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8.ご褒美ください
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「……モリナガ、さん」
驚いて身動きが取れない俺の唇にクリスの唇が触れる。身体を壁に押し付ける力は強い癖に、こちらの反応を確かめるような控えめなキスだ。
切なげな声で名前を呼ばれながら頭上から向けられた目線が熱っぽくて、これから身に起こることの可能性が嫌でも頭に思い浮かぶ。
「あなたに触れてもいいですか?」
シャツの裾から骨ばった手がすべり込んできてようやく俺は確信する。
「エ、エ、エサって俺のことかよッ!」
様子がおかしいと薄々感じながらも、変な想像をしてしまいそうになる自分にそんなことはないと言い聞かせてきたことが間違いだったとわかる。
大きな手が俺の脇腹を撫で上げて、そのままシャツがまくり上げられる。
「ちょ、ちょっと待て!」
クリスは素直が取り柄だと思っていたのに、俺の待てが不満だったように眉をしかめて顔を覗き込んでくる。俺のシャツは胸の手前まで持ち上げられたままだ。
「どうしてですか。家に上げたってことはそういうことじゃないんでずか?」
「いつも上げてるだろ、俺はお前に飯を用意してやろうと思っただけだっ」
「キスをされても嫌がらないのに?」
クリスの言葉に俺はぐっと息をのむ。野郎にキスされるのなんか気持ち悪いに決まっているのに、クリスにされて気持ち悪いとは感じなかった。
電気もつけていない玄関で、どこからか差し込む薄明かりに照らされるクリスの瞳を見ているとついそんな本音を漏らしそうになる。
クリスの手が俺の頬に伸ばされ、長い睫を伏せたクリスの顔が近づく。
「――――んっ」
俺は咄嗟にクリスの口元に手を押し当てていた。
「と、とりあえず飯な。どうせろくなもん食ってないんだろ」
動揺を悟られないようにと無理に笑った頬が引きつる。
クリスがゲイだと言った大場の言葉は当たっていた。まさか本当に自分が狙われていたなんて。
というか、なんで俺なんだろう。顔立ちは整っている方だが目を引く容姿ではないし、クリスのように人懐こい親しみやすさもない。目つきと口の悪さからどちらかといえば初対面の相手からも敬遠され気味なことが多い。
まさか男ならだれでもいいのだろうか。テレビやネットで見かけるモラルの低いゲイのイメージが思い浮かぶ。俺がたまたま身近にいて、手を出しやすそうだったとでもいうのだろうか。
いや、クリスはそういうタイプじゃない。
「……じゃあ、後でですね」
なにか考え込むように押し黙るクリスだったが、少しして名残惜しそうに俺の身体から手を放した。
「あ、ああ」
後でなんてないと言ってやりたかったが、ここでそんなことを言ったら放してもらえないような気がして怖かった。
それから俺はなるべく平静を装って台所に立つ。いつもなら手伝うと言って邪魔をしにくるクリスがおとなしく居間で待っていてくれたのには心底ほっとしていた。
「ほら、食え」
差し出されたインスタント味噌ラーメンにがっつくクリスの様子を盗み見ながら、さっきは腹が減りすぎて変になっていただけで、いつものように空腹が満たされれば満足して帰ってくれるに違いないなんて考えていた。
そんなことを考えながらラーメンに手を付けた俺はあまりの不味さに言葉を失う。
粉を溶かすだけのスープは湯が多かったのか味が薄いし、具の焼ねぎはコゲている。缶詰のコーンは水切りが足りずに水っぽい。
たかがインスタントラーメンを作るだけでこんなに失敗してしまうなんて、いったい俺はどれだけ動揺しているのだろう。
「おいしい、いつもアリガトウございます」
「おまえの舌バカだろ、これのどこがうまいんだよ」
「モリナギさんが作ってくれたからおいしいです」
「あっそ、良かったな」
つれない返事をしながらも、すっかり普段の調子にもどったクリスの様子に安心する。
だから俺の方もすっかりさっきの異常な出来事も忘れて食事を終えたあと台所で食器を洗っていたのだが――。
「おま、何してんだよ……っ」
