ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛したいと願う

出会ってしまった罪と罰

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目を開けると自分の部屋のベッドに寝ていた。

「雪……先生……」

「秀哉君……気がついたか……」

ホッとした雪先生の顔……今回は本当に危なかった様だ。入院したところで有効な手立ては無い。

父さんと母さんも心配そうに見守ってくれている……ただ……海里君はいない。

「雪先生……緒方……高校の同級生の緒方利也を呼んでくれませんか?」

「秀哉君……」

雪先生は俺の選択に気がついたのか眉間に皺を寄せた。

母さんの泣き声が聞こえる。

俺の決心は……遅過ぎたぐらいだ。
雪先生は暫く黙っていたけれど……「そうか」と吐いて部屋を出ていった。

不思議と心は凪いでいる……。

訳もわからず呼び出された緒方にも、冷静な笑顔を向けることができた。

「緒方……誰よりもオメガの幸せを願うアルファだと見込んで頼みがある……海里君をお前の番に迎えては貰えないかな?」

ーーーーーー

結局緒方は俺の願いを聞き入れてはくれず「もっとよく考えろ」と出ていった。

3年間……じっくり悩んで……いや……愛する番と穏やかに笑いあっていたいという夢を打ち砕かれてから4年……悩んで出した答えだったんだが。

やはり緒方という男はアルファの言うことなど聞かない……海里君がお願いすれば叶えてみせようとするだろうに……海里君が俺に言ったように、緒方に「ご主人様になって下さい」とお願いするところを想像して……切なくなった。

海里君は……今どうしているのだろう。

家に漂っていた海里君の匂いが落ち着いている……雪先生に抑制剤を貰ったのかもしれない。

抑制剤は常用すると、感情に乏しくなるという副作用をはらんでいる。
初めてのヒートを迎えた海里君。これからは周期的にヒートがやってくるだろう。

俺がこのままなら、その都度、抑制剤に頼る事になるだろう。そうして……海里君の心を蝕んで、あの笑顔を奪ってしまう。

わかっていたはずなのにな……。


ベッドサイドに置いてあったスマホを取り出して……一言『ごめん』と謝った。

…………。

いつまでも待っても既読がつかない。
『海里君ごめんね』

……。

今まで、こんなに既読がつかなかったことなんて無い。うたた寝をしているのかもと思う反面、妙な焦燥感に動かされるように指を動かす。

『海里君』

『海里君』

『海里君』

「海里君っ!!」

スマホを投げ出して部屋を飛び出した。
廊下で雪先生とぶつかる。何か言われたがそれどころではない。

どんどん薄くなっていく海里君の匂い。

不安……この予感だけは当って欲しくない。

ノックもせずに海里君の部屋へ踏み込んだ。

ドアを開けた瞬間、海里君の匂いが襲ってくる。しかしそれも風に流され薄くなっていく。

誰もいない部屋……テーブルの上に置かれたスマホとチョーカーが……海里君が俺の元から去った事を物語っていた。

緒方に海里君を頼むと言いながら……それでも海里君は俺の側にいることを選んでくれると、心のどこかで期待していたみたいだ。

海里君が俺を見捨てるはず無いと……甘えていた。

「秀哉君?……海里君は!?」

「雪先生……海里君が……海里君が……」

みっともなく雪先生に泣きついた。

緒方が海里君を連れて行ってしまったのだろうか?

いや……俺に声を掛けずにそんなことをする二人ではない。

海里君は何処へ行った?

実家?……実家に帰ったって、あの家には海里君の居場所は無いだろう。
陸人君の家……俺の元から去った彼が、俺にすぐバレる場所へ行くだろうか?

じゃあ、何処に?

海里君に行く場所なんて無いはず……。

早く……連れ戻さないと……外は……オメガにとって暮らしづらい。

ベータに目をつけられ、暴行を受け、乱暴をされ……殺される……そんな最悪の場面を想像して、自分の想像にカッと頭に血が上った。

「秀哉君!!何処へ行く気だ」

「俺が海里君を見つける!!渡さない……海里君は誰にも渡さない……ベータにも、神様にも……俺を置いて行ってしまうなんて許さない!!」

雪先生が止めるのも聞かずに走り出した。

俺が……俺が一番海里君の匂いをかぎ分けられる。そんな思い上がった心で、僅かな匂いを頼りにひた走った。

海里君は実家に戻ってきていたみたいだが、ここにはいない。通りすぎて……山?

