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19.もう一度初めから
しおりを挟む明かりを落とした部屋で、私と龍平はベッドの上で向かい合う。
龍平が私のシャツのボタンに手をかけた。
「あの、やっぱりやめませんか……?」
「なんで? 俺のこと、嫌になった?」
ボタンにかけられた龍平の手が止まり、シャツがぎゅっと握りしめられた。
「宇佐美さんが嫌ならやめるけど、俺の前からいなくならないでほしい。もっと宇佐美さんに似合う男になるから」
「そんなこと気になさらなくても、龍平さんは十分素敵ですよ」
龍平が好きだという気持ちに変わりはないが、まだなにか踏ん切りがつかない。
「あのさ、宇佐美さん少し痩せた?」
「ええ、まあ、少し……」
「悪い病気とかじゃないよね!?」
「いたって健康ですからご心配なく」
「ならどうして? 何かあった?」
「食欲がなかっただけです。一応ちゃんと三食は食べていました」
「それって、俺のせいだったりする……?」
なんと答えていいかわからない。
正直に答えたら、重いとか女々しいやつだと思われてしまうかもしれない。
「……宇佐美さん? 俺には話したくない、かな?」
「いえ、そういうわけでは。私は龍平さんにふられたようなものだと思っていたので、その……少々落ち込んでいました」
「俺がふったなんてそんなわけないじゃん!アンタがいなくなって俺がどれだけ悩んだとっ」
龍平の剣幕にビクリと肩が震える。
黙って消えたことを龍平は怒っているのだ。
「いや……ごめん大きな声出して。そんな風に思わせたの俺のせいなのに」
「いえ、黙っていなくなって申し訳ありませんでした……」
「いや、謝らないで、ごめん」
気まずい空気の中、私は勇気を出して気にかかっていたことを聞いてみることにした。
「どころで、あの頃バイトだと嘘をついてどなたと会っていたんですか?」
「へっ?」
なるべく平静を装おうとしたのに、つい嫌味な口調で龍平を睨みつけるように見てしまう。
「……答えたくないならいいですよ。あなたとの関係はなかったことにするだけですから。答えによってはこれからの関係もありませんけど」
「えっ、いや、違う!」
龍平が大袈裟なほど狼狽して、取り乱している。
やはり私に知られたくない相手と会っていたのだろうか。
関係をなかったことにする、というのはただの脅しだが。
「あれは就活してて、レストラン見学させてもらったり、話聞きに行ったりしてただけだよ」
「へえ、そうですか。それならそうと言ってくださればよかったのに」
「それは、ちゃんと決まってから伝えたくて。かっこ悪いじゃん、採用されなかったら」
「そうでしたか。私はあなたの嘘に不安になりましたけどね」
龍平はゴメン、とがっくり肩を落とす。
その情けない姿を見て、ほんの少し溜飲が下がった気がする。
でもそれ以上に安心した。
私と過ごしていた時期に他に相手がいたのではなくてよかった。
「龍平さん。もう私の片思いではないのなら、これからはこういう不安や不満を口にしてもいいんでしょうか?」
「いいよ、ごめん。今まで我慢させて」
龍平にぎゅっと抱きしめられる。
「俺は、宇佐美さんがいたから頑張れた。うまくいかないのは全部親父のせいで、俺の人生こんなもんかなって諦めてた。けどアンタだけは俺のことを応援してくれて、俺以上に俺を信じてくれてた」
龍平の腕の中は温かい。
筋肉質で角ばった男の身体のはずなのに、柔らかいものに包まれているような感覚がする。
「だから俺にとって宇佐美さんは特別なんだ」
特別。
その言葉が胸に染み入る。
龍平が私をそんなふうに思ってくれているなんて。
「こんな私でいいんですか?」
「宇佐美さんがいい。宇佐美さんじゃなきゃダメだ。アンタが俺をここまで引き上げてくれた」
「男ですし、可愛げもありませんが構いませんか?」
「宇佐美さんは可愛いよ、そうやって俺に可愛いって言わせたいところも可愛い」
「……!」
「耳が赤くなったね。そうやって照れて赤くなるところも可愛い、色白だから余計目立つね」
龍平は抱き合ったまま顔を傾けて耳に口元を寄せてくる。
くすぐったくて恥ずかしくて、自分でも赤面していることがわかった。
「宇佐美さんって自分が浮世離れした美形なの自覚してる?」
「まさか、私がですか? かっこいいのは龍平さんの方ですよ」
「綺麗だって言われことあるでしょ?」
うーん、と思い当たることの少ない経験をふりかえる。
社長が私を褒めるのはからかい半分のセクハラ。
会社の受付の女性はちょっと変わっている。
仙台の村上くんは……
「ほら、思い当たることあるんでしょ」
「い、いえいえ。確かに身だしなみには気を使っていますが」
「宇佐美さんがうちに来て、ちょっと変わった稀なイケメンに迫られて初めは焦ったけど」
「すみません……片想いをこじらせて龍平さんとの同居に舞い上がりすぎてしまいました」
「それに酔うとドエロいくせに覚えてないし」
「はい?」
龍平が私の襟元に口づけをしなら、シャツのボタンに手を伸ばしてくる。
すぐそこに龍平の顔があってドキドキするし、彼の指先の感触がこそばゆい。
「あの、何を……?」
「抱きたい、今夜はちゃんと覚えててもらうから」
龍平はしばらく会わないうちにぐっと大人っぽくなった。
抱きたいと言った彼の表情が艶っぽくて、体の奥が熱くなる。
「心の準備がまだ……。恥ずかしながらこの年までその、そういう経験がないもので」
「だから、初めてじゃないんだってば」
突然肩を押されてベッドに押し倒される。
龍平の顔が迫ってきたときは噛みつかれるのかと思ったほど、熱烈なキスが降ってくる。
「…………んっ」
信じられない。
龍平にキスをされている、しかもディープなキスだ。
息継ぎは、溢れそうになる唾液はどうしたらいいのだろう。
龍平は顔を上げると、私のシャツの残りのボタンを外し始めた。
「あの、あの、あのっ!龍平さんちょっと待って、心の準備がまだっ」
「俺はもう待てない、嫌なら蹴飛ばして」
シャツを脱がせようとする方と死守しようとする方の攻防。
ワイシャツが肩まで脱がされ、私はそれ以上脱がされないよう前をしっかり握りしめた。アンダーシャツを身に着けていなかったことが悔やまれる。
「なにその格好、俺のこと煽ってるの?」
「なんのことですか!?」
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