洗い物を終えて居間に戻った俺はその光景に愕然とする。洗い物をしている最中、クリスがキッチンから見えない場所でなにやらごそごそしているな、とは思っていた。
「さあこちらへどうぞ、モリナギさん」
部屋の隅に畳んであった布団が床に敷かれ、その上に腰を下ろしたクリスがキラキラと目を輝かせながら両手を広げて俺を待っている。
「いやいやいや、お前帰れよ」
「シューデン終わりました、泊めて下さい」
「お前本当に終電の意味わかって言ってんのか? まだ間に合うだろうが!」
「モリナギさんの言う通りちゃんと待っていました、ご褒美を下さい」
「褒美って、おま。なんで俺がお前に褒美をやらなきゃならないんだよ」
この場合褒美というのはやっぱり俺自身ということになるのだろうか。そもそも自分がご褒美だなんて発想に顔から火が出そうだ。
「日本では男に二言はない、と言うのではないですか?」
「いや、でも……」
クリスは布団に腰を下ろしたままじっと俺の目を見て言葉を待っている。ふざけたことを言っているくせに、いつもの素直で人懐こい表情とは違う真剣な目をしている。
「……なんで、俺?」
疑問に思っていたことをやっと口にする。
どうしてクリスは俺なんかに構うのだろうか。クリスなら相手はより取り見取りだろう。
男が好きなんだとしても、俺なんかよりもっとクリスに見合ういい男がどこかにいるはずだ。
「モリナガさん」
クリスが片膝を立てて一歩踏み出し、逃げ遅れた俺の手が掴まれる。
ボロアパートには似合わない金髪碧眼のでかい男が自分の足元に跪く光景にめまいがしそうだった。
「僕はあなたが好きです。だからもっとあなたに触れたい」
ぐらりと、今度こそ本当にめまいがしたのかと思った。実際には手を引かれてクリスの腕に抱き締められていた。
「おま、なにして」
クリスの胸に押し付けられた顔を上げると、彫りの深い端整な顔が近づいてくる。
柔らかい髪が頬にかかったところで、俺は慌ててクリスの胸を押し返す。
「僕の気持ちは受け入れて貰えないですか?」
金糸で装飾したようなまぶたを悲しげに伏せるクリスの姿に不覚にも胸が軋む。
受け入れるも受け入れないも俺たちは男同士だ。答えなんて決まっているのに、主人に捨てられた犬のようなクリスの風情につい優しくしてやりたくなってしまう。
「お前って、ゲイなの?」
言ってしまってから、俺はいまの発言を取り消したくなる。男の俺が好きだと言っている時点で分かりきったことなのに、混乱して変なことを口走ってしまった。
「男性を好きだと思ったのはモリナガさんが初めてです」
赤裸々な告白に、今まで自分がそういう対象で見られていたのかと急に意識してしまって顔が熱くなる。たぶん今俺はバカみたいに赤面しているに違いない。
「つか、お前森永ってちゃんと言えるんじゃねぇか」
「わざと間違えて構ってほしかっただけです」
すっとクリスの右手が俺の頬に添えられる。
ダメだと思っているのに、その宝石みたいな瞳に見つめられると引き込まれてしまいそうになる。
「真っ赤ですね、どうしてそんな顔するんですか。あなたも僕のことを意識しているんだと誤解してしまいそうになります」
今度は近づいてくるクリスから顔をそむけることが出来なかった。唇が触れて、温かいクリスの舌がぬるりと口の中に滑り込む。
受け入れた舌は肉厚でやわらかくて気持ちがいい。うっとりと舌を絡め取られながら、ふとこの唇の主がクリスだと思い出して恥ずかしさでいたたまれなくなる。
「や、めろ」
こういうのを上手いキスっていうのだろうか。クリスを押し返そうとする手に力が入らない。俺の手はただクリスの胸に押し当てられただけだった。
「嫌なら本気で抵抗してください、じゃないと照れているようにしか見えません」
俺は男なのに、同じ男でしかも年下にいいようにされるなんて男としてのプライドが許さない。
「だめだっ」
俺は精一杯理性を振り絞ってクリスの身体を引き離す。
「……僕はあなたの恋人にはなれませんか?」
「バカ、俺たちは男同士だろ」
世の中には男同士のカップルがいることくらいわかっているけれど、それは自分とは関わりのない奴らの話で、いくら俺がクリスを素直で真面目で良い奴だと好感を持っていても男が男と付き合うなんて不自然だ。
