あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく

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飛び立つ日

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明け方……まだ薄暗い街。
ドキドキする胸を押さえて街のゲートの前に立った。
このアーチをくぐれば外の世界。

10年前は訳もわからず周りを見渡す余裕なんて無くて、ギルの顔ばっか見てたっけ……。

緊張する俺をよそに、元冒険者のギルとユーリカは感慨なく一歩を踏み出したので慌てて後を追いかけるという第一歩を踏み出した。

「街道に沿って、まずは隣街を目指すぞ」

そう言って歩き出した土が剥き出しの道。
先頭をギルが歩いてその後ろに俺とユーリカが並んで歩いている。

ギルとユーリカは体が大きいのでその分足も長くて……小走りでついていく。疲労軽減の効果の付いた靴をユーリカが選んでくれて良かった。

「ギル……お前速い。俺はゆっくり食材探しながら行きてぇんだけど……」

まだ街を出たばかりで食糧には困らないのにユーリカは歩く速度を落としてくれる。
隣を歩くユーリカにそっとお礼を伝えた。

「ヒビキ。あの体力バカは黙ってちゃ気付かねぇぞ……これから三人で旅を始めるんだ。遠慮して我慢して、へばって逆に迷惑になる。辛い時や無理な時はちゃんと伝えろ……」

「問題ねぇ!!俺はヒビキがへばってもおぶって隣町まで走れる自信があるぞ!!いくらでも甘えてこい!!」

「黙れ、バカ親……」

いつも通り……賑やかにゆっくりと俺の旅は始まった。

ーーーーーー

「ユーリカ!!見て見て!!シュシュ湖ってこんなに大きかったんだね!!」

クエストでよく耳にしていた地名も、この目で見るのは初めてだ。しかも憧れの『家族でお出掛け』だ。

父さんは仕事、仕事で家にあまりいなかったし、お兄ちゃんの受験があったりで家族で出掛けた記憶はなかった。

ユーリカの手を取って湖の縁まで走る。

「……10年間、街から出してないとか……もっとはしゃげヒビキ、そしてバカな親父に罪悪感を植え付けろ」

「街の外は危険だろうが!!街の中にも憩いの広場はあったし、ヒビキも街の外へ行きたいなんて言わなかったしな!!」

ギルとユーリカが喧嘩腰なのは今さらなので、それを背中に聞きながら湖の水に手を入れ、水を掬ったり手で飛ばして遊ぶ。

泳ぎ……は泳げないので我慢して……この輝く湖を見てるだけでも癒されるなぁ……あ、誰が捨てたのか空き瓶が浮いてる。

木の枝で引き寄せ拾い上げた。
ゴミ箱……なんてないか……。
水を払って鞄の中へしまっておいた。

家族旅行はしたことはなかったけど……お兄ちゃんは休みの日に公園へ連れていってくれたり、たまに電車に乗って水族館や動物園へも連れていってくれた。

湖は……無いけど、大きな池のある公園で鯉の餌やりをやって、ベンチに座って売店の菓子パンを食べた事があったなぁ。

鯉に餌をやろうとパンをちぎって池に投げたら、水を汚しちゃうから駄目だって、俺の分なんだからちゃんと俺が食べろって怒られたっけ……それで金色のオノをくれる女神様の話を教えて貰った。

良い子にしてたら金色のパンを持ってきてくれるかなぁと聞いた俺にお兄ちゃんから金で出来たパンは食べられないだろって笑われたんだよな……でも池を大切にする良い子にはきっとご褒美をくれるよって……笑ってくれた。

自分の思い出と言うよりも、頭の中にある響の思い出がテレビでも見ているみたいな感覚で甦ってくる。

「ユーリカここでお昼食べよう?」

「まだ街を出てきたばかりだろう……昼まで大分あるぞ?」

ユーリカが見上げた空には2つの太陽がまだ出会う前。

「そっか……残念……うわぁっ!?」

湖に顔を戻すと……目の前に女の子が!!
女の子が濡れた手で俺の頬を挟み込んだ。
驚いて尻餅を付いた俺の体はギルに抱き上げられる。

「大丈夫か?……人魚の子供だ。人魚は湖の守り神でこちらが悪さしなけりゃ危害はくわえて来ねぇ」

「そ……そうなの?人魚か……」

水死した子供の幽霊かと思った。
まだ心臓が落ち着かない。
頭を包み込んでくれる大きな手……久し振りの感覚に安心してギルの胸に凭れた……ん?

