ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛されたいと願う

尻尾の秘密

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食事を終えて部屋で休んでいると、雪先生がやってきて着替えを渡され、お風呂を案内された。

「ボディーソープはこれ……シャンプーとコンディショナーはこれ……自由に使ってね。ゆっくり温まって出てくるんだよ」

「はい……ありがとうございます」

頭の中はご両親への挨拶のシミュレーションがぐるぐる回って上の空。

頭や耳、尻尾の先まで念入りに洗った。

薬品の様な匂いが鼻に残るけどせっかく用意してもらった物だし念入りにお湯で流すと匂いも何とか消えた。

大きな湯船にはたっぷり綺麗なお湯が張られている。

僕が一番で良いのかな……?
実家では毛が抜けてお湯に浮かんでしまうからといつも最後だった。

父さんの仕事が遅い時でも待っていなければならなかった。

本当に入って良いのかな?
迷ったけれど、雪先生は温まって出てこいと言ったのでなるべく毛を散らさないように気をつけながら湯船に体をつけた。

寮では皆で入ってたから……あれはあれで楽しいけど、こんなゆったりとした湯船を独り占めなんて贅沢だなぁ……。

あまりの気持ち良さに尻尾が揺れはじめて慌てて押さえつけた。

毛が浮いてないか、念入りにチェックしてお風呂から上がり、用意してもらった部屋へ向かう途中、雪先生に呼び止められた。

「おいで……毛をちゃんと乾かそう」

化粧台の前に座ると雪先生がドライヤーで丁寧にブラッシングをしてくれる。

「自分で出来ますよ?」

「いいから、いいから……」

そう言われても……あまり尻尾には触られたくない。乾いている時に撫でられるぐらいならともかく、濡れた尻尾、ブラッシングは……お医者様ならなおさら……。

「……海里君……尻尾……これは?」

やはり気付かれた。

「僕……そそっかしくて、よく扉に挟んじゃうんです……」

突かれたくないところを指摘され……動揺で耳が小さく震えだす。

おさまれ……おさまれ……ギュッと服を掴む。

「そそっかしいって……ちょっと挟んだ位でこんな傷痕にはならないでしょ?しかも骨まで変形して……」

「僕トロいんです。僕がドジなんです。だから……だから……」

……雪先生はそれ以上何も言わずに黙ってブラッシングをしてくれた。

普段は他のオメガより長めの毛で隠れているから目立たないけれど……触られるとバレてしまう。

雪先生は須和さんに伝えるだろうか……伝えるよね……嫌だな、須和さんに知られるの……。

今まで自分の容姿が不格好でも気にしなかったのに、これ以上変なところ須和さんには知られたくない。

でも言わないでってお願いするのは疚しい事があると肯定するようなもので……沈黙が重かった。

「さあ、終わったよ。ご両親が帰宅されたら呼びに行くから部屋で休んでてね」

肩を叩かれ、鏡越しに見た雪先生の顔は……寂しそうに歪められていた。須和さんにも……そういう目で見られてしまうだろうか……同情の眼差しなんて、悲しくなるだけなのに……。

「……ありがとうございました」

ゆっくりと立ち上がり……部屋へと籠った。

好きな人に同情の目で見られるなんて嫌だな……このまま消えてしまいたい。なんて考えながらソファーに凭れ悶々としているうちに眠ってしまっていたらしく、雪先生に揺り起こされた。

「ご帰宅されたよ……ご挨拶に出られる?」

「あ……すみません!!すぐに行きます」

急いで部屋の壁に掛かってある鏡に向かって涎の後が無いか寝癖はついて無いかチェックした。

「大丈夫、可愛いよ。秀哉君も待ってるし早く行こう」

背中を押されて廊下へ出ると須和さんが待ってくれていた。

「寝てしまってた?ごめんね。両親がどうしても会いたいと煩いんだ」

不安だったけど須和さんの目に同情の色は無くて……雪先生内緒にしてくれたんだ。さすがお医者様。ホッと安堵のため息を吐いた。

「お邪魔してるのに挨拶するのは当然です。僕こそ寝てしまってすみません」

「良くも悪くものんびりした人達だから気負わなくて良いよ……行こうか」

歩き出した須和さんの後ろについて行く。須和さんが立ち止まりリビングの扉をノックした。

この扉の向こうに須和さんのご両親が……ご両親はベータだって言ってた。気に入られなかったらどうしよう。

僕の不安をよそに須和さんは躊躇うことなく扉を開けて僕の手を引いて部屋へ招き入れた。

「俺の番の清末海里君だ」

「きっ!!清末海里です!!お願いします!!」

勢いよく頭を下げて顔をあげると優しそうな笑顔が向けられていた。

「初めまして。秀哉の父の孝也、そして母親の……」

「香純です。宜しくね海里さん。どうぞお掛けになって」

ご両親の向かい側のソファーを指し示されて三人掛けのソファーに腰をおろした。須和さんが座ると思って端に寄って座ったけれど……須和さんは離れた一人掛けのソファーに座った。

