【BL】元社長秘書ですが私を拾って下さい

雨夜美月

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2.宇佐美、会社やめるってよ

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龍平のアパートから追い返された私は、近所の公園のブランコに乗り力なくうなだれていた。

高鷲ホールディングス社長付きの秘書である私は国内外含めて出張が多く、ホテルやマンスリーマンション暮らしが常だったため自宅というものがない。
日も暮れかかっていることから、早く今夜の宿をどうにかしないといけない。

「……はあ」

ため息を落とし、ずり落ちていたメガネの位置を押し上げる。

早くここを立ち去らなければいけないと思っているのに、思うように体が動いてくれない。
失恋が思った以上に痛手だったようだ。

高鷲龍平。
社長の一人息子である彼の存在を知ったのは、私が高鷲ホールディングスに就職してすぐのことだった。
特命を受け社長室に呼ばれた私は、社長から一枚の写真を見せられる。

「これが私の息子だよ」
それは茂み越しに隠し撮りされた学生服を着た少年だった。

彼は社長の死別した前妻の子で、どうやら親子仲はうまくいっていないようだった。

写真を見せられたのは何も息子自慢というわけではなく、私は彼の監視役を仰せつかったのだ。

来る日も来る日も龍平の監視に明け暮れ、手帳はすぐ彼のことでいっぱいになった。

彼の周りにはいつも人がいた。
彼はいつも中心にいて、とても目立っていた。
仲間に対する誠実さや、自分を磨こうとする向上心、そういったものに努力を惜しまない情熱がとても魅力的で近づいてみたいと人に思わせるのだと思った。

社長は家のことは専属の家事代行サービスに任せきりで、龍平自身はほとんど家には寄り付かなかった。
家庭を顧みない父との父子家庭、彼の生活は荒れているのかと心配された。

だが監視をしてみると、実際には父親が思っているほど彼の生活が荒れているわけではないことがすぐにわかった。
家に寄り付かないのは深夜までアルバイトをしていたからで、彼とその友人の会話を盗み聞いたところによると、彼はどうやら自立のための資金を貯めているらしい。

何不自由ない暮らしを約束されている彼が、自分の力で生活していこうと考えている姿勢に好感を持った。

だが社長にこのことが知られたらきっと辞めさせられてしまうだろう。
社長が龍平に会社を継がせたいと思っていたのは周知の事実だった。

そこで私は社長にアルバイトをしている事だけ報告し、自立のためという目的は胸にしまっておくことにした。
ついでにアルバイトは社会勉強になると熱弁を添えた。

龍平が会社を継ぎたくない、自分の道を行きたいと思っているのなら、その時はそれを応援したいという気持ちだった。

そうした私の暗躍もあり、彼は高校卒業まで飲食店のアルバイトを父親に邪魔されることはなかった。



私と龍平のファーストコンタクトは、彼が高校卒業間近のことだった。

「おい、あんた大丈夫?」

龍平が年齢を偽って働いていた飲み屋でのアルバイトの帰りに、数人のガラの悪い連中に絡まれていた。

他にも龍平を助ける方法があったと思うのだが、路地に連れ込まれそうになった姿を見て、私は愚かにも無我夢中で龍平を助けにチンピラの中に飛び込んで行ったのだ。

「うわ、口切れてんじゃん。大丈夫か?」
騒ぎを聞きつけた警察の登場で難を逃れ、私のフォローで龍平が補導されることもなかったが、私自身は顔や体を殴られ歩くのもやっとの状態だった。

「そこ座って」
龍平に肩を抱かれながら歩道のベンチに座らされ、彼は自分の服の袖で血や泥を拭ってくれた。

「見ず知らずの俺を助けに入るなんて、あんた馬鹿だろ?」
「馬鹿ですかね。あなたが無事でよかったですよ。そういうあなたこそ見ず知らずの私を介抱して下さっていますね」
「俺も馬鹿だって言いたいの?」
「いえ、ちょっと言い返してみたかっただけです。介抱していただけてうれしいですよ」

泥だらけの傷が痛む、
人に本気で殴られ蹴られするのははじめてだ。
このままやられ続けたら死ぬかと思った。

でもやられたのが龍平でなくてよかった。
社長の大事なご子息を傷つけるわけにはいかない。

「口の中が切れて、血の味が気持ち悪いです」
「水買ってきてやるから、そこで待ってろよ」
コンビニエンスストアに向かう龍平の背中を見送りながら、私は彼が戻る前にそっと消えた。

