ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛されたいと願う

たとえ地獄でも

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白い花……お婆ちゃんは、独特の匂いですぐにわかるって言ってた。じめじめしたところが好きだとも……。

道を外れ……どんな匂いかもわからないまま匂いを探す。

鬱蒼とした山は夏なのに肌寒い。

何をやっているんだと自嘲気味に笑った時……嗅ぎなれない匂いが鼻をついた。
一言で言えば悪臭。
それでもなんとなく嗅ぎ覚えがある匂いだ。

匂いを辿ると小さな変わった花をつけた草が群生していた。
きっとこれだ。鼻が曲がりそうな程の臭気に踵を返しかけたけれど……息を止めて一本の茎に手をかけた。

「ん……く……」

強く根を張っているのか、全体重を掛けて引っ張っても抜けない。万能とは言っても秀哉さんには効かないかもしれない。あらゆる治療をしてきたと言っていた秀哉さんはとっくに試しているかもしれない……それでもやらずにはいられなかった。

足を踏ん張って後ろに力を掛けた時……フワッと体が軽くなり……抜けた!!そう思った時には僕の体は斜面を転がり落ちていた。

草や木が皮膚を傷付けながら体にぶつかってくる……痛みを感じる間もないまま……一瞬の浮遊感の後、地面へと叩きつけられた。

仰向けに倒れた僕の顔にパラパラと小石が落ちてきて……あそこから落ちたんだなぁと……感慨もなく崖を見上げた。

遅れてやってきた、体がバラバラになるような痛み。起き上がろうとして手足が動かない事に気付く。

僕はここで死ぬのかな?

滅多に人の来ない山の中で、人知れずひっそりと……ちょうど良かったのかも。

オメガに何かあれば、それを見捨てたと街のベータの人がオメガ支援会のアルファの人に責められて、ベータの人からのオメガへのあたりはさらに酷くなる。

僕のせいで全てのオメガがまた苦しむ事になる。下手に行き倒れるより良い死に場所かもしれない。

ただ……この万能の薬草だけでも秀哉さんに届けたかったな。

僕じゃなくてもいい。誰かが秀哉さんに寄り添って支えてくれるなら……なんて心にも無いきれい事だよね。

側に居たい。
側に居たかった。
側に居る事を望んで欲しかった。

しおれてしまわない様に握った手を緩めようとしたけれど感覚がない。

ぽつぽつと……顔に落ちて来た水滴が次第に激しく顔を打ち付け出して……どこまでついてないんだろう。

顔を流れる雨水を拭う力も無く、ただ雨に打たれた。

夏の通り雨はすぐにやんで……日の当たらない森の中、濡れた体は体温を奪っていく。
その為の雨だったのか。

体の震えも無くなってきた頃……ついに幻聴まで聞こえ始めた。

秀哉さんの声が微かに聞こえる。
近づく声、足音……あの世からの使者は大好きな人の姿を借りてやって来てくれた。

「海里君!!」

「……しゅ……やさん」

繁みをかき分けて現れたその姿に涙が溢れた。初めて見る、マスクもメガネもしていない秀哉さん。

「ごめん……ごめんね……」

ごめんを繰り返しながら秀哉さんは自分のシャツを脱いで僕の体を包んでくれた。
秀哉さんの匂いに包まれて、寒さに感覚の消えていた体に内側から熱が溢れ返ってくる。

秀哉さんはやっぱりすごいな……匂いだけでこんなに僕の『生きたい』という気持ちを呼び起こしてくれる。

感覚の戻って来た腕をゆるゆると動かして薬草を秀哉さんに差し出した。

「薬草……秀哉さん、幸せになれます様に……」

握った手ごと秀哉さんに握り込まれた。
俯いた秀哉さんの体は震えていて……泣いているのか声が震えている。

「海里君……俺と君は出会わなければ……良かった」

「僕も……そう思います……」

出会わなければ……お互い傷付く事は無かったかもしれない。

抱き上げられて大きな背中に背負われた。

「秀哉さん……離して下さい……僕、もう嫌です……」

これ以上、僕のせいで秀哉さんを苦しめたくない。

「俺に運ばせてくれ……死んでも君を病院まで届けてみせる」

僕を背負い山を下る秀哉さん……呼吸はいまのところ落ち着いている。

さっきまであんなに寒かったのに今は体が熱くてたまらない。
汚れた顔で申し訳ないなと思いながら大きな背中に頬を擦り寄せた。

「この体質のせいで……俺は誰とも番になる気は無かったんだ」

息一つ乱れる事無く秀哉さんは話し始めた。僕を背負い山を下っているのに……さすがアルファ様だな、なんて笑みが溢れる。

「あの日、君と会って……進む道は茨の道だと知りながら僕は君を巻き込んでしまった」

ぼんやりとした頭で秀哉さんの声に聞き惚れている。ただその声だけが愛おしくて、熱に浮かされた様な頭は感情を隆起させない。

「君との出会い、君と距離を縮めていく時間、君との生活……全て俺の大切な思い出だ……君との未来を夢見てあがいていたけれど、最後の手段に踏み切る勇気がどうしても出なかった……」

秀哉さんの言おうとしている事はわからないけれど、瞼の落ちそうな感覚に最後にちゃんと自分の気持ちを伝えようと話を遮った。

「……秀哉さん……僕は……貴方の番になりたかった……」

大きな背中の安心感と大好きな秀哉さんの匂いに安らいだ心は僕の思考を停止させていく……もう秀哉さんの話の内容も頭に入ってこなくて、ただその声の心地よさに耳を傾けていた。

もう何も考えたくない。

出会わなければ良かったと言ったけれど、やっぱり出会えて良かったと思う。

陸人……僕は今この瞬間、確かに幸せを感じてるよ。

もう我慢することにも疲れちゃったから……これで……幸せな人生だったって、もう言っても良いかな?

