ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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初めての買い物

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「おやすみなさい」

部屋に戻り、お風呂で温まった体が冷める前に俺はベッドに入って布団に包まった。
ルノさんにはまだやる事があるからソファーを使いたいからと先手を打たれてしまった。

「おやすみ……そうだ、シーナ。明日朝食の後、よかったらちょっと付き合ってくれないかな?」

「大丈夫ですけど、何処かの部屋の掃除ですか?」

髪は切ったし目につく場所は掃除してしまったはず。残るは謎の倉庫と地下牢と……あのカオスな隊員たちの寝室。良い方向に受け取ればやり甲斐があると言える。

「違う、掃除じゃなくて……」
歯切れの悪い言葉に体を起こしてルノさんを見ると、薄暗い部屋の中、テーブルに置かれた小さなランプの灯りがそわそわと挙動不審なルノさんを照らしている。

「オットー達にも言われたし、俺もこのままではいけないとも思っていた……だから、その……急で悪いんだが、買い物へ一緒に行ってみないかと思って……」

買い物!! それはつまり、この建物から外へ出ても良いという事か!?

「良いんですか!?行きたいです!!」

ルノさんに危険とは言われているし、この世界に来た瞬間に食われかけたトラウマはあるが、他の隊員さんの言葉を信じると、一人でなければそこまで危険では無いらしい。まあ、みんな生活しているんだから当然だ。
少なくとも突然魔物に齧られる事は無さそう。

「そこまで喜ばれると今まで外出を禁止していた事に罪悪感を感じるね……」

「いや!!ごめんなさい!!ルノさんが俺の事を心配してくれているのは十分わかっているんですけど……でもせっかくなら外の世界も見てみたいなって……」

「外の世界か……」

何が引っかかったのかルノさんは口に手を当てて考え込んでしまった。

「ルノさん?」

「……ああ、ごめん。何でもないよ。じゃあ明日、寝坊しないようにもうおやすみ」

「はい!!おやすみなさい!!」

念願のショッピングが出来るなんて興奮して眠れないよぉ……と思っていたがソファーで寝るのとは違い、お手製の高級寝具は早々に俺を眠りの世界へ引きずり込んだ。

ーーーーーー

中庭から続く通路を通り、入り口で見張りをしていたベルムントさんに見送られながら敷地から一歩を踏み出した。

おお……?

想像していたのは中世ヨーロッパの賑やかな都市だったのだが、目に飛び込んで来た景色につい首を傾げてしまった。

廃墟?

石造りの建物が並んでいるのだが、殆どの建物が何処かしら崩れていて、ドアが傾いていて意味をなしていない家や蔦に覆われた家もある。

道路を通る人達もみんな背中を丸めていて覇気が無い。

「離れないでね」

少し後ろに立っていたルノさんに手を繋がれる。恥ずかしいから止めてくれと言いたいところだが、ちょっと安心してしまって自らルノさんの手を握りしめた。

「ここ北区は1番廃れているから閑散としているが、中区へ行けばマシかな?いくつか店もあるからシーナも多少楽しめる筈だよ」

道中ルノさんにこの街の説明を受ける。
教会があり、店が多く商業の中心となる中区と、東西南北の4つの区域に分けられている。

警備隊の詰所がある北区は、何年か前魔物に襲われた事で殆どの住人は別の区へ移動してしまっている。

俺が保護された西区は、俺がこの世界に来る数日前に襲われて壊滅……それまでは農地が多く、この街の胃袋を支えていた。西区が落ちた事で野菜類は高騰中だとか……そんな中、あんなにたくさんの野菜を用意してもらって……もう少しレシピを考えて作ろう。

東区はこの街の領主の屋敷がある事もあって自警団による警備が厚く、治安としては1番良いので住人はこの地域に集まっている。高級住宅街みたいなもんだろう。

南区はあまり詳しく教えてくれなかったけど、どうやらいわゆる『歓楽街』っぽい。月猫亭や隊員の話に出てきた杏華館や清薔薇の湯もあり、冒険者ギルドもそこにあるらしい……いつか立ち寄ってみたい場所だ。

街への期待は出鼻を挫かれてしまい、道に蹲る人や建物の陰から覗いてくる人の視線に怯えながら歩いていた。

しかし歩いていくうちに見えてきた大きな建物に心が湧き上がった。
「街の中心、エルポープス教会だよ」

俺の想像する教会ではなく、どちらかと言うと塔の様な円筒の建物。ギリシャ神話の世界っぽい柱がぐるりと並ぶ、1、2、3……六階建ての塔。

神である神竜が出入りしやすい様にあの形らしいが……それを聞くと教会は巨大な煙突に見えてきた。
近くで見てみたかったけど、不穏な噂があるからと遠ざけられた。

教会は惜しいが、お店が並ぶエリアに入るとすぐに教会の事は忘れてしまった。

「ルノさん!!凄いです!!『お手製』可能な物がいっぱいありますよ!!」
興奮しながらルノさんの腕を引っ張り耳打ちした。

「俺にはただのガラクタにしか見えないけど、シーナには宝の山に見えるんだね」

うん、俺も鑑定する前はこれで金を取るんだって思ってた。
1番初めに目についた店はフリーマーケットみたいな感じで敷き物を広げた上に、焦げ付いた鍋、草臥れた洋服、使用感溢れる生活品が雑多に箱に詰め込まれていた。

