ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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心の中

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家を内覧していると、表が賑やかになって……隊員達が勢揃いしていた。

「詰所留守にしちゃって大丈夫なんですか?」

「結局誰も譲らなくてな……結界張って『西区にいる』と張り紙してきた」

街には自警団の人達もいるし、前みたいにいがみ合ってはないから大丈夫……かな?

「そんな事よりどうよ!!俺達の自信作は気に入ったか?」

バンバンと壁を叩かれてその自信作が倒壊しそうですが……。

「隊長……さっきはごめんなさい!!俺……皆がこんな……俺の為に家まで用意してくれてるなんて知らなくて……ごめんなさい」

「俺達はお前に謝って貰いたくて頑張ったんじゃねぇぞ」

隊長に抱き上げられ、皆の顔が一望出来る。

「あ……その……ありがとうございます!!」

さすがにこれだけ注目されながらだと恥ずかしかったけど、お礼を伝えると皆嬉しそうに笑ってくれた。

「俺達もお前に黙って進めた訳だし……お前が俺達と離れたくないと思ってるって気持ちは嬉しかったよ。でもな……この街が変わった様に警備隊も変わっていく。もしもの時にお前が居場所に困らねぇ様に別の場所も用意しておきたかったんだ……つっても詰所の台所番はまだお前以外に譲る気はねぇからな、朝は自分達で用意するが、昼飯と晩飯……美味い飯を期待してるぞ」

「……やっぱり俺の飯からは離れられないみたいですね。仕方ないから皆の胃袋は俺がしっかり掴んでおいてあげます」

目の前にあった隊長の頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。こうでもしてないと恥ずかしくて泣きそう。

「にゃろっ!!じゃあさっそく掴んで貰おうじゃねぇか!!ドラゴン肉とやらを食わせてみろ!!」

隊長にとってはお遊びだったかもしれないが……ジャイアントスイングは吐くかと思った。

ーーーーーー

新居の庭先で行われたドラゴン肉BBQパーティーは……驚くほど静かな物だった。皆終始無言でひたすらドラゴン肉に貪りついた。
あのレイニート様すら目をうっとりとさせて、ただ静かにドラゴン肉を噛み締め味わっていた。

お腹が膨れて来たのと、お酒もまわってきたのとで、時間が経つごとにいつもの賑やかさが戻ってきた。
ルノさんも、実は毎日会っていた皆と1週間離れて寂しかったのか、珍しくお酒を自ら呑んでいるみたい……だからなるべく離れて様子を伺うようにした。

「オットーさん警備隊辞めちゃうんですか……」

レイニート様から神託を受けた事で人生を見つめ直し新たな道を進もうとしていると聞いてはいたけれど、本人からもしっかりと退職する事を教えてもらった。

「そんな顔するんじゃねぇよ、辞めるったってこの街を出て行く訳じゃねぇ、むしろお前のご近所さんだ。この西区でな、農家としてやっていこうと思ってる。レイニート様にも農家になりてぇって奴らの指導を頼まれてるしな」

「そうなんだ!!じゃあ……」

どうしようか迷う……迷いながらもオットーさんから貰った鍬を取り出した。虹色になっちゃったけど……鍬としては十分使えるから……。

「勝手に変えちゃったんですけど……貰った物を返すのは悪いとは思うんですけど、使ってください。オットーさんの方が使いこなせると思うし……」

オットーさんは震える手で鍬を受け取った。大丈夫だろうか、飲み過ぎなのではないだろうか。

「い……良いのか?聖杖で畑仕事って……」

聖杖?杖じゃなくて鍬だけど。鍬なんだから畑で使ってもらわないと……って、なんでハイケンさんは拝んでいるんだ?

「良かったっすね!!俺は警備隊としてこの街を守り続けるのが夢っすから!!オットーさんの野菜を使ったシーナの手料理期待してるっす!!」

ディックさんがいつかこの警備隊の隊長……なんて日も来るかもしれない。成長を楽しみにしているよ。

ベルムントさんは暫く休暇を取って王都へ息子に会いに行くらしい。

アシルさんも警備隊を離れてマルトリノさんに弟子入りするそうだ。

皆の道は応援するけど……寂しさを覚える。

レイニート様とルノさんと話していた隊長が二人の側を離れてこちらに向かってきた。

「はぁ……あいつ浮かれてやがる……もう何十回『シーナが可愛い』って言葉を聞かされたかわかんねぇ」

ため息をつきながら俺が座っている横に腰を下ろした……ルノさんめ。
お酒の危なさを再認識させられた。

「ルノさんでも浮かれる事なんてあるんですね」

「そりゃ、お前と二人きりの生活が始まるんだぞ?浮かれもするだろ」

そうだろうか?ルノさんは……確かに俺を好きだと言ってくれるし大切にしてくれているのもわかる。わかるけど……俺と二人きりの生活をあの人が望んでいるかは俺には分からない。

