ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛したいと願う

例え地獄だろうと

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「雪先生……家に……海里君と契約する」

車で迎えに来てくれた雪先生に、覚悟を伝えた。

「ドクダミのおかげか朝投与された薬のおかげかはわからないけど、いま症状が落ち着いてる。海里君もヒートで意識が朦朧としている様だし……今しか無いと思う……雪先生、もし何かあったら海里君が気付く前に俺を隠して下さい。そして海里君には……俺は海里君とは生きられない、他のアルファと幸せになってくれと……それだけ伝えて欲しい」

「秀哉君……」

何か言いたげな雪先生だったけれど……俺の覚悟を酌んでくれたのか、口をぐっとつぐんだ。

家について身を清めてから、薬を飲んで……ベッドのサイドテーブルにはドクダミの花……ムードを気にする余裕は無い。

白いベッドに寝かせられた海里君の体は……まるで生贄の様だと思う。

海里君の頬に触れるとしっとりとした柔らかな感触に心がくすぐられる。
こうして……やっと触れられた……これが最期になるかもしれないと覚悟を決めながら、その肌に唇を寄せた。

雪先生から海里君の体についてはヒートで意識が混濁しているが身体的には問題は無いと許可は貰った。

本当はゆっくり休ませてあげなければいけないのに……目覚めて……こんな許可も無く、一方的に契約を強行した事を責められたら、謝って謝って謝り倒そう……生きていればだけど……このまま会えなくなるなら、恨まれながら生きていく方が幸せな未来に思える。

ーーーーーー

ギュッとシーツを掴み身悶える姿に罪悪感を抱く。

「ごめん……海里君」

濃くなる海里君の匂い。

直に海里君の体温に触れ、涙がとりとめなく流れる。

絶対治してみせると思いながら……頭のどこかで諦めていた夢。

こうやって海里君と番の契約が出来る日が来るなんて……愛しさがこみ上げ、その熱だけで満足してしまいそうだ。
情けないが……時間の無い今はありがたい。

呼吸は先程からゼーゼーとくぐもった音に変わって来た。いつまで自分の体がもつかわからない……焦りながら、急かされる様に海里君の細いうなじに牙を立てようとして……固まった。

この首に牙を突立てた先……何が起こるかはわからない。

契約が成功すれば俺と海里君……2人で寄り添いながら歩いていける。

契約が失敗に終わったらそれはそれで仕方ない。俺が死ぬのも良い……こうして海里君と繋がれたというだけで人生最大の喜びは得た。

ただ……番契約が成功して……俺が死んだ場合……。

海里君はこれから長い人生をただ一人、誰も愛せず誰からも愛されず生きる事になる。

自分は無責任に死んで楽になり……彼1人に苦しみを背負わせる事になる。

海里君から求められ浮かれて契約を強行したが……本当に良いのだろうか。

噛み付こうとした形のまま動かない体……乱れる呼吸……ぼやけてくる思考。
限界が近づくが、俺は最終の決断を下せずにいた。

迫るリミット……焦る俺の手に海里君の手が触れた。

冷や汗を浮かべ震える手を海里君の温かい手が包み込んだ。

ベッドに顔を押し当てた海里君は……横を向いていて、俺を見てはいなかったけれど、繋がれた手を嬉しそうに見ていた。

「貴方となら例え地獄だって怖くない……貴方がいれば地獄さえ天国……」

ふわりと微笑まれ……。

俺はゆっくりと、柔らかな肌に牙を埋め込んだ。

スプレーを直接、顔に吹き付けられたかの様に浴びせられる海里君のフェロモン。

息が……出来ない。

抜け落ちて、海里君の首に残る牙を抜いてやる事も出来ずに……痺れる手で呼び出しブザーのボタンを押した。

すぐに雪先生が飛び込んできて、俺の足に薬を打ち込んでくれたが、それは特効薬ではない。

息苦しさは消えない……意識が……飛ぶ。

「せん……せ……俺……消して……」

やはり駄目だった……もたなかった……海里君が気付く前に早く俺を消してくれ。

こんな姿、海里君の脳に刻む訳にいかない。

「秀哉君!!しっかりしろ!!番契約は成功してる!!フェロモンはもう出てない!!」

そうか……成功してしまったのか……ごめん。ごめんね、海里君。

君を一人遺していく俺を……一生恨んでください。

「せんせ……おれの……番……の……裸あんま……みないで…………」

引っ張られる様に、俺の意識は暗闇に落ちていった。

ーーーーーー

全体的に赤い世界。
岩が剥き出しになった荒涼とした景色だ。

俺はやっぱり死んでしまったのだろうか。
目の前の川の向こう岸には真っ白な世界が広がっている。

目の前の川が三途の川だとするならば、どちらが彼岸でどちらが此岸なのか……。
俺はもう川を渡ってしまっているのだろうか。

どちらに進むのが正解かと悩んでいると川の向こうに海里君の姿が見えた。

「海里君っ!!」

どちらが死でも海里君のいる場所が俺の居場所だ。

川を渡ろうと足を踏み出して川が行く手を遮る様に高波を上げた。

「秀哉さん」

波の合間から見える海里君はこちらに手を差し伸べてくれている。

波に構わず川に飛び込んだが……流れが速く流される。溺れそうになりながら必死に伸ばした手が誰かに掴まれた。

川の真ん中……海里君が迎えに来てくれた。

手を握り合い、海里君と見つめ合うと、いつの間にか川の流れは穏やかなものに戻っていた。

「海里君……俺を連れ戻しに来てくれたの?」

何も言わずに微笑む海里君。
僕の罪の全てを受け止めてくれる様な慈悲深い笑顔。

導かれる様に唇を重ね合った時……全てが白い光に包まれて、海里君の姿も、俺の姿さえも白い光の中に溶けていった。

ーーーーーー

覗き込んでくるいくつかの顔。

「父さん……母さん……華絵さん……」

認識して名前を漏らすと、母さんはベッドに蹲り泣き出した。

「心配かけてごめん……俺……生きてる?」

「生きてるよ……良く頑張ったな」

雪先生の声にそちらを見ると、同じ様にベッドに眠る海里君の姿があった。

近づこうと体を乗り出そうとして、雪先生に止められる。
それでも海里君に手を伸ばす俺に、呆れた様に雪先生はベッドをくっつけてくれた。

眠る海里君の手を握る。
温かい……2人とも生きていると実感した。
無茶をした事を両親に叱られながらも幸せでいっぱいだった。

ーーーーーー

2人だけになった病室。

番契約後、体の変化に順応する為にオメガが1~2日眠り続ける事はよくある事らしい。

眠り続ける海里君の顔をずっと眺めている。

これだけ至近距離にいても体は過剰反応を示しはしない。

早く目を覚まさないだろうか。
俺の身勝手な行動にどういう反応をするのか不安と、番になる事を望んでくれていたと信じる、期待の入り交じった気持ちでその瞳が開かれるのをずっと待っていた。

フッと……前ぶれなく海里君の瞳が開く。

ゆっくりとした動きで頭が動き、俺と目が合う。

ドキドキと海里君の反応を伺う俺の手に海里君は愛おしそうに顔を擦り寄せてきた。

そんな海里君を抱きしめて眠る……ちゃんと……罪の懺悔はするから……今だけは幸福感だけに浸らせていて……。

顔を擦り寄せ、唇を重ね……見つめ合って海里君は嬉しそうに笑った。

その笑顔に未来の光が見えた。

叶わないと思っていた夢が……叶う未来が……。
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