ヒビの入ったランプなんて誰が買うんだと思ったけれど、それでも全ての物が不足しているこの街では需要があるようだ。
一通りの物が揃っている警備隊は国から派遣されているだけあって恵まれているんだな。

何か役立ちそうな物が無いかと物色していると、一つの小さなペンダントが目について手が止まった。
金とかではなく、皮紐の先に木彫りの人形が付いている。

竜……神様だ。
昔は一心に祈りを受けていたのだろうに、世界を守る為に魔界と戦い負けてしまったが為に、ジャンク品に交じって投げ売りされているそれが、とても寂しそうに見えて手に取ってしまった。

この竜とは違う神様だけど、神様という存在に触れてしまった俺としては不憫でならない。

「おじさん、これは幾らですか?」

「あ?そこにある箱の中は全部一つ1石貨だ」

石?石のお金と言われると漫画とかに出て来る原始時代のあのデカイのを思い出すけど、如何程の物なのか見当が付かない。
俺の価値観では銀の方が上なんだがこの世界ではどうなんだろう。
俺の収納袋の中に入っているのお小遣いの様に貰った銀貨3枚だけ。

「これで買えますか?」
銀貨3枚を取り出すとおじさんの目が一瞬、鋭く光った気がしたけど、ルノさんに視線を向けた後すぐにニコニコしたものに変わった。
「あ~坊ちゃん、お買い上げ頂けるのは嬉しいんですけどねぇ、なにぶんこんな店なもんで……」
わかりやすく両手をすり合わせる店の主、こんな店なもんで何だろう?

「シーナ、銀貨をしまうんだ。親父、これなら良いか?」
横から手を出したルノさんが俺の持っている銀貨よりも黒っぽいコインをおじさんに渡した。
「ありがとうございやす、副隊長様。では石貨9枚確かにお返ししますよ。毎度あり」
小さなコインを9枚ルノさんは受け取って財布の中にしまった。

買うかどうか、まだ悩んでいたんだけどいつの間にか購入済みになっている。しかもお会計はルノさんだ。
背中を促す様に押されながら、店主が頭を下げ続ける店から離れていく。

「君は本当に何処から来たんだろうね……」

お金の価値を全く分かってないことで、俺に対する疑いが生じたようで……しかし見下ろしてくる目は猜疑心というよりも、心配されている様な悲しそうな……そして何処か嬉しそうにも見える複雑な微笑み。

「ルノさん、あの、実は俺は……」

ルノさんなら俺がこの世界の住民じゃないのを伝えても、信じて貰えるんじゃないか?

全てではないけどスキルの事を伝えても、接する態度を変える事は無かった。
この人なら俺の力を何かに利用しようなんて思わないと思う。

この先、俺の嫁候補の美少女が現れた時にシリアスに打ち明ける予定だったが、この世界に来ていまだに女性に遭遇していないし、これから会う予定もなさそう。

いろいろ面倒だしこの流れで暴露してしまおうとした俺の言葉をルノさんが遮った。

「銀貨1枚であれを買おうとすると200個買える。1個買うなら釣りは銅貨9枚、鉄貨9枚、石貨9枚だね。あの露店だと1日の売り上げは鉄1枚いけば良い方だろう。そんな店が銅貨9枚も釣りとして用意は出来ないよ」

ざっと言われたのでよく理解は出来なかったけど、感覚としては1円の物を買うのに万札だして嫌な顔をされた、みたいな事かな?

出掛けられる事に浮かれていて考えるの忘れてたけど、銀貨を鑑定したら通貨の価値とか調べられたんじゃないか?

失敗したなあと反省する俺の頭をルノさんが励ます様にポンポンしてくれる。恥ずかしいのでやめて欲しいけど、慣れてきた自分もいる。

「分からなかったら何でも聞いてくれ。あんなところで銀貨を不用意に見せたら危ないからね」

「はい。でもそんな危ないと思う銀貨を子供に簡単に渡さないでくださいよ」

俺が何者でも構わないよと言われた気がして、俺も軽く流した。
むしろ……真実は聞きたくないって感じでわざと遮られた様な気もしたけれど……。

「はは、シーナの仕事ぶりはそれだけの価値があったって事だよ。実際王都だったらあれぐらいは当たり前だった」

王都とこの街の格差は相当な様だ……王都に行けばもう少しまともな異世界観光できそう。いつか大人になって力がついたら冒険者になって行ってみよう。

ルノさんに買ってもらう形になった、竜の飾りがついたペンダントを収納鞄にしまうと、気を取り直して次の店に向かった。
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