ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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この世界は事故物件

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珍しくルノさんが俺よりねぼすけだ。

朝の光の中で見る整った顔立ちは悔しくて、形の良い鼻を豚鼻にしてやろうかと思う程だったが、昨夜は疲れてそうだったので、静かに寝かせてやろうとそっと布団から抜け出した。

初めの頃、近付いただけで剣を突きつけられたとは思えない程の熟睡っぷりに笑みが溢れる。
それだけ俺の事を信用してくれているんだ。

バイトの帰り道、側を通ると唸り声で威嚇してきていた猫が徐々に俺が側を通っても気にせず寝続ける様になっていた事を思い出す。

不思議な達成感に満たされながら、階段を下りると中庭で隊長が剣の素振りをしていた。
「早いな。これから朝食の支度か?」

「昨日はバタバタしていて夕飯も用意出来なかったですから、今日はしっかり仕事させていただきます」

素振りを止めて、汗を拭きながら隊長も厨房へ付いてきてくれた。
「ゆっくり寝てりゃ良かったのに、あの後も二人でひと仕事してたんじゃねぇのか?」

「隊長達と別れた後すぐに寝ましたよ。珍しくルノさんもぐっすりです」

よほど疲れたんだろう。俺が動いても気付かないぐらいだったもんな。

「つまんねぇなぁ……隊員達もみんな疲れて寝てるからゆっくりでいいぞ。出来たら声掛けてくれや」

竈の火を入れてくれると、隊長は手を振りながら出て行った。
目の下に隈が出来ていたな……昨日の見張りはオットーさんのはずだったから、解体に疲れた隊員達を寝かせて夜の見張りをかって出たんだろう。初めはこんな人が隊長で大丈夫なのかって思ってたけど、ルノさんやみんなが隊長を慕う気持ちもわかる気がするよ。

「ルノさんを無事に帰してくれてありがとうございます」
食器棚の上の神竜像にお礼を伝え、調理台と向き合った。

さてと……隊長が元気になる様に美味しい朝ご飯を作ってやろう。俺の愛情スキルを思う存分味わわせてやろうじゃないか!!
闘志に燃えながら、昨夜仕込み途中だったポルポルボルの肉を取り出した。
ラップなんてないからお皿の上に乗せてるだけだったけど、魔物の毛や血も付いてなさそうだし一緒に入れるの不安だったけど大丈夫そうだ。

あの人達に「肉料理は朝から重い」という繊細さはなさそうだし、野菜は高いから肉メインで献立を考えていこう。
一口大に切ったポルポルボルはミラペルとショガランですでに下味が付いているのでパンをすり下ろした衣をつけて多めの油で揚げていく。特権として揚げたてを一つ味見をしてみる。

うん。『パンクズ揚げ』と書いていたが、普通にカツだな。素直にパン粉と名乗れ。

これってもしかして、間にホエルメルを挟んでみても美味しいんじゃないかな?
ホエルメルは伸びないけどチーズみたいな味だしレシピは教えてくれないが、多少アレンジしたって構わないだろう。

狐よりも濃い目の色だが、こんがり揚ったホエルメル入りの物を少し不安になりながらも期待しながら一口齧った。

「あ~やっぱ美味いわ。伸びないのが残念だけど味は期待通り!!」

こうしてレシピに頼らずちょい足し出来るのって日々の経験の賜物だよなぁ。これはスーパー家政夫と呼ばれ、レシピ本いっぱい出して、この国の台所を牛耳る日も近いね。

調子に乗ってカドガドを挟んでみたりしているうちに、大量のロシアンポルポルボルパンクズ揚げが出来上がった。
美味ければ名前なんて気にしない人達だから大皿に乗せて出しておけば良いだろう。

ポルポルボルを煮込んだスープと、レシピなどなくても作れるポルポルボル卵の目玉焼き。
そこに大量に作っておいたパンを添えれば……今朝はポルポルボルのフルコースだな。

まだ食堂には誰も姿を現さず、まずは隊長に声を掛けようと中庭への扉を開けた。

「ふんっ!!ふんっ!!」と鼻息荒く素振りを続ける隊長から飛び散る汗が、朝日を浴びてキラキラ輝いていた。
朝食の前にぜひお風呂に入る様にお願いしよう。
「もう飯か?」
「皆さんまだ起きてないようですが、準備はできましたよ」

普段は1mほどの細身の物を帯剣しているのに、今日はルノさんと手合わせしていた時に使っていた大剣だ。
俺よりも大きな剣を地面について立つ姿はまるでゲームの主人公。

現実で考えてこんな大きな剣なんて、まず振れないし、振れたところで動作が遅くなり格好の的だと思う。

でも……リアルがどうとかなんて、どうでも良いほどビジュアル的には最高。

「興味があるのか?」
「もちろん!!大抵の男は興味があるでしょう!!」
飾りっ気こそない無骨な剣だけど、大剣は男のロマンでしょう!!
俺が大剣に見入っていたのに気付き隊長は剣先は地に付けたまま柄をこちらへ向けてきた。
「持ってみるか?」

「良いんですか!?」
剣は剣士の魂だとか触るのはNGだと思っていたけど隊長は他人が触れることにもこだわりが無いみたいだ。

振れる振れないの問題じゃなく持てるなら当然持ってみたい。
刃の部分だけで俺の身長を超すその剣の柄は頭上にある。
持つと言うよりも、両手を伸ばして倒れてくるのを支えると言うのが正しい表現だろうが情けなさなんて気にならないぐらい興奮していた。

「良いか?離すぞ?」
「はい!!……わっ!!」
隊長が手を離した瞬間にのしかかる重さに何の支えにもならず、尻餅を付いて剣に押しつぶされそうになったが隊長が剣を支えてくれた。
「どうだ、感想は?」
「感動です……」
手に……体中に残る重量の感覚、こんな物を自由に持ち上げる隊長の強さを改めて感じた。

