ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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魔力はよめないが空気はよめる

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マルトリノさんの店で買った物はルノさんの収納箱に入っているので、地下室に残っている物達を使って料理していると、何やら外がざわざわと騒がしい。

何かあったのかと、料理する手を止め中庭に向かおうとしたらディックさんが飛び込んできた。
「副隊長が帰ってきたっす!!」

やっと家出青年のご帰宅か、心配させられた文句の一つでも言ってやろうとディックさんの後を追って中庭へ飛び出した。

「うぎゃぁぁぁぁっ!!」

「……シーナ?まだ起きていたのか」

山と積まれた魔物の死体の山の前に立つルノさんは、頭から血を被り、青い髪も赤く染まっていた。
顔も手も血まみれの中、お手製にした服だけが強力な撥水加工でもされたかのように、新品同様の異様な美しさを保っていた。
失敗だ、このお手製は!!
汚れない事はいい事だと思ったけど異様な事になってる。

ルノさんは俺に気付いて近づいてこようとしたその足を止めた。
当然だ、その姿でいつもの様に抱きつかれでもしたら流石に引くわ。

「恥ずかしい姿を見せてしまってごめん……」

恥ずかしい姿?そんな恥じらうポーズしても今のルノさんの姿は恥ずかしいの一言で片付けられるもんじゃないからな!!

「いいから!!怪我してないなら早くお風呂行ってください!!着替えはすぐに持っていきますから!!」

戸惑うルノさんの背中を押してお風呂へ押し込んだ。

「そのまま湯船に浸からないで、ちゃんと洗ってからにしてくださいよ!!」

締めた扉に背中を預けて大きく息を吐き出した。
ビックリし過ぎていろいろ言ってやりたかったのに何もかも吹っ飛んじゃったよ……。

「ルノはちゃんと帰ってくるって言っただろ?」

そう言いながらも隊長だってホッとした顔してんじゃん。
近付いてきた隊長の表情に、いろんな事がどうでも良くなった。無事に帰ってきてくれた……それだけで良いか。

「この量……徹夜仕事だよなぁ」
「うわ、ユノレックスまでいる。これ一人で狩るとかあり得ねぇな」

どれがユノレックスか分からないが、魔物の死体を見分しながらぶつぶつと思いも思いに不満を吐き出すが、どこか嬉しそうで、みんな『大丈夫』って言いながら心の中ですごく心配してたんだ。

ここにいても役には立たないだろうから、ルノさんの着替えを取りに部屋へ行って戻ってくると隊長に呼び止められた。

基準は分からないが一つの山だった魔物の死体は幾つかの山に分けられている。

「シーナ、この魔物の山を見て……どうだ?」

お?いつの間にか小僧から名前を呼んでもらえるまでに格上げされてるな。
少しづつ隊長の中で俺への信頼度が上がっていく事にご機嫌だが最悪の気分で魔物の山を見上げた。

「これを一人で倒すなんてルノさんはやっぱり凄いなぁって思います」

これがもし異世界譚ならもうルノさんが勇者で決定だよね。闇堕ちフラグも持ってるみたいだけど。

「それだけか?」
「それだけって……死体気持ち悪い」

これ以上の感想を求められても魔物専門家じゃないから何も出てこない。この死体を見て『美味しそう』と感想を言えるほどの料理マスターにはなってないからな。

「ああ、もういいわ。ルノに魔物の処理は気にしなくていいからのんびり夜食でも食ってろと言っといてくれや」

どうやら隊長の求める答えを言い当てる事はできなかった様で、後ろ手に手を振りながら隊長は魔物の山へ向かって行った。

「何が言いたかったんだろう……」

考えてみようと魔物の山を見上げたが、その目と目が合った気がして身震いしながらお風呂場へ飛び込んだ。

ルノさんはまだ上がってないみたいで、脱衣所に姿は無かった。
床に残る血の後を雑巾で拭き取って、ルノさんの脱いだ服を畳もうと持ち上げて確認するが、破れた箇所はなさそうだ。

あれだけの魔物を相手にして無傷だったと言うわけか……魔物にならなくても化け物じゃん。
本当にルノさんが魔物にならなくて良かった。ただでさえ化け物じみた人が魔物になんてなったらこの世界全滅しちゃうんじゃないか?

