人だと思っています」
クリスの言葉に胸が締め付けられる。けれどそれは恋のときめきのような甘いものではなくて、小さな不安の痛みがさざ波のように全身に広がっていく。打ち消したい思いが頭から離れない。
真っ直ぐに俺を見つめる澄んだ紺碧の瞳に嘘はないと信じている。信じていると思っているくせに疑念を振り払えない自分が苦しい。たぶん俺はそれだけこいつのことを特別に思っていて、いつの間にか一つの嘘や隠し事も許せないほど独占したいと思うようになっているからだ。
「俺さ、昔この公園で犬飼ってたことあるんだよね。飼ってたっていうかエサやってただけだけど」
自分の中の暗い気持ちに耐え切れず、俺は思わず関係ない話題をふっていた。
「……そうなんですか」
なにげない風に返事を返すクリスが、話題を変えられてどんな思いでいたかと考えると腹の奥がさらに重くなる。それでも俺は話題を変えずにはいられなかった。
「誰かに捨てたらたんだろうけど、汚い犬でさ。でも懐いてくると可愛くて」
いざ犬の話を始めると、今までとは違う痛みがちくりと胸を指す。
当時犬が住処にしていたステージは取り壊されてしまったけど、ナナは俺が来る気配がすると何がそんなにうれしいのかいつも千切れそうなほどしっぽを振って待っていた。
ナナの里親探しを真剣にしてやらなかったのは、自分が飼い主のように好かれているのか心地よくて、このまま自分のものでいて欲しいとどこかで思っていたからだ。
きちんと面倒を見られるわけでもないのにそんな勝手な自己満足のせいで手遅れになった。ナナが死んだのは俺のせいだ。
「俺がふがいないせいで死なせた。今でも思い出すよ、アイツに申し訳なくて」
「そんなことないです、きっとその子も感謝しています」
「なんでそう思う?」
「モリナガさんみたいなやさしい人に面倒をみてもらって、おいしいご飯をもらって、感謝しないはずがないです」
まるで自分のことを言っているようなクリスの物言いに、俺はぐっと息をのむ。
「その犬はあなたのことが大好きだったはずです、たとえそれが短い間だったとしても幸せだったと思います」
苦しいほど胸が締め付けられて、喉元が押さえつけられるように感情がこみ上げる。
十分な世話もできずに死なせてしまったナナがそんな風に思ってくれていたのならうれしいと思う反面、クリスがナナの気持ちを代弁するようにみせて自分のことを話しているように感じられて、「短い間だとしても」と自分たちの関係の終わりを予告されているように聞こえてしまった。
感情が高ぶっているせいかナナとクリスの存在がリンクして頭の中が混乱している。
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「いきませんよ」
「お前留学生だろ、どうせ帰国するくせに」
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クリスが立ち止まり、何も言わずに俺の肩を抱きしめる。その腕は大きくて温かくて、どうしてこの腕が自分だけのものにならないのかと悔しさがこみ上げた。
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