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21.たどり着いた先

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外が薄っすら明るくなるまで愛し合って、二人で一緒に眠りについた。
そして今、ホテルのバスルームを泡々にして二人でバスタブに浸かっている。チェックアウトまではもう少し時間がある。

「ね、初めてじゃなかったでしょ?」
背後から私の体を抱きこむようにした龍平がささやく。
ラブラブだ、ラブラブすぎる状況だ。
「はい、あの、おそらく……」
初体験であんなに気持ちよくなったとしたら私はひどい淫乱ということになってしまうのではないだろうか。
痛みもそれほどなかったし、龍平の言う通り以前体の関係をもっていたんだろう。
それに……最高に気持ちがよかった。
「おそらく、じゃないんだよ、このっこのっ」
「ひゃ、やめっ、あは、あははっ」
龍平に脇腹をくすぐられ、ばしゃばしゃとお湯と泡が跳ねる。
「ねえユキト、俺と付き合ってくれる? 結婚でもいいけど」
「えっ?」
「……なんで、え? なの。あんなに俺でよがってたくせに。断るならもう連れて帰る、無理やり俺のものにする、監禁する、いいっていうまでくすぐり続ける!」
「わっ、やめ、くすぐった、や、やめてっ、あははは!」
「俺の嫁になるって言ってくれるまでやめない」
くすぐる手は緩めないのに、龍平の声が少しせつなげで苦しそうに聞こえて胸が締め付けられる。
その当時は思いもしなかったが、私は龍平の前から消えたことで彼の心を傷つけてしまっていたのだろうか。
「こ、答える、からっやめてくださいっ!」
「…………」
くすぐる手が止まり、背後で息を呑む気配がした。
「よいしょ」
いくら大きなバスタブとはいえ、大の男二人が入るには窮屈だ。
私はぐるりと反転して龍平に向き直った。
「龍平さんが結婚なんて言うから、ちょっと驚いただけですよ」
「じゃあ……!」
私は小さく首を振る。
龍平の身体が強張って、表情が凍りついた。
「あなたに何も言わず、勝手にいなくなって申し訳ありませんでした」
「それは、そんなのは俺のせいで……!」
「いえ、龍平さんのせいではありません。龍平さんは私を受け入れてくださって、おそらく恋人関係だったにも関わらず私が忘れてしまって、一人で思い悩んでしまっただけなんです」
「そんなことない、俺だって宇佐美さんが酒で記憶とばしてる事はわかってたんだ。だけどこのまま関係が続いていくもんだと思って、ちゃんと側にいて欲しいって伝えなかったのが悪い」
「……私達は遠回りをしてしまったんでしょうか」
「宇佐美さんが謝る必要なんてない」
私はそっと龍平の頬に手を伸ばす。
「私をあなたの恋人にしてください。嫁でもいいです」
私はそのまま、龍平の口元に唇を重ねた。
背中に両腕が回され、ぎゅっと抱きしめられる。

うれしい。龍平と恋人同士になれた。

唇を離して、龍平の顔を至近距離で眺めていると。
「ん?」
二人の間になにか異物があるようなきがする。
「……ユキト」
龍平が掠れた甘い声で名前を呼んでくる。
彼が私の下の名前を呼ぶときは……
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! もう一回は時間的に無理です! 部屋を出ないと!」
午前中からなんて破廉恥な!
でも、流されたい!流されてしまいたい!
「すぐ終わるからもう一回だけ」
アァーーッ!


 ◇ ◇ ◇

私はぷりぷりと怒りながら、機嫌を取るために龍平に連れてこられたカフェであんみつを頬張る。甘いもので釣られたって許しませんよ。

あのあと結局、ホテルのスタッフに部屋をノックされるまで好きにされてしまった。
「私は時間のけじめをつけられないのは嫌です」
「ごめん、だって無理でしょあの状況でおあずけなんて」
「無理じゃありません! まったく、龍平さんは社長のけじめのないところも受け継がれているようですね」
「それは、ちょっといやだな」
「社長といえば、今回のことは社長がお膳立てしてくださったのでしょうか?」
「ああ、それは。日本で就職が決まってやっと一人前になれたと思ったから、親父に宇佐美さんに会わせろってしつこく頼み込んだ」
「そうだったんですか。パリに留学されていたんですってね、あのホテルの厨房で雇われるなんてすごいじゃないですか。あそこは実績のある料理人しか働けないと聞いたことがあります」
「パリで頑張ったからね、日本人初の賞をもらったりしたし」
「すごいじゃないですか! 私まで誇らしいです」
「ありがと、宇佐美さんに褒められるとうれしい」
「でも、どちらにしても社長にお礼は申し上げませんとね」
「結婚報告もね」
「ーーんぐっ!」
「大丈夫?」
 寒天が変なところに入った、龍平が立ち上がって背中をとんとんしてくれる。
「結婚は、いやだった?」
私はむせながらブンブン首を振って否定する。
「いやじゃないです、……幾久しくよろしくお願いいたします」
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