ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

文字の大きさ
上 下
27 / 87

ヤンデレ魔法使いは家出中

しおりを挟む
 ……ん?



 ……なんか……まぶしいな。



 ……手術室? いや、手術室によくある照明の形じゃないな。ちっちゃい豆電球が天井に5つほど着いているだけだ。



 なんで手術室を思い浮かべたんだ?

 ああ、そうか。

 俺、手足を拘束されているわ、手錠で。

 拘束されている部分は……手足だけか。なら首は動かせるな。

 顔を右に傾けてみると、人の肌のような服が壁に掛けられている……いや、





 あれは皮だ。人間の皮を剥いだものだ。





「まったく……運ぶのに手こずらせましたな。おかげで腰を痛めると思いましたよ」
 顔を上に戻してみると、サングラスをかけたガソリンスタンドの店長が、外科医よろしく俺の顔をのぞいていた。
「まあな、こんな体形だが、贅肉ぜいにくはほぼないんだぜ?」
「ほお、この状況になってもそんな事が言えるのですな」
「おあいにくさま。職業柄、こういうことはなれているからな」
「そうですか……でも、何度経験してもなれないものが……アリマスヨネ?」
 突然、店長の声の質がおかしくなった。その声に、俺は全身に鳥肌が立ったのを感じる。

 そういえば、俺たちが向っていた町では若い男女が失踪している事件が起きていた。そして、町での変異体の目撃証言……もしも、先ほどの皮が失踪した若者だったとすると……



 店長は、黒サングラスを外す。



 赤く濁った目が、俺を見つめていた。



「あ……ああああああ……」
 情けない声が、自然とでる。



 普通じゃない、赤目玉を見るたびに、



 体が震え上がる。

 神経が張り詰める。

 心拍数が跳ね上がる。



「突然変異症ニヨッテ変化シタ部分ヲ普通ノ人間ガ見ルト、恐怖ノ感情ヲ呼ビ起コス……理屈抜キデネ……」
 怖い、怖い、怖い、理屈なんてない。
「アナタノヨウナ、皮ガ多イ人ハ助カルンデスヨ。人カライダ皮ハ破レヤスイモンデネエ……女性ノ皮ナドハ破レタ部分ヲ直ス時ニ取ッテイルンデスヨ」
 店主は右腕の包帯をとる。

 そこには傷口のような穴が開いており、そこからピーラーの形をした肉が突起物のようにでてくる。

「ああああ……あああああああああ……!!」
「コイツハ奇麗ニ肌ヲ剥イデクレルンデスヨ。コイツヲ使イコナスノニ……コノ奇妙ナ声デ普通ノ声ヲ出セルヨウニスルノニ……ズイブン時間ガカカッタンデスヨ」
 店長は……こちらの耳元に……顔を近づけた。

「安心シテクダサイ。コノ突起物ガアナタノ皮ヲ奇麗ニ剥ギマスカラ。一瞬デネ」





 ピシュン





 左から、何かが飛んでくる。

 弾丸……?

 次に、右から何かが飛んでくる。

 服の破片……肌……そして黒い液体。



「財布を忘れてきたから戻ってきてみたらあ……大森さん、だいじょうぶですかあ?」



 左に顔を傾けると、晴海先輩の姿があった。
 出入り口と思われる扉の前で、変異体用マグナムハンドガンを構えている。
「ウ……ウアア……」
 店長のうめき声が聞こえてくる。
「ザック、車に忘れていましたよお? ここに置いておきますからねえ」
 晴海先輩は足元に俺のリュックサックを置くと、店長に銃口を向けながら歩いてきた。
「アンタ……警察……!?」
「旅する変異体ハンター……ですよう」
 晴海先輩は、マグナム弾で俺の左腕と左足の手錠を破壊する。ぜいたくな使い方だ。
「……邪魔ヲ……スルナアアアアアアアアアアアアア!!!」
 左に頭を倒していた俺の前に、店主が現れた。俺を飛び越してきたんだろう。ヤツの変化した部分を見ないように、俺は反対側を見た。
 次に、晴海先輩が床に着地をする。店長をかわし、拘束台を飛んでまたいだのか。
 右腕と右足も自由になる。俺はすぐに腹筋を使い、前にでんぐり返し。拘束台から降りるとすぐに立ち上がり、リュックザックに向って走る。
 晴海先輩と店主の方は見ないように。

