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聖女の役割

ゴットン料理教室

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思わず3人揃って店を通り過ぎてしまい、慌てて戻って呆然と見上げた。

「ティール様!!今か今かとお待ちしておりましたぁ!!」

店から飛び出して来たゴットンさんの猛突進からライさんが俺の体を持ち上げて助けてくれた。

「おはようございます。駄目ですよ?御園君は俺の聖女ですから」

「いや~これは朝からご馳走さまです!!」

ガラガラと突っ込んだ木箱の成れの果てから抜け出しながらゴットンさんは豪快に笑った。

「おはようございます……お店……一日で随分変わりましたね」

ライさんに下に降ろして貰いながらもう一度店を見上げた。

昨日まではケバケバしいショッキングピンクだったお店が真っ白な外壁に変わっていた。それで一度通り過ぎてしまったくらいだ。

「はい!!一晩かけて塗り直しました!!ささ……中へどうぞ」

準備をしておくと言っていたけれど、食材の調達や道具の準備ではなく、店のリフォームだったとは。

内装もガラッと変化していた。
ショッキングピンクだった店内も真っ白に変わり、椅子や厨房台の壁は淡い桜色に変わっている。
ギラギラからフワフワに変わった。

これも魔法なのかと、驚きながら店内を見回していると誇らしげな顔でゴットンさんは鼻の下を掻いた。

「気に入って貰えました?前代のイメージから今代のティール様のイメージに模様替えしたんです!!」
「俺の?……俺こんな?」

白と薄ピンク……昨日着ていた服のイメージかな?

「さすがだね。御園君のイメージそのままだ」

「……そうですか?」

そう……なのだろうか?
こんな明るい雰囲気の人間ではないと思うのだが……ゴットンさんとライさんは満足そうなのでいいか。

「……馬鹿らし……俺、寝てるからご飯出来たら起こしてね~」

モルテさんは手を振ると部屋の隅のソファー席に横になった。
さっき起きたばっかなのによく眠れるなぁ……でもモルテさんが寝ていてくれれば静かだからいいや。

「ゴットンさん、よろしくお願いします」

厨房に入れてもらい、手を洗ってゴットンさんを見上げた。
隣に並ぶと本当に大きい人だ。

「ティール様に……見つめられて……くっ!!」

ゴットンさんは大袈裟に顔を手で覆った。

授業がなかなか始まらない……ずっとこんな調子だとしたら、お料理教室はいつ卒業できるんだろう。

ーーーーーー

「ティール様に包丁を握らせるなんて!!もしそのミーヌの様な指が怪我でもしたら!!」

ゴットンさんが三角の紫色の……恐らく野菜の皮を剥くのを見せてもらいながら、俺も真似てみようと包丁を持った途端ハラハラ落ち着きをなくして止められた。

「それじゃあ俺、何の為にここにいるかわからないじゃないですか」

ぐっと言葉を飲み込みながらゴットンさんが静かになったので同じ様に皮を剥いてみた。
真似してみたけどやっぱりプロの様には上手くいかない……ボコボコに剥かれたそれを見て。

「ティール様!!さすがです!!俺は……俺は感動で……っ!!」

ゴットンさん号泣。

お料理教室はともかく、今日の昼ご飯すらいつできる事やら……。

ライさんは昨日、売り言葉に買い言葉で俺たちのリコニトルがモルテさんじゃなくてゴットンさんならよかったと言っていたけど……俺はモルテさんでよかったと思う。男泣きするゴットンさんが落ち着くまで、転がった紫三角の野菜を剥き続けた。


「包丁はもう完璧ですよ!!もう教える事はないぐらいです!!」

……そうは思えないが、色んな野菜の処理の仕方は一通り見せてもらった。

「ゴットンさん……昨日の、えっと……サレ漬け……マ、マ……」

「サレ漬けマッコンベル焼きですか?」

「そう、それです。それを覚えたいです……とっても美味しかったですから」

魚をおろした事はないけど、教えて貰いながらなら出来そうな気がする。馴染み深いあの味なら何日か続いても飽きがこなさそう。

「そんな……俺なんかにそんな笑顔を……勿体無い!!」

もう慣れつつあるゴットンさんの雄叫びを聞きながら、ライさんをちらりと見た。
ライさんも美味しそうに食べてたから……きっと覚えたら喜んでくれるかも。
客席に座ってこちらの様子を見守ってくれていたライさんは、俺の視線に気がつくとにっこり微笑んで小さく手を振ってくれた。

モルテさんに昨日教えて貰った話が本当ならライさんは心の中で常に死の恐怖と戦っているはず。
前にライさんは目覚めたばかりだって言ってたし、過去の記憶もないはずなのに全くそんな素振りを見せず、俺が落ち着ける様にずっと穏やかに笑っていてくれる。俺も……ライさんが笑って過ごせるお手伝いが出来たらいいんだけどな。

「これがマッコンベルですよ!!」

魚の姿を想像していたが角やら翼やらが生えていて……深海魚ならこんな顔の奴がいそう、という顔面をしていた。

まな板の上に取り出された魚風の生き物に……包丁を握りしめてゴクリとつばを飲み込み勇気を振り絞った。


ーーーーーー


グウゥゥゥ……

テーブルに出来上がった料理を並べていると盛大なお腹の音が聞こえてモルテさんが起き上がった。

「ん~やっと出来たぁ~?お腹減ったよ~」

「お待たせしてすみません」

「謝る必要はないよ。寝てただけの奴に食べさせる必要もなし」

「あ?お前だってティールを眺めてただけだろ~?お前も食うな」

ライさんがモルテさんの前のお皿を奪うと、モルテさんはライさんの前のお皿を奪い睨み合っている。
これはこれでこの二人は仲が良いのかも。


俺が何かをする度に『さすがです』『すばらしい』『可愛らしい』と大袈裟に反応するゴットンさんのおかげで時間が無くなり、最終的にほとんどゴットンさんが作り上げた。

それでも一緒に横で見ながら手伝いをして、名前はまだ覚えきれないけれど調味料やソースで良く使われる物の味見をさせてもらった。
味わい慣れた物に似た調味料もあって、お肉を切って焼くだけとか野菜を炒めるだけの簡単な物なら1人でも作れそうだと自信が僅かに出てきた。

「まだ全然ですけど……楽しかったです。今日の夕飯1人で作ってみたいので材料を少しわけて貰えないですか?」

「楽しかった!?生きてて良かったぁぁぁっ!!少しと言わずなんなら今ある在庫全部持っていって下さい!!」

「そんなには……お店の営業はどうするんですか?明日の勉強の分が無くなってしまうじゃないですか」

「明日……明日もあるのか……うううう」

明日も授業してくれないと、せっかく三枚おろしにしてサレに漬けて寝かせているマッコンベルが食べられない。

「よろしくお願いします。ゴットン先生」

頭を下げるとゴットンさんは奇声を上げながら転がっていって厨房の奥に転がり消えてしまった。
大丈夫なのか心配になるけどあれがデフォルトみたいだし、まあ放っておいてもいいか。

「美味しいね~美味しい物が食べられればもう何でもいいや~」

俺も席に着き、モルテさんが幸せそうに食べている姿を見ると、リコニトルがモルテさんで良かったかもとしみじみと思った。
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