『お幸せに』なれたよ。

最後に胸いっぱいに大好きな匂いを吸い込んで……瞳を閉じた。

ーーーーーー

ポカポカ暖かい……。

心地よさにつられて目を開けると一面の花畑の中に眠っていた。
天国みたい。

川だ。
川の向こうはゴツゴツした赤褐色の岩肌が剥き出しの地獄みたいな場所。
じゃあ……この川は三途の川?なら渡らなきゃ……。

『行っては駄目……戻りなさい……』

川へ向かおうとした僕を優しい声が引き止めた。

声の主の姿はどこにも無いけれど……暖かい風が吹いて花びらを巻き上げた。

『ここには貴方を傷つけるものは何も無いわ……今までよく頑張ったわね。ゆっくり休みましょう』

風に誘われる様に花畑の中を歩いていると遠くから、僕を呼ぶ声が聞こえた……この声は……。

「海里君っ!!」

川の向こう側。秀哉さんが手を振っている。

「秀哉さん……」

ふらふらとそちらに向かいかけた僕の体を風が押し戻す。

『あそこは地獄……あの声に耳を貸す必要はないわ?貴方を傷つけたのは誰?よく思い出して?』

必死に僕の名前を呼ぶ秀哉さん。
あの人が僕を求めてくれている……求めてくれるなら例えその場所が地獄だろうと……秀哉さんと一緒にいたい。

川の向こうで手を振る秀哉さんへ向かって僕は走りはじめた。

『行っちゃ駄目……行っちゃ駄目よ……海里』

背後から聞こえる声に振り返る事なく一直線に秀哉さんを目指し川へ足を踏み入れた。

見た目よりも流れの早い川に足を取られながら必死に前を目指しても手を伸ばしてくれる秀哉さんの手はまだ掴めない。

『そんなに必死になっても彼と結ばれる事はないのよ?それでも彼を選ぶの?』

この声はきっと……僕のもうひとつの心の声。ずっと心の何処かで秀哉さんを否定していた。

会ってくれない。

抱き締めてくれない。

キスもしてくれない。

陸人と貴司さんに憧れて、妬んで……どうして秀哉さんでなければ駄目だったんだろうって……別の人だったら……僕ももっと愛して貰えたかもしれなかったのにって、事情も知らずに秀哉さんを心の中で責めてた。

あの日……出会わなければ……なんてさえ思ってしまっていた。

川の流れが心の葛藤を表す様に行く手を阻んでくる。

『ねえ……戻りましょう?彼を選んでどうするの?彼は貴方を苦しめるだけよ?優しいご主人様は彼じゃ無くても他にもいるのよ……』

暖かい風が引き留める様に岸へ押し返そうとまとわりついて、心を揺さぶりはじめた。

血で惹かれあわなくても、気が合えば番にはなれる。
緒方さんも昔、秀哉さんが僕を放置するなら奪ってくれると言ってくれた。

でも……陸人は僕に我慢ばかりするなと言ってくれた。

「僕は……僕は秀哉さんがその手を伸ばしてくれるなら……その手を取りたいっ!!」

自分の弱い心を振り切る様に思い切り手を伸ばして一歩を踏み出した。

指に……指が絡め合わされ、しっかりと握りしめられた。

対岸で待ってくれていた秀哉さんも迎えに来てくれて川の真ん中で見つめ合う。

「海里君……選んでくれてありがとう」

マスクも眼鏡もしていない素顔の秀哉さんの笑顔。
頬を擦り寄せあって……唇が重なる。

「秀哉……さん……また……アレルギーが……」

嬉しいけれど……秀哉さんを苦しめたくない。

「もう大丈夫なんだよ……何も気にする事はないんだ。これからは何も気にせず二人で触れ合っていられる……」

これだけ側にいて触れ合っているけれど、秀哉さんはくしゃみも咳も出ない。

そっか……死んだら……もうアレルギーだって怖くない。

「海里君……」

唇が重ねられ……抱き合って体を倒した。
手を取り合って……二人の体は沈むことなく川を流れていく。

貴方となら例え地獄だって怖くない……。
幻でも貴方がいれば地獄さえ天国。

川下には白く大きな光があって……二人の体はそのまま光の中へと流された。
見つめあった秀哉さんの顔も白く輪郭がぼやけて消えた。

もう……何も見えない。
ただ真っ白な世界。

この世に神様がいるのなら……。

最後にまた、秀哉さんの素顔を見せてくれたことに感謝します。
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