ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛したいと願う

共に歩ける日を目指して

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「じゃあ血を抜くよ。注射が怖いってことは……まさか……」

「あるわけないでしょう……」

紹介された雪先生は……飄々としていて掴み所が無かったが、その軽い態度が少しありがたくもあった。

研究熱心なのか住み込みを希望された。

両親にも大好きな祖父母にもこの体質の事を知られて、悲しげな目で見られて……こんな体で申し訳ないという罪悪感を、雪先生の気軽さが薄めてくれた。

「フェロモンの何に反応してるかがわからないんだよな~まあオメガのフェロモン自体が謎なんだけどね」

月に何度こうして血を抜かれているか……腕には注射針の後だけが増え……治療の成果はほぼ平行線を辿っていた。

花粉や動物アレルギー用の治療薬を少しづつ試して反応をみたりもしたが、多少の効果が有るものもあったが……劇的な変化を見せてくれるものは無かった。

「クシュッ……雪先生……海里君の学校は体育祭だったみたいだ……リレーで抜かれずに足を引っ張らなくて済んだって、喜んでる……クシュンッ」

眞山と緒方に頭を下げて得た情報で、海里君に仮契約書と、俺と海里君の名前入りのチョーカーを贈った。

身に着けて貰えるか不安で仕方なかったが……喜びの溢れた手紙を返してもらって、それから文通が続いている。

小さな事に喜びを感じて、嬉しそうに報告してくれる。必ず俺の身を案じる言葉で締められる手紙、そんな健気さが愛しい。

「秀哉君……電話とかにしないか?出来るだけ遠ざけておかないと進行が……」

手紙に残る……残り香でさえ反応するようになっていた。

「海里君は電話を持ってないみたいなんだ……」

海里君の家の状況は、海里君の友人の情報を緒方達を通して聞かされた……海里君が親が罰せられる事を嫌がり全てを黙っている事も……。

興信所も使って、海里君のおかれている状況は分かった。何とかしてあげたいが、その事で彼に恨まれるのも嫌で……静観するしか出来ずにいる。

海里君は、少しアルファを怖がっているみたいだし、無理に海里君の両親を罰しても、ますます殻に閉じこもってしまうかもしれないから。

「じゃあ君が電話をプレゼントすれば良いんじゃないか?」

「プレゼント……受け取ってくれる……かな?」

話に聞いている、海里君の性格では素直に受け取って貰えるかも分からない。

「番うべきアルファとオメガは惹かれ合う……秀哉君がそれだけ惹かれているんだ……きっと海里君も同じ気持ちでいるよ。スマホを使えば今の彼の状況がわかる。同じ時に同じ気持ちを共有出来るだろ?」

「海里君と気持ちを共有……」

雪先生の言葉にトクトクと心が脈打った。

早速海里君にスマホを贈り、俺もあまり使っていないので雪先生相手に練習をする。

「雪先生……このスタンプ海里君みたい」

偶々見つけたスタンプ。
ポワポワした雰囲気の犬のイラスト。
どことなく海里君に似ていて全種類買ってしまった。

スタンプを眺めながら海里君と重ね合わせていると海里君からメッセージが送られてきた。

短い簡潔な文章に慣れて無さが滲んでいる。嬉しくてすぐに返事を返す。スタンプ付きで……。

……中々返事は来ないソワソワとスマホを握り締める俺を雪先生はニヤニヤと見下ろしていた。

数分かかり返ってきた数行の返事……打ち間違いの文章に一生懸命打ってくれたんだと笑みが溢れる。

スマホ良いな……リアルタイムで海里君の様子を想像出来るのが楽しい。

「雪先生……俺……今ならどんな病気でも治りそうな気がする」

「良いことだな。気の持ちようが一番大切だからな……気持ちが折れれば治るものも治らない。海里君の存在が秀哉君の特効薬だな」

浮かれる俺の頭を雪先生は嬉しそうに叩いた。

毒薬であり特効薬だなんて、神というのはなんて酷な事をするんだろうな。

ーーーーーー

症状が緩和するまで会う勇気はなかったけど……年末、思い掛けずに海里君と再会する事となる。

ベータに絡まれていた海里君を助けたのは緒方だったが……海里君は緒方ではなく俺にその笑顔を向けてくれた。

緒方は自分は全オメガの幸せを願っていると俺に海里君を任せてくれた。

俺は一方的に妬んでいたのに、緒方から見て……海里君の幸せが俺にあると励まされた気がした。

一つ屋根の下……海里君がいると思うと嬉しくて仕方ないのに顔を合わせられない事が辛い。

海里君を一人には出来ないので……既に番のいた雪先生なら大丈夫だろうと海里君をお願いした。

俺が小さい頃から家政婦として働いてくれている華絵さんも父さんも母さんも……海里君の存在を涙を流して喜んでくれた。

勇気を出して送った「愛してる」に返してくれた「僕も好きです」の一言が力をくれる。

皆……こんなにも見守ってくれている。

絶対……絶対治さないと……。

一向に良くならない症状に挫けそうな時はスクショで残した海里君からの『好き』という文字。その画面を何度も何度も眺めた。

全てを悲観して、投げやりだった心が解されていく。
ただの文字なのに、こんなに大きな力を持っているなんて……オメガとは、番とは、海里君とは……なんて偉大な存在なんだろう。

