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勉強熱心

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文字酔いも大分良くなって来たのでマルトリノさんに別れを告げて店を出ると、次は洋服屋へやって来た。

新品は扱っていないけれど、最初に見た露店の物よりは綺麗に使われていて、洗い替え様に何着か見繕い、サイズの合っていなかった靴もぴったりの物が買えた。
結構買ったけど全部合わせても銅貨3枚か、もっと買えるな……。

「それは買いませんよ、ルノさん……」

籠の中にそっと服を忍ばせようとしていたルノさんの肩が跳ねて手に持っていた物を背中に隠した。

問い詰めなくても分かる。ずっとルノさんが俺に勧めていた服だろう。
袖が大きなフリルになっていて蝶ネクタイの付いたブラウスと黒いハーフパンツだ。何処のご貴族の坊っちゃんだよ。

「俺は警備隊の料理番なんですからね!!動きやすさ第一!!そんな袖で料理していたら燃え移ってしまいますよ」

「そうか……それは困るね」

シュンとして服を元の場所に戻す後ろ姿が可愛すぎる。しっかりしてるのに時々抜けてるところがモテる秘訣か?

「ルノさんは強くて優しくて頼りになるアニキ……兄さんみたいなのに時々子供っぽくなりますよね」

「兄さん……みたい?」

「ええ、俺がもう少し戦いに向いてれば舎弟にしてくださいってお願いしたいところです」

戦闘のセンスっていうか戦闘力皆無だから舎弟になるのは無理だけどね。俺に出来る唯一の家事力はルノさんが壊滅的だから弟子にもなれない。

他に何か無いかと店の中を見回していると隅っこに裁縫道具が置かれていた。
よく見ると針は少し錆びているし、糸も残り少ないが……鑑定して『お手製可』の文字を見ちゃったんだよね。

服はお手製にして強度を上げられるからあまり使う事は無いかも知れないけど、布製品でまだお手製出来ない物もある。

自分で作ればまだ見つけられていない鍋つかみとか作れちゃうかも。
スキルで料理を作ると言っても火を扱うし熱いんだよね。何度か火傷しそうになったもんな。

裁縫道具の値段は銅貨1枚。
服の値段と比較すると意外と高いか?

隊長とルノさんのおかげでお金は十分足りてるし、次いつ来れるかも分からないから……うん、出会いは大切にしないと。
裁縫道具も籠に入れて、会計に進んだ。

「全て併せて銅貨4枚です」
収納鞄から銀貨1枚を取り出してお店の人に渡そうとしたら、先にルノさんが出してしまった。
「何してるんですか、ルノさん」

「いや、子どもに払わせるわけにいかないだろう?」

「駄目です!!これはみんなの食事とか関係ない俺の物なんですから、俺が払います」

ルノさんの出したお金を回収して自分の銀貨を出した。

「でも今は貯めておいた方が……」

返却しようとしたお金をルノさんは受け取ろうとしない。お金が大切なのはわかるけど、そこはちゃんとしておきたいんだよね。
今の俺の状態だと、ルノさんに飼われてるみたいだ。

「お金の使い方を覚えるのも大切な勉強ですよね。俺がこの先自分の所持金額も考えずに散財する様になったらそれこそ大変でしょう?」

「そっ!!それは駄目だ!!奴隷に落ちてしまう!!」

勢い良く肩を掴まれ……ルノさん目がかなりガチな目をしてる。奴隷とか、そこまで重く言ったつもりないんだけど……ちょっと背筋が凍っちゃったよ。

とりあえずここはちゃんと俺が代金を支払い店を出た。

「…………」
「………………」

ルノさんは喋らない、俺も何を話しかけていいか分からずに話しかけられずにいる。
隣に立つルノさんの眉間にはまだ深い皺が刻まれていて、まさかそこまで深刻な顔をされるとは思わなかった。

このままっていうのもしんどいな……。

「ルノさん……っ!?」

頭には何も思いつかなかったけど、とにかく何か話しかけようと名前を呼び掛けた時、ゾクリと悪寒が走った。
凄く嫌な感じ……悪意の籠もった視線を感じ、発信元を探そうと周囲を見回していると、後頭部を押さえられ、ルノさんの胸に押し当てられた。速い鼓動、緊張感が伝わってくる。

どれ位そうしていたのか、押し付けられる腕にこもる力が強くなって……息苦しさにルノさんの背中を叩いた。
「……ぷはっ!!」
「ごめん!!シーナ」

あ~空気が美味い。

「もう……居なくなったみたいだな」
ルノさんの表情から緊張も抜けて、俺も感じた嫌な気配は無くなった。何だったんだろう?

「俺、誰かの恨みをかうような事したかな?」

初めてこの世界で外に出たし、恨まれる様な事まだしてないと思うんだけどなぁ。

「いや……恨みを持った人……というより、あの気配は……だがしかし……」
もう過ぎ去ったし大丈夫じゃ無いかと思うけど、ルノさんはまだ悩んでいるので静かにその様子を観察していたが……グウゥゥゥ。

響くお腹の音に慌ててお腹を押さえたがもう遅かった。
難しい顔は何処へやら、ルノさんはクスクスと笑っている。

「もうそんな時間か、今から帰って用意するのも大変だし食べて帰ろう。隊員達には今日は各自用意しろと伝えてあるからそこは気にしなくて大丈夫だからね」

そんな時間をどうやって確認してるんだろう?
元より外食の予定で、ルノさんが食べて行こうと言うぐらいだから安全なんだろう。

「せっかく外食するなら美味しい物が良いですよね。ルノさんのオススメは何ですか?」

俺の素朴で何の気ない質問に、ルノさんは目を大きく開くと背中を向けてしまった。
俺の手はしっかり握ったまま背を向けて……何かの紙を必死に確認している。まさか俺がいてこんな往来で機密文書を読みはしないだろうと、好奇心から覗き込んだ。

