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災厄の幸福

災厄誕生

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「俺以外のやつに二度とその体に触れさせるなと言ったよなぁ」

薄暗い路地の奥、不機嫌そうに見下ろしてくる茶色の瞳、艶のある黒髪もいつもと違うけど似合っているとうっとり見惚れているとおでこに軽い衝撃。
魔王様の指で弾かれた様だ。

「触らせていませんが?」
魔王様と約束してからなるべく他者に触れない様にしてきたし、体液を飲ませる事もしていない。

「こんな路地裏までついてきておいて、その気はないと言っても説得力ないぞ?」

魔王様は苛ついた空気を隠しもせずに地面に横たわる人間だったものを何度も何度も踏み潰した。
もう原型は留めていないけれど見つかると騒ぎになってしまうだろうから、後でちゃんと掃除しておかないとな。

ここは人間領のとある街。
所用で忍んで人間の街までやってきたのだが、人間の世界では『お金』が必要な事を忘れていた。
力で奪っても良いけれど忍んできている以上、目立つ事は避けたい。
お金を手に入れる方法を思案していたところ、今は肉塊となってしまった男に『お金に困っているなら助けてあげる』と声を掛けられた。
仕事を紹介する前に健康か確認したいから服を脱いでと言われて服を脱いだところに魔王様がどこからともなく飛んできて男を踏み潰してしまった。

「魔王様は、なぜこの様なところに?変装までなさって……」

突然のことで我を忘れて見惚れてしまっていたけど魔王様の御前だったのを思い出し、慌てて跪いて頭を下げた。

「身分を隠してきてるんだ!!跪いたりしなくて良いから早く服を着ろ!!」

そうか、俺が魔王様と呼ぶと変装して潜入している魔王様の邪魔になってしまう、そこまで気が回らなかった。
投げられた自分の服に慌てて着替えると「失礼いたしました」と頭を下げ立ち去ろうとしたのだが、魔王様に腕を掴まれた。

「待て。何を買おうとしたのか知らないが、金がいるんじゃなかったのか?」

「ああ、そうでした」

もう、店主をそっと殺して奪ってしまおうかな。
あまり暴れない方がいいのかと思ったけど、魔王様は気にしてないみたいだし……つい先程まで人間だったものには何処から集まったのか、小型の魔物が集って処理している。

「俺が買ってやる。店まで連れて行け」

魔王様は俺の手を引きながら大通りへと戻って行く。

「魔王様の御用事は……何か大切なお仕事があったのではないのですか?」

「用なら今終わった。アルファルド、俺の事は魔王と呼ぶな。今日はランガだ。良いな?」

魔王様は魔王様で、そのお名前で呼ぶなんて畏れ多い事だけど、俺のせいで魔王様の何かの計画を邪魔するわけにもいかない。

しかし、いくらお忍びだからといっても周りに護衛の気配が全く無い……魔王様が人間如きに負ける筈は無いとはいえ……これは魔王様を命に代えてお守りするという夢が叶えられるのでは?

「はい、ランガ様。ご一緒させていただきます」

夢の様な状況に胸を張って魔王様の前に出たが、手を繋がれて横に並ばれる。
いつも右手を使う癖があるから右手を握られると咄嗟の時に動き辛いけど……俺の力を試されているのだろうか?

「んん……まあギリギリ及第点か……様をつけるなと言ってもお前は聞きそうにないからな」
「はい、それは譲れません」
諦めた様に頭を掻く魔王様……俺の事をわかっていてくれているようで嬉しくなる。

「だろうな。取り敢えずお前がわざわざ人間の街まで来て買いたかった物ってのはなんだ?」

「本です」

「本?お前、人間の文字が読めるのか?」

「師匠……前にお世話になっていた方の側で人間の知識を食べていましたので、多少なら」

「そうか……」

急に俯いてしまった魔王様の表情が少し陰っている……何か気に障る事を言ったかな?人間を食べるの反対派……には思えないけれど……。

「ああ、悪い……確かに本を読む奴がいないから魔物の店に本はないもんな。それで、どんな本を買うつもりなんだ?」

「そうですね……私が探しているのは……」

俺が探しに来たのは『勇者と魔王』を題材にした物語。
何故そんな本を探しに来たかというと……。

3日前の事。

シロ様について来いと言われて辿り着いた北の砦は、俺が洞窟を出て初めて訪れた場所だった……と、思う。断言できないのは、あの時とは大分様子が変わっていたからだ。
周囲は深い谷に囲まれていてその底にはマグマが煮えたぎっていてその谷を囲うように、高い山が連なっている。
もうちょっとのどかな場所だったと記憶していたがシロさんが罠を作ったと言っていたので地形も変えてしまったのだろう。

しかし魔王城と思っていたけれど違ったのか……。
あの時、門番をしていたシトリスさんはもういないようだ。

「私はこの砦を何から守ったら良いのでしょうか?」
おおよそ人間が近付いて来るような場所には見えないし、これは下級の魔物も近付けないだろう。
何か強大な敵と魔王様は戦っているのなら、もっと魔王城に近い場所で魔王様をお守りしたいのだけれど……。

