あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく

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その一歩

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古代竜との話は終わったのか、キースさんが戻って来るのが見えた。

「ほらよ、お前の思いを撃ち込んでこい」

ユーリカは軽々とギルの腕を持ち上げて俺を引っ張り出した。

「撃ち込むって何を……」

背中を押されてよろけながらユーリカを振り返ると笑いながら「戻ってくるなよ」と手を振って……さっきまで俺がいたギルの腕の中におさまった。

追い出されて、どうしたものかとキースさんの側へ歩み寄った。

「まだ起きてたのか。古代竜が響を気に入ったみたいでさ……響についていきたいから何とかしろって煩くて……目立つから無理だって言っても話が通じなくて苦労した」

「あ~……気に入ってもらえたのは嬉しいけど、ついて来られるのは確かにちょっと迷惑かも……」

あの巨体について来られると何処の街にも入れなくなる。

「ギルバードさんは寝ちゃったか……響ももう休みなよ?」

頭にポンと置かれたキースさんの手……。

「お兄ちゃん……」

俺の……思い。

「一緒に……横で寝て?」

撃ち込んでみたけど……恥ずかしくて顔があげられない……視線を上げて反応をうかがうとキースさんは落ち着きなくキョロキョロと視線をさ迷わせている。

「ギルバードさん達と寝なくていいのか?」

「あのギルのイビキの横で寝れるのはユーリカぐらいだよ」

ギルのたからかなイビキは離れたここまで聞こえてくる。

「魔物が怖いなら……古代竜と……」

俺と寝るの……嫌なのか……。

「ううん……お兄ちゃんと久しぶりに一緒に寝てお話ししたいなって思っただけだから……大丈夫一人で寝れる。お守りもあるし」

最強になったお守りを見せて、魔物は怖くないって笑顔を見せると、荷物から敷物と毛布を取り出してさっさとくるまった。


パチパチと焚き火の弾ける音とギルのイビキを子守唄でも聞くように心を無にしながら聞いていると……。

「……響には敵わないな……」

俺の横に背中合わせでキースさんが寝転んだ。

「お兄ちゃん」

寝返りをうってキースさんの方を向いたけれどキースさんは背中を向けたまま……それでも横にきてくれただけで嬉しかった。

背中に額をくっつけるとそれだけで心が暖まる。

「響は大きくなったな……」

「ギルに拾われて10年たったし……もう成人したし……」

「そうだったな……10年か……俺が街を出たのも10年前だ……」

背を向けたままキースさんは10年前の話を聞かせてくれた。

「10年前……前世の記憶が突然よみがえり、金色の蝶が目の前に現れた……それまで俺は普通の子供として育ってきたのに、急に魔力も腕力も上がって特殊な能力も手に入れたんだ」 

金色の蝶……ギルの言ってた蝶と同じもの……同じ10年前に……。

「俺はそれから、同じ世界に響がいるんだって信じて旅に出たんだ。前世では叶わなかったけど、響にお腹いっぱい食べてもらいたくて日本の味を追い求めながらね……10年は長かった……何度ももう止めようと思ったけど……響を守れるのは、幸せにしてあげられるのは俺だけなんだと思って響を探し続けた。響の住んでいたガンダルアの街にも何度も立ち寄った事があったのにな……」

10年間……俺の事を思い続けてきてくれてんだ……俺はもう家族は迎えに来てくれないと諦めていたのに……申し訳ない気持ちで胸が締め付けられた。

「あの日も……冒険者達が俺の荷物を盗んで行くのに気付いていたけど、どうせ響には会えないんだしと荷物に執着もなかった……でもそのお陰で響と出会えた」

俺は裏方だったから表に出る事は滅多にない、たまたまトイレに立った職員の代わりに番をしていただけ。

「一目見てすぐにわかったよ……でも響は笑っていた。俺は10年間、響を幸せに出来るのは俺だけだと信じ込んで旅を続けていたけれど……響は新しい生活を手に入れて、ギルバードさんとユーリカさんの側で幸せだと言った。響とギルバードさんを引き合わせたのが金の蝶だと聞いて……響が幸せになるために選ばれたのは俺じゃなかった……俺では駄目だったんだと10年たってやっと悟ったんだ」

「お兄ちゃん……それは……違う」

確かに幸せかと聞かれて幸せだと答えた。
思わず起き上がったけど……キースさんは相変わらず背中を向け続けている。

「俺の中で……黒い感情が渦を巻いた。俺以外の奴が響を幸せにするなんて許せないと思った……けど響が見た目も全く変わっていたのに俺を『お兄ちゃん』と呼んでくれた事が嬉しかった……と同時に自分を恥じたよ。金色の蝶が何故俺を選んでくれなかったのかもわかった……俺の持っていた感情は……兄弟愛をとうに越えていた。響の幸せを願うよりも、俺は嫉妬したんだ……ギルバードさんに……」

