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始まりの世界
第九話
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退校時間を伝える音楽が流れ追い出されるように校門へと向かった。
校門の前に立つ慣れた気配の人影に視線を向ける。永倉だった。
「遅ぇよ、千鳥!!」
「永倉………帰る約束してたっけ?」
ぼんやりと顔を上げる。
「藤川にお前を見つけたら、大丈夫だから心配しないでくれって伝言頼まれてな、こうして待っててやったって訳だ」
「…………藤川」
ズキリと心が痛んだ。
「なぁなぁ、何があったんだ?藤川、凄い色気を振り撒いてたけどお前………」
ニヤニヤと肘で俺を突いてくる永倉。
こいつ……こいつの兄には、お世話になったしな。
「藤川に……告白されて……付き合うことになった」
「マジか!!やったじゃん!!……で?なのに何でそんな浮かない顔してんだよ?」
「………………」
何も言わない俺の答えを永倉は待ち続けている。
言える訳もなく、歩き始めた俺の後を永倉は黙って着いてきた。
無言の帰り道。
「………ごめん。落ち着いたら話す」
「おう!!」
永倉は俺の背中をバンと叩くと、また明日なと走って行った。
………落ち着いたら……話せるだろうか?
溜め息を吐いて、重い脚を引きずるようにして帰った。
ーーーーーー
『何処で誰とやってきたかは知らんけど、随分とまぁ、豪気なことだねぇ』
母さんは帰るなり、俺の心を抉りとった。
「………………」
『血まで吸わせて精気までやって来たのかい?だから吸血鬼に血を吸わせるなと教えてきたのにねぇ……』
「父さんには外で食べるか、弁当でも買ってきてくれって連絡した!!もう寝かせてくれよ!!」
布団を被って母さんの説教から耳をふさいだ。
『誰が夕飯の心配をしてるよ?あんたの体を心配してんだよ……1度情を交わした吸血鬼には魅了されやすい……気を付けるんだよ』
それだけ言うと、母さんは部屋を出ていった。
静かになった部屋でぼんやりと天井を眺めていた。
藤川と体を重ねたその日のうちに、昨日出会ったばかりの吸血鬼とも関係を持った……やったというか、最後までしていないが、口でやられた。
紅い瞳に見つめられ、抗えなかった。
俺は明日、どんな顔をして藤川と会えば良いんだ?
まんじりともせず、布団の中で時間が潰していると、控え目なノックと父さんの声がして、良いかい?と父さんと母さんが部屋に入ってきた。
俺の側まで来ると父さんがおでこに手を当てて、
「熱は無いみたいだね、何処か痛むかい?」
父さんの暖かい手に年甲斐もなく涙が出そうになる。
「大丈夫。ちょっと体が怠いだけだから、ごめん。夕飯用意出来なくて」
「そんなことを気にしなくて良いよ。佑人にはいつも苦労させてごめんね。ミャ~ちゃんも心配してるから今日はゆっくり休んで早く良くなってね」
そう言うと俺の左腕に手を当てた。ナハトに噛まれた場所。
………?父さんの手に触れられると重かった体が軽くなっていく気がした。
ーーーーーー
父さんが出ていった後も、母さんは部屋に残り俺の布団の上で丸まっている。
『前に誠一郎さんとの馴れ初めを聞いてきたことがあったね………夜伽に少し誠一郎さんとの事を話そうか』
母さんはゆっくりと話を始めた。
――――――今から400年程前、母さんがまだ吸血姫として恐れられていた頃。
1人の退魔士の男と出会った。
母さんは、男の気高い魂に夢中になったが、男は全く靡かない。
退魔の仕事を続ける男を陰ながらサポートして見守っていたが、ある日、男はその命を落とした。
吸血鬼達を無差別に狩る吸血鬼ハンターが現れた。
その吸血鬼ハンターは狂ったように吸血鬼を狩っては人間の身でありながら核を喰ったそうだ。
人でも吸血鬼でも無くなり、吸血鬼を食らう怪物となったそのハンターの歯牙は、母さんにも向けられる事となり、母さんが殺されそうになったときに退魔士の男が母さんを庇った。
