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8.お風呂でご奉仕

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あのラブレターは!

私は思わず龍平の手から取り返そうと手を伸ばしていた。
「なぜそれをっ、返していただけませんか!」
「いや、なんで?」
手紙を取り返そうとした手はあっさりかわされる。
「なぜそれをあなたが持っているのですか? あの日無くしたと思っていました」
「うちのポストにはいってた、宇佐美さんが入れたんじゃないの?」

その封筒には宛先も差出人の名前も書かれている、玄関先付近に落ちた手紙を親切な隣人がポストに入てくれたのだろうか。

ーーいや、そんなことよりも。

「返して下さい!」
龍平にふられた今となっては無用なものだ。今すぐ速やかに回収したい。
「返してもいいけど、もう読んだよ?」
顔から火がでるとはこのことでしょうか、恥ずかしさで一瞬にして全身が熱くなる。
「……あ、あの……」
言いたいことが言葉にならない、というか私は何を言いたいのでしょう。

「なんか、スゲーこと書かれてた。情熱的っていうか、あんた文才あるよ」
私の赤面が感染ったのか、気まずそうに顔をそむけた龍平の顔がなぜか赤くなっているように見える。

「あの、……気持ち悪くはないのですか?」
「そんなことはないけど、驚いた。俺のことが好きなら初めからそういえばいいのに」
私は思わず首を傾げる、昨晩酒に酔って龍平に好きだと告白したのではなかったのだろうか。

「えっと、何か言ってよ。もしかしてこれもなにかの間違い?」
「い、いいえ、いいえ! 間違いなんかではありません」
反射的に全力で否定してしまったが、あらためて振られてしまったらどうしたらいいのか。
でも、だからといって龍平のことが好きではないとは嘘でも言いたくない。

「……龍平さんが、好きです」

ほんの僅かな沈黙も耐えられない。
私は龍平の飲みかけのマティーニに手を伸ばして一気に飲み干した。 
喉から胸まで焼けるようで、一瞬だけ気がまぎれる。

「好きとか、そこまではまだわかんないけど。突然出ていかれてショックだった」
「ショック? 私に何かお怒りだったのでは?」
「あー、それに関してはいろいろ言いたいことあるわ」
「?」
「まあ今はいいよ。そろそろ帰ろう、一緒に」
「というと、今夜も龍平さんの家へ泊めてくださるんですか?」
「いいよ」
「というと、私と交際して下さるんですか? その、恋人という意味で」
「それは、まあ、前向きに検討する」

私は感動のあまり天上の花園にいるようだった。
目の前には美形の天使、まわりには虹色の花が咲き誇り、雲の合間から陽の光が差し込んでいる。

ふられたと思っていたのにどういうわけか前向きに検討してもらえるなんて。

「あのっ、もう少し飲みたいです。付き合っていただけませんか?」


 ◇ ◇ ◇

はぁ、ため息ではなく幸せの吐息が漏れる。感激のあまりお酒がすすみすぎてしまった。完全に飲みすぎてしまったと思う。

「龍平さん、ふふ」
もつれる足を龍平が支えてくれている。
終電を逃してしまったのでホテルの客室に向かっていた。
自分だけ宿泊するつもりでシングルの部屋をとっていたので、二人で泊まれる部屋に変えてもらった。
足元がふわふわとおぼつかないのはアルコールのせいだけではなく浮かれているからだろう。

「大丈夫、ちょっと飲みすぎたんじゃない?」
「もちろん大丈夫です」
客室のドアを支えてもらって部屋に入ると、カーペットにつまづいてよろけてしまった。
ぎゅっと龍平の胸元を掴んでも彼は拒否しない。

「うわ、すごい部屋。無駄に豪華、……金足りるかな」
「龍平さん」
私は着ていたジャケットを床に落とし、するりとネクタイを引き抜く。

「は?! ちょっと待って、前向きに検討するとは言ったけどいきなりそういうのは」
「もちろんわかっていますよ、少しでも色よいお返事が頂けるようご奉仕させて下さい」




「ここはどうですか? 気持ちがいい場所があれば教えて下さい」
バスルームで龍平の背中を流しながら、下がってきたシャツの袖をまくり直す。
「ああ、うん、気持ちいいよ」