たとえうなだれて悲しそうに伏せた目元が守ってあげたくなるとか、波打つ金髪がふわふわで触りたくなるとか、懐かれて可愛いと思ってしまったとしてもだ。
「それなら……僕はあなたの犬のままでもいいですから側に置いてください」
「はぁ? なんだよそれ」
「今まで通り僕に接してください、モリヤギさんが僕を犬みたいだっていいました」
「いや、まあ言ったけどあんなの冗談だろ。つーかもうわざと間違えるのはいいから」
「わかりました、トーマ」
「はっ? お前いきなり名前呼ぶなよ。っていうか俺の名前知ってたのかよ」
トーマ、森永桐真。大人になった今、名前で呼ばれるのは久しぶりだ。
「店の女の子に教えてもらいました。もう間違えないのでトーマと呼んでいいですか?」
「そこは森永でいいだろ。犬なら主人の名前を馴れ馴れしく呼んだりするな!」
「わかりましたワン」
クリスが頭の上に両手で犬の耳の真似をするのを見て、うっかり犬と主人の関係を認めるような発言をしてしまったことに気づく。
「いや、別にお前を飼い犬にしてやるなんて言ってないんだけど」
「エサとご褒美をくれたら番犬でもお手伝い犬でもなんでもしますです」
「いやいや、間に合ってる」
「なんなら愛玩してくれてもいいですよ」
殊勝なことを言っているくせに、にこりと綺麗な顔を微笑ませる姿は余裕たっぷりに見えて腹が立つ。
「いらん、お前いい加減帰れ!」
「シューデンなくなりました」
はっとして時計を見ると、確かに終電の時刻はとっくに過ぎている。
「くそっ、変なことしたら叩き出すからな!」
「ワォン、ご主人様大好き」
俺を好きだっていう男と一夜を共にするなんて正直逃げ出したい気分だったが、歩いて帰れとクリスを放り出すのは良心が痛む。
その後俺は、やたらとはしゃぐクリスをなんとかなだめ、一人用の布団に男二人で横になった。ちなみに片方は布団から足がはみ出ている。
俺はクリスが手を出して来たら外に締め出すつもりで身を固くしていたのだが、結局朝までその心配はなかった。――代わりに俺は翌日寝不足で頭痛に悩まされたわけだが。
驚いて身動きが取れない俺の唇にクリスの唇が触れる。身体を壁に押し付ける力は強い癖に、こちらの反応を確かめるような控えめなキスだ。
切なげな声で名前を呼ばれながら頭上から向けられた目線が熱っぽくて、これから身に起こることの可能性が嫌でも頭に思い浮かぶ。
「あなたに触れてもいいですか?」
シャツの裾から骨ばった手がすべり込んできてようやく俺は確信する。
「エ、エ、エサって俺のことかよッ!」
様子がおかしいと薄々感じながらも、変な想像をしてしまいそうになる自分にそんなことはないと言い聞かせてきたことが間違いだったとわかる。
大きな手が俺の脇腹を撫で上げて、そのままシャツがまくり上げられる。
「ちょ、ちょっと待て!」
クリスは素直が取り柄だと思っていたのに、俺の待てが不満だったように眉をしかめて顔を覗き込んでくる。俺のシャツは胸の手前まで持ち上げられたままだ。
「どうしてですか。家に上げたってことはそういうことじゃないんでずか?」
「いつも上げてるだろ、俺はお前に飯を用意してやろうと思っただけだっ」
「キスをされても嫌がらないのに?」
クリスの言葉に俺はぐっと息をのむ。野郎にキスされるのなんか気持ち悪いに決まっているのに、クリスにされて気持ち悪いとは感じなかった。
電気もつけていない玄関で、どこからか差し込む薄明かりに照らされるクリスの瞳を見ているとついそんな本音を漏らしそうになる。
クリスの手が俺の頬に伸ばされ、長い睫を伏せたクリスの顔が近づく。
「――――んっ」
俺は咄嗟にクリスの口元に手を押し当てていた。
「と、とりあえず飯な。どうせろくなもん食ってないんだろ」
動揺を悟られないようにと無理に笑った頬が引きつる。
クリスがゲイだと言った大場の言葉は当たっていた。まさか本当に自分が狙われていたなんて。
というか、なんで俺なんだろう。顔立ちは整っている方だが目を引く容姿ではないし、クリスのように人懐こい親しみやすさもない。目つきと口の悪さからどちらかといえば初対面の相手からも敬遠され気味なことが多い。