何で山なんかに……。
手入れをされている……とは、とてもいえないその山を見上げた。
何ででもどうでも……海里君の匂いが山へ続いているのは確か。
ザワザワと胸が騒ぐ。
まさか……誰かに連れ込まれた……?

匂いで海里君が一人なのは分かっているのに悪い想像だけが背中を押してくる。

無事であってくれと祈りながら山をかけ上った。

雨が、まるで海里君に会わせまいとするかの様に雨が激しい地面を叩く。

雨に流され……それでも微かな香る匂いは山道を外れ獣道へ……そして獣道すら外れて雑木の奥へ……。

「海里君……海里君!!」

気持ちばかりが焦る。
想像は最悪な方向ばかりへ進んでいく。
例え俺を恨んでいようと、誰かに汚されていようと生きてさえいてくれれば良い。

強くなる匂いに息苦しくなり、ぬかるんだ土に足を取られ息切れを起こしながら、斜面を登り、繁みをかき分けて少し開けた小さな崖の下……横たわる姿を見つけた。

「……っ!!海里君!!」

「……しゅ……やさん」

かけよって体の傷を確める。

濡れた体は冷え切っていて、幾つもの擦り傷や小さな切り傷はあるが大きな怪我は無さそうだが、骨は?頭を打っているかもしれない。体を動かさない海里君……手にはドクダミが一株握り締められている。

「ごめん……ごめんね……」

無いよりマシだろうかと自分の濡れたシャツを脱いで絞り、海里君の体を包むと海里君の口許が微かに笑みを浮かべ……ブワッとフェロモンが立ち上る。

息の詰まりかけた俺の目の前にゆっくりと海里君が手を差し出した……ドクダミの独特の匂いが鼻を抜け……思わず顔をしかめるが……呼吸が幾分だけ楽になった様に感じた。

「薬草……秀哉さん、幸せになれます様に……」

薬草……確かにドクダミは十薬と言われるが、俺もドクダミ茶ならしばらく飲んでいたが効果は……なかった。

それでも……俺を恨んでいるだろうと思っていた海里君が、傷だらけになりながらも手に入れようとした物が……。
それが俺の為の物だと言うことが嬉しくて……嬉しくてドクダミを握る手を握り込んだ。

俺が……あの日、君を好きにならなければ、君をこんな風に傷付ける事は無かったのに。

いや……海里君を見て惹かれるな、なんて無理な話だ。

あの日『縁の顔合わせ会』に行かなければ……。

「海里君……俺と君は出会わなければ……良かった」

「僕も……そう思います……」

海里君は静かに笑った。

悲しいけれど……その笑顔はとても穏やかだった。

ーーーーーー

海里君を背中に背負って山を下る。

ヒートを起こした海里君の熱が背中から伝わって来るが……呼吸が乱れる事はない……海里君のフェロモンが鼻にとどく前にドクダミの匂いが海里君の匂いを打ち消しているかの様な……。

何も喋らない海里君に不安になって、懺悔にも似た弱音を語り続けた。

背中に感じる大切な存在を……病院へ送り届けるまでは、もってくれと願いながら……このまま……二人で死んでしまおうかなどと物騒な考えが心を過る。

二人で……何も考えなくて済む世界へ……君となら……そう思い詰め始めた時、海里君が震える声で囁いた。

「……秀哉さん……僕は……貴方の番になりたかった……」

海里君はこんな瞬間でさえ、俺と番になることを望んでくれているのか?

出会わなければ良かったなんて言った俺を……許してくれているのか?


そうだね。
どうせ死ぬのなら……君との未来に賭けて……死のう。

海里君を抱え直し、雪先生に連絡を入れて、顔を上げ山の出口を睨んだ。
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