いま思えばこの時にはもう、私にとって龍平は監視の対象ではなく、特別な存在として見ていたに違いない。

その後龍平は半ば無理やり受験させられて入学が決まっていた大学を蹴り、調理関係の専門学校に入学した。

そして、それをきっかけに私は監視役をクビになった。
龍平の勝手な行動を事前に止められなかったことが原因だ。

龍平がそのような事を考えているのはわかっていたが確証は持てなかった。
まさか入学が決まっている大学を辞退するとまでは思わなかったのだ。

私は監視役はクビになったが、今までの密かな仕事に報いるため社長付きの秘書として仕事をさせてもらえることになった。

そして、私と彼の接点はなくなってしまった。


彼の父親は専門学校を卒業した龍平の就活に手を回し、ことごとく邪魔をした。
そんな父親に抗議をしに会社にやってきた彼を見かけたのはもう何年前になるだろう。

久しぶりに見た彼が立派な大人になっているのを見て、私は彼に恋をしていたのだと気づかされる。

彼を気の毒に思いなんとかしてやりたいと胸を痛める一方で、素直に高鷲ホールディングスに入社してくれれば側にいることができるのにと、浅はかな考えにとらわれもした。

それから数年、私は彼を忘れることもできず思いを抱えたまま日々を過ごしていた。

龍平の父でもある社長に、彼の面影を重ねて胸をときめかせることもあった。
そんな自分に嫌気がさして仕事を辞めようと思ったこともある。
それでももしかしたら龍平がいつかこの会社にやってくるかもしれないかと思うと、ずるずると思い悩む日々だけが続いた。


そんなある日、
自分の価値観を変えるある出来事が起こる。

『あなたの子です、しばらく預かって下さい』

そんな手紙と共に社長室に届けられた愛らしい赤ん坊。もちろん私宛てではない、節操なしの社長宛てだ。

「ちょ、困るし。宇佐美くん俺の代わりにこの子返してきて」
そんなようなことを命令されて
私は差出人の女性の元に赤ん坊を返しに行くことになる。

社長は前妻と死別したあと独身を貫いていた。かといって女性との付き合いがなかったわけではなく、彼の秘書になってからはデートのスケジュール管理もしていた。

私はすぐさま純白のレースで縁取られたクーハンの中で眠る赤ん坊の服を剥ぎ取り性別を確認する、そして必ずこの子を母親の元に返すことを心に誓う。

この足の間に愛らしい男児のしるしをつけた子が正式に社長の子だと認められれば、将来龍平が会社を継いで一緒に仕事をする野望の妨げになってしまう。

私は慣れない赤ん坊の世話に奮闘しながら、社長の情報をもとに差出人の女性が働いているという銀座のクラブを訪ねる。
しかしそこに彼女の姿はなかった。
彼女を見つけたのは病院のベッドの上だ。
「この子をお返しに参りました」
彼女の左手には包帯が巻かれ、怠そうに横になって点滴につながれていた。
「ユウちゃん……っ」
彼女は赤ん坊の姿を見ると涙を流して、私から受け取ると慈しむようにして抱きしめた。
ごめんなさい、ごめんなさいと何度も赤ん坊に向かって謝る女性。

そんなに大切ならどうして手放したのかと腹立たしかった、一日一緒に過ごしたおかげで親しみを感じていた赤ん坊に同情していた。

話を聞くと彼女は自分の将来に絶望して、この子だけでも幸せになって欲しいと社長に託そうとしたらしい。

一度は社長に断られ、自分が死ねば子供を引き取らざるを得なくなるのではと考えたとのこと。

手首を切っても死にきれず、バスタブに沈んで死のうとしたが果たせずこういう結果になったそうだ。

すっかり赤ん坊に同情していた私は、節操なし社長の○○○を刃物で切り取ってやろうかと思ったが、後に赤ん坊は社長の子ではないことがわかる。
社長ははじめからそれがわかっていたようだ、早まらなくてよかった。

それにしても、死んで果たせるかもわからない希望に期待するくらいなら、なぜ自分で赤ん坊を幸せにしてやろうと思わないのか疑問に思った。
そしてそんな受け身の彼女の姿勢が、今の自分の姿と重なるような気がして目が覚める。

なぜ私は龍平が社長の後を継ぐのを待っているだけで、自分から行動していないのか。

今の状態では社長に義理がある、大切なご子息に手を出すわけにはいかない。
それに今のままでは自分は社長側の人間だ、これからは社長の圧力から彼を守って力になりたい。

今まで私は多少の理不尽な仕打ちに耐え、安定を得るため社会の不条理さにも目をつぶって生きていた。
これからしようとしていることは、そんな堅実な人生を歩んできた自分の行動としては有り得ないことで、それだけ一大決心をしたということになる。

ーー私は会社に辞表を提出した。
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