まさか男ならだれでもいいのだろうか。テレビやネットで見かけるモラルの低いゲイのイメージが思い浮かぶ。俺がたまたま身近にいて、手を出しやすそうだったとでもいうのだろうか。
いや、クリスはそういうタイプじゃない。
「……じゃあ、後でですね」
なにか考え込むように押し黙るクリスだったが、少しして名残惜しそうに俺の身体から手を放した。
「あ、ああ」
後でなんてないと言ってやりたかったが、ここでそんなことを言ったら放してもらえないような気がして怖かった。
それから俺はなるべく平静を装って台所に立つ。いつもなら手伝うと言って邪魔をしにくるクリスがおとなしく居間で待っていてくれたのには心底ほっとしていた。
「ほら、食え」
差し出されたインスタント味噌ラーメンにがっつくクリスの様子を盗み見ながら、さっきは腹が減りすぎて変になっていただけで、いつものように空腹が満たされれば満足して帰ってくれるに違いないなんて考えていた。
そんなことを考えながらラーメンに手を付けた俺はあまりの不味さに言葉を失う。
粉を溶かすだけのスープは湯が多かったのか味が薄いし、具の焼ねぎはコゲている。缶詰のコーンは水切りが足りずに水っぽい。
たかがインスタントラーメンを作るだけでこんなに失敗してしまうなんて、いったい俺はどれだけ動揺しているのだろう。
「おいしい、いつもアリガトウございます」
「おまえの舌バカだろ、これのどこがうまいんだよ」
「モリナギさんが作ってくれたからおいしいです」
「あっそ、良かったな」
つれない返事をしながらも、すっかり普段の調子にもどったクリスの様子に安心する。
だから俺の方もすっかりさっきの異常な出来事も忘れて食事を終えたあと台所で食器を洗っていたのだが――。
「おま、何してんだよ……っ」
洗い物を終えて居間に戻った俺はその光景に愕然とする。洗い物をしている最中、クリスがキッチンから見えない場所でなにやらごそごそしているな、とは思っていた。
「さあこちらへどうぞ、モリナギさん」
部屋の隅に畳んであった布団が床に敷かれ、その上に腰を下ろしたクリスがキラキラと目を輝かせながら両手を広げて俺を待っている。
「いやいやいや、お前帰れよ」
「シューデン終わりました、泊めて下さい」
「お前本当に終電の意味わかって言ってんのか? まだ間に合うだろうが!」
「モリナギさんの言う通りちゃんと待っていました、ご褒美を下さい」
「褒美って、おま。なんで俺がお前に褒美をやらなきゃならないんだよ」
この場合褒美というのはやっぱり俺自身ということになるのだろうか。そもそも自分がご褒美だなんて発想に顔から火が出そうだ。
「日本では男に二言はない、と言うのではないですか?」
「いや、でも……」
クリスは布団に腰を下ろしたままじっと俺の目を見て言葉を待っている。ふざけたことを言っているくせに、いつもの素直で人懐こい表情とは違う真剣な目をしている。
「……なんで、俺?」
疑問に思っていたことをやっと口にする。
どうしてクリスは俺なんかに構うのだろうか。クリスなら相手はより取り見取りだろう。
男が好きなんだとしても、俺なんかよりもっとクリスに見合ういい男がどこかにいるはずだ。
「モリナガさん」
クリスが片膝を立てて一歩踏み出し、逃げ遅れた俺の手が掴まれる。
ボロアパートには似合わない金髪碧眼のでかい男が自分の足元に跪く光景にめまいがしそうだった。
「僕はあなたが好きです。だからもっとあなたに触れたい」
ぐらりと、今度こそ本当にめまいがしたのかと思った。実際には手を引かれてクリスの腕に抱き締められていた。
「おま、なにして」
クリスの胸に押し付けられた顔を上げると、彫りの深い端整な顔が近づいてくる。
柔らかい髪が頬にかかったところで、俺は慌ててクリスの胸を押し返す。
「僕の気持ちは受け入れて貰えないですか?」
金糸で装飾したようなまぶたを悲しげに伏せるクリスの姿に不覚にも胸が軋む。
受け入れるも受け入れないも俺たちは男同士だ。答えなんて決まっているのに、主人に捨てられた犬のようなクリスの風情につい優しくしてやりたくなってしまう。
