ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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元冒険者は元気な八百屋さん

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目移りする俺の手を引っ張り、露天エリアを越え、屋台エリアを越えて……建物を店舗として構えている場所まで連れられて来た。

店内に並ぶ主な商品は野菜と果物で奥に座る今まで見て来た街の人より大分頑丈そうに見えるエプロンをつけた元気の良さそうなおじさんが店主だろう。

一見すると普通の八百屋かなと思うが、店先には用心棒なのか筋骨隆々なおっさんが睨みを効かせてるし、店主も腕まくりして見せつけてくる腕が古傷だらけな辺りが普通では無かった。

「今日カジカニの街から届いた新鮮な物ばかりだ!!ゆっくり見て行ってくれよ!!……お?これは副隊長様、珍しいな。最近隊員の奴らも何度か買いに来てくれてな、お前らが料理するとは思えねぇし料理人でも雇ったのかい?」

「ああ、優秀な料理人をね……今は手伝いだが時が来たら正式に警備隊で雇用するつもりでいる。シーナだ、よろしく頼む」

「シーナ・マサタカです。よろしくお願いします」

いきなりお店のおじさんに紹介されて慌てて頭を下げた。

「シーナ・マサタカ?……俺の知らねぇ街……貴族か?だがこんな子供なのに家事……」

おじさんは俺をまじまじと見ながら何かをぶつぶつ呟いている。ルノさんが俺を紹介するぐらいだから悪い人ではないのだろうが、この探る様な視線の居心地は良くない。
ちょっと引きながらルノさんの手をギュッと握った。

「そうかっ!!辛かった、辛かったなぁ!!よく頑張った!!警備隊に保護されるなんて……神様もまだまだ俺達を見ているのかもしれないなぁ!!」
「ふぎっ!?」

いきなり泣き出したおじさんに抱きつかれそうになり、身に覚えのある危険を感じて慌ててルノさんの後ろに隠れた。

「マルトリノさん、この子はまだ他人に慣れていないんだ」

「そうか……そうだよな。悪かったなシーナ」

何が『そう』で、何でこのおじさん急に泣いてんの?怖いんだけど……気が付けば、用心棒のおっさんまで腕組みしたまま涙流してるし。

「シーナ、この方はマルトリノ・ザシーワ。この街きっての敏腕商人だ」

「欲しい物を言ってくれたら、食いもんに限らず必ず仕入れてみせるから、何でも言ってくれよ!!」

ルノさんに敏腕と言われた事を否定せず、自負もあるのか誇らしげに胸を叩いたマルトリノさん。
何かが引っかかる……何だろう?マルトリノ・ザシーワ……マルトリノ……ザシーワ……ザシーワ……あっ!!

マルトリノ・ザシーワ 48歳
ザシーワ出身。
ユノスの街を拠点として世界中を飛び回る商人。
冒険者をしていたが妻子を魔物に殺された事をきっかけに商人に転身。
見た目は厳ついが我が子を思い出す為、小さい子供に弱い。

鑑定してみたが、俺の仮定を裏付けてくれる情報はなかったので、商品アピールに入ったマルトリノさんの目を盗んでルノさんにこっそり耳打ちする。

「ルノさん……ザシーワって、もしかして隊長のお兄さんとかですか?」

この激情型なとことか、筋肉とか、そう思いながら見ると顔も似ている様な……いや、似てないか。

「残念、違うよ。ザシーワっていうのは出身地の名前だ。貴族以外は名前の後ろに生まれた土地の名前をつけるんだよ」

そうだったのか……隊員の中にも同じ苗字?の人がいたから兄弟だと思ってた。その事に触れなくてよかったな。

「はははっ!!もしガイトドフのガキが弟だったら俺の商売ももっと箔が付いたんだがな!!」

結構声を潜めたつもりだけど聞かれてた。しかしあの隊長をガキ呼ばわりするあたり、仲は良いんだろう。

「これから先、マルトリノさんの店にはお世話になるだろうし、商売柄、彼は情報通だ。シーナに紹介しておいて損はないと思ったんだよ」

「おうよ、お客様に損はさせねぇ!!」
「よろしくお願いします」
ニカッと筋肉を見せつけて来る姿は勇ましく確かに頼りになりそうだ。

「ああ……本当に良い子だなぁ。辛い目に合っただろうにこんな純粋な目をして……くそっ!!奴隷商の奴ら、尻尾掴んだら絶対ぶっ潰してやる!!」

よろしくお願いしただけなのに、なんか一人で燃えてる。

「ルノさん?マルトリノさん何でいきなり奴隷商の話になってるんですか?」

「シーナは気にしなくて良いんだよ。奴隷商なんて無くなったほうが世の中の為だ」

まあそうだろうけど……突然過ぎる。異世界のノリはよくわからないな。
ノリについていけそうにないので買うもの買ってお邪魔しよう。

「あの……お野菜を見せて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、冒険者を用心棒で雇っているし、店内は安全だ。心ゆくまでゆっくり見て行ってくれ。基本は農作物だが、道中採取した野草や俺が狩った魔物の肉もたまに並ぶから毎日来ても飽きないぞ」

用心棒のおっさんも俺を見てニッと笑った。冒険者の人なのか……これが基準だと俺に冒険者は無理そうだな。
詰所の料理番として職が決まっていて良かったよ。

お言葉に甘え、何がどんな料理に使えるのかスキルで確認しようとしたのがいけなかった。
幾重にも重なり浮かび上がった文字が目の前に溢れた。
少し視線を動かしただけで文字が揺れて目の前で文字の波が起こる……グニャグニャと動く視界……。

一瞬ブラックアウトして、いつの間にか俺はルノさんに抱き上げられた。

「大丈夫か?足元がふらついていた」
「すみません……う、まだ気持ち悪い……」
倒れる寸前だったところを助けてもらったみたい。
「シーナ大丈夫か?具合が悪いなら奥で休んで行っても良いぞ?」

「大丈夫です。ちょっと目眩がしただけなので……」

まだ1人で立てる自信がないので子供の様に片腕で縦抱きされたまま、ルノさんの肩に頭を預けた。

「ここからここの棚、全部2つずついただけますか」

ルノさんセレブ発言。
お金は足りるか気になるが、ありがたい……詰所に帰ったらゆっくり吟味しよう。

「あ……お金……」
「これは必要経費だろう?後で皆から徴収するからシーナは気にするな」

俺を片手に抱いたまま、ルノさんは器用に会計をして、マルトリノさんから受け取った荷物を収納箱へとしまっていく。

「そうだ、お得意様へ向けて新しく宅配を始めたんだ。お前達も登録してくか?」

「宅配ですか?」

「まだ始めたばかりで不定期になるが、商品を持ってお得意様の家や店を周ってんだ。物は試しで使ってみてくれないか?最近、西区がやられただろう?収穫期の労働力として集まっていた冒険者の依頼が無くなってな……そいつらをおつかいに使ってんだ」

仕事にあぶれた冒険者の救済措置か……面倒見のいい人なんだな。

「いいですよ。シーナも自分で選びたいでしょうから。ただし詰所には身元がしっかりしている者だけにしてくださいよ」

「はは!!心配せんでもあの辺りに商品と金を持たせていくならBランク以上じゃなきゃ財産をドブに捨てる様なもんだろう!!」

「それもそうですね」

2人とも笑っているけど、何がおかしいんだろう……半端な奴が金持ってたらすぐ奪われるってことだろ?そんな危険な場所で暮らしてんだ、俺……。

詰所を出てから、向けられていた視線にいまさらながら身震いした。
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