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手を差し伸べてくれる人

2日目

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朝起きて、部屋を見回しても何処にも謎の窓は無く、何も変わった事は無かったはずだった。

学校の窓から外を見ると……また赤いドアが現れた。

昨日は校門の向こうにあった物が、校門を通り過ぎて、校庭の真ん中に鎮座している。

その扉は相変わらず固く閉じられている。

あれは幻……あれは幻なんだ。

自分に言い聞かせながら目を逸した。

ーーーーーー

「おかえり、御園く~ん!!」

家に帰りつくと……妄想が大きく手を振って俺を呼んでいる。
気にしちゃ駄目だと、耳を貸さない様にしながら自分の部屋に向かった。

「あれあれ~?今日は無視作戦?ライが煩いから今まで我慢してやったのに。お~い!!お~いってば!!」

勉強道具を広げたけど……俺の周りをくるくる回る窓が鬱陶しくて集中は出来ない。
一向に進まないペンに勉強は諦めてベッドに寝転んだ。

「御園君、聞こえてるんでしょ?無視は良くないと思うんだけどなぁ~」

幻覚煩い。

「……ライさんは?」

正直……このモルテさんという影は苦手な部類だ。
ライさんがいれば止めてくれる。それを期待したけれど、ライさんの影は見えない。

「ライは目覚めたばかりだからね~戦いの練習と食糧調達を兼ねて魔物と戦闘中~どこまで行ったかは知らないけど、なかなか帰って来ないんだよ~だからいま最高にお腹が空いてる訳なのよ、僕」

言葉を肯定する様にタイミングよくお腹の音が響いた。

放っておいた方がいいんだろうけど目の前を右に左に動く窓が鬱陶しい。

「……食べたら消えてくれますか?」

「消える、消える!!勝手に窓を開けたことバレたらライが煩いからね」

「約束ですよ……じゃあ何か探してきます」

ベッドから起き上がるとキッチンへ向かった。

簡単に食べられる物は無い……お腹空いてると言ってたしお腹に溜まる物の方がいいか……。
冷蔵庫を開けて、減っても怒られなさそうな物を選んだ。

後で炊き直しておけばバレないかと、炊飯器に残っていたご飯でお握りを作り、ハムと卵で目玉焼きを作った。

「おお!!御園君は料理が出来るの!?さすが聖女様に選ばれただけはある!!そっかぁ……惜しいなぁ~御園君、今すぐこっちにおいでよ」

お皿は返してくれなそうなので紙皿に乗せると窓辺に差し出した。

「食べたら消えて下さいね……」

「わお!!美味しそうな匂い!!これは何?どうやって食べたらいい?」

「お握りです……そのまま食べてくれたらいいです」

お握りを持った影が嬉しそうに動いている。影なのに表現が豊かだ。

「じゃあいただくね~「モルテ……何をしている」

氷の様な冷たい声にギクッと肩が上がる。
声の主は……ライさん。
昨日は優しそうな感じだったのに……。

「ラ……ライお早いお帰りで……」

「俺がいない所で御園君に関わるなと言ったよな……」

ライさんにお皿を取り上げられ、モルテさんは取り返そうと跳ねている。

「御園君……モルテが迷惑をかけてすまない」

丁寧に謝られて、その声が昨日と同じ柔らかい声だった事に肩の力が抜けた。

「いえ……別に……大丈夫です」

「ちょっと!!ライ!!早く返してよ!!せっかく御園君が作ってくれたのに!!」

「御園君が……作った?」

ライさんは手に持った紙皿をまじまじと見つめて……いるんだと思う。

「そうだよ!!いまから食べるところだったのに!!早く返せ!!」

飛びかかったモルテさんの手をかわすと、ライさんはお握りを一口かじった。

「ああ!!僕のオニギリ!!」

「お握り……」

お握りを片手に固まったライさんから紙皿を奪い返すとモルテさんもお握りを掴んだ。

「初めて食べるけど美味しいねえ~これ!!ライ、僕も御園君の事が気に入ったわ!!ほら、交渉、交渉!!」

ライさんの背中を押してモルテさんは姿を消した。

「あ……あの……美味しかったです」

「ありがとうございます……」

何だろう……この空気……幻覚、幻覚なのに……。

「俺の聖女となってくれる決心は……」

「その事ですけど……俺は男なので聖女にはなれないかと……思います」

向かい合った幻覚との間に沈黙が流れる。
俺は……何を望んでこんな幻を見ているんだろうか。

「関係無いと思うよ~御園君は選ばれたんだし、なんとかなんじゃな~い?」

窓の向こうから姿は見えないけれどモルテさんの間延びした声が聞こえた。

「お前は黙ってろ!!」

「はいはい……でもライも御園君、気に入ったんでしょう?早くしないと……「わかってるから向こうの部屋で食べてこい!!」

ライさんに叱られて、それっきりモルテさんの声は聞こえなくなって、また気まずい沈黙が続いた。

「あの……早くしないと、どうなるんですか?」

「それは……ごめん。俺の口からそれを教えることは出来ないんだ……」

口を噤んだ事で……あまりいい状況では無いと言っている。

俺の心は揺れていた。

違う世界に行くとか聖女になるだとかは置いておいて……誰かに必要とされる事に少なからず喜びを感じていて……表情はわからないけれど、ライさんの優しい穏やかな話し方に大好きだった人の影を追いかけ始めていた。

「ライさんの顔を見ることは出来ないんですか?さすがに顔の見えない相手を簡単には……」

「ごめん……俺の力ではなんともならないんだ」

ライさんがこちらに手を伸ばす……窓枠を越えようとした瞬間。バチバチッと高い音が響いて、火花が舞った。

ライさんの指先から僅かに煙が上がっている様に見える、ライさんはその手を握りしめた。

「手を伸ばす事すら出来ない……出来ない事が多すぎてもどかしい」

悔しそうな声を聞きながら、結局俺は……返事を決める事は出来なかった。
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