「お前って、ゲイなの?」
言ってしまってから、俺はいまの発言を取り消したくなる。男の俺が好きだと言っている時点で分かりきったことなのに、混乱して変なことを口走ってしまった。
「男性を好きだと思ったのはモリナガさんが初めてです」
赤裸々な告白に、今まで自分がそういう対象で見られていたのかと急に意識してしまって顔が熱くなる。たぶん今俺はバカみたいに赤面しているに違いない。
「つか、お前森永ってちゃんと言えるんじゃねぇか」
「わざと間違えて構ってほしかっただけです」
すっとクリスの右手が俺の頬に添えられる。
ダメだと思っているのに、その宝石みたいな瞳に見つめられると引き込まれてしまいそうになる。
「真っ赤ですね、どうしてそんな顔するんですか。あなたも僕のことを意識しているんだと誤解してしまいそうになります」
今度は近づいてくるクリスから顔をそむけることが出来なかった。唇が触れて、温かいクリスの舌がぬるりと口の中に滑り込む。
受け入れた舌は肉厚でやわらかくて気持ちがいい。うっとりと舌を絡め取られながら、ふとこの唇の主がクリスだと思い出して恥ずかしさでいたたまれなくなる。
「や、めろ」
こういうのを上手いキスっていうのだろうか。クリスを押し返そうとする手に力が入らない。俺の手はただクリスの胸に押し当てられただけだった。
「嫌なら本気で抵抗してください、じゃないと照れているようにしか見えません」
俺は男なのに、同じ男でしかも年下にいいようにされるなんて男としてのプライドが許さない。
「だめだっ」
俺は精一杯理性を振り絞ってクリスの身体を引き離す。
「……僕はあなたの恋人にはなれませんか?」
「バカ、俺たちは男同士だろ」
世の中には男同士のカップルがいることくらいわかっているけれど、それは自分とは関わりのない奴らの話で、いくら俺がクリスを素直で真面目で良い奴だと好感を持っていても男が男と付き合うなんて不自然だ。
たとえうなだれて悲しそうに伏せた目元が守ってあげたくなるとか、波打つ金髪がふわふわで触りたくなるとか、懐かれて可愛いと思ってしまったとしてもだ。
「それなら……僕はあなたの犬のままでもいいですから側に置いてください」
「はぁ? なんだよそれ」
「今まで通り僕に接してください、モリヤギさんが僕を犬みたいだっていいました」
「いや、まあ言ったけどあんなの冗談だろ。つーかもうわざと間違えるのはいいから」
「わかりました、トーマ」
「はっ? お前いきなり名前呼ぶなよ。っていうか俺の名前知ってたのかよ」
トーマ、森永桐真。大人になった今、名前で呼ばれるのは久しぶりだ。
「店の女の子に教えてもらいました。もう間違えないのでトーマと呼んでいいですか?」
「そこは森永でいいだろ。犬なら主人の名前を馴れ馴れしく呼んだりするな!」
「わかりましたワン」
クリスが頭の上に両手で犬の耳の真似をするのを見て、うっかり犬と主人の関係を認めるような発言をしてしまったことに気づく。
「いや、別にお前を飼い犬にしてやるなんて言ってないんだけど」
「エサとご褒美をくれたら番犬でもお手伝い犬でもなんでもしますです」
「いやいや、間に合ってる」
「なんなら愛玩してくれてもいいですよ」
殊勝なことを言っているくせに、にこりと綺麗な顔を微笑ませる姿は余裕たっぷりに見えて腹が立つ。
「いらん、お前いい加減帰れ!」
「シューデンなくなりました」
はっとして時計を見ると、確かに終電の時刻はとっくに過ぎている。
「くそっ、変なことしたら叩き出すからな!」
「ワォン、ご主人様大好き」
俺を好きだっていう男と一夜を共にするなんて正直逃げ出したい気分だったが、歩いて帰れとクリスを放り出すのは良心が痛む。
その後俺は、やたらとはしゃぐクリスをなんとかなだめ、一人用の布団に男二人で横になった。ちなみに片方は布団から足がはみ出ている。
俺はクリスが手を出して来たら外に締め出すつもりで身を固くしていたのだが、結局朝までその心配はなかった。――代わりに俺は翌日寝不足で頭痛に悩まされたわけだが。
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