龍平の背中は逞しくて、滑らかで、抱きしめて頬を擦り付けたい。
そんな衝動を抑えて、丁寧に泡立てたスポンジで背中を洗っていく。

はぁ、と思わず吐息が漏れる。
水滴が流れ落ちるうなじがセクシーでかじりつきたい。匂いを嗅ぐくらいならいいだろうか。

龍平の身体は引き締まっていて無駄な贅肉がほとんどない。そんな脇腹の筋肉の凹凸を存分に泡越しに堪能する。
このまま前に手を伸ばして腹筋まで撫で回したいが、どこまでなら許されるだろうか。
私は脇腹を洗う手をそろりと前に伸ばす。

やましいことはない、これは洗っているだけなのだから。
平常時でも硬さがある龍平の腹直筋に指が触れる、ひとつ、ふたつ、みっつ。
少し前傾姿勢の龍平の腹部の筋肉の盛り上がりを上から数える。

フェチと言うわけではないが、龍平の身体に触れていると思うと胸がドキドキして、息が上がってくる。

腹部の真ん中のラインを下から上に指をすべらせながら、また思わず息が漏れた。

「あのさ、ちょっと……くすぐったい」
「す、すみません」
私は慌ててスポンジを握り直す。
しっかり洗って気持ちよくなってもらわなくては奉仕にならない。
「あとさ、ハァハァ言うのやめて」
「!」
私は思わずスポンジを落としてしまう。
ハァハァなんて、……していたかもしれない。
龍平に指摘されるなんて穴があったら入りたい。

「すみません、そういうつもりはないのですが」
龍平の膝の上に落ちたスポンジを取ろうと手を伸ばした瞬間違和感に気づく。

彼が前を隠すように載せていたタオルに不自然な膨らみがある。

「……もしやとは思いますが、勃起してらっしゃる?」
「勃っーーとか言うな!」
「まさか龍平さんが私に体を洗われて感じてくださるなんて、そういうことでしたらよろこんでこちらの方も奉仕させていただきます」
「違う、感じたとかじゃなくてお前が変なふうに触るから生理的に反応しただけでーー」
「そうですか、では喜んで生理的な反応を処理して差し上げますよ」
「だーっ! やめ、やめろって」
前を隠すタオルに手を伸ばす私を龍平が抵抗して押し返す。
こんなとき力の差を感じて思いどおりにできないのがもどかしい。
「それは恥ずかしさをごまかすための抵抗するフリですか?」
「違う!」
「………本当に嫌ならしませんが」
「本当に嫌だ!」
「そうですか、それは、申し訳ありませんでした……」
私は力なくうなだれて龍平の体の泡をシャワーで流していく。

下心があって背中を流していたわけではなく、純粋に奉仕のつもりで始めたことだ。
ああいう状態なのなら私に気がねせず奉仕されてスッキリすればいいのに。

あんなにハッキリ拒否されるとつらい。



あれきり必要以上の会話をかわさず龍平が先にバスルームを出て、私も手早くシャワーをすませた。
備え付けのバスローブを着て出ていくのはまるでその気があるように思われてしまうような気がして、私はシャツとスラックスを身に着けて更衣室から出た。

「龍平さん、まだ髪を乾かしていないんですか? よかったらお手伝いしましょうか?」
龍平はベッドの縁に腰掛けてスマホを眺めていた。
暑いのか襟元を少しはだけたバスローブ姿が艶っぽい。

いけない、龍平さんをそんな目で見てはいけない。さっき性的な接触は拒否されたばかりではないか。

「え? いいよ自然に乾くから」
「そ、そうですか」
ふつうの接触も拒否されてしまった。
泣いていいですか。

「へっ? なんでそんな顔、いや、別に宇佐美さんに髪乾かしてもらうのがいやとかじゃなくて言葉通りの意味だから、いや、泣かなくていいから」
「泣いては、いません……」
じんわりと目頭があつい、アルコールのせいで涙もろくなっているのかもしれない。
「やって! 乾かして! お願いします」
「……よろこんでさせていただきます!」

丁寧にタオルで龍平の髪をぬぐっていると、すぐに水気がかわいてきた。
少し長めの私の髪と違って、龍平には本当にドライヤーは必要ないようだ。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、なんでしょう?」
「奉仕とかって言ってたけど、俺の親父にもしてたの?」

はい?なんでしょう。
まさか龍平さんは社長に嫉妬してらっしゃるのでしょうか。
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