「シーナ?」
うん、タイミング悪くルノさん出てきたね。俺の間の悪さは『鑑定様』の折り紙付きだ。
ルノさんの目に映ったのは、きっと脱いだ服を漁る変態だね。

「汚れては無さそうだけど洗濯しちゃいますね。今日は遅いからまた明日ですね!!」

はぐらかす様な言い訳をしながらルノさんの脱いだ物を収納鞄に詰め込んだ。

「着替えはその籠、隊長が魔物の処理は良いから夜食でも食べてろって言ってました。俺は先に行って用意してるから食堂へ来てくださいね!!」

ルノさんに喋らせる隙を与える前に伝える事を伝えて脱衣所を飛び出した。

ーーーーーー

「いただきます」
あれだけ魔物と戦って、流石に疲れたのか覇気のない声で『いただきます』を言うと、ルノさんは静かにスープを飲み始めた。

沈黙が辛いがここでじゃあさよならと言って部屋に戻ったところで、同室だしまた気まずくなると思い、ルノさんの向かいの席に腰を下ろした。
「シーナ……あの「いっぱい心配したんですからね」

「ごめん」

「隊長も、ベルンさんも……みんな心配してたんですよ。俺は……魔力高い人には起こる事だって言われてもそんなの全然わからないし、いきなりルノさんと隊長が喧嘩始めて、止めに入ったら瀕死にされて、意識戻ったらルノさん居なくなってるし……もう!!全然話について行けない!!」

テーブルにダンッと両拳を叩きつけた。
僅かにお皿が浮いたが……俺の手が重傷だ。虚弱すぎる。

「君は……俺と居て平気なのか?」
伏せた目は苦しそうに見える。
もしかして俺がトリガー?俺が側にいるとまずいのかな?
「俺、居ない方がいいですか?」

また再発されても困るし、側にいない方がいいなら部屋も移動する事を考えないと……隊員達の部屋は……却下。安眠は約束されないが隊長にお願いしようか?

「違う。シーナは……俺と居て平気なのか?」
「?何でですか?今までずっと同室で過ごしてたじゃないですか」

嫌なら早々に隊員達の部屋を最優先で掃除するなり自分の居場所確保に動くよね?

「シーナが大丈夫って言ってくれるなら、それだけで大丈夫な気がするよ」

顔は伏せられたままだけど、その口元は僅かに微笑んでいた。

「隊長にルノさんが魔物になるかもって言われて怖かったんですからね……どうしてそんな事になるのかも教えて下さいよ。俺には知る権利があると思います」

これから先もご厄介になる予定だ。その為にも魔力が高いとどうなるのか、どうしたらいいのか詳しく教えていただこうと思ったら隊長が入ってきた。

「ちゃんと食ってるか?」
俺の隣に座った隊長からは血生臭い匂いがする。隊長の体はところどころ血で汚れていた。

「隊長……ルノさんは食事中なんだからそんな格好で来ないでくださいよ」
「硬いこと言うなって」

「隊長、ご迷惑をお掛けしました」
隊長から距離を取ろうと体をずらしていると、ルノさんは立ち上がり頭を下げた。綺麗な90度だ。

「ああ、あの量の解体は流石に骨が折れるな……人に被害が出なくて良かった」

隊長は下げられたルノさんの背中を叩いた。その表情は慈愛に満ちている。

人に被害なしって……あなた殺されかけて、勝手に飛び込んで不可抗力とはいえ俺も瀕死でしたけど?

まあ俺も「冷たい」と感じた後、眠くなっただけであの瀕死状態音がなければ自分が瀕死って気づかなかったし、赤毛モヒカンの熊野郎に齧られた時に比べて死への恐怖がなかったから殺されかけたって騒ぐ程の意識は感じないんだけどさ。

「俺はシーナを……俺はいつか人間を殺め、魔物となってしまうかもしれません。そうなる前に……」

「そうなる前になんだ?人を殺したい衝動に駆られたらまず俺を倒してからだと約束しただろう。お前が人を殺す未来は永遠にこねぇよ。その為に俺がいるんだろ?」

「隊長……」

穏やかな微笑みでルノさんを見上げる隊長と、涙に潤んだ瞳で隊長を見下ろすルノさん。

んん?……これは……これはもしかしてそう言うことですか!?

目の前に流れる空気を読んで思い当たった答えに顔が赤くなる。
いくら月猫亭があると言っても、ルノさん綺麗だし、男所帯だし……戦闘すると気が昂るって設定あるよな。
ルノさんも隊長に対してだけは接し方が違うなぁとは思っていたけど……なるほど、なるほど……なるほどな!!

これはすごく、俺お邪魔じゃないか。

居心地悪く、体がモジモジと動いてしまう。あとは大人な二人に任せて……と、こそこそ食堂を出て行こうとしたら後ろから首根っこを掴まれた。
俺の首を掴むごつい手、その気になれば簡単に折られてしまうだろう。

「どこへいく気だ?なんかすっげぇムカつく想像をされた気がするんだが、気のせいかなぁ~?」

今の隊長に効果音をつけるならゴゴゴゴゴッ……だろうか?
今の方が死の恐怖を感じる。

「いや、なんかすごい良い雰囲気?て言うのか……いい感じだったからお邪魔かなぁ~って……」

「気持ち悪ぃ気を遣うなマセガキが!!そうだ!!俺はお前に用があったんだ、ついて来い!!ルノ、お前はゆっくり頭を休めてろ」

首を掴まれたまま、俺は中庭へ引きずり出された。
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