シロさんの答えを待っていると、門が開き中から予想していなかった魔王様が現れた。
赤い石で常に魔王様の魔力に触れすぎていて全然気付かなかった。

「魔王様!!お元気そうな姿を拝見出来てこの上ない幸せでございます!!」

「うわ……態度の違いがあからさま過ぎて傷つく気も起きないわ」

わざとらしく肩を竦めたシロさんのその肩を魔王様は労うように手を乗せた。

「出来上がったらまず俺に知らせろ言ったのに……お前とは後でよく話し合うとして……アルファルド、ここまでの移動ご苦労だったな。話は中で落ち着いてしよう」

「は……はい!!」
歩き出した魔王様に続いて門を潜ると、目の前を数本の矢が通過していく。

目の前を進む魔王様は突然消えた地面を悠々と飛び越えて、壁から振り子のように現れた大鎌を蹴り返し真っ直ぐに進んで行く。
さすが魔王様……どんな罠も罠と認識しないぐらいに華麗に攻略してる。
魔王様をお守りしたい俺の出番が全く無い程に……。

罠の対処が遅れている部下達には途中の中庭で待つように伝え、魔王様の後を追って奥へ進むと王座のある部屋へついた。

自然の流れで王座の前に跪いた俺の肩に魔王様の手が置かれたかと思うと、次の瞬間には魔王様に抱え上げられていた。

「違うだろう?お前の座る場所はそこじゃない」
「え……?」
どういう事かと尋ねる前に降ろされた場所は、王座の椅子。

「え?なんで?えっと……」
「だから言っただろ?砦を守れって……痛っ!!」
投げやりな態度のシロさんの頭を魔王様の拳が揺らしていった。

「先走って勝手に連れて来るなら、せめてちゃんと説明ぐらいしておけ!!耄碌して忘れたかジジイ」

「親の頭を簡単に叩くなっての!!」

また口喧嘩が始まってしまったのだが……ジジイ?
シロさんの見た目は年老いたものでは無いし……親?
魔王様の父親はあの時、首を取られた魔王では?

「おっと!俺の中を覗くのは無しな」
無意識のうちに好奇心に負けていたのか、ニヤリと笑ったシロさんの手には俺の触手が握られていた。

「……申し訳ありません」
意識せずに伸ばした触手すらバレてしまうとは、これが幹部の力か。
魔王軍の下を見てこれなら俺の方が強いと調子づいていた自分が恥ずかしい。

「まあ俺とお前じゃ経験が違うからな。何度でも挑んで来ていいぞ。魔力を吸ったところで中まで見せる気はねぇけどな」

この程度の力で魔王様をお守りするなんて、なんて大それた事を考えていたんだ。
「修行しなおして参ります!!」
椅子から立ち上がり掛けた体は魔王様に押し戻された。

「話が進まない。お前は先に城へ帰ってろ」
シロさんを手であしらいながら魔王様は椅子の肘置きに腰をおろした。

「あ~そうするわ。なんか甘ったるい空気になりそうな予感がして鳥肌立ってきた……あ!!そいつが育てた魔物一匹食べても良いか?」

「良いわけ無いだろう。早く帰れ」

俺が最強の兵を目指して育てた部下たちもただの食料程度にしか見られていないか……。

賑やかなシロさんが出て行った室内は静まり返って時の流れる音すら聞こえてきそうだ。

「申し訳ありません……私にこの砦を守るのは荷が重すぎるようです。私はシロ様の足元にも及ばない」

この程度の力でこの椅子に座るわけにはいかない。

「あれと比べる必要は無い。あれクラスの魔物が襲ってきたら全魔王軍の魔物が束になっても敵わないだろう……馬鹿だが力だけは本物だからな。災厄と呼ばれた魔物達だって4匹で掛かっても敵わないからな」

「災厄?」

「ああ、俺が数年前に人間領に攻め込んだ時に前線で戦っていた部下達だ。4つの災厄と人間達に恐れられているんだが……この話が今日、お前をここに呼んだ理由だ」

魔王様は山奥に住んでいて何も知らなかった俺の為に、数年前に起こった人間との戦いについて話して聞かせてくれた。

人間領に攻め込んだ理由は教えて貰えなかったけれど、その時の侵攻が元で人間達はここではない世界から『勇者』と呼ばれる、対魔物に特化した人間を召喚したそうだ。
その勇者がいつ攻め込んで来ても良いように魔王城を守る様に配置された東西南北の砦に災厄と呼ばれた魔物を配置する事になった……。

「それで、どうして私が北の砦を?」

「実はペルソリアがその災厄の1つだったんだが、今あいつはとても戦える状況じゃなくてな、そこを落としたお前にはその後を引き継ぐ義務があるだろう?」

「魔王様……」

ペルソリアさんを再起不能にしたのは魔王様です。

「私にこの砦を守る事が出来るでしょうか?」

「期待してるよ。アルファルド」

目の眩むような輝きの笑顔が近付いて……俺の唇に柔らかな温もりを残していった。

魔王様が俺に期待……俺に……魔王様が……。
ここで期待に応えなければ魔王軍は名乗る資格はない!!

「お任せください!!勇者などこのアルファルドが魔王様へは近付けさせません!!」
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