やっぱり隣には座ってくれないのか……心が少しチクンと痛んだ。

「まあ……本当に実在したのね~」

「実在?」

落ち込みかけたけれどお母さんの言葉に驚いて顔を上げた。

「秀哉の妄想か虚言かと思ってたわ……この子、ずっと番は要らないと言い張って『縁の顔合わせ会』もなんだかんだと理由をつけて出席しなかったのに……本当にこんな可愛らしい子を見つけていたのね」

可愛らしいって……社交辞令やお世辞に慣れてないので反応がしづらい。

「母さん……煩い」

「もう、またそうやって睨んで……本当に可愛くない子!!海里さん、ごめんなさいね。こんな無愛想な子で」

お母さんと会話する須和さんの姿……トークアプリでいろんな話をしてきて出来上がっていた大人っぽい姿とは違って、新鮮でちょっと子供らしく感じる。

「須和さんはとても優しいです。いつも僕の事を気遣ってくれて……「海里君……」

真剣な眼差しのお父さんに話を止められて……僕、何か変な事を言ったかとドキリて心臓が跳び跳ねた。

「私も妻も『須和』だ……そして君も『須和』になる。『須和さん』は可笑しくないかい?」

えっと……それは……須和さんを名前で呼ぶって事?
どうしたら良いのか須和さんに助けを求めて視線を向けると須和さんも真剣な眼差しで僕を見ている。
呼ぶの?名前を?呼んで良いの?

「あの……えっと……しゅ……秀哉さん?」

震える唇でその名を紡ぐとお母さんが楽しそうに笑い声を上げた。

「見て、見て!!海里さん!!秀哉のあの嬉しそうな顔!!」

お母さんの示した先には僕よりも真っ赤に染めた顔を手で隠す秀哉さんがお母さんを睨んでいた。

「母さん……ちょっと黙って……ケホッ……海里君が引いてる」

秀哉さんの様子に楽しそうに笑うお父さんとお母さん。
この人達が僕の家族になるんだ……。

お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがアルファとオメガって言っていた。僕の両親は生粋のベータの家系……僕は特別変異みたいなもの。アルファとオメガに近いかどうかでベータの人もこんなに違うんだ……。
僕も『須和』になる……この温かい人達の中に……僕も入れてもらえる。

ーーーーーー

咳の酷くなった秀哉さんは、雪先生に連れられて部屋を退室したけれど、僕はご両親に挟まれてまだリビングにいる。

尻尾に触っても良いかと尋ねられて、戸惑ったけれど、了承するとお母さんは懐かしそうな眼差しで尻尾を撫でている。

「よくこうして母の尻尾にしがみついて寝てたわ……歳をとってさすがに母の尻尾に触らせてくれなんて、子供っぽくて言えなくなってしまったけれど……こうしてまたオメガの尻尾に触れられるなんて……海里さん……ごめんなさいね。あの子の体質のせいで貴方には迷惑をかける事になるけれど、出来る限り私も主人も手助けするから、あの子を見捨てないでいて欲しい」

「見捨てるなんて……秀哉さんは僕には勿体無い位の人で僕の方が……」

お母さんの目にはうっすら涙が滲んでいて……それ以上何も言えなかった。

秀哉さんの体質……病気……死に至る様な病気じゃないとは教えて貰ったけど……いつか話して貰えるのだろうか。

それから、秀哉さんとほとんど顔を合わす事なく年が明けた。トークアプリのメッセージばかりが増えていく。

好きな人の家、優しい家族、暖かい部屋、柔らかなベッド……それなのに……あの寒空の下、家に入れずにずっと玄関先に座っていたあの時間よりも寂しいのは何でだろう。

どうしてこんなに僕は貪欲なんだろう?

バイブするスマホを握りしめて……涙が一筋流れた。

……会いたい。
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