あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく

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空には2つの太陽

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塩おにぎりが食べたい。

目の前に並べられた三角のオークの耳を眺めながらそんな事を思った。

「ヒビキ、ボーッとしてないで早く討伐数集計して持ってきて!!」

「……あ!!はい!!すみません!!」

先輩に急かされて慌てて業務を再開した。

冒険者が持ち込んだ、討伐の証を数えて表に書き込んでいく。
オークの討伐の証は切り取られた耳。
右と左ワンセットで一頭倒した証となる。

入ったばかりの時は見るのも無理だったけど、数年経ってマヒした。三角の耳を見ておにぎりを思い出せるくらいにまで成長したよ。

「マリーさんお待たせしました」

受付のマリーに集計した表を渡すとマリーはその頭数に応じた硬貨を取り出して冒険者へ渡している。

「ヒビキ、こっちのボックスがいっぱいになってるから処理しておいてくれ」

「はい」

切り取られた魔物の耳やら尻尾やらがたまったボックスを抱えると建物の裏口から獣舎に運んだ。

「ご飯だよ~」

集計が終わった耳やらは素材にはならない不要品なのでギルドの社用車……翼竜のオヤツになる。

『グルルルル……』

翼竜達がペロペロと顔を舐めてくる。

「わかった、わかったから……止めてね」

よく馴らされていて、こうして甘えて来る翼竜の顎を撫でてやる。可愛いけれど、オークの耳やらコボルトの尻尾やらを食べた舌で顔を舐められるのは正直キツい。

これにはいまだ慣れない。
しかしここに居ると延々と代わりばんこに8頭の翼竜に顔を舐められ続けるので、ボックスを抱え直すとそそくさと建物へ戻った。


でも随分……俺も慣れてきたな……。

見上げた空には2つの太陽らしき光が輝いていた。

あの日からもうすぐ10年か……。

ーーーーーー

獣の声が響いている。
見た事もない山の中。
日が沈んで周りは暗くなっていった。

戦いどころか、木登りすら出来ない。
身を守る方法を何一つ知らない俺は一本の木の下でただ震えているしか出来なかった。

俺なんて食べても美味しくない!!来るな!!来るな!!来るな!!

獣が近づいて来ない事だけを祈ったが、願いは神様に届くことは無く、目の前の低い木がガサガサと揺れた。

出て来るのは果たしてどんな凶暴な獣かと息をする事も忘れて凝視していた俺の前に現れたのは、見上げる程大きな男だった。

傷跡だらけの恐い顔に人間だからと安心は出来なかった。
視線を合わせたら殺されそう……そう思いながらも視線すら動かせず、森の奥から出て来た大男を震える体で見つめ続けた。

「何でこんなところにガキがいんだ?おい!!お前は人間か?魔物か?」

熊みたいな男がそう言って手を掛けたのは……剣!?
殺される……恐くて、恐くて涙を拭う事もせずにただ木にしがみついた。

「ちっ……」

舌打ちした男は俺の体を抱き上げると、もと来た道を歩き始めた。

「いつまでも泣いてんじゃねぇ。お前の親は?何処から来た?」

首を横に振ると大きな溜め息を吐き掛けられた。
「しょうがねぇな……魔物の子では無さそうだし……暫くギルドで面倒をみるか……」

『面倒をみる』その言葉に俺を抱き上げている、予想外に丁寧な扱いをしてくれる丸太の様な腕にしがみついた。

俺はもうここで死ぬんだと思ってた。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいない知らない森の中、動物の鳴き声。
食べる物も飲み物もないし帰り道も分からない。

突然現れたこの男が神様に思えてきた。

「お前名前は!?」

綾北あやきたひびき……」

「ああ!?何だって!?」

大きな声で怒鳴られて恐くて体を縮めた。

「……響です」

「なるほど、ヒビキか!!俺はギルバードだ!!」

地声が大きいだけで怒っている訳ではなさそう。大きな手で頭を撫でてくれる顔は……笑顔だった。

「ギルドで保護してやるが……悪さをするんじゃねぇぞ」

ニカッと笑った顔は今でも忘れない。
絶対神様だと確信した。


抱き上げられたまま森を出て……暫く歩くと建物が見えてきた。

「街に着いたらそのボロボロの服を何とかしねぇとな……それに飯か、本当にガリガリだな……」
ギルバードさんの手が俺の腕を掴んで……少し悲しそうな顔をした。

「見た事の無い服だ……お前はどっから来たんだ?」

不思議そうに俺のTシャツを見て引っ張って伸ばしたりして何か確認をしている。

「……○○市……」
「○○シ?聞いたことねぇな……何処にあんだ?」
「えっと……日本」

ギルバードさんは首を傾げてばかり。
俺も自分が住んでいた場所が何処かなんてよくわからない。

「家族は?」

「お父さん……お母さんとお兄ちゃん」

「構成じゃねぇ、今どこにいるんだって話だよ」
どこに……むしろなんで俺がこんなところに居るのかの方が不思議。

「……捨てられたか?」

考え込んだギルバードさんの言葉に涙が滲んできた。

「捨てられてないもん……普通に仲が良い家族だったもん」

「普通の家族ねぇ……普通の家庭で育てられた体じゃねぇと思うけどな……」

お父さんが居て、お母さんが居て、お兄ちゃんが居て……仲良く暮していた。
いきなりこんな知らない森の中に捨てられる事なんてしてない。
きっと探してくれている。
きっと迎えにきてくれる。

「悪かったよ……そう睨むな。ギルドについたら迷子の手続きをしてやるから機嫌なおせ」

その後もギルバードさんといっぱい話をしながら歩いた。

住んでいた場所の近くの川の名前とか、山の名前とか聞かれたけど……ほとんど答えられなかったし、俺の知っている近所のお店や小学校の名前を答えても、ギルバードさんの望む答えはどこにも無かったみたいだった。
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