あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく

文字の大きさ
上 下
29 / 33

かかあ天下

しおりを挟む
腕まくりをした俺の前の鍋にキースさんが順番に材料を入れていく。

「ふ~ん……材料は普通だな……」

俺が手伝うからからユーリカはギルとゆっくりしててと言ったのに、ユーリカは気になって仕方ないのか上から覗き込んでくる。

「じゃあ響、捏ねてくれる?」

「うん……」

ちょっと砂場遊びをしているみたいで楽しいけど、粉を飛ばしたりミルクをこぼす度にユーリカの手がピクッと動くので真面目にやろう。

捏ねて、捏ねて、捏ねていくと……。

「キースさん……なんか膨らんでない?」

「おい……これ、まさか生きてんのか?」

こうして見ている合間にも生地が鍋から溢れそうな程、モモモ……と膨らんできている。

「生きてはないですよ。パンの材料にテリフロ茸の粉末を入れただけです」

「テリフロ茸!?あんなもん食う奴いんのかよ……」

「テリフロ茸って?」

あんなもんってどんなもんだ?

「ああ……乾燥地帯に生えてる茸で……水を掛けると爆発する」

「爆発!?食べて大丈夫!?口の中で爆発しない!?」

「だから粉末を少しだけ入れるんだよ。生地を膨らませてくれるんだ」

さっきまで楽しんで捏ねていた物が急に危険物に変わった。

「じゃあ、形を整えてフライパンで焼いていこうか」

キースさんが包丁で生地を切って、俺が丸めてフライパンに並べた。

「窯じゃなくていいのか?」

「流石に窯から作るのは手間でしょう」

だから旅先で焼き立てのパンを食べられるなんて思ってなかった。

蓋をしたフライパンから芳ばしい香りが漂い始めた。
ふっくらしたパンをひっくり返すと良い焼き色。
もう食べたいけど裏面もちゃんと焼いてからと蓋をされた。

まだかなぁ……もう良いんじゃない?
ちょっとぐらい生でも……。

「響、用意出来たって。ちゃんと座って待ってな」

振り返ると敷物が敷かれていて、一人ずつおかずの乗せられたお皿が準備されていた。
うずうずとフライパンの前で待っていた俺の後ろでユーリカはおかずを作ってくれていた様だ。

フライパンがみんなの中心に置かれキースさんが取り分けてくれた。

「いただきます!!」

パンを持ち上げるとカリッと焼けていて、手で割ると暖かな湯気と共に真っ白なフカッとしたパンが……。

焼き立てでフワフワなパンは顎に優しかった。ジャムの甘さも懐かしくて無言のままどんどんお腹に消えていく。
ユーリカもジャムを気に入ったのか多めにつけて食べている。
……ギルは……やっぱり甘すぎたみたい。

「お前にはこっちの方がいいだろ」

ユーリカはパンの真ん中を割ると焼いた肉と野菜を挟んでギルに渡した。
ああ……それも美味しそう……でももう自分のお皿にお肉はない。
パンにつられてお肉もスープもいつもより早く食べあげてしまった。

「ヒビキ、ほれ……」

よほど物欲しそうな顔をしてたのか、美味い、美味いと食べていたギルが焼き肉のサンドを向けてくれたので思い切りかぶり付いた。
ユーリカの焼いてくれるお肉は繊維がホロホロ崩れるぐらい柔らかいのでフワフワのパンと一緒に噛み切りやすい。

