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愛されたいと願う
ご主人様になって欲しかった
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大きなゴーグルみたいな眼鏡にマスク……ほとんど顔は見えないけれど、此方を見ている様な気がしてゴクリと唾を飲み込んだ。
突き刺さるような視線が恐いのに……目が離せない。ドキドキと胸が高鳴り、血が騒ぎだす。
陸人の言っていた『血で引かれあう』って……この事だろうか?
「須和 秀哉か……あいつが気になる?」
ずっと固定されていた視界の中に緒方さんが飛び込んできた。
「……え?」
「尻尾……揺れてるよ?おい!!須和!!」
須和……秀哉さん。
心の中で今聞いたばかりの名前を反芻してみる。心がポッと温かくなって……尻尾が緩やかに揺れているのに気付いた。
緒方さんに呼ばれすぐ側まで須和さんが近づいてくる。先程までとは異なる緊張を感じて目を伏せると、数歩離れた先に須和さんの足が立ち止まったのが見える。
離れていても須和さんのものだと思う匂いが鼻から胸に抜けていく。
体の力が抜けそうな程甘いのに透明感のある香り……。
「緒方……その子は……お前の?」
緒方さんとは声質の違う……少し低めの落ち着いた声が耳に染み込む。耳がピクピクと反応しているのがわかっても、もっと須和さんの声を拾いたいと動きだす耳を抑えられなかった。
「いや、残念ながら……陸人君の友人らしくてね。初めての会で緊張しているだろうから宜しくとお願いされたんだけど、どうやらお前に興味が湧いたらしくて……話をしてあげてくれないかな?」
「俺に?」
「きっ……清末海里ですっ!!」
意を決して顔を持ち上げると……眼鏡の奥……切れ長な涼やかな瞳と目があった……。
「清末海里……君。須和秀哉です。宜しく……」
僕を見下ろしている目が優しげに細められ……頭の中で何かが弾けたみたいに熱いものが体中に広がった。
激しく沸き起こる感情の昂りに操られる様に僕は……僕の体は須和さんの体に抱きついていた。
「ご主人様!!どうか僕を飼って下さい!!」
衝動が抑えられない。
この人は僕のご主人様だ!!この人は僕の!!僕はこの人のものになりたい!!
だけど……ご主人様だと感じたのは僕の独りよがりな感動で、抱き着いた体は突き飛ばされて、僕は地面に尻餅をついた。
「はっ……はっ……くしゅんっ!!……すまない!!後日連絡するっ!!」
呆然と見送った、走り去って行くご主人様の背中が過去の記憶とダブって、ボヤけて揺らいでくる。
誰の……背中だっけ……お父さん?お母さん?置いていかないで……必死に手を伸ばしたけれど求めた背中は会場から消えた。
「う……く……うぅ……僕のご主人様……」
みっともないぐらい涙がボロボロと溢れて止まらない。ふられた……ふられちゃった。
この人が僕のご主人様だと思ったのに、この人しかいないと思ったのに……。
「緒方様……何か?」
「大丈夫です。ただ彼を落ち着かせてあげたいので、場所を変えてもよろしいでしょうか?緒方の名に恥じるような事は致しません」
背中を撫でてくれていた緒方さんは集まってきた先生達にそう伝えると僕の体を抱き上げて会場から連れ出してくれた。
ーーーーーー
緒方さんが借りてきてくれたタオルに顔を埋めて涙を吸い込ませていくと、僅かに心が落ち着いてきた。
「落ち着いたかな?」
緒方さんの声にタオルから顔を上げると、ペットボトルの水が顔に当てられた。
「ありがとうございます……」
熱を持った顔に冷たさが気持ちよくて受け取ったペットボトルを目頭に当てた。
「緒方さん……すみません。ご迷惑をお掛けして……」
ずっと付き添ってくれているけれど、緒方さんだって、番を見つける為にこの会に出席しているのに、会場の外でいつまでも付き合わせるのは忍びない。
「気にしないで。今回は俺の未来の番はいなそうだったからね。むしろ面白いものを見せてもらってありがとう」
「面白いもの……?」
ペットボトルを目頭から話すとチカチカした焦点の合わない視界の中で、緒方さんが肩を揺らして笑っていた。
「海里君は意外に大胆だね。いきなり『ご主人様』とか『飼ってくれ』なんて……あの須和の動揺した顔、あんなあいつの姿は初めて見たよ」
冷静になって、人からそう指摘されると恥ずかしい……なんて馬鹿な事を口走っちゃったんだろう。
初対面で自己紹介していきなりそんな事を言われれば……突き飛ばされて当然だったなと反省した。
ペットボトルの蓋を開けて水を飲み込むと……引っ張られる様な渇きに張りつめて痛んでいた喉が柔らかく潤う。
「でも……どうしても抑えきれなかったんです。この人しかいないって……あの人なら僕はどんな事でも喜んで受け入れられるって感じて……」
「海里君……そうか。でもああいう言い方は良くないな。俺たちアルファは召使いやペットを探しているんじゃない……将来、共に寄り添う伴侶との出会いを探しているんだ……ああいう言い方をされると傷付くかな?」
「ごめんなさい……早く飼い主をみつけて出て行けと家族から言われてたから……」
まだ見ぬアルファに怯えながら、それでもずっと連れ出してくれるご主人様を夢見ていた。せめて優しいご主人様に飼われたいと願っていた。
「アルファとオメガの関係はそんな関係じゃないよ?ベータから見たらオメガにチョーカーをつけて一緒に歩く姿はそう見えるみたいで、適当な事を言われる事もあるけれどね」
「ごめんなさい。アルファや他のオメガの人達をあまり見た事が無くて……」
友達と呼べるのは陸人しかいない。
「何と言われようとアルファからオメガに送るチョーカーはオメガを守る為の大切な物……決して首輪を付けてペットとして扱いたい訳じゃない」
優しい空気を纏わせていた緒方さんから柔らかな雰囲気が消えて、目は鋭く細くなり……薄く開いた口の中で牙が怪しく光って見える。
「ご……ごめんなさい」
急に目の前の緒方さんが怖くなって、細かく震える手を握りしめた。
「いや……悪かったね。そういうベータの視線で心を苦しめているオメガの子をたくさん知っているから……君を怖がらせたかった訳じゃないんだ」
肩に置かれた緒方さんの手に体が跳ねて耳と尻尾は小さく垂れさがった。
「…………ごめんなさい」
「海里君は謝ってばかりだ。そんなに謝らなくても君は良い子だよ。君がそれだけ惹かれたんだ、きっと須和だって君に惹かれているはずだ」
そうだろうか?