「……地図?」
ルノさんが睨み合っていたのは地図の様な物に沢山書き込みがされている……一つのマスにベルムントさんとディックさんの推薦と書いてあり、他のマスにはハイケンさんの推薦……これって。

俺が覗いているのに気付いたのかルノさんは慌てて紙を隠した。その顔は真っ赤に染まっていて……つい意地悪をしたくなる。

「今日の為に皆んなのお薦めの場所を調査して準備してくれてたんですか?昨日の夜やることがあるって夜更かししてたのもしかして……」

ニタリとわざとらしく笑みを浮かべてルノさんを覗き込むとますます顔を赤らめ、その場に顔を隠して蹲ってしまった……え?マジだった?

「俺は……他人に街を案内した事なんてないから……シーナが何を喜ぶか分からなくて……」

マジかぁ!!
赤い顔で拗ねた様な顔でこちらを見上げるのは反則だろう!!同じ男なのにキュンとしてしまったぞ。

「……そういう事は女の子とデートする時だけでいいと思います」

そういうお店の常連なクセに何なんだ!!俺の顔もつられて熱くなってしまうじゃん!!

「ルノさんがいつも食べてるヤツでも1番に目に付いたのでもいいですから……行きましょう」
少し先に見えている店が看板の絵から食べ物屋っぽいので俺が手を引いてルノさんを誘導した。

「普段は道端で立って済ませてる」から落ち着いてテーブルについての食事は俺が居るから合わせてくれているだけなので、食堂やレストランの場所を隊員に聞き出してくれていたらしい。

『ミラペル漬けカロラブニャのクレムホエルメル石窯焼き』
適当に選んだ店だが、ベルンさんの推していた店だったので、ベルンさんお薦めの舌を噛みそうな名前の料理が運ばれて来るのを待っている。いつの間にか東区まで来ていたらしく落ち着いた雰囲気だ。

ルノさんが注文したのは『ジェヴォンパミソースのペーロ包み焼き』だ。
ジェヴォンは牛肉に似た味で美味しいんだけどちょっと高い、迷ってお勧めでお手頃なカロラブニャ料理にした。

料理を待っている間に、嫌がるルノさんに無理やりおねだりをして奪った地図をみている。

何とこの地図『ルノルトス・オリフベル手書きの地図』でした、どんだけ真面目だ。

口頭で説明を受けたけど、図解で見るとエリアの位置関係が分かりやすくて楽しい、所々にベルンさんに言われた事をそのまま書き込んだのだろう、『最高の雰囲気』や『誓いを交わすと永遠に続く伝説あり』の文字は見なかった事にしよう。

真面目なルノさんにベルンさんは何を教えてるんだ……調子に乗って楽しそうに笑うベルンさんの顔が思い浮かんだ。

「……俺が居たのってこの辺ですか?」
何も書き込む予定も、立ち入る予定もないのだろう。ただ大きな丸で西区と書かれた丸を指差した。

「そうだね……この辺かな?」
何となくでルノさんが示したのは丸の端っこで、詰所からは1番遠い。
こんな広い場所で、あのタイミングで……ルノさんが偶々調査をしていなかったらと思うとゾッとする。

「……助けてくれて本当にありがとうございます」
改めて深々と下げた頭をルノさんの手が撫でていく。
「むしろ助けられたのは俺かな?」

どういう意味かわからず顔を上げると、ちょうどタイミングよく料理が運ばれて来た。
カロラブニャの何ちゃら石窯焼きは見た目はあれだ、グラタンみたいな感じで、ルノさんの頼んだ物はミートパイって感じだな。匂いにやられて、早速フォークを手に取った。
「いただきます!!」
「いただきます」

ルノさんはクスッと笑ってナイフとフォークを手に取ると、一口分を器用に切り分け口に運んでいく。
他の隊員達に無い上品さは、苗字が出身地名で無いことから貴族という事なんだろう。
ルノさんの騎士時代とか過去話を聞いてみたいけど……【オリフベル家唯一の生存者】の文字が気になり、いつのことなのかもわからず過去には触れられないでいる。

「うん……持ち帰りが無いからこの店は初めてだけど美味しいね。さすがベルンのお薦めだな」
「ベルンさんはいろいろ食べ歩いてそうですもんね」

グラタン美味しい。
石窯焼きかぁ……かまどはあるけど窯はないからパン焼くのもフライパンなんだよね。いいなぁ……石窯欲しいなぁ。
異世界に来て欲しがる物が、伝説の剣とかじゃなくて調理器具ってどうなんだろう。

でも石窯あったらもっといろいろ作れるよねぇルノさんの食べてるミートパイだって美味しそうだし。
じっと見ていると目の前にフォークが差し出され、その先には一口大のミートパイ。

「えっと……何を?」
「食べてみたいんじゃないのか?」
食べたいのにどうして食べないの?と不思議そうに首を傾げられては、俺が意識しすぎてるみたいじゃん。
食べるさ!!と差し出されたミートパイに口で受け止めた。

「美味しいかい?」
「……美味しいですよ!!」

まさかあんな事で真っ赤になる様な人がこんな……『はい、あ~んして?』『あ~ん。うん美味しい。貴方に食べさせてもらうと何倍も美味しい』『はは、可愛い奴。じゃあこっちもあ~ん……』みたいな周り見えてない系、世界は2人のためにみたいな事を恥ずかしげもなく仕掛けて来るとは思わなかった。

油断ならない人だ……ちょっと優位に立った気になってた自分が恥ずかしいぜ。
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