「まあ、俺は魔力を攻撃魔法じゃなく肉体強化に使ってるからな。普通の人間は振ったら腱をやられるかもなぁ……汗流したら食堂に向かうから用意しといてくれ」

ここでも魔力が出てくるのか。
振るう以前に持ち上げられないし俺には全く関係ないや。

食堂に戻り、隊長の分の配膳しちゃおうと体を反転させるとルノさんが階段を降りてくるのが見えた。

「あっと……おはよう……」
「おはようございます。隊長の朝食今からなのでルノさんも一緒に食べましょう?」
中庭奥の隊員達の部屋からはまだ大きなイビキが聞こえてくるし、俺も一緒に食べちゃおう。

「シーナが元気そうで良かった」

うっ……朝から満面の笑顔だ。
隊長も汗がキラキラしてたけど、ルノさんは朝から無駄にキラキラしてるな。
闇堕ちルートの可能性を持ってるとは到底思えないキラキラだ。
「ルノさんも朝から絶好調そうですね」

「そう?シーナのおかげでスッキリとはしてるかな?久々に夢も見ずに寝られたよ」

「俺が起きても全然気がついて無かったですもんね、珍しいもの見れました」

豚鼻にして起こさなくて良かったよ。

「うん、目が覚めてシーナがいなかったから驚いた……でも元気におはようって言ってもらえて安心したよ」

「はははっルノさんは心配性過ぎですって、ルノさん以外に行くとこないの知ってるくせに」

厨房に戻ると、大皿から3人分……いや隊長はいっぱい食べるだろうから、5人分のポルポルボルのフルコースを取り分け、ルノさんに食堂のテーブルへ運んでもらっていると隊長もタイミング良く入ってきた。

ーーーーーー

大人数で食べる時はなんとなく席が決まっているけど、今は3人なので固まって食べた。

「携帯食ですか?」
「携帯食ってほどちゃんとしてなくても、パンだけでも良いから用意してもらえるか?」

隊長からお昼は外で食べるからと弁当の注文をいただいた。

「お弁当持ってどちらまで?」

まさか昨日の今日で楽しくピクニックってことはないだろう。いくら何事もなかったとはいえ呑気すぎる。

赤い頭巾をかぶって、バスケット持って、森のおばあちゃん家だろうか?
狼さんには気をつけて欲しい。むしろ狼を食べてしまうか。

「よく分からんが、お前の言葉は毎回どこか俺を馬鹿にしてくるよな?魔物狩りだ。街の周辺はルノが狩っちまったから遠出になりそうだから外で簡単に食べれる物を用意してくれって言ってんだよ……お、ホエルメルか!!これ旨いな!!これも入れろ」

「はいはい……周辺に魔物がいないなら平和で良いじゃないですか。なんでわざわざ……」
また魔物を狩ってくるってことは、また俺の収納鞄に押し付ける気だな。

「昨日のでルノのレベルが上がってた。隊長として部下に抜かされる訳にはいかんだろ?」

「俺なんてまだまだ隊長の足元にも及びませんよ」

ただの対抗心かと思ったけど、ルノさんを止めるのは自分の役目みたいな事を言ってたのを思い出した。
本当にこの人は……。

「わかりました。出先で元気が出るようにこの腕を思う存分、振るわせていただきます」

「そりゃ楽しみだ。そうだ、俺の留守中、時間があれば部屋を片付けといてくれるか?ルノの部屋、居心地が良かったな」

「ええ、シーナのおかげでゆっくり寛げてます」

そこまで手放しで褒められちゃうと……なんでもやってあげたくなっちゃうな!!乗せるのが上手い!!

「見られたらまずい物と捨てたら駄目な物だけ、どかしておいてくれれば良いですよ。帰ってきたらびっくりするぐらい綺麗にしておきますね」

俺って雑巾の申し子だし、そんなに時間かからないだろうから、持ち上げられついでに隊員達の部屋も全部お掃除しちゃう?

「そりゃあ良いな。魔力回復するのに必要なのは分かってるんだが、自分の部屋でぐらい魔力から切り離されて気を休めたいよな」

「魔力から切り離されるって?」
部屋の灯りつけるのに魔力使ってるし、文字を書くのだって、手を洗うのだって、何をするにしたって魔力を使ってて、魔力離れした生活なんて全くできてないよね?

「ルノの部屋と隊員達の部屋の違いを見れば……一目瞭然だろう?」

「脱いだ服とか食べた物のゴミとか片付けるのに時間が取られそうですよね」

汚れた壁や、床は雑巾で一発だけど、不用品ばかりは手作業で運び出すことになる。

「シーナ、そうじゃなくて……もしかして君には見えてない?」
「俺にはって……もしかしてあの部屋出る……とかですか?」
この世界も幽霊いるの!?
口の中で咀嚼していたまだまだ大きめのカツをゴクンと無理やり飲み込んだ。
「魔物の死体の側に居ても何も感じてねぇとは思ってたが……見えてもねぇのか」

魔物の幽霊とは……魔物自体が怖いから、魔物が怖いのか幽霊が怖いのか分からなくなるな。

「ルノさん……」
幽霊出る部屋の掃除を一人でなんて出来ない。ルノさん一緒にいてくれないかな?

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ……そうか、街で瘴気に変化しかけている魔力の渦の中へも楽しそうに飛び込んでいくなと思ったら……見えてなかったのか」

……隊長もルノさんも人の顔を見てため息をつくのはやめて欲しいなぁ。
何度目だろこの構図……芸人さんのネタならとっくに飽きられてるよ?
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