 リュックサックの中から、ゴーグルを取り出す。
 晴海先輩のような耐性を持っている人を除いて、普通の人間が突然変異症で変化した部位を見ると、恐怖の感情を呼び起こしてしまう。このゴーグルはそれを防ぐことができる。

 ゴーグルを装着して顔を上げると、拘束台の前に立つふたりが見える。赤い右肩をあらわにした店長に向って、晴海先輩は引き金を引く。
 特注のサイレンサーによる無音の弾丸が飛ぶ。
 放たれた弾丸をかわしながら、店長は自らの頬をかきむしった。



 衣服を脱ぎ捨て、肌をも切り裂く。物理的な意味で人間の皮を被った変異体は、自ら皮を剥ぐ。

 その中身は、皮のない人間のように赤い肌を見せていた。ピーラーのような突起物が、体のあちこちから生えてくる。



 晴海先輩は再び発砲する。
 店長だったピーラーの変異体は体を丸めて飛び上がる。銃弾は命中したはずなのに、まるで切断されたかのように火花が散る。
「……っ!!」
 かわそうとした晴海先輩が仰向けに転倒する。
 変異体は壁を蹴り、晴海先輩の真上へと飛び上がる。
「ソノ皮ヲ……ヨコセエエエエ!!!」
 体を回転させ、変異体は晴海先輩へと迫ってくる。

「させるかよっ!!」

 俺はリュックザックの中にあった発煙筒を投げた。既に火はついている。

 発煙筒は煙をあげて晴海先輩の足元に転がる。
 その隣に、変異体が落ちた。目に煙が入ったのだろう。

 グシャ

 俺の足元に、赤い足が転がってきた。膝にはマグナム弾が埋まっている。
「大森さん! 頼みますよう!」
「わかっていますよ!」

 俺はリュックサックから巨大なクラッカーを持ちだし、煙で見えなくなる前にヒモを引っ張る。

 ダイヤモンドの刃でも切れることのない糸で作られた網が、変異体を包み込んだ。





 変異体を捕獲した後、俺は部屋から出て飲食スペースに訪れた。
 どうやらガソリンスタンドの店内の余ったスペースに、あんな部屋を作ったみたいだな。

「はい……後はよろしくお願いします」
 スマホで付近の町の警察への通報を終えて終えて、俺は電話を切った。これで依頼だった事件が1時間もかからずに解決してしまったわけだ。
「通報、終わったあ?」
 例の部屋に続く扉が開き、晴海先輩が表れる。
「はい、先輩は処理を終えたんですか?」
「ううん、もともと警察からの依頼だっからあ、麻酔で眠らせたあ。わざわざ自分から処理する必要、ないでしょお?」
「判断は警察に任せるっていうことですね」
「そういうことお」
 晴海先輩はひと仕事終えたように窓に向って背伸びをした後、俺の方を見つめた。
「あの人、人間だったころが恋しくて、人間の皮を身にまとっていたんだってえ」
「そんなことを言ってたんですか?」
「うん、正体なんて最初からわかってたんだろって捨て台詞と一緒にねえ」
「……実際、わかってました?」
「ううん、全然」
「そうなんですか……てっきり最初からわかっていたかと……」
「ぶっ」
 突然、晴海先輩が吹き出した。
「何かおかしいこと、言いました?」

「そんなの、偶然に決まっているよお。仕事で見慣れている肉を食べることができない、ベジタリアンなあたしは野菜がないと食欲が落ちるんだからあ」
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

処理中です...