上 下
29 / 87

抵抗は虚しく終わる

しおりを挟む
「やめて下さいっ!!そんな無理やり押し込まないでっ!!ああ、そんなにしちゃ駄目ですって!!壊れちゃうから!!」
どれだけ抵抗しても、逞しい隊長の腕を俺の力で止める事なんてできるわけも無い。

「やだっ!!隊長、もう止めてってば!!本当に壊れちゃうよ!!」

「煩いっ!!俺のだってもういっぱいいっぱいなんだ!!無理やりが嫌なら、諦めて自分でやれ!!」

情けなく縋り付きまくって、やっと隊長は魔物の地面に下ろしてくれた。

「ルノさんに買ってもらった大事な収納鞄なんですから、無理しないでくださいよ!!」

「お前が死体なんて入れたくねぇってわがまま言うからだろうが」

大量の魔物の死体。
やはり解体はかなり時間がかかるそうだ。

しかし魔物の死体を長時間放置しておくと、それだけで瘴気が発生するらしく、解体しきれない分は収納箱にしまう事になったが、隊員達の収納箱を使っても入りきれなかったので、俺の収納鞄が目をつけられたと言うわけだ。

「うう……食べ物も入ってるのに、死体を一緒に入れるとかありえないよぅ……」

中で食べ物と死体がくっついたりしないよね?俺の収納鞄の中で生き返ったりしないよね?大丈夫だよね?

隊長が勝手に無理やり押し込もうとしたけど、俺の収納鞄は鍵付きなので隊長に入れる事はできなくて、危うく力技で破壊されるところだった。
仕方なく、他の隊員達は隊長の指示でお風呂へ行っているので、堂々と泣く泣く魔物を収納していく。

「お前のそれの容量とかどうなってんだ?」

「一応無制限、時間経過なしになってます……」

俺の収納鞄の中身のNEWマーク、大量の魔物の死体とルノさんの服とパンツ……カオスだよ。

「そうか!!なら暫く預けてても平気だな!!他の奴らの収納箱は容量少ねぇわ、多少腐敗が進みにくくなる程度だからな。最高の収納鞄を持つお前が、超鈍感で本当に助かるわ。流石にこの量の魔物を領主に報告するのは気が重ぇと思ってたんだ」

いや、なるべく早く……可及的速やかに、最優先で引き取りに来ていただきたい。

表面についた魔物の血を雑巾で拭いているとルノさんが食堂から出てきた。

「ルノさん!!聞いて下さいよ!!隊長すっごいひどいんですよ!!横暴なんです!!」
駆け寄るとルノさんはちょっと驚いた顔をした。

「ぴよぴよぴよぴよウルセェなぁ。お前だって魔物放置してまた魔物が生まれんの嫌だろ?」
「ほら、こうして脅してくるんですよ。嫌だって言ったら無理やり入れようとするし……「ありがとう」
ふわりと空気が揺れて、ギュッとルノさんに抱きしめられた。

「ありがとう、シーナ」
「へ?どういたしまして?」

夜食か、魔物を引き受けた事か、タイミングが独特過ぎてどっちに対してか分からなかったけど、お礼を言われたと言うことは、俺は何かルノさんの役に立てた様だ。

「お前は本当にいい加減だな。何がどういたしましてなんだよ。ルノ、こいつわかってねぇぞ」
「いい加減って、それ隊長に1番言われたく無いですよ。俺はいい加減じゃなくて程良い加減の距離感と人間関係を心掛けてるんです」

「そうだね。シーナの側はとても居心地が良いよ」
俺を抱きしめるルノさんの腕の力が強まって、密着度が上がり頬と頬が触れる。

あの……ルノさん?これは流石に近すぎやしませんかね?は……ははっ……ルノさんってば甘えん坊だなぁ……魔物を狩り尽くしてきた男と同一人物だと誰が思うだろうね。

俺も同じ物を使ってるけど、石鹸の香りにドキドキするんですけど!?
ルノさん、隊長に見られちゃってますよ!?良いんですか!?魔性ですか!?

