ただ愛されたいと願う

藤雪たすく

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愛されたいと願う

雪の音

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神様は……やっぱりいないのかな?
家族は今年も何処かへ旅行へ行ってしまった後だった。

今年は早い、みぞれ混じりの雪が少しちらついてきた空を見上げた。
厚着をしてきて良かった。

それでも何時間も寒空に座っていた体は固まった様にいうことをきかない。

もしここで僕が死んだらお父さんとお母さんが犯罪者になってしまう。少しでも暖の取れる場所を探して移動しよう。

ギクシャクと動く体を立ち上がらせて、あてもなく歩きだした。

年末の慌ただしさに賑わう人々を尻目に街をさ迷う。

雪が音を吸収した様に、人通りに反して静かな道をぴちゃぴちゃと自分の足音だけを聞きながら歩いた。

冬は良いな……みんな厚着だから耳も尻尾も服で隠せる。通り過ぎる人達もオメガに向ける蔑みの目は向けてはこない。

向こうからアルファと腕を組んで幸せそうに歩くオメガの姿が近づいてくる。

アルファと一緒に歩けばそんな目を向けられる事も無くなるって聞いた。アルファ……須和さんと……いつか一緒にああして街を歩きたいな。

「あ……すみません」

幸せそうな姿から目を背けてぼんやり歩いていたので人にぶつかってしまった。

「どこ見て歩いて……あれ~?もしかして君、オメガ~?」

三人組の男の人にじっとりとした目を向けられて思わずニット帽の端を掴んでしまって……これじゃあオメガと肯定している様なもの。

「あっ!!」

「ご主人様とは、はぐれちゃったのかな~?」

「返してっ!!返して下さい!!」

必死にジャンプしても持ち上げられたニット帽は取り返せない。道を行く人々はみな目を合わせないようにして避けて通る。

「おい、もう止めとけって。もし番のアルファに見られたら……」

「番のアルファがいたら、オメガをこんな寒空一人で歩かせるかっての。誰にも相手にされない可哀想なオメガと遊んでやってるだ……け……」

僕の後ろから腕が伸びてきて男の人の顔を掴み上げた。

「誰が可哀想なオメガだって?その遊びに俺も交ぜてくれるかな?」

聞き覚えのある声に後ろを振り返ると、怒りの籠もっていた表情が、一瞬で柔らかくなった。

「……緒方さん」

「ごめんね。須和じゃなくて」

あの日と変わらない笑顔を向けられ、一瞬……ちょっと勝手に期待をしてしまって、声の主に残念に思ってしまって申し訳なくなる。

「あの……僕がぼんやりしてたのが悪いんです。手を離してあげて下さい」

男の人の顔に緒方さんの指が食い込んでいて、友達の男の人達が土下座をして謝っているのに緒方さんは全く聞く耳を持たない。

緒方さんは掴み見上げていた男の人を放り出すと、怯える男の人達を気にせずニット帽を拾いあげて埃をはたいて僕に返してくれた。

緒方さん越しにふらつく男の人を引きずる様にして男の人達は逃げていくのが見えた。良かった。生きてた。

「君はそうやって許してしまうんだね」

ニット帽を被り直す僕を見下ろした緒方さんの眉間には皺が寄っている。

「そこまでひどい事はされていないです」

「これからされるかもしれなかったでしょ?どうしてオメガの子が全寮制の学校へ通う事が義務付けられているか……知ってるでしょ」

オメガは性犯罪に巻き込まれやすい。
知ってるけど……それは綺麗なオメガの子の話だろう。

「助けていただきありがとうございました。じゃあ失礼します……」

お礼を告げて、緒方さんの脇を抜けようとして手首を掴まれた。

「行かせる訳ないでしょ……」

そう言いながら緒方さんは片手でスマホを操作して電話を掛けてる。

「ごめんなさい!!陸人には言わないでください!!」

心配してくれた陸人の好意を突っぱねたのに、こんな状況になっているなんて陸人に知られたら……呆れられて友達で居てもらえなくなってしまうかもしれない。

スマホを奪おうとするけど、手が届くわけも無くて、縋り付いた体を宥めるように片手で抱き止められた。

「陸人君には言わないよ…………須和!!お前何やってんだ!!……何がじゃねぇよ!!海里君を凍えさせてそれでもこの子の番か!?」

須和……須和さん!?

冗談じゃない……こんな事須和さんには陸人以上に知られたくない。必死に逃げ出そうとするけどアルファの力に敵うわけなど無くて、抱き込まれた腕の拘束は解けない。

「あ?てめえの事情なんか知るかよ。番なら死ぬ気で守れ」

知っている緒方さんの姿と全然違うその口調に尻尾が足に巻き付いてくる。

「海里君。須和、すぐに此方に向かうそうだよ。暖かい場所でお茶でもして待っていようか?」

陸人が緒方さんはオメガには優しいって言っていたのはこういう事か……僕に暴力は振るわないと頭に理解させても体がいうことをきかずに動かない。

会いたいけれど会いたくない。

逃げたしたいけど逃げ出せない。

肩を掴まれていた腕の拘束は解かれたけれど、それでもその場から離れられない。
体が強張って動かない。

いつまでも動かない背中を押されて凍りついた様な足で一歩、また一歩と緒方さんの隣を進み出した時、道路の脇に1台の車が止まった。

扉が開かれて、風が吹き抜けるように周囲に溢れ返ったその香りは……。

「須和さん!!」

「海里君……」

緒方さんの手を振り切って懐かしい人物の胸に飛び込んだ。
こんな状況を知られたくなかったけれどその姿を見ると、会えた幸せが体を突き動かす。

「ははっ!!なんだか俺が悪者みたいだね」

「ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!」

もう誰に何を謝っているのかすら自分でもわからなくなったけれど、ひたすら謝りながら須和さんの胸に顔を擦り付けた。

「海里君……ゴホッ、ゴホッ!!……緒方……すまない。助かった……」

「お前の事情は知らないが……大切な相手を放置するなら俺が奪うよ?」

緒方さんの言葉に須和さんの服を掴む手に力が籠る。

「それは……困るな……クシュン!!……ケホッケホッ!!」

須和さんは風邪をひいているのか、くしゃみと咳が止まらない。
そんな事一言も言ってなかったのに、風邪の心配すらさせて貰えないのだろうか?

「海里君……俺の家に来てくれるかな?」

マスクで表情は読みきれないけれど、怒ったり嫌々という空気はなさそう?

「いいんですか?僕と……会えない事情があるんじゃ……」

「ここで君を放り出したら……俺は緒方に宝物を奪われてしまうね」

須和さんが緒方さんに視線を投げると緒方さんは牙を見せつける様に笑う。

「須和を殺ってでも奪うよ……海里君、一人で雪の降る中フラフラしてベータに絡まれていた事、陸人君には内緒してあげる。だから取引ね。須和にいっぱい甘えておいで?」

唇に指をあてて目を細める緒方さんの笑顔に、須和さんの顔を見上げた。良いのかな?甘えても……。

「来て……くれるかな?」

「はい。是非お邪魔したいです……」

緒方さんにお礼と別れを告げて、須和さんの車へ乗り込んだ。
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