「ギル!!俺、ギルに触れられても怖くない!!」

「そういやぁそうだったな!!」

ギルもいま気付いた様で……嬉しそうに笑うと俺の脇の下に手を入れて赤ちゃんみたいに高々と持ち上げた。

上から見下ろすと嬉しそうなギルの笑顔と、ユーリカもほっとした顔で笑ってる。

「ギル……」

ギルの顔にギュッと抱きついた。
もうギルの悲しそうな顔をみなくて済むんだ。ユーリカは嬉しそうに俺の頭を押さえつけながらかきまぜた。

「ショック療法か?ははっ驚かせてくれた人魚に感謝だな」

忘れてた。
湖を振り返り人魚の子供を見ると、にこっと笑って跳び跳ねると湖の中へ消えていった。

「……ご褒美?」

「ん?何の話だ?」

空き瓶を拾ったから?
お兄ちゃんの言っていたようにご褒美を渡しに出て来てくれたのかな?ギルと普通に触れ合えるようにって……考えすぎか。

それでも、ありがとう……バイバイと手を振ると、答える様に尾びれが湖面を打った。

ーーーーーー

湖を後にして、また街道を進んで歩く。

「……魔物ってもっとうじゃうじゃいるのかと思ってたけど意外に平和なんだねぇ」

もう何時間か歩いているけれど、ここまで悪さをする魔物らしきものには出くわしてない。
冒険者さんはゴブリンやコボルトの討伐のクエストを半日で終えてくるので街の周りは魔物だらけなんだと思ってた。

「いや、普通ならうじゃうじゃいるぞ?多分……お守りのおかげだろうな」

左腕にある腕輪を眺めた。
竜の泪が8つ埋め込まれた腕輪に、ユーリカがつけてくれた金で出来た小さな蝶の羽が揺れている。

竜の泪の気配で弱い魔物は遠ざかって行くらしい。翼竜達に感謝しないとな。

「こう何も出てこねぇんじゃ肩慣らしも出来ねぇが、おかげでこの速度でも今日の宿泊予定地まで行けそうだ」

「じゃあ、昼飯はクロワッサンの丘で取るか……まだ大丈夫か?ヒビキ?」

「大丈夫だよ!!」

クロワッサンの丘……なんだか美味しそうな名前。
妄想を膨らませながら街道を進んだ。

ーーーーーー

そりゃそうだよな……こっちでクロワッサンなんて聞いたこと無いもん。

美味しそうな名前とは裏腹にクロワッサンの丘は……荒涼とした風景だった。木が死んで岩が剥き出しの大地……料理をするなら火事の心配が無くて楽なのかもしれないが……。

ユーリカの作ってくれた味噌汁と出発する前に作っておいたおにぎりで昼食を取った。

ユーリカのももちろん美味しいけど、またキースさんの作ってくれたおにぎりが食べたい。
まだ出発したばかりだけど……少しだけキースさんに近づいた気がした。

いつか必ず貴方に追いつきます。
そして……受けとめて貰えなくてもこの想いを伝えたい。

ポケットの中にはユーリカに習いながら作ったもう一つの腕輪がある。
竜の泪はついて無いけれど、金の蝶がついていて……前世でしていたお守りを思い出しながら作った。

これを渡して想いを伝えるんだ。
服の上から腕輪をそっと撫でた。
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