「お兄ちゃん……嫉妬って……それって……」

ドクンドクンと心臓の音が大きくなる。
俺の勘違いでなければ……嫉妬する理由は……。

「俺は、せめて弟の幸せを願う『お兄ちゃん』としての立場を守ろうと思ったのに、響は俺を試す様に追いかけてきて無邪気に『好きだ』と笑う……もし誘惑に負けて手を出せば……蝶はまた響を隠してしまうんじゃないかと必死だった。古代竜の手の中で体が薄れていく響を見て……俺はどうしたらいいのか正解がわからなくなった」

俺、本当に消えかけてたんだ。
良かった……キースさんが呼び戻してくれて。

「響……お前の大好きだった『お兄ちゃん』は今はこんなんだ。いや、もしかしたらずっと響の事をそういう目で見ていたのかもしれない……だから……頼むから不用意に俺に近づかないでくれ……」

これってキースさんも……俺の事を好きって言われてると思っても良いよね?

弟としてではなく……俺の事を好きだって……ドキドキと激しい胸の音を伝えたくてキースさんの背中に体を押し付けた。キースさんの服を掴む手は……透けてなんていない。

「俺もお兄ちゃんも生まれ変わった……もう兄弟じゃない……俺はヒビキだけど響じゃないよ。響は……一度死んだんだから」

「死んだ?何で?……教えて……響の身に何があったのか……」
俺の言葉にキースさんは慌てて振り返った。

「あの時……殴られて頭を強く打ってたし、食べる物もなくて衰弱してたし……気付いたら自分の体を見下ろしてた。警察の人とかいっぱい家に来て俺の体を運び出していくのをぼんやり眺めながら、何をしていいかもわからなくて……ずっとそこでお兄ちゃんを待ってたんだ」

警察の人達の会話で……お兄ちゃんが帰ってくる事は無いことは知っていた……それでも同じ幽霊になって迎えに来てくれるんじゃないかって……ただ待ってた。

「長い時間が経って家が取り壊され、お兄ちゃんを待ち続ける為の場所も無くなって、何処に行ったら良いのか何をしたら良いかもわからなくて……空き地になった場所で一人で泣いてたら風と一緒に『響』ってお兄ちゃんの声が聞こえた気がしたんだ。待ってるだけじゃ駄目だって……お兄ちゃんを追いかけなきゃって、家のあった場所から足を踏み出した時、光に包まれた。そして気付いたらあの森にいた……」

「俺が迎えに行けなくてもきっと誰かが保護してくれるだろうと思って……響がここにいるのは俺と別れた後この世界に転移してきたんだと思ってた……のに……響は……死んだ……俺は……前世でも響を守れてなかったのか……」

俺の肩を掴んだキースさんの手は震えていて……そっとその手に自分の手を重ねた。

「……守って貰ったよ。お兄ちゃんが助けてくれたから……前世の記憶に飲み込まれずいま笑っていられるのは、助けてくれる人がいるって事を知ってるから……人を信じて、人を好きになれた……」

「響は……強くなったんだな」

ドキドキしていた心臓は……今は止まってしまったんじゃないかと思うぐらい落ち着いている。

キースさんを好きになる前はギルとユーリカに嫌われたくなくて自分の気持ちも言えなかった……でもキースさんと出会って、昔の事を思い出して……二人に支えられながら……顔色を伺うんじゃなくて好きなものを好きだと、自分の気持ちをちゃんと伝えたいと思った。

俺はゆっくりと穏やかな気持ちで想いを口にした。

「俺が強くなれたのはギルとユーリカのおかげ……でもそれだけじゃない……キースさんに恋をしたから……」

「俺に……恋って……」

「お兄ちゃんだって気付かない時から気になって、好きになって……お兄ちゃんだってわかった後でも好きな気持ち止められなくて……良い子な弟でいるのが辛かった」


そっとポケットの中に手を入れた。

「まだまだ俺は守ってもらってばかりで全然ダメだけど……それでもキースさんを守りたいと思ったんだ……」

肩に置かれたキースさんの腕に……ポケットから取り出した腕輪をはめた。

「響……これは……」

装飾も何もされてないけれど金色の片羽の蝶が揺れる。

「ユーリカに教えて貰いながら俺が作った……キースさんの幸せを願いながら……」

「俺が貰って良いのか?」

「キースさんに受け取って貰わないと……この子はずっと飛べないまま……」

自分の腕を持ち上げて……キースさんの腕輪と重ねて一匹の蝶を作り上げた。


勢い良く抱き締められて……キースさんの顔は見えないけれど……震えた声が耳に届く。

「響……いまは兄弟じゃなくても俺と響は男同士で……それでも良いのか?」

「男同士でも、結婚出来なくても幸せになれるのはギルとユーリカをずっと見てきて知ってる……お父さんとお母さんは男と女で結婚したけど……幸せそうじゃなかった……」

少し体を離して見つめ合うけど……視界は揺れていてキースさんの顔は良く見えない。

「俺が……響を幸せに出来る?」

「キースさんがいてくれる事が幸せです」

「俺は響を愛していて良いの?」

「好きです……キースさん……」

また強く抱き締めあって……口付けを交わしあった。
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