あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく

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待ち人

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「響……おはよう」

目を覚まして隣を見た瞬間、満面の笑顔を向けられた。

「……おはよ」

ずっと見られてたのか……とか、昨夜の事とか……考えると恥ずかしさが込み上げてきて、隠れる様にキースさんの胸に顔を押し付けた。

「俺、人生で1番幸せな朝かも」

苦しいぐらい胸に押し付けるように抱きしめられて、饒舌に幸せだと口にするキースさんに俺は何も答えられずにそれを聞いていた。

のんびりとした朝……少し気だるい体をベッドの中で休ませているとガンガンと扉を叩く音が響いて、キースさんが扉を開けるとギルの声が聞こえた。

「朝飯の時間だ!飯に行くぞ!!」

「響、行ける?」

キースさんが心配そうな顔を覗かせた。

「すぐ着替える……」

体はだるいけどお腹は空いている。
キースさんに支えられながら着替えをして、ギル達と一緒にレストランへ向かった。

自分で好きな物を好きな量だけ取っていくスタイルらしく、お皿に食べられそうな物を乗せて席に戻った。

「さすがヤナガカだな……見たことねぇ食べ物が多い……これ寝起きの定番らしいぞ」

ユーリカが俺のトレーに乗せてきたのは薄い緑色の飲み物。

「お……飲みやすい……こういう飲み方もあるのか」

「本当。抹茶ミルクみたいだな……薬草を使う機会無いし思いつかなかった……朝の定番にする?」

ユーリカとキースさんが絶賛するのを見て俺も飲んでみた。

薬草のペーストをミルクで割った物らしく、体のだるさが消えていく。薬草をそのまま液体にした回復薬に比べるととても飲みやすい。

他の料理も変わった物が多くてキースさんとユーリカは、ああじゃないこうじゃないと楽しそうに話しているので少しずつ取って来た正体の分からない料理と向き合った。

……柔らかそうだと思って取ったけど……お肉はやはり固い。

「……これギル好きそうだよ。ギル……あ~ん」

さすがギル。何の問題も無く咀嚼している。

「ヒビキ……お前、自分が食べられないからって俺に押し付けんな」

普段何も言わずに食べてくれるのにギルは不満そうに口を尖らせている。

「でもギル、好きでしょ?」

「ああ……まぁな」

歯切れが悪い……ギルでも噛みきれないぐらい固かったのか?

「こっちは響でも大丈夫そう」

キースさんがお皿に乗せてくれたのは……ポロポロとしたお肉?と豆を煮込んだもの。

「あ、本当だ食べやすい。こんな料理もあるんだね……知らなかった」

この世界の料理は食べづらいものばかりだと思って知ろうとしていなかったけど……国が変わればいろいろあるんだなぁ。
もう少し味付けをしてくれたら美味しいだろう。

「これは……イスルーン地方の食べ物か?次はイスルーンへ向かうか」

ギルに横からかすめ取られた……後でお変わりしてこよう。

「じゃあご飯、食べたら出発?」

もうちょっとあの屋台街を散策して見たかったんだけどな。

「まぁ急ぐ訳じゃねぇし、今日明日はこの辺をゆっくり観光だな。今日は悲恋の遺跡にでも行って見るか……ギルとも行ったこと無かったよな?」

ユーリカがギルを見てニッと笑い、ギルは黙って目を逸らした。
悲恋の遺跡に何が……。

ーーーーーー

ホテルから一時間程歩くと例の悲恋の遺跡に到着した。

「何で悲恋の遺跡?悲恋って名前のわりに恋人同士っぽい人達が多いけど……」

周りの観光客を見るとみんなハートを飛ばしているように見える。

「ここにかつてあった国は恋人の仲が良くて愛に溢れる国だったらしい……この土地に宿る愛の力を授かって、悲しい恋はここに置いて行きましょうって事らしいよ?」

へぇ……それで恋人達が多いのか。

「あの人達は何してるの?」

池の中を手を繋いで歩く二人……自殺……というには笑顔だ。

「この石にお互いの悩みを書いて中心の祠に二人で置いてくるとその憂いが無くなるんだって……」

「んじゃ俺は……」

ギルの石を覗き込むと……『抜け毛』と書かれていた。
それは祠よりユーリカに直接言った方が早いと思う……

「ギル……これも置いてこい」

ユーリカは石をギルの頭を目掛けて投げつけた。

「痛ぇな!!二人でって言ってただろうが!!お前も行くんだよ!!」

「あ?濡れたくねぇ」

「服を捲れば濡れなそうだよ?」

池の中を歩いてる人達を見ると膝ぐらいまでしか水嵩は無さそう。

「あ~獣に噛みつかれていろいろな……まぁ俺の事は気にせず楽しんで……うおっ!?」

ギルは問答無用でユーリカを抱えて行ってしまった。
ユーリカの石には何が書かれてたんだろ。

「はは……流石だね。注目されてるよ」

ギルとユーリカはいつまでも本当に仲が良い。

「うん。俺の理想だから……」

さて……俺は石になんて書こう。

「理想?ギルバードさんが?ユーリカさんが?……どちらにせよ程ほどで宜しく……」

キースさんは何を想像したのか微妙な顔をした。

「キースさんと一緒にああなりたいんだけど?二人は理想の夫婦像だから……」

よし決めた。
石にペンを走らせるとキースさんにいきなり抱きしめられて字が歪んだ。

「キースさん……歪んじゃったよ」

非難の目を向けるけどキースさんは嬉しそうに笑ってる。

「なろうよ……俺と響……理想の夫婦に……」

「え?ちょっ!!キースさん!!」

ここ外!!周りに人もいっぱいいるのに!!

