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手を差し伸べてくれる人
4日目
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朝、いつもの時間に目を覚ますと……ベッドの横に赤い扉が立って俺を見下ろしていた。
手を伸ばせば届く距離。
冷静にベッドから下りて身支度をしてリビングへ向かった。
「おはよう、朝食いま準備するわね」
「ごめん……今日は早く行かないといけない日だった……もう行くね」
「そうなの?そういう事は早く言ってくれれば良いのに」
「行ってらっしゃい、気をつけてな」
先に朝食を食べていた父さんも顔を上げて見送ってくれる。
「……行ってきます」
父さん、母さん……ごめんなさい。
決意を固め、頭の中で謝罪をしながら家を出る俺の後ろを、赤い扉はピッタリと張り付いて来ていた。
ーーーーーー
家を出て……学校とは反対方向へ向かった。
できるだけ……人目の無い場所へ。
主要道路から少し中に入った潰れた工場の横の空き地へ入り込むと、放置され転がっていた資材から鉄パイプを掴み上げ握りしめた。
怖いけど……大丈夫……雑賀君、勇気を下さい。
「お前なんか……お前なんか壊れてしまえっ!!」
雑賀君の仇討ちだと、勇気と共に振り上げた鉄パイプを渾身の力を込めて振り下ろした。
ガキンッ!!と大きな音を立てて地面のコンクリートが僅かに削れ、手に跳ね返った衝撃が腕を痺れさせた。
鉄パイプを落とし後退った俺の目の前には……赤い扉が大きく口を開いていた。
その向こうは真っ黒な闇の世界。
やっぱり俺なんかじゃ仇討ちどころか一矢報いる事も出来なかったけど……雑賀君……これで、君と同じ場所へ行ける。
恐怖を通り越し、どこか穏やかな気持ちでその闇の世界へ手を伸ばした。
「駄目だ!!御園っ!!」
突如背後から抱き締められ……体を引っ張られた。
目の前を猛烈な勢いで大きな物が通り過ぎ、風が通り過ぎた。
轟音を上げて建物に突っ込み……空気の抜ける様な音を上げて停止するトラック。
「駄目だ……駄目だっ!!死は安らぎなんかじゃない!!」
俺を抱き締める腕はバチバチと音を上げながら黒く焼け焦げ続ける。
「ライさん……離して!!俺は雑賀君のとこに……」
「あんな扉に君を喰わせてたまるか!!」
腕から逃げようとした体は後ろに強く引かれ……俺の体は窓の中へ吸い込まれる。手を伸ばした先……扉は何の感情も無く、ただ闇の世界を広げていた。
ーーーーーー
固く白い石の床で横になり……白い石の天井を見上げている。
「いくらライがフュラ・ユイヴィールとはいえ無茶しすぎ。聖女もまだいないのに……死ぬ気?」
心の読めない糸目の少年が見下ろしてくる。
この声は……モルテさん?
「ぐ……うぅ……煩い……御園君に……苦しみを味あわせるよりはマシだ……」
視線を動かすと項垂れた金髪が忙しない息遣いと共に揺れている。
その腕は真っ黒な煤に汚れて……嫌な匂いが鼻をついた。
窓から出られないと言っていたのに……何で……何で俺なんかの為に……ボロボロと涙が溢れた。
俺は雑賀君の側に行きたかったのに、放っておいてくれて良かったのに……。
「御園君……泣かないで……もう扉は襲って来ないから……」
俺の涙の意味を勘違いした慰めが優しく耳を擽る。
苦悶に歪む赤い瞳……ああ……ここは地球じゃない。
ライさん達の世界。
側に行くどころか、より遠くへ離れてしまったのかもしれない。
助けられたのだろうけど……俺はもう……死んだも同然だ。
「ライさん……俺はここで何をしたらいいんですか……」
何をやらされるのか……何をすべきなのか……もう何でもいい。どうなってもいい。
どうせ……魂すら君の側へは行けないんだから。
「まあ、取り敢えず今は休みなよ。もう時間は充分あるんだしね。ライの治療もしないと……あ~面倒臭ぇ……早く聖女様に目覚めて貰わないとな」
モルテさんは気だるそうに俺に布を被せると、動こうとしないライさんの背中を押しながら部屋から出ていった。
突然移動した昼とも夜ともわからない、真っ白な部屋に唐突に一人置いていかれ、どうしていいのかわからず被せられた布を握りしめた。
「雑賀君……雑賀君……」
元気が出るおまじない……とするには体が覚えた温もりが少なすぎた。
何度その名を呼んでも涙を止める事は出来ない。
それでも、いつか涙が枯れる事を知っている。今だけ泣こう……これからの先の見えない人生に涙を溢さない様に……。
ーーーーーー
ゆらゆら……
ゆらゆら、ゆらゆら……
体が揺れる。
空を飛んでいる様にも感じる優しい揺らぎに身を任せた。
『……ゆっくりおやすみ……』
天から降り注ぐ様な声に笑みが溢れた。
優しい声、心に響く様な声……もう……記憶も曖昧になってしまった大好きだった声……せめてもう一度だけでも聞きたい。
「雑賀君……好き……」
今だけ……幸せな夢に浸らせて……目が覚めたら、幸せな夢は忘れて自分の運命から目を逸らさずに君を思って生きるから……そうだ、俺が生きている限り……雑賀君は俺の中に生き続ける。
