上 下
79 / 87

おにぎりとおむすび

しおりを挟む
『シーナ・マサタカは米を手に入れた』

そんなナレーションを頭の中に流しながら米……もといククの実を手に握りしめる。

アシルさんがどういう交渉をしてくれたのか分からないけど、ククの実を袋にいっぱい頂いてしまった。

「アシルさん、ククの実の代金は?」

「シーナさんが料理してみて商品になりそうなら教えて下さい。シーナさんが気に入ってもらえたら彼と契約して定期的に仕入れさせて貰うので、是非うちで買ってくださいね」

投資してもらったみたいだけど……俺は米に興奮しているけれど……ルノさんの様子を見るに市場に受け入れられる気がしなくて、ちょっと申し訳ない。

「マルトリノさんには伝えておくのでさっそく試してみて下さい!!」

アシルさん、マルトリノさんの所で働くようになってえらくグイグイ来る様になったな……カカルさんもそうだし、やはり師匠の影響ってデカいな。

早く商品になるかどうか試して来いと背中を押されて、家路についた。

ーーーーーー

炊飯器なんて便利な物は無く、自信は無いけれどお店のおじさんに教えて貰った様に炊いてみた。
レシピで出てこないという事は、やはり一般的に食料とは認識されてないようだ。

ドキドキしながら蓋を開けると湯気の中と共に炊きたてのご飯の匂い……見た目は真っ黒だけど……。

ボソリとルノさんの引き攣った「ミュルムトみたい」という声が聞こえたが、無視だ。出来ればこの先、そのミュルムトとやらと出会わない事を祈りながら一口分お皿についだ。

何故かルノさんに見守られながら一口……おお、水が多かったのかちょっと柔らかいけど……ご飯だ!!

『レシピ登録しますか』

と文字が浮かんできたので『いいえ』を選んだ。もう少し硬めが好きだから、登録するのは最高の炊きあがりを成し得た時にしよう。

さっそくミラペルを手につけて握ってみた。
視覚に引っ張られそうになるけど目を閉じて味わうとおむすび。

懐かしい味わいに胸がジ~ンと熱くなる。
これはおむすびにして収納鞄に忍ばせておこう。
せっせと握っていると、ルノさんが1つ取って睨んでいる。

「ルノさん?無理しなくてもルノさんにはいつも通りパンを用意しますから大丈夫ですよ」

俺にとって大切な味だけど、違う食文化を押し付ける気はない。俺だって魔物の内臓食べろとか言われたら嫌だもん。

「……一緒に暮らしているんだ。食べ物も同じ物を食べたい」

何がルノさんを突き動かしているのか、無理しなくて良いと言ったのにルノさんはおむすびと、にらめっこを続けている。

ルノさんのこの様子を見たら、お店のおじさんがあれだけ慌てていたのもわかる。
おじさんのはこれを潰して団子みたいにしていたけれど、粒を残したままなのが更にハードルを上げたようだ。

吐き戻しても良い様に手桶と飲み物を用意していると、ルノさんは意を決して一口齧り付いた。しかめた顔で目を閉じて咀嚼していたけれど、徐々にその顔が緩んでくる。

「あ……美味しい……かも」

ルノさんは驚いた表情で自分が口にしたおむすびを凝視している。

「美味しいですか?良かった……でも無理しないように夕飯はパンを出しますね」

今日のおかずは取っておいたドラゴンステーキにしよう。食べたいもんドラゴンステーキ丼。

お皿にご飯を盛ってドラゴンステーキを乗せて……ナタスンさんに貰った魚を発酵させて作ったというソースを少し垂らした。

ああ……美味しそう……。

ゴクリと喉を鳴らしてルノさんの分のドラゴンステーキを用意してパンを取り出すと、ルノさんに止められる。

「同じ料理にして貰っても良いかな?」

「無理に同じ献立にしなくても美味しく食べられるのが1番だと思いますけど……」

「シーナと同じ物を一緒に食べて、同じ様に美味しいと感じたいんだ……駄目……か?」

駄目か?なんて小首を傾げて聞かれたら駄目なんて言えるわけないじゃないか。

ルノさんの分のドラゴンステーキ丼を用意した。
黒い米もイカスミリゾットと思えばなくはない……イカスミを食べる習慣があるかは知らないけどさ。

『いただきます』をしてご飯と肉を一緒に頬張る……肉の旨味と米の甘味が溶け合って舌を喜ばせてくれる。ナタスンさんに貰ったソースもいい仕事をしている。

「はあ……幸せ」

俺の様子を見てルノさんも米と肉を一緒に口に運ぶ。

「美味しい……屋台で食べた物とは全然違う」

カロラブニャと一緒にされてはドラゴンが可哀想だけど……しっかり味がついているし当然だ。

「ククの実は、繁殖力もさる事ながら、黒い葉、黒い茎、黒い実……群生すると周囲は真っ黒になり……その見た目から『魔物の食べ物』と言われてすぐに焼き払われてしまうんだが……こんなに美味しかったとは……」

こっちの人達、真っ青なソースやドギツいピンクのスープも気にせず食べるから見た目の色で食欲減退を起こすとは思わなかったけど……魔物絡みか。
魔物とか魔力に敏感な人達だから、避ける理由が分かった。

「俺は好きなんだけどな……アシルさんには悪いけど、売れる商品になるかどうか……厳しそうですね」

「食べるきっかけがあれば味は良いから売れる様になると思うけどな。マルトリノさんに『おむすび』を試食して貰ったらどうだ?その先のことは、売れると思えばマルトリノさんが何とかするだろう」

「そうですね、商売の事なんかわからないし、お任せしちゃいましょう」

せっかくだからいろんなおむすびを作っておきたいな。小腹が空いた時の俺のおやつにもなるし、収納鞄の中にある作り置きのおかずをいろいろ試してみよう。おむすびのレシピは無限大だね。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...