キースさんの顔がゆっくり近づいてくる。
そんな顔で見つめられたら……拒否……出来ない……。

「キィィィィィッ!!」

びたんと突然キースさんの顔に何かが張り付いた。

「……こ……の」

見覚えのある色と形の……翼の生えたトカゲ。

「邪魔すんな!!このバカトカゲ!!」

キースさんは顔からトカゲを離すと地面に叩きつけた……がトカゲは地面に叩き付けられる前に飛び上がって俺の肩へ止まった。

この色……この顔……まさか……。

「……古代竜?」

トカゲは肯定する様に大きく羽を広げた。

「何でこんなに小さく……あの古代竜の子供?」

「正真正銘あの古代竜自身だよ……響の言葉に『小さくなってくる』とはりきってたけど……まさか本当に縮んでくるとは……」

キースさんが古代竜の羽を摘んで持ち上げると古代竜は暴れてキースさんの顔を蹴っている。

「竜って自在に体の大きさを変えられるもん?」

キースさんから古代竜を受け取って抱っこすると甘えた様に顔を擦り寄せてくる。

「自在って訳にはいかないけど、魔力を使い果たせば体を縮めて魔力回復に入る……何処で魔力を放出してきたか知らないけど……魔力の切れたお前がついてくるメリットは無い」

キースさんが古代竜の鼻先を押して俺から顔を離させると……カプッとその指を噛んだ。

「……この野郎……良い度胸だな」

俺の適当な言葉のせい頑張ってくれたって事かな?何だか責任を感じてキースさんの手からまた攫う。

「魔力が回復するまで一緒にいてあげようよ」

キースさんは嫌そうな顔をしたけれど……。

「仕方ない……響に免じて俺の従魔の契約をしてやる」

「よかったね~」

古代竜の喉をくすぐると嬉しそうに喉を鳴らした。

「じゃあ契約な」

そういうとキースさんは光る指先で古代竜のお腹に【キース・ノルツイード】と書いた。
契約……?
自分の持ち物には名前を書きましょうって事?


「バカのせいで目立った……」

不快感を露にしたユーリカがギルを連れて戻ってきた。

「ん、何だ?そのトカゲは……まさかこいつっ!!」

さすがギルは一目で気付いた。

「そう古代竜。たったいまキースさんの従魔になった」

伸ばされたギルの手から逃げる様に俺のお腹に張り付いた。

「おい、こっちへ来い。古代竜」

キースさんに指招きされて、何度か俺とキースさんの顔を見比べると古代竜は渋々というようにキースさんの頭の上に引っ付いた。
奇抜なデザインの帽子みたい。

「逆らえないだろ?従魔契約をしたからな……お前の好きにさせるかっての」

古代竜は手足をバタつかせて怒っているようだった。

「おい、そんな事よりキース!!てめぇは何を書いた……ヒビキに不満なんて抱きやがったら許さねぇ……ん?まだ書いてねぇのか?」

ギルがキースさんの石を取り上げたけど……何も書かれてなかった。

「いや……だって響に愛してもらってるんで憂いなんて何もないですから」

「ノロケんな!!この野郎!!」

ギルに首を絞められて古代竜に噛み付かれてもキースさんは余裕の笑みで笑っている。

「響はなんて書いたんだ?」

ユーリカに覗き込まれて石をギュッと握りしめた。

「ん~秘密!!キースさん、早く行こうよ」

駆け寄ってキースさんと手を繋ぐと、キースさんと俺の腕輪が音を立ててぶつかり合った。

「うわっ……けっこう水が冷たい……」

ズボンを捲り上げて水の中に足を入れると想像以上の冷たさにブルブルッと寒気が全身に走った。

「……響。あの……俺の嫌なとこがあったらすぐなおすし……ちゃんと言ってくれよ?」

キースさんの目線は俺の手を見ている。

「キースさんもちゃんと言ってね」

キースさんの目線の間に割り込んで顔を見上げた。

「響になおして欲しいとこなんてないって……」

「じゃあ、俺もな~い」

キースさんの手を引いて祠の前に立った。

手の中にある石。
押されて歪んじゃった文字は……『一人』

キースさんがいて……ギルとユーリカもいて……一人で待ち続けていたあの日の俺はここに置いていこう。

一人だった自分とはここでお別れ、これからはキースさん、ギル、ユーリカ……あと古代竜。皆と一緒に生きて行く。


待人はもう来ない。

一人で待ち続けていた人はこれからずっと隣りで笑っていてくれるから。
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