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御供え物

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朝起きて、詰所に向かおうとすると門扉の前に籠に入った野菜が置かれているという奇妙な出来事がここ数日、毎日続いている。
犯人はいたずらキツネさんだろうか?
うなぎを盗まれた覚えは無いけれど……。

通りがかりのオットーさんに聞いてみると、どうやらオットーさんの元で農業訓練を受けている方々のご厚意らしい。
田舎特有のご近所さんへのお裾分けだろうか?
お返しもしたいし声を掛けてくれたら良いのに。

行動自体に意味があるからお礼は気にしなくて良いだろうと言われたけど、貰ってばかりじゃあねぇ……どんな人達なのか、嗜好が分からないから1番無難にいっぱいパンを焼いてオットーさんの家に届けておいた。

「詰所にこもっていた時には知らなかったけど、この世界でもおすそ分けの文化があるんですね」

殺伐としていると思っていたからちょっと意外。

「俺も20年生きてきて初めてだよ」

オットーさんの家は、畑沿いに長屋みたいな集合住宅が出来ていて、ちょっと楽しそうだった。

今度お休みあったら、俺も農業訓練に参加させてもらおう。

畑の見回りをしていたレイニート様のゴーレムと挨拶を交わしながら、西区を抜けて中央区を通り掛かるとマルトリノさんと出会った。

「マルトリノさん、お久しぶりです」

「おお!!シーナじゃねぇか!!元気そうで何よりだ」

マルトリノさんは変わらず元気そうだった。
アシルさんの近況を教えてもらったり、新しく入荷した野菜の情報を聞いたりして、帰りにお店による約束をしたりして別れる。

「シーナ、嬉しそうだね」

「なんか、俺もこの街の一員になってるんだなぁって実感してました」

大分馴染んできたと思うんだよね。
街の治安が良くなったっていうのが1番大きいんだけどさ。

見張りに立っていたゴルカーさんに挨拶をして、気分良く詰所の食堂の扉を開け……転けそうになったのをルノさんに支えられる。

「……何でここに居るんですか?」

食堂で我が物顔でハイケンさんとお茶を飲んでいたのは……エルポープス。

「もっと嬉しそうな顔をして欲しいなあ、一応神様だよ?」

「わあ、嬉しいです。神様は暇なんですか?」

「棘のある言い方!!」

もう人間の姿でも気にせず下界に来られる様になったらしい。一応神を意識しているのか前の死神みたいな真っ黒ローブでは無いけれど、目の下の隈は相変わらず。

「神を見てヨダレを垂らす地球人がいるから止めた……て、いうか……あの姿は目立つから止めてくれと怖い金髪が煩い」

怖い金髪……レイニート様に怒られたのか。

「シーナ、エルポープス様はシーナの家の神託の為に何度もお見えになってくれていたんだ」

ハイケンさんは何かを描く様に手を動かしてから手を合わせてエルポープスに頭を下げた。
この世界の神への祈りの捧げ方なのだろうか?ハイケンさんは元教会の人だからね。

「今日はシーナの旦那の為に神託に来たんだ。俺って優しい!!」

神っぽく振る舞うのは得意だと聞いた気がするのだが……もう諦めたのか、この詰所の雰囲気に毒されたのか、かなり素だ。

「ルノさん何か悩んでるんですか?」

ずっと一緒に過ごしてるのに全く気が付かなかった。なんかエルポープスに負けたみたいで面白くないぞ……。

「え……ああ……ちょっと……」

珍しくルノさんが言い濁した。
俺は聞かない方が良いのかとルノさんを残して厨房へ向かう。

ルノさんの悩み……何だろう?

記憶に新しい昨日の事を思い返してみる。

朝起きて、一緒にご飯を食べてから詰所に一緒に出勤。お昼ご飯を準備して見回りから帰って来た皆とご飯を食べて……掃除して……夕飯の準備をしてから戻って来たルノさんと一緒に帰宅。
詰所から持って帰って来た夕飯を二人で食べて……そういえばルノさん、最近どれが好きか言ってくれるんだよな。

前は『シーナの作った物は何でも美味しい』って言ってたけど、最近『これが特に好きだ』って教えてくれる。なんか甘えてくれる様になった。

お風呂に入って……頓着しないルノさんの髪を乾かしながら街の様子をいろいろ教えてもらって、新しく出来たらしいお店に今度行こうって約束したり、地図を見ながら街の名産品を教えてもらって……眠くなったから寝た。

「特に悩んでる様子は無かったけど……」

けど……地図を見る時も後ろから抱きしめて貰ってたり、ちょっと恋人っぽい。と、思いたい。
兄弟から親子へ進化したなんて思ってないぞ。

前はいつも俺の側で待機って感じなだけだったから……確実に二人の距離は縮まってるのだ。

その先に進む事はまだまだ怖いから、酔って寝落ちした隙にじゃなく、ちゃんとした告白はもう少し身長伸ばして、勇気を養ってからするとしても……すでに温かく甘い毎日を送っている。

「……なに生肉持ってニヤついてるんだ……気持ち悪ぃぞ」

いつの間にか隊長が水瓶の前で水を飲んでいた。

「警備隊員は気配殺して近づくのが趣味なんですか……悪趣味です」

「お前が妄想に耽ってただけだろ……ただでさえ締まりのねぇ顔が緩みまくってんぞ」

締まりのないは余計だろう。
頬を手で揉んで戻した。

「また神様来てるのか。一度手合わせしてみてえんだけど毎回断られんだよな。お前から頼んでみてくれねぇか?」

それは……絶対首を縦に振ることはないと思う……。

「そんなにしょっちゅう来てるんですか?なんか今日はルノさんに用があるらしいですけど……」

「あ~なんかハイケンの事、気に入ってるみてぇだな」

なるほど、敬われて崇められ気分良くなっちゃってるパターンか。

「隊長は……神様がルノさんに用って何か心当たりありますか?」

俺の言葉に隊長はニヤ~といやらしく笑った……。
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