ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく

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世も末

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「……ナ、シーナ!!」
真っ暗な闇の中で名前を呼ばれ続け、目を開くと副隊長が心配そうに俺を見下ろしていた。

「副隊長さん!!大変です!!いきなり盗賊みたいな男が入ってきて……痛っ!!」

慌てて起き上がろうとして腹部に激痛が走る。見ると包帯が赤く染まっていてどうやら傷口が開いてしまったらしい。

「誰が盗賊だこのクソガキ!!てめぇこそ勝手に人の部屋に忍び込みやがって何者だ!!」

声のした方に視線をやるとボコボコに顔を腫らした男がロープでぐるぐる巻きにされて床に転がっていた。

「ここは俺の部屋。あんたの部屋は隣だ、この酔っ払い野郎」

副隊長は騒ぐ男の頭をガッと足で踏みつけた。優しい副隊長の変貌ぶりに体がギクッと強張る……鑑定で見た、怒らせたら危険というのは本気っぽい。
男の頭を踏み付けたまま副隊長は俺の方へ振り返ると爽やかに笑う。

「ごめんね、シーナ。いきなり怖いおっさんが入ってきてびっくりしただろう?牢屋にぶち込んでやりたいところだけど、残念な事にこれがこの警備隊の隊長なんだよね」

見てご覧と視線で促された気がして慌てて鑑定してみた。

ガイトドフ・ザシーワ 31歳
ザシーワ出身。
雑兵から力だけで成り上がった異例中の異例。
ユノス警備隊の隊長。
見た目の割に面倒見が良いので隊員からは慕われている。
月猫亭のナタリアに101回求婚してふられている。

Lv.58
生命力:553
魔力:188
攻撃力:231
防御力:127
知力:142
素早さ:158
調理:3
清浄:9
創造:22

うわぁ……本当に隊長って書いてある。こんな人がトップでこの警備隊は大丈夫なのか?

「シーナ、この酔っ払いの金で中級ヒール薬を買ってきて貰ってきたから、これを飲めば傷もすぐに塞がるよ」

ベッド脇に腰を下ろした副隊長に支えられて体を起こすと、青色の液体が入った試験管の様な物を渡された。

「俺の金!?ふざけんなルノ!!泥棒だ!!窃盗だ!!」
床に転がったままの隊長が大声で叫んでいる。

「あの……副隊長さん、隊長が怒ってますけど……」

「良いんだよ。これは被害者に渡されるべき、正当な治療費だ。20日ほど酒場に行くのを止めれば良いだけなんだからシーナは何も気にしなくて良いよ」

早く飲めと促されて、隊長の声は無視して試験管の中身を一気に飲み干した。青い色から勝手にソーダ味やラムネ味を想像してしまっていたが、酸っぱい。あまりの酸っぱさに体が震えた。

「……あれ?痛くない」
震えが止まるとさっきまでの体の痛みが嘘の様に消えていた。

「もう包帯をとっても大丈夫そうだね」
副隊長は笑顔でナイフを取り出した。包帯を切ってくれるだけだと分かっているけれど、隊長に対してのボコり方を見てしまうとちょっとだけ怖い。

ーーーーーー

包帯の下の傷はすっかり塞がっていて、痛みももう無い。背中は見えないけどお腹には大きな歯型の痕が残っている。本当によく生きていたものだ。

「ごめんね……もっと早く中級ヒール薬を飲ませて上げられたら傷跡も綺麗に治してあげられたんだけど」

「命を助けていただけただけで十分です」

「……で?どこのガキを連れ込んでんだ?どっかの貴族の坊っちゃん……にしてはスレてねぇな……マサタカなんてご貴族様も街も聞いた事ねぇぞ」

酔いが醒めて来たのか幾分はっきりした視線を向けられている。どうやら鑑定でステータスを見られている様だ。

「しかし……お前の嗜好……なるほど、これじゃエレーナじゃ真逆だな」

ニヤニヤと笑う隊長の顔に薬の空き瓶がぶつかった。

「2日前に魔物に壊滅させられた西区の後処理中に保護した子ですよ。親と行商の旅の途中だった様ですが、レッドヘッドベアに襲われたようで瀕死の状態でしたが助けられて良かった」

