愛犬はブルーアイズ

雨夜美月

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1.ひと嫌いは治せない

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 高校を卒業して一人暮らしを始めてからも、俺は高校時代からバイトをしていたカフェで正社員として働いている。
 これといった趣味もない俺はほとんど家と勤務先を往復するような生活を送っていて、数少ない友人とも休みが合わず疎遠になってしまっている。
 充実した生活とはいえないが、住むところも仕事もある今の生活に特に不満はない。


 俺はカウンターの前で空のトレイを抱きながら、窓際で人目もはばからずイチャつくカップルに軽く舌打ちをする。

「――ったく、人前でよくやるよなぁ」

「おいおい、客に聞こえるぞ?」

 厨房とホールを仕切るカウンターに肘をつき、態度の悪いウェイターの俺に向かって苦笑を浮かべるのはこの店の店長、大場だ。

「別にいいじゃないですか、聞こえたって」

「おいおいやめてくれよ森永、お前はウチの顔なんだからな一応」

「すみませんねパッとしない顔で。店長こそ、そのヒゲ剃ったらどうです?」

 容姿のことを言われたわけではないことはわかっているのだが、売り言葉に買い言葉、一言は言い返さないと気が済まない。

「これは、ダメだ。俺の身体の一部だから剃るなんてできない」

 大場は真剣な顔をしてあごのラインに沿うように短く刈りそろえたヒゲを大事そうに撫でた。
 確かに大場のヒゲは良く似合っている。飲食店にはふさわしくないかもしれないが、店に来る女子大生には渋い店長がいるとウケがいいのも事実だ。

「それに見た目のことを言ってるんじゃねえ、もうちっと愛想よくしろってことだよ」

 大場の言う通り、俺には愛想なんてものはこれっぽっちもない。
 整った顔立ちではあるが、奥二重でやや切れ長の目元は昔から目つきがきついと指摘されることが多くて、どうやら近づきがたい雰囲気を醸し出しているらしい。
 ホールスタッフの制服である白のシャツに黒のスラックス、腰から膝下までの黒いロングエプロンを重ねる服装も、日本人らしい生まれたままの真っ黒い髪ときつい顔立ちのせいで葬式帰りのようだと言われたこともある。
 モノトーン一色なのがいけないのかと明るい髪色に染めていたこともあるが、売れないホストみたいな印象になってしまってすぐに止めた。

「眉間にシワ寄せてるとクールビューティが台無しだぞ?」

「はぁ? 誰がクールビューティですか」

「ほら、これあそこの席に持ってけ」

 大場は俺の言葉を遮るようにアイスティーを差し出してくる、顎で指示したそこは窓際でいちゃつくあのカップルの席だった。

 ちゃらそうな男が女の髪をなでる姿に思わず眉間にシワが寄る。

「そんな露骨に嫌そうな顔するんじゃねえよ、そうひがむな」

「一ミリもひがんでません」

 ひがみだなんて冗談じゃない。
 俺はどうも昔から好きだとか愛だとか垂れ流しにしている連中が好きになれないのだ。どうせ口先だけですぐ別れるくせに、なんて冷めた目で見てしまう。

 古臭い考え方かもしれないが好きっていうのはもっと特別な感情で、そう軽々しく口にする言葉じゃないと思うのだ。

 だから俺は簡単に好きなんて言う奴の言葉は信用できない。信用もできない相手と付き合うくらいなら犬でも飼っている方がマシだ。

 長年そう思い続けてきたせいか、未だに自分から好きだと言える相手に出会ったことはないのだけれど。

「お待たせ致しました、アイスティーになります」

 席に注文の品を届けると、入れ替わりでカップルの女の方が席を立つ。
 テーブルの上にミルクと砂糖を並べながら、着信音と共に男が取り出したスマホ画面が目に入った。そこには女の子のアイコンからハートマークだらけのメッセージ。

 モテるのは結構だが、俺はこういういいかげんな付き合いなんてごめんだな。

 
「そうだ森永。言ってなかったんだが新人が入るから、お前が教育係な」

 店の営業終了後、閉店準備のためテーブルの上の小物類を拭いていると、キッチンからカウンター越しに大場の声が響いた。

「は? お前って、俺っすか?」

「お前の他に誰がいるんだよ」

 営業終了とともに他のバイト達をみんな帰してしまったあとで、店内には自分と大場の二人だけだった。

「そんなのバイトにやらせればいいじゃないですか、店長俺の人嫌い知ってますよね?」

「接客業続けたいならお前もその人嫌いなんとかしろ」

「う…………」

 悔しいが返す言葉がない。もともと人付き合いが苦手で、心を許した相手としかまともに話もしない性格だ。
 職場であるこの店のスタッフの名前だって完全に把握しているかというと怪しい。だってバイトなんてすぐに入れ替わるのだから仕方がないじゃないか。

 人嫌いの何が悪いのだと開き直りたいところだったが仮にも大場はこの店の店長。
 フリーターでバイト店員にすぎなかった俺を正社員として雇ってもらったことには感謝している。

「はいはい、わかりましたよ。外の看板下げてきます」

 ぐうの音も出ない俺は、投げやりな返事をして店の外に逃げようとする。

 店の扉を開くと、すぐ目と鼻の先になにかがぶつかりそうになる。

「わっ!」

 顔を見上げて目に入ったのは、一瞬ハリウッド映画でも見ているのかと錯覚するような綺麗な顔の白人の男。正直言ってぶつかりそうになったこと以上に驚いた。
 嘘みたいに整った彫りの深い顔立ちに、長い睫が飾りのように揺れる。ウェーブがかった長めの前髪が頬にかかっていて、ずいぶんと小顔な印象を受けるのは広い肩幅とその顔を支える首が太く逞しいせいだろう。

「ハイ」

 目の前の男が気安げに声を上げたことで、俺は慌てて我に返る。

「……は、ハイ」

 俺が返事とも挨拶ともつかない微妙な調子で声を出すと、目の前の外国人はいかにもうれしそうに笑顔を浮かべる。

 男は気障な口説き文句が似合いそうな目じりを下げ、大きな口の端をめいっぱい持ち上げて笑う。そうするとお綺麗な顔が一変して無邪気な子供のような表情に見える。

「あの、すみません今日はもう店終わりなんですけど……って、通じるかな」

 綺麗な男は俺の言葉に少しだけ落胆したような表情を見せる。言葉が通じなかったのかもしれない。

 英語で閉店のことを何て言うのだったか、ふとドアにオープンとクローズが裏表に書かれた札を下げていたことを思い出す。下手な英語を話すのが気恥ずかしくて、俺はクローズの面を表にした札を指さした。

「コレ、わかる?」

「ア……」

 外国人の男が口を開きかけ、俺の脳裏にすぐさまアイドントスピークイングリッシュという言葉が駆け巡る。中学の頃にこの言葉だけ覚えれば後々困らないと必死に暗記した文章だ。

「あの、ワタシはここのアルバイトです。オオバさんに挨拶しにきました」

 と、相手が発したのは日本語だった。
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