ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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意見を話し合った結果、ルノさんの勢いに圧されフラケンゲの皮を贅沢に使用したミトン型の鍋つかみは、ベルンさん査定価格、驚きの金貨1枚。

これ一つで何食分賄えるんだろう。
でも流石のフラケンゲ……熱せられた鉄板に触れても全く熱くなかった。

「神様……ルノさんが自重してくれますように……」
「神様、シーナが自重しますように」

竜神の像に祈りを捧げる俺の耳の横でバンバンと激しく手を叩く音がする。

「……俺は自重してるでしょう」

「どこがだ?」

ルノさんみたいに鍋つかみの為にフラケンゲの皮を持ち出して来たりしないし、届けられた石窯の為だと言って、いきなりグーパンで壁に穴を開けたりせず、こんなに慎ましくしてるじゃないか。

「俺は煙突の穴を開けるだけで済むところを壁一面の補修にして職人さんを泣かせたり、余計な出費だってルノさんに怒られたりしないですから」

「おいおい……俺が悪いみたいに言うなよ。俺だって手加減したのに、ベッドの寝心地が良すぎるせいで思いがけず力が出ちまうんだよ」

ぶんぶん腕を振り回す隊長は確かに力が有り余っているって気がする。

「じゃあ、あのベッドは俺が使うんで隊長は床で寝てくださって結構です」

せっかく部屋掃除して、ベッドもお手製にして快適に過ごしてもらおうと思ったのにさ。

「そうか、ルノの部屋から越してくるか!!寂しくないようにちゃんと添い寝してやるからな!!」

「いらないし、引っ越さない!!これから初石窯パン焼くんだから隊長は仕事に戻ってくださいよ!!」

今日は昨日設置が完了したばかりの石窯でいろいろ試してみる予定なんだ。隊長と遊んでいる暇はない。

「分かった、分かった。俺も隊員達もお前のおかげで調子が良い。ありがとな……十分助かってるから、お前もあんまり気張るなよ」

隊長の大きな手に前髪をワシャっと掻き上げられた。

「……隊長」

隊長は、ときおり子を愛しげに見つめる父親の様な目をする。この目で見つめられるのはちょっと気恥ずかしくて苦手だ……。

「早起きして朝食を用意する心配なんてしねぇで……楽しい夜を過ごしてくれて良いんだぞ?」

父親じゃねぇ……下世話な親戚のオヤジだ。

「ルノさんとはまだそんな関係じゃない!!」

「俺はルノなんて一言も言ってねぇぞ?楽しく会話でも楽しめばって意味だったんだが……そんな関係ってどんな関係だ?まだってのはいつどんな関係になるつもりなんだかなぁ」

「仕事して来い!!このクソ親父っ!!……くぅぅぅ~」

カッと頭に血が上って全力で蹴った隊長の太ももは丸太を蹴ったような衝撃で俺の生命力を削ってくれて、俺は床をのたうち回る。

「たくっ……世話の焼ける奴だ」

俺何にも悪くないと思う……そう心で泣きながら隊長に抱き起こされて回復薬を飲ませて貰った。心に沁みる酸っぱさだ。

隊長か副隊長か……どちらかは必ず詰所にいるので……。

「……生きるって大変ですね」
「……生意気言いやがって……じゃあクソ親父は上で仕事してるから、火傷なんてすんじゃねぇぞ」

デコピンというトドメを刺して隊長はヒラヒラ手を振りながら去って行った。

ーーーーーー

静かになった厨房では、ギシギシと軋む音がよく響いた。

パン作りがこんなに重労働だったなんて……無発酵のパンを作っていた時と作り方が結構違っていて、全身を使って捏ねているのに、なかなかレシピさんのOKが出ない。

スライムとの戦闘でレベルが上がったって言っても細やかなもんだったしなっ!!

レシピさんの指示通りにパン生地を掴んで調理台へ叩き付けるけど、調理台がその度にガタガタ揺れている。お手製できる様になったら、このガタつきも直せるんだけど……。
「可愛いお顔に粉がついてしまっているわ」
「うわあぁぁぁっ!?」

突然すっと頬を撫でられて、飛び跳ねた勢いで床にひっくり返った。危うくパン生地を放り投げてしまいそうだったが、そこはなんとか堪えたらしい。調理台の上に鎮座するパン生地に労力が無駄にならずに済んだと胸を撫で下ろした。

「驚かしてしまってごめんなさい。何度か声を掛けたのだけれど……没頭していて気付いていないようだったからつい入ってきてしまったの。ごめんなさいね」

ななななっ!?
女神と見紛う微笑みを湛えた美しい女性が俺を見下ろしながら、白く細くしなやかな指をひっくり返ったままの俺に差し出している……だと!?