「隊長は警備隊……辞めないですよね」

「当面はな……でも神様にも言われちまったからな……ルノはもう自分の道をしっかり歩き出した。今度は俺が過去を乗り越える番だとも思う」

神様の神託はナタリアさんの事じゃ無かったのか。

「隊長は……どうしてそんなにルノさんの事……」

前に否定されたけど、本当の本当はルノさんの事が好きだったんじゃ。だとしたら俺なんて邪魔なだけじゃないのかな。

いつの間にか側にいた隊員達は移動していて、隊長と二人きりになっていた。

「ああ……あいつの家族を殺した友人ってのがな……三つ星の貴族だったんだ。そいつが魔物化した時、その父親から『魔物化を解いて連れ戻せ』と命令を受けた……魔物化しても大切な跡取り、戻せるなら戻したかったんだろう」

「それはまあ……そう思いますよね」

俺だってルノさん魔物化したら何とかして元に戻したいと思う。

「まだ魔物化が不安定な状態だったそいつを追い詰めたんだが、当時の団長、ナタリアの父親なんだが……団長は手遅れと判断して斬ろうとしたのを俺が止めた。まだ戻せると思ったんだ……『俺を見て』『俺を褒めて』と泣いていたから……でも、そいつは『全てあいつのせいだ』と叫び、団長の肩を食い千切って逃げて行った」

隊長の横顔は、普段はあまり見せることのない真面目な、悔しそうな、そして寂しそうな顔。

「大勢の人間を殺しながら、逃げて行く魔物を追い掛けて俺の手で始末した時は全て手遅れだった。俺がルノの家族とあいつの人生を奪ったんだ。そして団長は不自由な体で、全ての責任を取ってユノスへと落ちた。ナタリアの事も俺が悪いんだ……」

ルノさんの話に出て来た助けてくれた騎士とは隊長の事だったのか……隊長がナタリアさんへ求婚し続けているのは贖罪。それに気付いているからナタリアさんも受け入れはしないのか。

ゆっくりと語られる隊長の話は懺悔に似ていて……俺はただ聞いているしか出来なかった。

「学校を卒業し騎士団に入団したルノは……壊れていた。魔物を消す事だけに命を掛け、魔物を殺す事だけに喜びを感じ……あいつ自身が魔物化する事に俺は怯え続けていた……いつかあいつを俺の手で殺さなければいけなくなる日が来るんじゃ無いかと思うと怖かった」

隊長にも怖いなんて感情があったんだな……なんて当たり前の事に感心してしまう。
騎士団の団長という立場なら魔物化の危険がある、で処刑する事も出来ただろうにルノさんを殺す事に恐怖を感じるのはルノさんを大切に思っていたからではないか。
例え……家族を奪った一因があったとしてもその後隊長がルノさんに与え続けていたものはれっきとした愛情だと思う。

「そんな日々の中、団長が亡くなった事を聞いて俺はユノスの警備隊へ志願した。ルノも王都にいるより良いだろうと誘い、ナタリアも引き取り詰所にそのまま住める様にと思ったんだが断られ、娼館で働くなんて言いやがる……せめて成人するまでは客を取らせねぇように月猫亭に通い店の主に睨みを利かせていたが……そこでルノとエレーナを引き合わせてしまったのも俺だ……俺のやる事は全てが裏目に出る、俺は誰も救えなかった」

「隊長……」

いつも明るく前向きに俺達を導いてくれていた隊長の弱気な台詞。
この人は色々抱え込み過ぎた。

「隊長……俺は隊長にいっぱい救われてきましたよ」

例えば……と言われたら困るけれど、その存在だけで心強かった。

「ありがとよ……お前にこんな事を俺が頼むのはどうかと思うが……ルノを頼む。あいつを受け止めてやれるのはお前だけなんだ」

「俺は……」

隊長は、きっとずっと自分の中に秘めておきたかっただろう事を俺に話してくれた。
俺も腹を割って話すべきだと思う……けど、隊長の話の後にこんな話をしても良いものだろうか。

でも……俺も、誰かには俺の気持ちを知って欲しかった。悩みを相談したかった。

重い口を……開いた。
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