「程良い加減の距離感ねぇ……シーナのおかげで魔物も片付いたし、俺も風呂行ってくるわ、じゃ~な」
隊長はにやけた口元のまま、首をゴキゴキ鳴らしながらお風呂へ向かって行った。

「俺たちももう寝ましょう。結構限界です」
ルノさんの腕から逃げ出すとわざとらしく大きなあくびをして一緒に部屋へ戻った。

一緒に戻ったよ……同室だからね。
同室だけど……どうして同じベッドで寝る事になると思うだろうか?

部屋に戻って、俺がソファーで寝ようとしたらルノさんから「一緒に寝て欲しい」ってお願いをされた。
俺の服を掴む指先を震わせながら遠慮がちに言われたら駄目なんて言えるわけなく、狭いベッドに男二人で寝ている。

これが綺麗なお姉さんなら眠れなくなるところだが、相手はもう慣れたもんのルノさんだ。
目を閉じようとする目蓋の動きに逆らう事なく眠りの世界へ……。

「シーナ……気分は悪く無い?」
「……すこぶる眠いです」
眠りへ落ちかけていた所をいきなり掬い上げられたが、またずぶずぶと沈んでいく。

「聞いてくれていなくても構わない、明日には忘れてくれても良い……シーナに知って欲しいけど、知らないでいて欲しいなんて……わがままだよね」
まるで子守唄の様なルノさんの声、近いな。

「昔から……咀嚼音がいつも耳から離れないんだ。その音がだんだん大きくなって頭の中を埋め尽くすと、魔物を殺さなければいけない、と言う気持ちに急かされて他の事は何も考えられなくなるんだ」

咀嚼音……24時間耳元でクチャクチャやられたら俺も気が狂うわ。
しかし、答えるのも億劫で曖昧に身動ぎで返した。
頭がルノさんらしきものにぶつかる。やっぱり狭いな。

「俺は魔力に手綱を握られている様なもの、一歩でも足を踏み外せば魔物になってしまうだろうといつも気を張っていた。俺が側にいる事で周りの人間の魔力にまで影響が出るから、人と距離を取る様にしていた」

そういえば食堂でもいつもみんなから少し離れて座ってたなぁとぼんやりした感想。

でも俺との距離めっちゃ近い……もしかして俺は人ではなく……神なのかもしれないって、んなわけあるかとセルフツッコミしている間にもルノさんはずっと一人、寝物語の様に語り続けている。

聞いていなくても構わないと言われたので聞くともなしに聞いている。

「あの日、レッドヘッドベアに襲われていたシーナを抱き起こした時、咀嚼音が聞こえなくなった。俺は……今度こそ守る事ができたんだと、心が軽くなったのがわかった。シーナは俺の恩人……なのに……シーナの『鑑定』で俺の過去を知られていると思ったら怖くなった。何をどこまで知られているのか、シーナは俺から離れていくんじゃ無いかと思うと……あの咀嚼音が再び鳴り始めた」

体が揺れてぼんやり目を開けた。

「シーナは既に知っていても側に居てくれたのに、そんな事もわからなくなってた……でももう間違えない。だから……君を守らせて……俺を救ってくれ、シーナ」

ルノさんに抱きつかれてる……ルノさん、泣いてる?

「大丈夫……怖くない、怖くない。寝よ?ぐっすり寝れば怖い夢も見なくなるってさ……」

小さい頃の記憶すごいな。
あえて思い出す事でもない、そんな大昔に母親に宥められながら添い寝してもらった時の記憶が急に蘇った。

怖い夢を見たせいでぐっすり眠れなかったんだけどね……そう思いながらも、ただ母親の存在を感じるだけで全てが大丈夫という心強さがあった。
母親がしてくれた様に、おでこを合わせて後頭部を撫でてやった。

さぁ、もう寝よう……完全に五感は閉ざされて、今度こそ眠りの渦をグルグル回りながら飲み込まれて行った。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...