あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく

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無職になった

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「ヒビキ」

ムギュッとおにぎりが口に押し当てられた。

ひららひまふいただきます……」
押し当てられたおにぎりを口を開けて受け止めた。

「キースだって冒険者だ。出会いと別れなんて、今まで何度だって経験して知ってるだろ?またいつか出会えるさ」

ユーリカに頭をかき混ぜられる。

あの日から男の人全般に触られるのが苦手になって……キースさん以外ではユーリカだけと触れあえる。「お前は俺を男として認識してねぇって訳か」とユーリカは怒ったけれど……その顔は少し嬉しそうな顔をしていた。

キースさんには話せなかったけど二人には……甦った記憶の内容はちゃんと話した。

ユーリカは何も言わずに抱き締めてくれて、ギルは「今からお前は俺の息子だ!!」と言って手続きをしてくれて……正式にギルの息子になった。

男同士の結婚は認められて無いから……ユーリカが俺の母親になってくれる事は無かったけど……書類上の関係よりもずっとずっと強い物を貰っている。

親子になったところで……俺達の生活に何も変わりは無く。
同じような毎日を過ごしている。

「いつまでも辛気くさい顔をしてんなよ」

「ユーリカだってギルと喧嘩した時は暫く泣きそうな顔してた……」

ユーリカの指がグリグリと額に刺さった。

「言うようになったじゃねぇか。そんな生意気な事を言うのはこの口か?ん?」

むにぃ~と両頬を引っ張られる。

「ひらひよ~ユーリハひゃま、ごめんらはい」

指を離してもらえたけどヒリヒリ痛い……バレない様にユーリカの背中を睨んだ。

「辛気くさい顔よりゃあ、そうやって怒ってる顔の方が良いわ」

ユーリカの肩が揺れて、テーブルの上には具沢山の味噌汁が置かれた。

「そろそろギルも帰ってくる。いつまでもそんな顔してたらギルがまた暴走起こすぞ?あれで頭の中は繊細な乙女思考だからな……悶々としたもん溜め込んであらぬ方向に突っ走りしかねん……」

ユーリカはギルの話をする時は本当に楽しそう。

ギル……本当に申し訳ないと思ってるんだけど、でも体が勝手にビクビクと反応してしまって、ギルはその度に寂しそうな顔をしていた。その顔を見たくなくて極力、側に近づかない様にしている。

……本当は自分の過去がかなりショックで落ち込むべきところなんだけど、この世界で過ごした10年という年月とギルとユーリカへの思いとキースさんへの想いとで……何に落ち込んでいいか分からなくて……分からなすぎて悩む事を放棄した。
頭より体の方が正直だったらしく、せめてギルぐらいには触られても平気にならないと……。

「しかし……俺はヒビキはキースについていくもんだと思ったんだけどな……」

「……ギルとユーリカと離れたくないから」

全部じゃ無いけど嘘でもない理由。

「嘘つけ……なら何でそんな面してんだよ……好きなんだろ?本当は側に居たいんじゃないのか?」

ユーリカは目を細めて微笑んだ。

「…………お兄ちゃんだもん」

側に……居たいに決まってる。
でも、側に居たらきっとこの恋心は燃え上がる。

「俺は前世の記憶なんてねぇから何とも分かりづれぇが、お互い別の場所で生まれ変わったならもう他人だろ?いいんじゃねぇか?キースが兄だと分かっても、お前はいまもキースに恋い焦がれてる。あっちだってお前の事を愛しく思ってんだ……それがこの先、恋に変わる事だって否定はできねぇだろ?」

「ユーリカ……俺とキースさんは、全然違うんだよ」

俺はギルとユーリカをお父さんとお母さんみたいだと感じていて、2人の愛に包まれながら……『家族』の事を忘れようとして来た10年だったんだよ。そして俺はお兄ちゃんと知らずに『キースさん』と出会って恋をした。

キースさんはきっと『響』と会う事だけを心に、探し求め続けた10年間だった。そしてキースさんが見つけたのは俺じゃなくて『響』だった。

同じ10年でも、同じ出会いでもこんなに違う。

キースさんの中では『響』が生き続けている。そうして俺は、いつまでも『弟』として見られ続ける。

俺は……キースさんをがっかりさせない為には『弟』でい続けなきゃいけない。

「キースさん、楽しみに待っててって言ったから……」

俺はただ楽しみに帰りを待ってないと……。
今度はちゃんと言いつけを守らないと。

ーーーーーー

……ユーリカはさすがギルと付き合いが長いだけある。
仕事から帰って来たギルは声高らかに宣言した。

「ギルド長を辞任の書類を提出して来た!!」

「「は……?」」

一家の主の突然の無職宣言に俺とユーリカは声を揃えた。

「お……俺の給料でギルを養えるかなぁ……」

いや、ギルが居なくなったギルドで役立たずな俺を雇い続けて貰えるのかという心配が先か……。

「何で俺がお前に養って貰わなきゃなんねぇんだよ!!暫く引き継ぎで動けねぇが、冒険者だ!!現役に戻って旅をするぞ!!」

ガハハハッとギルは大きな口を開けて笑う。

「え……ギルまでいなくなっちゃうの?」

ギュッとギルの服を握りしめた。

「お前も一緒に決まってるだろ!!俺とヒビキとユーリカで旅に出るんだよ!!」

旅……?俺が?

「決まってない!!決まってない!!俺に旅なんて無理に決まってるでしょ!?」

頭の中を例の化け物……吸血鬼の姿が掠める。あんなのと戦うとか無理だ。

「ヒビキは俺が守ってやる!!俺は元Aランクの冒険者だぞ?森の奥へ行かなければ危険な事なんてそうそう起きねぇ。なぁ、ユーリカ」

ギルに視線を送られたユーリカは薄く笑みを浮かべたまま手を上げた。

「悪ぃが俺は行かねぇよ……二人で行ってきな」
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