「ん~美味しいね!!」

「響、ギルバードさんは体が大きいんだから足りなくなってしまうだろ?俺の分をわけてあげるよ」

横から肩を引かれて、口に焼き肉のサンドを押し当てられた。

「そしたらキースさんの無くなっちゃうよ?」

「俺は響が夢中で食べてくれてるの見て胸がいっぱいだから」

俺を見ててもお腹は膨れないだろう……でも返すと言っても聞いてくれないし寂しそうな顔になっちゃうから……サンドを真ん中から割った。

「じゃあ半分こね、キースさんも食べて?ユーリカの焼いた肉は絶品だから!!」

「うん。いただきます」

受け取ったキースさんがサンドを口に運ぶのをジッと見つめる。

「ユーリカさんの焼いた肉は本当に柔らかくて食べやすい……赤身?」

「ああ……焼いた後一旦茹でてから、また焼いてんだよ。あと部位が違う内臓の側の……」

料理の細かな話になってきて、ついていけなくなったので食べる事に意識を戻した。

焼いて茹でて焼いて……お肉の種類にまで拘ってくれてたんだ……パンとお肉を同時に咀嚼するとキースさんとユーリカの愛情が混ざり合った味がした。

片付けをした後、お腹が苦しくて横になり、広げた地図を睨むギルの膝に顎を乗せて一緒に地図を見ている。

次に何処に行くかを悩み中。
目的であったキースさんと早々に合流出来たので、これからどうしようかと話し合っている。

「俺に聞かれてもなぁ……何処に何があるのかの知識がないし」

何処に行きたいかと聞かれたけど街の名前だけ聞いてもピンと来ない。

「じゃあ……ヤナガカの都はどうだ?嘆きの滝や悲恋の遺跡があってこの辺じゃあ有数の観光地だ……豪華で壁の厚いホテルもあるぞ」

ユーリカが指差した場所はここから真っ直ぐ北へ向かった場所。
おおよそ観光地な名称ではなかったけれど他に目的もない。

「ここから何日くらい?」

顔を上げるとギルがユーリカの口を手で押さえて、キースさんは頭を抱えて蹲っていた。

「遠いの?行くのが危険……とか?」

『嘆き』とか『悲恋』とか危なっかしい名前だもんね……。
幽霊がでたり……ぶるっと体が震えたけれど……俺、幽霊やってたんだった。

「いや……俺は響が良いって言うなら願ってもない事だけど……」

「却下だ!!却下!!まだ早い!!」

真っ赤になったキースさんの服を掴んだギルの腕の中から抜け出し、ユーリカはギルの顎を指で撫でた。

「てめぇがそれを言うか?ギル……」

「うっ……お前とヒビキは違うだろうが……」

どもるギルにユーリカは凭れ掛かりギルを見上げる。

「ギルとのんびり湯にでも浸かりてぇなぁ」

ユーリカの溢した言葉に興味が急浮上した。
お風呂はこの世界では都会の金持ちの家にしかないってギルは言っていた。市民の日常は浄化魔法のシャワーで終わる。
それはそれで楽だけど……。

「お風呂!?お風呂入れるの!?行きたい」

「お?ヒビキも乗り気になったぞ?どうするよ、ギル」

ユーリカに肩を叩かれたギルは唸って悩んでいるので、俺もユーリカの真似をしてギルの腕にしがみついた。

「ギル、駄目?」

「う、ううう……キース!!風呂は皆で入る!!いいな!!」

ギルは立ち上がってキースさんを指差して、そう叫んだ。

「やったぁ!!ギルありがと~!!」

お風呂に入れる喜びを胸にウキウキと出発の準備を手伝い、さぁ行こうと皆で歩き出そうとした時に木々の中で山が動いた。

……山じゃなかった、古代竜だった。ごめん、忘れてた。

「せめて渓谷の入口まで送らせてくれってさ……どうする?」

「じゃあお願いしようかな……」

目立ちそうで迷ったけど、竜の泪を貰っておいて存在を忘れていた申し訳なさからお願いすると古代竜は両手を地面に下ろした。

俺とキースさんが右手に、ギルとユーリカが左手に別れて乗ると古代竜はゆっくりと歩き始めた。

……飛ぶんじゃないんだ。

「偉大なる古代竜が時間稼ぎとか往生際悪いな」

くすくすとキースさんは笑っているけれど……ずしん、ずしんと揺れる振動に、俺はちょっと……うぅ……気持ち悪い。

「後でユーリカさんに薬を貰おうね」

キースさんは病気になることが無いそうで薬草を持っていないらしい。どうせ今飲んでも回復した側から酔うので渓谷の入り口にたどり着くまで我慢……。

キースさんに凭れてなるべく遠くを見つめていた。

「響……」

「……なぁに……?」

「俺と……ギルバードさんが別の道を行くと言ったら……響はどちらを選ぶ?」

キースさんが何を聞きたいのか真意を測る余裕ない。

「……選べない……みんなで一緒が良い」

「そうか……選べないか……」

「ごめんなさい……」

ここは迷わず『キースさん』と答えるところだったか……。

「ごめんな。意地悪な質問して……でも選べないぐらい大切なものが増えたんだな……良かった」

キースさんが目の上に濡れた布を置いてくれて……気持ち良い。

「俺だけしか見えてなかった響が、離したくないと思える家族に巡りあえて良かったなって思うのに、俺の知らない響を知ってるギルバードさんに嫉妬したり……矛盾してるよな」

目隠しされてて見えないけど、キースさんの声は寂しそうに聞こえる。

「……キースさんももう家族だよ……俺のお嫁さんだもん……」

俺の頬に添えられていたキースさんの手に手を添えた。

「俺が嫁なのか?」

「お料理上手で強いから」

「響のお嫁さんのイメージはユーリカさんが基準かな?……じゃあ響の方がお嫁さんだな……俺は響に敵わないから……」

唇に柔らかな感触が触れた。

「……こんな時にもったいないよぉ……元気な時がいい」

離れていく唇が名残惜しいけど追いかける元気もない。

「響が望んでくれるならいくらでもしてあげるよ」

優しい手が髪をすく。
笑ったキースさんの声は元気を取り戻していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...