全く母さんに興味をもたなかった男は母さんを守るため、命を賭した技でハンターを封印した。
母さんはその後、身を潜め男の家を、一族を見守ってきた。
母さんを庇って死んだ男。その男に瓜二つな子が誕生した。
それが父さん。
いつもの様に陰から見守るつもりが、堪えきれず接触を取ってしまった。
父さんが20歳の頃、吸血鬼に襲われかけたのを助けてしまった。
父さんの傷を治すために、姿を見せて情を交わしてしまった。
命を繋ぐ為に………眷族にした。
後悔したが、これで手に入らなかったあの男の生まれ変わりの様なこの男を手に入れる事が出来たと、喜ぶ気持ちもあった。
しかし、父さんは眷族にはならなかった。
薄れた筈の退魔の血が、身の内で母さんの呪縛を浄化したのだ。
何百年経っても自分の物にならない事を歯痒くもあったが安堵もした。
何も覚えていない父さんは、母さんの手当てのお陰だと信じて母さんに猛烈なアタックをして、折れた母さんは父さんと結婚をして俺を産んだ。
父さんの退魔の力を受け継いだ俺は吸血鬼の言いなりにはならないだろうと母さんは言う。
その事を伝えたくて、父さんの話をしてくれたのだろう。
「なぁ、母さん……吸血鬼の出産ってそんなに大変なのか?」
母さんはその話はまた今度、もう今日は寝な、とはぐらかしたが……吸血鬼の力を浄化する退魔の力を持つ子を腹に宿した。母さんから父さんを奪ったのは、父さんから母さんを奪ったのは俺か………。
暗い気持ちは暗い心を呼び寄せて、どんどん黒い沼に沈めていく。
カプリと鼻を噛まれた。
『私は死んでないよ!!勝手に終わらせんじゃないよ!!』
俺の思考はお見通しの様だ。
『こんな姿でも私は幸せなんだよ』
フンと鼻を鳴らした母さん。
俺が悩んでいることとは、少し的がずれているけれど、母さんの気持ちが嬉しかった。
校門の前に立つ慣れた気配の人影に視線を向ける。永倉だった。
「遅ぇよ、千鳥!!」
「永倉………帰る約束してたっけ?」
ぼんやりと顔を上げる。
「藤川にお前を見つけたら、大丈夫だから心配しないでくれって伝言頼まれてな、こうして待っててやったって訳だ」
「…………藤川」
ズキリと心が痛んだ。
「なぁなぁ、何があったんだ?藤川、凄い色気を振り撒いてたけどお前………」
ニヤニヤと肘で俺を突いてくる永倉。
こいつ……こいつの兄には、お世話になったしな。
「藤川に……告白されて……付き合うことになった」
「マジか!!やったじゃん!!……で?なのに何でそんな浮かない顔してんだよ?」
「………………」
何も言わない俺の答えを永倉は待ち続けている。
言える訳もなく、歩き始めた俺の後を永倉は黙って着いてきた。
無言の帰り道。
「………ごめん。落ち着いたら話す」
「おう!!」
永倉は俺の背中をバンと叩くと、また明日なと走って行った。
………落ち着いたら……話せるだろうか?
溜め息を吐いて、重い脚を引きずるようにして帰った。
ーーーーーー
『何処で誰とやってきたかは知らんけど、随分とまぁ、豪気なことだねぇ』
母さんは帰るなり、俺の心を抉りとった。
「………………」
『血まで吸わせて精気までやって来たのかい?だから吸血鬼に血を吸わせるなと教えてきたのにねぇ……』
「父さんには外で食べるか、弁当でも買ってきてくれって連絡した!!もう寝かせてくれよ!!」
布団を被って母さんの説教から耳をふさいだ。
『誰が夕飯の心配をしてるよ?あんたの体を心配してんだよ……1度情を交わした吸血鬼には魅了されやすい……気を付けるんだよ』
それだけ言うと、母さんは部屋を出ていった。
静かになった部屋でぼんやりと天井を眺めていた。
藤川と体を重ねたその日のうちに、昨日出会ったばかりの吸血鬼とも関係を持った……やったというか、最後までしていないが、口でやられた。
紅い瞳に見つめられ、抗えなかった。
俺は明日、どんな顔をして藤川と会えば良いんだ?