陸人も惹かれ合うと言っていたけれど、僕の思い込み……若しくは僕には惹かれ合う相手なんて最初から神様に用意されていないのかも……。
「何か事情があったんだと思うよ?須和の言う通り後日の連絡を待ってみてあげてくれないかな?」
後日連絡……確かに立ち去り際に須和さんはそう言った。
その連絡が朗報か悲報か……どちらにせよ僕はその知らせを待つ以外なにも出来ない。
オメガに選ぶ権利なんて無いから……。
「そんなに暗くならなくても、須和の人間性は俺が保証するよ。他人の心を無碍に扱う様な奴じゃない」
「……緒方さんは須和さんと仲がいいんですか?」
「いや。同じ学校で学年は一緒だけどクラスは違うからね……ん~こういう言い方すると誤解されてしまうかもしれないけど、俺はオメガが好きなんだ。全てのオメガに幸せに笑っていて欲しいんだよね」
にこりと微笑まれて……ドクンと胸が脈打った。
「僕でも……幸せになれるでしょうか?」
「幸せになる権利は誰にでもあるでしょ?」
緒方さんの笑顔に僕も不器用に笑顔を作った。
幸せに……出来るなら須和さんと幸せになりたい。
須和さんの事を……匂いを思い出すだけで心が熱くなり尻尾が緩やかに揺れ動く。
「……須和さんからの連絡を待ってみます」
この思い出だけで生きていけそうな気さえする。
いつまでだって死ぬ間際までずっと待っていられる。
「ありがとう。俺も須和に話を聞いてみるよ。何かわかったら貴司経由で陸人君に伝えておくね」
「はい。ありがとうございます」
「うん……やっぱりオメガには笑顔が似合うよね」
緩やかに動き続ける尻尾を優しく撫でてもらった。
突き刺さるような視線が恐いのに……目が離せない。ドキドキと胸が高鳴り、血が騒ぎだす。
陸人の言っていた『血で引かれあう』って……この事だろうか?
「須和 秀哉か……あいつが気になる?」
ずっと固定されていた視界の中に緒方さんが飛び込んできた。
「……え?」
「尻尾……揺れてるよ?おい!!須和!!」
須和……秀哉さん。
心の中で今聞いたばかりの名前を反芻してみる。心がポッと温かくなって……尻尾が緩やかに揺れているのに気付いた。
緒方さんに呼ばれすぐ側まで須和さんが近づいてくる。先程までとは異なる緊張を感じて目を伏せると、数歩離れた先に須和さんの足が立ち止まったのが見える。
離れていても須和さんのものだと思う匂いが鼻から胸に抜けていく。
体の力が抜けそうな程甘いのに透明感のある香り……。
「緒方……その子は……お前の?」
緒方さんとは声質の違う……少し低めの落ち着いた声が耳に染み込む。耳がピクピクと反応しているのがわかっても、もっと須和さんの声を拾いたいと動きだす耳を抑えられなかった。
「いや、残念ながら……陸人君の友人らしくてね。初めての会で緊張しているだろうから宜しくとお願いされたんだけど、どうやらお前に興味が湧いたらしくて……話をしてあげてくれないかな?」
「俺に?」
「きっ……清末海里ですっ!!」
意を決して顔を持ち上げると……眼鏡の奥……切れ長な涼やかな瞳と目があった……。
「清末海里……君。須和秀哉です。宜しく……」
僕を見下ろしている目が優しげに細められ……頭の中で何かが弾けたみたいに熱いものが体中に広がった。
激しく沸き起こる感情の昂りに操られる様に僕は……僕の体は須和さんの体に抱きついていた。
「ご主人様!!どうか僕を飼って下さい!!」
衝動が抑えられない。
この人は僕のご主人様だ!!この人は僕の!!僕はこの人のものになりたい!!