ーーーーーー

華絵さんの後ろを嬉しそうに小走りで初詣に向かう後ろ姿。

珍しく積もった雪の中で、雪先生と雪だるまを作ってはしゃぐ姿。

そんな海里君の姿を自分の部屋から見下ろしながら……何故その隣にいるのが俺でないのか悲しくなる。見ていて辛いが目は離せない。

ギュッとカーテンを握りしめて嫉妬心を誤魔化すが……醜い感情に囚われそうになった時、海里君が此方に気付いて手を振ってくれた……瞬間、心は洗われた様に澄んでいく。

窓から隠れて……崩れ落ちた。

早く、早くこの腕で君を抱き締めたい。
君の隣で一緒に笑い合いたい。

俺の心の支えでいてくれた、スクショを見ても……この日ばかりは涙が止まらなかった。

ーーーーーー

年月は……あっという間に過ぎ……海里君は卒業を迎えた。

海里君の家とは、もう話はついている。

海里君は卒業後、俺の家で過ごして貰うと伝えたが、特に何を聞かれるでもなく、了承を得た。

俺が何者なのかも興味も抱かず、何処の誰か知らないが、さっさと連れて行ってくれと……そんな人達なのに、それでも海里君はけして親を悪く言わない……。

それなのに俺は、海里君を産んで育ててくれた感謝よりも、俺の大切なオメガを蔑ろにする態度に怒りしか抱けなかった。


強めの薬を投与してもらい、不格好なマスクをして情けない姿ながら卒業式、海里君を迎えに行った。

これから二人の新たな生活のスタート。

どんな副作用が出ようとこの役目だけは雪先生にも譲れなかった。
海里君のお友達……眞山の番の子から送られてきた画像。

俺と海里君のツーショット……俺の心がまた一本……支えを得た。

ーーーーーー

海里君と出会って数年。

試す治療方法も底をついて……残す可能性は……リスクが大きすぎて試せずにいる。

それは……海里君と番になること……。

祖母や番持ちのオメガには反応しない。
番を持つとフェロモン発しなくなるから……ただ、番になるためにはオメガのヒート中に繋がりうなじを噛む必要がある……ただでさえ過剰に反応するオメガフェロモンがヒート中は濃度を増す……そんな海里君を抱く事が俺に出来るだろうか?そこにあるのは最悪『死』。

身動きが取れぬまま、海里君を縛りつけたまま……遂に海里君は初めてのヒートを迎えようとしていた。

ーーーーーー

仕事中、華絵さんから海里君の体調が良くないと連絡を受けて……どんな事も我慢してしまう海里君が寝込むほど……心配になって早退した俺を出迎えたのは抗えない魅惑の香り。

苦しい……息が止まりそうな喉の締め付けを感じながら……引き寄せられ手を伸ばした。

ソファーに横になる上気した呼吸で眠る海里君の頭に指を差し入れた。柔らかな髪が指に絡む……泣き出しそうなほどの手触り……息が詰まった。

紅潮した海里君の瞳がうっすらと開いて俺をとらえる……柔らかな笑顔で……。

「秀哉さん……好き……」

細い腕が首に回され……マスク越しに海里君の唇の感触を感じた。

「……っ!!う……ぐ……っ!!」

急激に締まる喉……僅かな喉の隙間で辛うじて呼吸を続ける。

「秀哉さん!!秀哉さんっ!!」

こんなところで……海里君の目の前で死んでたまるか……そんな記憶を海里君に植え付ける訳にいかない。必死に声を絞り出す。

「ゆ……きせん……せ……よ……で……」

「雪先生!?すぐに呼んできます!!」

先生を呼びに駆け出す後ろ姿に既視感を覚える。

傷付いたオメガの顔……きっとこれから海里君は俺が咳をする度に心に傷を負っていく……。

顔の見えないアルファが海里君に近付く……海里君の涙を拭うアルファ……優しく海里君を抱き締めて見つめあい……キスを交わす。

そんな既視感に……誰か海里君の心を癒してあげてくれ……そう願ってしまった。
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