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中庭では仁王立ちした隊長が待ち構えていた。

「やっぱルノが狩り尽くして魔物がいねぇ」

そういう隊長だがレベルはしっかり60になって帰ってきた。

「おかえりなさい。怪我がなさそうで何よりです、俺はやる事あるのでじゃあ」

早々に退散しようと思ったのに、首に太い腕を回されロックされる。
その笑顔は嫌な未来しか見えない。

「お前のありがた~い昼飯のおかげでかなり調子が良くてな……お礼にお土産を持って帰ってきてやったんだ。喜べ」

そう言って隊長は掴んでいた物を持ち上げて見せつけてくる。
これがお土産?嫌がらせとしか思えない物に顔が引きつる。

「何ですか?この変な色のブヨブヨヌメヌメした物体は……」

「何ってスライムだ」

スライム!?これが!?
異世界に行ったら会いたい人気魔物でもドラゴンに次ぐ人気を獲得するかもしれないスライムだと!?
スライムといえば半透明な青い体のツルンとプルンとした愛らしい物だろう?目の前のクリーチャーは愛らしさなど微塵も無い。

「俺はこれをスライムとは認めない!!」

「お前が認めようと認めまいとスライムはスライムだ」

隊長が放り投げたべチョッと潰れたがゆっくりその体を元に戻そうと蠢いているのがまた気持ち悪い。これのどこがお礼の品だ。

「さあシーナ、殺れ」
隊長はにこやかに俺に剣を差し出した。

「はい?」

「隊長、シーナに戦闘なんて……」

うん。ルノさんもっと言ってやって。

「戦闘なんてしろもんじゃねぇだろ?こいつ等は滅多に動かないし、子どもでも倒せる。シーナがレベルを上げたがってたからわざわざ持って帰ってきてやったんだ。大丈夫だ、スライムに殺された奴なんて聞いた事ねぇよ」

「隊長……」
俺の為を思っての事だったのか……純粋な嫌がらせかと疑ってた。

「お礼は良いからサクッと殺っちまえ。スライムでもレベル2にならいけるだろ」

「……剣が持てません」

隊長の普段使いの剣だけど、重くて剣先を持ち上げられない。

「は?お前普段、鍋持ったりフライパン振ってんだろ?変わらねぇよ」

変わるよ!!だって鍋は既に俺のお手製で驚きの軽さに変わってるからね。

「ルノ……お前の剣ならいけんだろ。貸してやれ……」

ルノさんは隊長の物より小振りの短剣だから、二刀流は無理でも一本なら扱えるかも。

「俺の剣ですか?若干、癖がありますが……シーナなら大丈夫か」

「癖ですか?」

剣豪にしか分からない重心のズレとかそういった事?確かに俺にはわからない。
ルノさんから剣を預かると、ズシリと重みはある物の振れない重さではない。

「たまに話しかけてくるけど無視していれば大丈夫だよ」

思わず落としそうになったけど、ルノさんの大切な剣という事を思い出ししっかりと握り直した。
喋る剣……いや、魔剣だけでは無く聖剣だって話ぐらいするだろう。うん、大丈夫。これは聖剣、これは聖剣……。

「どうせシーナには聞こえねぇって……スライムの頭のてっぺんぼんやり光ってるのわかるか?あそこに核があるから、そこを突けば一瞬で終わる。ただ突いたらすぐに離れろよ」

どこが頭かわからないが、ぼや~とした光は見える。
俺は覚悟を決めて剣を両手で握り締めると、核を目掛けて勢いよく振り下ろした。

ボイン。

鋭い切っ先はブヨブヨの体に阻まれて押し返された。
おかしい……2度3度と繰り返すがことごとく防御される。

「隊長……話が違います」

子どもでも倒せるのではなかったのか?

「飯作る時にいつも肉を切ってんだろ?剣じゃなくて包丁にするか?」

「いや、あれは生き物斬れない様になってるんで……もうちょっと頑張ってみます」

隊長の言う通り、スライムは微動だにせずジッとしているので座り込んでスライムを突き続ける。
周りから見たら魔物退治の様相ではないかもしれないが……俺は真面目だ。

振り降ろし続ける腕が疲れてきた頃、今までジッとしていたスライムがボヨンと跳ね上がった。

「ぷわっ!?」

顔に思い切りダイブされて体が後ろへ倒れ込んだ。
反撃してくるなんて聞いてない……顔がヌルヌルして気持ち悪っ……。
袖口で顔を拭きながら体を起こすと隊長がルノさんを押し倒していた。
理解不能なんだけど……何があった。

「馬鹿が……スライム一匹の為に詰所を燃やす気か。お前は部屋へ行ってろ」

「申し訳ありません……つい頭に血が上って……」

隊長の顔をした隊長に命令をされて、ルノさんは頭を下げると階段を上って行った。

「さて……お前の過保護なお兄ちゃんは居なくなったから存分にスライムと戦って良いぞ。さっさと殺れ。詰所を大炎上させたくなければ今すぐ殺れ」

隊長、笑顔だけど目がマジだ。

先程の攻撃で俺の生命力は3分の1削られたらしく、恐ろしく酸っぱいヒール薬を飲まされて、またスライムに立ち向かった。

ーーーーーー

終わりの見えない地獄。
これは新しい拷問だと思いながら剣を振り降ろし続けている。
辺りは薄暗くなってきていて、スライムの核の明かりが見やすくなったなぁと思いながら、本日3回目のスライムの攻撃に倒れていった。

「ほれ……スライム相手にヒール薬3本も使う奴は初めてだ」

隊長からヒール薬を受け取り、酸っぱさに身を震わせた。もう少し美味しければ良いのに……。

見回りに出ていた隊員達も戻ってきて、俺とスライムの戦闘に見入っている。この警備隊では珍しく寡黙なレフさんすら口元を押さえて体を揺らしていた。

「頑張れよ、シーナ!!儂の子も初めて倒したのはスライムだったぞ!!」
「シーナ!!スライムなんかに負けるなっす!!」
「副隊長の剣がついてるんだ!!いける!!いけるぞ!!」

一部揶揄の混じった隊員達からの温かい声援を受けて俺は立ち上がった。
やれる……俺はやれる……やれるんだ!!
みんなの応援が力になると信じ、みんなの視線が見守る中、憎きスライムに剣を振り降ろした。

一瞬跳ね返されるかと思った切っ先はスライムの体を貫いて……核へと突き刺さった。

「やったっ「早く離れろっ!!」

え……?
隊長の言葉に反応する間もなく……俺はスライムの体から噴き出した体液を頭から浴びてしまった。

「「あはははははっ!!」」

ドッと笑いがわき起こる中庭の真ん中、座り込んだ俺の頭からはスライムの体液が糸を引きながら滴っている。

「あるある、あいつ等核を潰すと弾けるんだよなぁ」

「うむ。儂の子もあれをやられて泣いておったのが懐かしいな」

「……早く言って下さいよ」

「だから最初に言ったろ?すぐに離れろって……よくやったな」

差し伸べられた隊長の手に掴まり立ち上がるが、体液が重い。疲れた。

「風呂に行くか、俺もゆっくり汗を流したい」

夕飯は気にしなくて良いからゆっくり湯に浸かってこいという、隊員達の優しさに見送られながら重い体を引き摺って風呂場へ向かった。
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