死ぬ時は一緒だよ……雑賀君。
失った温もりを求める様に手に触れたものを握りしめた。
手を伸ばせば届く距離。
冷静にベッドから下りて身支度をしてリビングへ向かった。
「おはよう、朝食いま準備するわね」
「ごめん……今日は早く行かないといけない日だった……もう行くね」
「そうなの?そういう事は早く言ってくれれば良いのに」
「行ってらっしゃい、気をつけてな」
先に朝食を食べていた父さんも顔を上げて見送ってくれる。
「……行ってきます」
父さん、母さん……ごめんなさい。
決意を固め、頭の中で謝罪をしながら家を出る俺の後ろを、赤い扉はピッタリと張り付いて来ていた。
ーーーーーー
家を出て……学校とは反対方向へ向かった。
できるだけ……人目の無い場所へ。
主要道路から少し中に入った潰れた工場の横の空き地へ入り込むと、放置され転がっていた資材から鉄パイプを掴み上げ握りしめた。
怖いけど……大丈夫……雑賀君、勇気を下さい。
「お前なんか……お前なんか壊れてしまえっ!!」
雑賀君の仇討ちだと、勇気と共に振り上げた鉄パイプを渾身の力を込めて振り下ろした。
ガキンッ!!と大きな音を立てて地面のコンクリートが僅かに削れ、手に跳ね返った衝撃が腕を痺れさせた。
鉄パイプを落とし後退った俺の目の前には……赤い扉が大きく口を開いていた。
その向こうは真っ黒な闇の世界。
やっぱり俺なんかじゃ仇討ちどころか一矢報いる事も出来なかったけど……雑賀君……これで、君と同じ場所へ行ける。
恐怖を通り越し、どこか穏やかな気持ちでその闇の世界へ手を伸ばした。
「駄目だ!!御園っ!!」
突如背後から抱き締められ……体を引っ張られた。
目の前を猛烈な勢いで大きな物が通り過ぎ、風が通り過ぎた。
轟音を上げて建物に突っ込み……空気の抜ける様な音を上げて停止するトラック。
「駄目だ……駄目だっ!!死は安らぎなんかじゃない!!」
俺を抱き締める腕はバチバチと音を上げながら黒く焼け焦げ続ける。
「ライさん……離して!!俺は雑賀君のとこに……」
「あんな扉に君を喰わせてたまるか!!」
腕から逃げようとした体は後ろに強く引かれ……俺の体は窓の中へ吸い込まれる。手を伸ばした先……扉は何の感情も無く、ただ闇の世界を広げていた。
ーーーーーー
固く白い石の床で横になり……白い石の天井を見上げている。
「いくらライがフュラ・ユイヴィールとはいえ無茶しすぎ。聖女もまだいないのに……死ぬ気?」
心の読めない糸目の少年が見下ろしてくる。
この声は……モルテさん?
「ぐ……うぅ……煩い……御園君に……苦しみを味あわせるよりはマシだ……」
視線を動かすと項垂れた金髪が忙しない息遣いと共に揺れている。
その腕は真っ黒な煤に汚れて……嫌な匂いが鼻をついた。
窓から出られないと言っていたのに……何で……何で俺なんかの為に……ボロボロと涙が溢れた。
俺は雑賀君の側に行きたかったのに、放っておいてくれて良かったのに……。
「御園君……泣かないで……もう扉は襲って来ないから……」
俺の涙の意味を勘違いした慰めが優しく耳を擽る。
苦悶に歪む赤い瞳……ああ……ここは地球じゃない。
ライさん達の世界。
側に行くどころか、より遠くへ離れてしまったのかもしれない。
助けられたのだろうけど……俺はもう……死んだも同然だ。
「ライさん……俺はここで何をしたらいいんですか……」
何をやらされるのか……何をすべきなのか……もう何でもいい。どうなってもいい。
どうせ……魂すら君の側へは行けないんだから。
「まあ、取り敢えず今は休みなよ。もう時間は充分あるんだしね。ライの治療もしないと……あ~面倒臭ぇ……早く聖女様に目覚めて貰わないとな」
モルテさんは気だるそうに俺に布を被せると、動こうとしないライさんの背中を押しながら部屋から出ていった。
突然移動した昼とも夜ともわからない、真っ白な部屋に唐突に一人置いていかれ、どうしていいのかわからず被せられた布を握りしめた。
「雑賀君……雑賀君……」
元気が出るおまじない……とするには体が覚えた温もりが少なすぎた。
何度その名を呼んでも涙を止める事は出来ない。
それでも、いつか涙が枯れる事を知っている。今だけ泣こう……これからの先の見えない人生に涙を溢さない様に……。
ーーーーーー
ゆらゆら……
ゆらゆら、ゆらゆら……
体が揺れる。
空を飛んでいる様にも感じる優しい揺らぎに身を任せた。
『……ゆっくりおやすみ……』
天から降り注ぐ様な声に笑みが溢れた。
優しい声、心に響く様な声……もう……記憶も曖昧になってしまった大好きだった声……せめてもう一度だけでも聞きたい。
「雑賀君……好き……」
今だけ……幸せな夢に浸らせて……目が覚めたら、幸せな夢は忘れて自分の運命から目を逸らさずに君を思って生きるから……そうだ、俺が生きている限り……雑賀君は俺の中に生き続ける。
死ぬ時は一緒だよ……雑賀君。
失った温もりを求める様に手に触れたものを握りしめた。
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