だけど……ご主人様だと感じたのは僕の独りよがりな感動で、抱き着いた体は突き飛ばされて、僕は地面に尻餅をついた。
「はっ……はっ……くしゅんっ!!……すまない!!後日連絡するっ!!」
呆然と見送った、走り去って行くご主人様の背中が過去の記憶とダブって、ボヤけて揺らいでくる。
誰の……背中だっけ……お父さん?お母さん?置いていかないで……必死に手を伸ばしたけれど求めた背中は会場から消えた。
「う……く……うぅ……僕のご主人様……」
みっともないぐらい涙がボロボロと溢れて止まらない。ふられた……ふられちゃった。
この人が僕のご主人様だと思ったのに、この人しかいないと思ったのに……。
「緒方様……何か?」
「大丈夫です。ただ彼を落ち着かせてあげたいので、場所を変えてもよろしいでしょうか?緒方の名に恥じるような事は致しません」
背中を撫でてくれていた緒方さんは集まってきた先生達にそう伝えると僕の体を抱き上げて会場から連れ出してくれた。
ーーーーーー
緒方さんが借りてきてくれたタオルに顔を埋めて涙を吸い込ませていくと、僅かに心が落ち着いてきた。
「落ち着いたかな?」
緒方さんの声にタオルから顔を上げると、ペットボトルの水が顔に当てられた。
「ありがとうございます……」
熱を持った顔に冷たさが気持ちよくて受け取ったペットボトルを目頭に当てた。
「緒方さん……すみません。ご迷惑をお掛けして……」
ずっと付き添ってくれているけれど、緒方さんだって、番を見つける為にこの会に出席しているのに、会場の外でいつまでも付き合わせるのは忍びない。
「気にしないで。今回は俺の未来の番はいなそうだったからね。むしろ面白いものを見せてもらってありがとう」
「面白いもの……?」
ペットボトルを目頭から話すとチカチカした焦点の合わない視界の中で、緒方さんが肩を揺らして笑っていた。
「海里君は意外に大胆だね。いきなり『ご主人様』とか『飼ってくれ』なんて……あの須和の動揺した顔、あんなあいつの姿は初めて見たよ」
冷静になって、人からそう指摘されると恥ずかしい……なんて馬鹿な事を口走っちゃったんだろう。
初対面で自己紹介していきなりそんな事を言われれば……突き飛ばされて当然だったなと反省した。
ペットボトルの蓋を開けて水を飲み込むと……引っ張られる様な渇きに張りつめて痛んでいた喉が柔らかく潤う。
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まだ見ぬアルファに怯えながら、それでもずっと連れ出してくれるご主人様を夢見ていた。せめて優しいご主人様に飼われたいと願っていた。
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「ごめんなさい。アルファや他のオメガの人達をあまり見た事が無くて……」
友達と呼べるのは陸人しかいない。
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優しい空気を纏わせていた緒方さんから柔らかな雰囲気が消えて、目は鋭く細くなり……薄く開いた口の中で牙が怪しく光って見える。
「ご……ごめんなさい」
急に目の前の緒方さんが怖くなって、細かく震える手を握りしめた。
「いや……悪かったね。そういうベータの視線で心を苦しめているオメガの子をたくさん知っているから……君を怖がらせたかった訳じゃないんだ」
肩に置かれた緒方さんの手に体が跳ねて耳と尻尾は小さく垂れさがった。
「…………ごめんなさい」
「海里君は謝ってばかりだ。そんなに謝らなくても君は良い子だよ。君がそれだけ惹かれたんだ、きっと須和だって君に惹かれているはずだ」
そうだろうか?
陸人も惹かれ合うと言っていたけれど、僕の思い込み……若しくは僕には惹かれ合う相手なんて最初から神様に用意されていないのかも……。
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オメガに選ぶ権利なんて無いから……。
「そんなに暗くならなくても、須和の人間性は俺が保証するよ。他人の心を無碍に扱う様な奴じゃない」
「……緒方さんは須和さんと仲がいいんですか?」
「いや。同じ学校で学年は一緒だけどクラスは違うからね……ん~こういう言い方すると誤解されてしまうかもしれないけど、俺はオメガが好きなんだ。全てのオメガに幸せに笑っていて欲しいんだよね」
にこりと微笑まれて……ドクンと胸が脈打った。
「僕でも……幸せになれるでしょうか?」
「幸せになる権利は誰にでもあるでしょ?」
緒方さんの笑顔に僕も不器用に笑顔を作った。
幸せに……出来るなら須和さんと幸せになりたい。
須和さんの事を……匂いを思い出すだけで心が熱くなり尻尾が緩やかに揺れ動く。
「……須和さんからの連絡を待ってみます」
この思い出だけで生きていけそうな気さえする。
いつまでだって死ぬ間際までずっと待っていられる。
「ありがとう。俺も須和に話を聞いてみるよ。何かわかったら貴司経由で陸人君に伝えておくね」
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