副隊長が説明をしてくれたが、隊長は探るような目を止めてはくれなかった。

「送り込まれた暗殺者では無さそうだが……貴族の坊っちゃんならともかく行商の旅についていて、この歳でLv.1は逆に怪しくないか?今まで1度も戦闘をした事が無いってのはあり得ないだろう」

キリッとした目で副隊長を睨んだが隊長はまだ簀巻きで床に転がされたままだ。

「王都に問い合わせましたが該当する貴族はいませんでした。レベルの事もそうですが、街の事にも疎いようで俺もそこは気になりましたが、とても素直で良い子ですよ。治安の良い街で大切に守られてきたのでしょう」

「確かに、ここいらじゃあ見ねぇぐらい警戒心の無ぇ面してるな」

褒められているのか貶されているのか……貶されているんだろうな。実際俺はこの世界の事を何も知らないし、無知を咎められても仕方が無い。

「で?どうすんだ?こんなガキがこの街で一人で生きていけるとは到底思えねぇな。かと言って何時までもここに置いてやれるほどの余裕はうちの警備隊にはねぇぞ」

そうだ。傷は治ってしまったんだ。傷が癒えるまでここに居ていいと言われたけど……癒えてしまった今、俺はどうしたら良いんだ? 仕事に繋げられる程の魔力は無いと言われたばかりだし、力だって隊長や副隊長を比べて絶望するぐらい弱い。あるのは……家事力のみ。

「この子が一人で生きていけるようになるまで俺が面倒を見ようと思っています。資金の面は俺がなんとかするのでご心配無く」

「ふ~ん……えらく肩入れしてんじゃねぇか……誰と重ねた?」

隊長の言葉に副隊長の眉がぴくりと動き……また副隊長がキレてしまうのではと戦々恐々と成り行きを見守ったが、予想に反して副隊長は笑顔で俺の頭を撫でた。

「……いけませんか?」

ただ……その笑顔はひどく悲しそうな笑顔で、この人に迷惑を掛けたくないと思った。

「……俺……俺、戦いは全く出来ませんが、家事仕事なら自信があります!!だから食堂とかそういう仕事を紹介して頂けたらちゃんと働けると思います」

本当は自信なんて無いけど、ステータスの数値を信じるなら何か不思議な力でなんとか成りそうな気がする。

「お前が働く?おいおい、本当に世間知らずだな。ここはアボブールの国でも屈指の治安の悪さを誇る街、ユノスだぞ?お前みたいなガキが一人で街を歩いた瞬間、奴隷商に売り飛ばされて終いだ」

「誇る事では無いですが、その通りです。シーナ、今の君が外に出て働くにはこの街は危険すぎます」

……どんな街だよ。
だが副隊長の真剣な眼差しに、日本にいた時の感覚で生活するのは無理だと言う事はよく分かった。

「でも……ただで置いてもらうと言うのは……」

「とにかく今はここに居なさい。着る物を探して来るから部屋から出ては駄目だからね」

部屋から出るなと言い残して副隊長は部屋を出て行った。

普通、転生したら冒険者とかになって気ままに生活するもんじゃ無いのだろうか? 俺はこの先どうすればいいのか? 思っていた転生との違いに悶々と悩んでいると隊長がゴロゴロ転がって近付いてきた。

「ルノがあそこまで言ってんだから大人しく甘えてりゃあ良いのに……そんなに働きたいってならロウソク売りでもやりゃあ、お前なら儲かるんじゃねぇか?」

「ロウソク売り……儲かるんですか?」

この世界はロウソクの需要が高いのか? でも俺は売るロウソクを持ってないし、仕入れる元手もないぞ?

「はっ!!お前は本当に何も知らねぇんだな。いいか?ロウソク売りってのはな、ロウソクを売ってロウソクに火が灯っている間は客に体を……がふっ!!」

「シーナに何を教えてんだこの変態親父……シーナ、この馬鹿の言う事は聞かなくて良いからね」

なるほど……何となくロウソク売りの内容は察したよ。
服を持って戻って来た副隊長は隊長を踏みながら歩いてきて、渡された服は薄汚れていたけれど、好意だし、裸よりはマシかと袖を通した。
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