ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛されたいと願う

真実

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呼びに行った雪先生に、僕は近づくなと強い口調で止められて……自分の為に用意された部屋に押し込められた。

状況が知りたい。
耳を澄ませても救急車や緊迫した空気は無いので、大事にはならなかったのだろうが……。

ドアの隙間から廊下を覗くと秀哉さんの部屋は固く閉ざされていて、華絵さんが部屋の前に立っている。
僕が近づかない様に……かな?

ご両親も入っていった。どうして僕だけ駄目なんだろう……番なのに……。

まだ本物の番じゃないから?

窓の外を眺めていると見慣れない1台の車が入ってきた。降りてきたのは緒方さんだった。

何で緒方さん……ドアを開けて廊下を伺うと緒方さんは秀哉さんの部屋へ入っていった。

秀哉さんが人払いしたのか、ご両親と雪先生と華絵さんも一階へ降りていった。

何となく嫌な予感がする……駄目だと思いながら、せめてドアの外から秀哉さんが元気なのかを伺うだけだと、自分に言い訳をしながら、そっと廊下に出ると秀哉さんの部屋の前に立った。

どうするかまで考えての行動では無いので……ノックして声を掛けるかどうかと、手を上げたり下げたり迷っていると……。

『ふざけるな!!そんな事本気で言ってるのか!?』

緒方さんの怒鳴り声が聞こえて、悪いと思いつつ慌ててドアに耳をつけた。

『当たり前だ。こんな事を冗談で言えるか……』

秀哉さんの声だ。
力は無いもののしっかりお話しをしている様で、その事については安心した。

『あの子はずっとお前だけを見て……お前を待ち続けていたんだぞ!?何で今さらその手を離すんだ!!』

『俺は……オメガアレルギ—なんだ。オメガのフェロモンに過剰反応を起こす……ださいだろ?アルファのくせにオメガに触れられないなんて……』

オメガ……アレルギー?
何それ?初めて聞いた……。

『そんな事……初めからわかっていたんじゃないのか!?なんで今さら……手放すぐらいなら初めから彼に手を出すべきじゃなかった!!』

『わかってる……でも抑えきれなかったんだ。彼を一目見た時に血が沸き立ち、体の奥からの衝動に抗えきれなかった。諦めていた治療を再開し3年間ありとあらゆる治療、民間療法まで試した!!治してみせる気でいたんだよ!!』

病気って……オメガアレルギーの事だったんだ。オメガに触れない……だから僕はずっと秀哉さんに会わせて貰えなかったのか。

『でも症状は悪化していく一方で……前例が無いから手の打ち様はそこをついた……そしてこの様だ……今回の事できっと海里君も俺の咳の原因が自分だと感づいたはずだ……もう一緒にはいられない……これ以上俺のわがままに彼を巻き込めない』

やっぱり……僕が原因なんだ。

『海里君が望んでいるのはお前だけだ!!あの子は優しい子だ、番になれなくてもきっとお前の側を望んでくれるさ!!ヒートなら抑制剤がある!!』

『……初めて会に出席した時、俺に興味を持ってくれたオメガの子のフェロモンを間近で嗅いで俺は喉に激しい圧迫感を感じた。蹲る俺にオメガの子は心配して駆け寄ってくれたが俺は嘔吐し、彼に匂いが原因だと、近づくなと告げた。その時の彼の傷付いた顔が今でも頭にこびりつき……俺が咳をする度に海里君も同じ様な顔をさせてしまうかと思うと……もう怖くて彼の前には立てない』

『須和……』

僕の前に……もう須和さんは居てくれない。

『頼む……俺では海里君を幸せにしてあげられないんだ……お前が彼を幸せにしてやってくれよ。お前が彼の……』


それ以上……先を聞くのが怖かった。
耳を塞いで、音を立てない様に静かに後ずさり……自分の部屋へ走った。

ーーーーーー

部屋に戻るなり盗み聞きした2人の会話を思い出しながら首輪に手をかけた。

秀哉さんは『オメガアレルギ—』……僕が秀哉さんを殺しかけた。

僕が……浅はかな欲で秀哉さんにキスなんてしちゃったから。

秀哉さんは治療を続ける事を断念したんだ……秀哉さんと番になれる未来は……もうないんだ。

例え番になれなくても、側にいたいけれど……このままだと僕は秀哉さんを殺してしまうかもしれない。

秀哉さんから他の番相手を紹介されるなんて嫌だ。

宝物は……幸せな夢の中に置いて行こう。
外した首輪とスマホをテーブルに載せるとそっと部屋を抜け出した。

敵意から逃げる為の劣等の象徴の耳に初めて感謝しながら、人の気配をさせて、幸せに背を向けて街へ走った。

ーーーーーー

どこをどう歩いてきたのか……気がつけば実家の前に立っていた。

なんだかんだと言っても結局頼るのはここなんだ。

インターホンを押そうとして……耳がピンっと立ち上がった。

楽しそうな笑い声が聞こえる。
そっと庭に向かいリビングの様子を伺った。

楽しそうに笑う妹。
少し困った様な顔をしながらも嬉しそうなお母さんの顔。
お父さんは二人の様子を僅かに笑顔をたたえて見守っている。

それは幸せな家族の情景。

僕がいる時は、家の中は常に沈んだ様に暗かった。

僕のせい。
僕のせいで家族は暗かった。
僕のせいで秀哉さんは死にかけた。
僕のせい……僕のせい……僕のせい……全ては僕が産まれたせい。

力が抜け落ち、崩れてしまいそうな足を踏ん張らせて……静かにその場をあとにした。

ーーーーーー

フラフラと歩く僕を道行く人がヒソヒソ話ながら避けて通る。

こんな顔を陸人に見せられない。
もう……僕の行く場所なんて何処にも無かった。

ふと……山道へ続く道が目に止まった。

お父さんにおいてけぼりにされた時、助けてくれたアルファのお婆ちゃんを思い出した。

山の中で一人で暮らしていたお婆ちゃん。

もう……いないかもしれないけれど足は山道へ向かっていた。

番を亡くしたお婆ちゃん。
オメガなんて嫌だと泣く僕にアルファだって嫌なもんだと言った。ベータ疎まれているのは……寧ろアルファの方なのだと……しかし力で敵わず溜まった鬱憤が全てオメガへ向かうんだと言った。

やっぱりオメガの方が嫌じゃないかと言った僕にお婆ちゃんは静かに笑った。

オメガが傷付く姿を見るのが何より辛い。
全力で守るが……守れなかった時の……残され、死ぬことも出来ずに長い時を一人、生きなければならない辛さはないと笑った。

お婆ちゃんの話はその時は難しくてわからなかったけれど……怪我をした僕にお婆ちゃんは万能な薬草だと草をすりつぶした物を塗ってくれた。万能な薬草……どんな物にも効くとお婆ちゃんは笑った。

お婆ちゃんの笑顔は小さな僕を救ってくれた。

万能な薬草は秀哉さんのアレルギーを治してはくれないだろうか……。

惨めに未練がましく……僕はまだ幸せを手放せなくて足掻いてる。

山の中へフラフラと足を踏み入れた。
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