「あなたがシーナさんよね?」

憧れの金髪碧眼に吸い込まれる様に視線は釘付けにされ、硬直したままだった俺の手を、女神の柔らかな手がも持ち上げて立たせてくれた。

「はひ……シ……シーナ・マサタカです。貴女様は……?」

「あら?本当に男の子だったのね」
「そうっす……シーナは立派な男の子っす……」

軽く目を見開く姿すら美しいその女神の背後からディックさんが敬礼をするが、目が空で何だかいつもと様子が違う。

仕方ないよねぇ。
こんなに美人だもん。美人な上に、女神の様な微笑みとは裏腹にセクシーな肉体を布面積の極端に少ない、街中で普通にあったら引くが異世界だから許せる服と呼んで良いのかわからぬ布で体のラインを強調しまくっている。
俺も目のやり場に困るよ。

「シーナ……こちらのお方はエレーナ様っす」
「エレーナ・ネアリンガーよ。よろしくね」

「エレーナさん……名前も美し……?エレーナ?エレーナ……エレーナッ!!」

聞き覚え……見覚えのある名前に思わず後ろ向きに吹っ飛んだ。

「すみません!!ルノさんからお名前を聞いていたので……」

「ルノルトス様のお口から私の名前が?なんて光栄なことかしら」

ルノさんの追っかけなら、この世界の初レディの登場で第一ヒロイン発見かと浮き足立っていた心は完全に折れた。俺がルノさんに勝てる見込みは全く無い負け戦だ。

嬉しそうに微笑む女性の鑑定をこっそりと覗き見た。

エレーナ・ネアリンガー 22歳 女
ネアリンガー出身。

残念なことに本当にエレーナさん。
くそっ!!こんな女神に想いを寄せられて困るとかルノさんなんて贅沢なんだ!!
この肢体を前にして動じないとか男として……どう……なんだ……。

エレーナさんの微笑みをバックに盗み見る、紹介文……ヤバい。

ネアリンガーの教会で聖職者として勤めていた。
盗賊による教会襲撃後、奴隷として売られるが主人となった者は相次いで魔物に襲われ死んでいる。
現在、月猫亭の1番の稼ぎ頭だがルノルトスが来店すると上客すら放り出す、ルノルトスについた女性をいびり倒し追い出すなど問題行動も多い。

ヤバい、ヤバい、ヤバい……この人真っ黒じゃん!!完璧病んでるじゃん!!完全闇属性だよ!!
俺とは初見なせいか、俺への評価が無くて安心だよ。絶対怖くて見られないけど見ないと不安になる奴だ!!

Lv.31
生命力:198
魔力:217
攻撃力:59
防御力:33
知力:148
素早さ:99
調理:96
清浄:120
創造:52

……レベルもヤバい。虫も殺せない様な顔してどんだけ魔物殺してんだよ。

「ねぇ、シーナさん?ルノルトス様が私をどう話していたかを、もっとゆっくりじっくり教えて欲しいわ?」

頬から顎にかけてを冷たい指にツッとなぞられ、背中にゾクゾクとした悪寒が走り体は冷えている感覚がするのに汗が吹き出した。
「どうかしら……ゆっくりベッドの中で聞かせてくれても良いのよ?」

壁際に追い詰められ、逃げ場のない俺にエレーナさんの豊満な胸が押しつけられ……魅惑の谷間と思っていたものが、男を死へ突き落とす悪魔の谷に見えて……ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「よう、エレーナ。わざわざルノの留守をついて訪問なんざ、何の用だ?」

隊長~!!今日のあんた、輝いて見えるよ!!

エレーナさんの意識が隊長に移った隙に、助けを求め駆け寄ろうとした目の前でディックさんの体が吹き飛んだ。

「ディック!!俺の許可なく誰も通すなと言っただろう!!てめぇは一から鍛え直しだ。ここはもう良い、持ち場に戻れ!!」
「す……すみませんっ!!すみません!!」

救世主は悪鬼の様な顔で静かに怒気を立ち昇らせていて……その場にヘナヘナと崩れ落ちた。漏らさなかった自分を褒めてやりたい。

「ガイトドフ様、私がどうしてもシーナさんとお話ししてみたいと無理強いしてしまったの。悪いのは私、ディック様を責めないであげて?」

やっぱりエレーナさん強い……この状態の隊長の腕にしなだれ掛かるとか俺には無理だ。

「俺にお前の色仕掛けが効かねぇのはわかってんだろ、離れろ。次はナタリアでも連れてくりゃあ茶ぐらい出してやるよ」

隊長は呆れた顔でエレーナさんの体を押し返して出口を指し示す。

「……そうね、そうさせていただくわ」

エレーナさんはクスリと一笑してから隊長の前を通り過ぎ出口へ向かった。
良かった……エレーナさんは、関わってはいけない系の人だ。

「女の一人歩きは危険だぞ?送ってやろうか?」
「護衛は外に待たせているの。結構よ」

初めて出会った女性は……トラウマ級に恋愛レベルが高すぎた。

この世界の女性の標準スペックがエレーナさんレベルだとしたら、俺のヒロインは一生現れてくれなくてもいいかもしれない……。
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