まんじりともせず、布団の中で時間が潰していると、控え目なノックと父さんの声がして、良いかい?と父さんと母さんが部屋に入ってきた。
俺の側まで来ると父さんがおでこに手を当てて、
「熱は無いみたいだね、何処か痛むかい?」
父さんの暖かい手に年甲斐もなく涙が出そうになる。
「大丈夫。ちょっと体が怠いだけだから、ごめん。夕飯用意出来なくて」
「そんなことを気にしなくて良いよ。佑人にはいつも苦労させてごめんね。ミャ~ちゃんも心配してるから今日はゆっくり休んで早く良くなってね」
そう言うと俺の左腕に手を当てた。ナハトに噛まれた場所。
………?父さんの手に触れられると重かった体が軽くなっていく気がした。
ーーーーーー
父さんが出ていった後も、母さんは部屋に残り俺の布団の上で丸まっている。
『前に誠一郎さんとの馴れ初めを聞いてきたことがあったね………夜伽に少し誠一郎さんとの事を話そうか』
母さんはゆっくりと話を始めた。
――――――今から400年程前、母さんがまだ吸血姫として恐れられていた頃。
1人の退魔士の男と出会った。
母さんは、男の気高い魂に夢中になったが、男は全く靡かない。
退魔の仕事を続ける男を陰ながらサポートして見守っていたが、ある日、男はその命を落とした。
吸血鬼達を無差別に狩る吸血鬼ハンターが現れた。
その吸血鬼ハンターは狂ったように吸血鬼を狩っては人間の身でありながら核を喰ったそうだ。
人でも吸血鬼でも無くなり、吸血鬼を食らう怪物となったそのハンターの歯牙は、母さんにも向けられる事となり、母さんが殺されそうになったときに退魔士の男が母さんを庇った。
全く母さんに興味をもたなかった男は母さんを守るため、命を賭した技でハンターを封印した。
母さんはその後、身を潜め男の家を、一族を見守ってきた。
母さんを庇って死んだ男。その男に瓜二つな子が誕生した。
それが父さん。
いつもの様に陰から見守るつもりが、堪えきれず接触を取ってしまった。
父さんが20歳の頃、吸血鬼に襲われかけたのを助けてしまった。
父さんの傷を治すために、姿を見せて情を交わしてしまった。
命を繋ぐ為に………眷族にした。
後悔したが、これで手に入らなかったあの男の生まれ変わりの様なこの男を手に入れる事が出来たと、喜ぶ気持ちもあった。
しかし、父さんは眷族にはならなかった。
薄れた筈の退魔の血が、身の内で母さんの呪縛を浄化したのだ。
何百年経っても自分の物にならない事を歯痒くもあったが安堵もした。
何も覚えていない父さんは、母さんの手当てのお陰だと信じて母さんに猛烈なアタックをして、折れた母さんは父さんと結婚をして俺を産んだ。
父さんの退魔の力を受け継いだ俺は吸血鬼の言いなりにはならないだろうと母さんは言う。
その事を伝えたくて、父さんの話をしてくれたのだろう。
「なぁ、母さん……吸血鬼の出産ってそんなに大変なのか?」
母さんはその話はまた今度、もう今日は寝な、とはぐらかしたが……吸血鬼の力を浄化する退魔の力を持つ子を腹に宿した。母さんから父さんを奪ったのは、父さんから母さんを奪ったのは俺か………。
暗い気持ちは暗い心を呼び寄せて、どんどん黒い沼に沈めていく。
カプリと鼻を噛まれた。
『私は死んでないよ!!勝手に終わらせんじゃないよ!!』
俺の思考はお見通しの様だ。
『こんな姿でも私は幸せなんだよ』
フンと鼻を鳴らした母さん。
俺が悩んでいることとは、少し的がずれているけれど、母さんの気持ちが嬉しかった。
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